カタリナ
- ナノ -

03 ピノキオ達の空論

ヴァルドの訓練が無くなった分アッバスが引き受けていた情報処理や調査が増えたけれど、帝国に居た頃からそれを一番の得意分野としてきたから何の苦もないどころか大分気が楽だ。伊達に幼少の頃から情報局に所属していない、と数少ない主張出来る所だから言っておこう。
端末を使って検索したりハッキングしたり、あるいは現地に直接赴いて潜入捜査したり。まだ大仕事はこれまでに入っていないから私だけ潜入する仕事は無かった。……と言うより、させてもらえないと言う方が正しいかもしれない。ワジは私だけ別行動させるのを極力避けようとする。アッバスには平気で押し付ける癖して。

そもそも、侵入困難な場所の調査は私の反則技を使えばそれなりに可能だというのに、やはりワジはそれに関して普段は許可を出さなかった。
まったく、真意は話さないのに何時も私を気遣うんだから。少し歯痒くて、でも嬉しかった。

――もう、半年以上経つだろうか。
私達がクロスベルを発って、そしてクロスベルが貴族を破ったギリアス・オズボーンが政権を握った帝国によって占領されてから。

予想はしていたけれど、今やクロスベルに侵入するのは難しいだろう。クロスベル警察も軍も抑えられていて、自治が認められていない状態にあると話に聞いている。帝国軍が街を警備と言う名の監視を行う毎日。占拠されているとはいえ、個人の生活に全くの自由が無いかと言えばそうではない。実際、シュリとリーシャからは時々エニグマに連絡が入る。勿論、発信先を調べられないように妨害電波と私が展開出来る一定空間の情報遮断はさせて貰ってるけど。
ロイド達はクロスベルを解放しようとしている反乱軍として帝国軍に認識されているから国外に連絡を入れるのも大変みたいで未だに連絡は貰っていない。

無事だといいんだけど。そんなことをぼんやり考えながら、昔からよく足を運ぶ教会の室内庭園のベンチに座り、日が差し込む天井を見上げていると、エニグマの着信音が耳に届いた。
一体誰からの連絡だろうと特に深く考えることもせず通話ボタンを押して耳元に持っていく。


『よ、久しぶりだな〜!』


耳に届いた聞き覚えのある明るい声に、声にならない悲鳴を上げそうになった。状況がすんなり飲み込めない。

――エレボニア帝国情報局特務大尉、レクター・アランドール。
予告も無く突然掛けてくるなんて誰も予想しない。そりゃ、何だかんだ慕っている身としては勿論嬉しいけど、でも私が教会に居る時に掛けてきて色々大丈夫なの?宰相は今更レクターの勝手な行動は気にしてないだろうし、私も総長を始めとする一部の教会関係者には経歴を知られているから今更レクターとの関わりを深く追及されないだろう。
でもやっぱり気になるもので、思わずきょろきょろと辺りを見渡して人が居ないか確認する。


「……はぁ、仮にもクロスベルの現反乱分子と過去仲間だった相手に帝国の特務大尉が連絡入れていいの?」

『久しぶりだってのに相変わらず手厳しいなァ、別にクロスベルの件に俺はそんな関わって無いからな。ただの幼なじみからの連絡って思えばいいって事だ!』

「レクターもその楽観的な所相変わらずね……で、私の事はどこまで?」

『ん?今は守護騎士第五位じゃなくて九位と一緒に行動してる位だな。あぁ、ヴァルド・ヴァレスも騎士団に入ったらしいな』

「流石……私達の周りも早々に嗅ぎ回ってると思ってたわよ。……エニグマの番号変えればよかった」

『クク、つれないな。俺達みたいな各情報局の動きを見越して情報操作、管理を担当してたのはお前だろ?お陰でたったこれだけ調べるのにも苦労したぜ〜』


冗談めいた口調で溜め息をつきながら喋るレクターにどう反応していいか分からず、黙るだけだった。威張るのも違うし、ごめんって謝るのも違うし。

昔から教会の諜報員担ってきたけれど機密にされていた関係もあって、私は一年前までは存在していないのにも等しい謎の情報収集源という認識を各情報局からされていた。
まぁ、私も自分の情報が流れてしまう事には最大限の注意を払ってきた訳だし。今では私の名前と帝国での経歴、クロスベルでの動き位は出回ってしまっているだろう。

情報畑に生きる人間は常にお互いに探りを入れながら駆け引きをしている。相手のペースに巻き込まれず嘘の情報に呑まれないようにする為に自分の考えを読ませない言動は最低限のスキルだ。
私も教会の情報収集担当なら帝国の情報局特務大尉相手に帝国内部の探りを入れておくべきなのかも知れないけど、やはりレクター相手では私情を一切捨てる事は出来なかった。
ベンチから腰を上げて、何となくふらふらと庭園内を歩きながら世間話をするような口調でレクターに問い掛けた。


「ねぇ、レクター。個人的な意見で良いんだけど、クロスベル、今後どうなっていくと思う?」

『ん〜そりゃまた難しい事聞くな。今の所目立った動きは無いから帝国軍も統制を保ててる。ま、ロイド達の行動次第だな?オッサンに啖呵切ったのが今現実になってる訳だ』

「あぁ……そんな事もあったわね。気分悪くなる話し合いだったけど。私としてはロイド達を贔屓したい所だからレクターには悪いけど応援してるの」

「俺自身はクロスベルに拘って無いけどなァ、アリシアが珍しくあいつ等を気に入る訳も分かるぜ」


――滅多に他人に関心を向けないアリシアが気に入るような連中。
俺達のような常に邪道を歩んできた人間には無い、直向きさと眩しさを持った人間。そんな連中と自分を比較して今更罪悪感なんて抱かないが、やはり住んでいる世界が違うとは認識しているから滅多に馴れ合おうとは思わない。だからアリシアもエステル・ブライト達には確実に一線を引いていた。


「……でも、可笑しな話よね。応援はしてるし仲間だったけど、私がロイド達の代わりに何とかしようとは思わない。あくまで彼ら自身の手ですべき事だから。協力の要請が来たら参加するだろうけど」

『まぁ俺達はそういう人種だから仕方ないな。基本はアイツ等やオッサンみたいな表と裏舞台に立つ人間や組織を支える手足って所だからな』

「……そうね。だからロイド達と渦中に居た時は少しだけむず痒くて、眩しくて……楽しかった」

『ん〜普段じゃあり得ない経験をしたってヤツじゃないか?俺もアリシアが居ない間に生徒会長やったり楽しんだもんだぜ〜』

「それ知った時本当に驚いたんだけど。レクターが由緒正しい学校に通って、尚且つ生徒会長ねぇ……」


普通の人間にとって当たり前の環境は、私達にとっては非日常的なものだった。それは昔から、今まで変わっていない。結局はレクターも私も立場が変わろうと生きる道は同じだった。

善が勝とうと悪が勝とうと、常に両者のどちらかが世界を動かす歯車となって秩序となる。歴史は常に勝者に味方するから。それは時に理不尽で、不条理な世界になる。
私達はその善にも悪にも当てはまらない。敢えて分類するなら私達は一般的には表とは交わらない存在だろう。裏で生きながらも、その舞台に立つことさえしない影のような存在だ。それをどう名付けるべきなんだろうかと悩んでいると、レクターの笑い声が受話器越しに聞こえてきた。


『俺達は善悪では行動しないからな。常に非道を歩む存在だ。舞台を作り上げる為だけにな』

「非道、か……ごもっともね」

『善だろうと悪だろうと、それぞれの秩序の中で生まれる歪みを引き受ける場所もまた必要なんだよ。それが星杯騎士団で、俺達みたいなヤツだろ?』

「……、ふふ」

『ん?』

「いや、何だかんだ言いながらもやっぱり私が目標にしてきただけあると思って。レクターは何時だって自分を確立して、ぶれないから」

『くく、そんなに俺を褒めるなんて殺し文句か〜?アリシアがそう言うなら何時でも戻って来てくれて構わないぞ!』

「え?な、ば、ばかじゃないの…!レクターの所には戻らないから」

『あーあ、あの青年がアリシアを好き放題してると考えると羨ましい限りだぜ〜』

「なっ……好き放題って…!別にワジとはそうじゃないわよ!ヴァルドといいレクターといい、低俗な考え止めてくれない!?」

「ふぅん、話し相手はあのお兄さんか」


突然後ろから伸びてきた手からエニグマが取られて、反射的に振り返って。ぴしり、と固まった。
……ちょっと待って。どうしてここに、このタイミングで居るの。というかどうして私は気付かなかったの。

そこにはワジが居て、動揺に拍車を掛ける。心臓がばくばくと煩い位だ。レクターとの話に集中して周りが見えてなかったなんて情けない。ワジもわざわざ気配を消して近づいて来ていたみたいだし。


「何度も言うけどアリシアは渡さないよ。それに、お兄さんには悪いけど本人も離れる気はないからね」

『クク、いい性格してるぜ。改めて言わなくても知ってるての』

「本当に分かってるなら是非ともそっとしてもらいたいけどね。僕もその方がやりやすいし」


じゃあね、と一方的に挨拶を済ませて続きを聞かずに通話を切ると、使用済みになったエニグマを返される。
ただ、恥ずかしいやら何やらで顔が熱い。見られないよう俯きながらワジの腕を軽く叩く。声を張り上げてしまったから会話を聞かれていただろうし、穴があったら入りたい気分とはこの事だ。


「その゙低俗な考え゙って、一体どういう内容だったのか聞かせて貰いたいんだけど?あぁ、ヴァルドも言ってたんだっけ?」

「っ、分かって言ってるでしょ……!?」

「フフ、さぁね」


レクターとワジの相手を振り回す言動は系統が一番似ているような気がする。なのにも関わらず、レクターと話す時のワジの口調は何時もより冷たく突き放すような物だ。馬が合わないのか、同族嫌悪なのか。……よく分からない。


「ただでさえ今でも邪魔が入るのに、あのお兄さんの要らない横槍は避けたいからさ。まったく、妬けるよ」

「……」


――何時もならここでオブラートに包まない発言に対して文句が飛んでくる所なのに、それがなかった。

あれ、と思いながらアリシアを覗き見ると僅かに頬を赤らめていた。その状態で睨まれている、っていうのがもはやお決まりみたいになってたけど、少しだけ様子が違った。
かと思えば、直後に爆弾が投下された。


「ワジに嫉妬って合わない、けど……だから、嬉しくて」

「へ?」

「っ、や、やっぱり何でも無い!」


一瞬信じられなくて瞬きを繰り返した。
口を滑らしたと自分の発言を後悔するように頭を抱えるアリシアに、くすりと小さな笑みを浮かべた。……これは偶にあるデレ日ってやつだ。
確かに今までは立ち振る舞い的に嫉妬される側の人間だったから、冗談で言うのはともかく、真面目に嫉妬するのはアリシアが対象だからこそだけど。

アリシアの頬に手を添えて引き寄せ、口付けると目を瞑ってじっと耐えていて、服を握る手も震えているのが分かる。もっと余裕を無くしたくなって閉じられた唇をこじ開けて舌を入れて逃げようとする舌を絡め取ると、びくんと分かりやすい程に肩が揺れた。
耳元に響く水音に満足しながらやっと離すと、肩で息を整えながら睨んできた。


「んぅっ……ん、さ、最低…!何でそうなるの……!」

「誘ってきたのそっちじゃない。それにアリシア相手になら割と嫉妬してる方だけど?独占欲の表れと思ってくれて構わないよ」

「ワジは遠慮を知って!」

「アハハ、僕には無縁な物だからなぁ」


偶に飛び出るアリシアの誘い文句に男として応えない訳にもいかない。それらしい言い訳だけどね。「でも嫌じゃないでしょ」と尋ねると、間を置いてから無言で頷いたから、もう一度噛り付いた。
通話を切らずに今のやればよかったかな。

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