カタリナ
- ナノ -

02 kick your ass

「やっぱり、運動後のご飯ほど美味しい物は無いと思うのよね」

「……それにしても食い過ぎだ、お前ぇは」

「朝食抜かされて動きっぱなしだったのは誰のせいだと思ってんの」

「クク、長引かせるような戦い方してんのはどっちだ?」

「ふふ、さぁね?」


恨みがましくじとっと、カウンターテーブルの隣の席に座っているヴァルドを睨むと、本人もわざとだったのか上機嫌に笑ってジョッキを片手に酒を喉に流し込む。ワジといいヴァルドといい、教会の戒律派が見たら腐敗だとか怒られそうだ。特にワジなんて星杯騎士団の幹部の一人なのに規則なんてまるで無いような言動を取るし。(この間正式に成人を迎えたから法律的にもアルコールも解禁になってしまった)

少し遅れた昼食は全てヴァルド持ちだ。予定よりも随分と早く私を連れ出して今まで訓練をしていたんだからこれ位は当然だ、とパスタを頬張る。

――長引かせる戦い方、か。
間違った表現じゃない。ヴァルドは未だに圧倒的な力を渇望しているから、彼以上の力で圧倒するのは最大のタブーである。もしそんな事をしてしまったら碧の大樹で繰り広げたような死闘に発展するだろうから。
だから訓練と言っても私がヴァルドの攻撃を読んで交わしたり、避けれるだろう範囲ぎりぎりを狙って反撃をする。要は私の防戦一方の闘いで、ヴァルドがパワー系なら私の闘い方は真逆のタイプだから、その合っていない防戦の仕方では中々思うようにいかず僅かに攻撃が掠める事が増えてきた。それに、私が避ける分時間も長くなる。

これは本格的に、ヴァルドと同じ系統の闘い方をするアッバスに任せたほうがいいかもしれないな。
ちらりとヴァルドを覗いてぼんやりと物思いにふける。クロスベル時代から変わっていない彼の象徴である赤は、今や教会用の服になっている。当初ワジの言っていた通り、規則は覚えようとしないけれど精鋭部隊の一員としては筋が良い。グノーシスを使っていたとは言え、あれだけ力を発揮できていたんだから当然なのかもしれないけど。


「食わねぇなら俺が貰うぜ?」

「それはダメ。ねぇ、ヴァルド。教育係がもしアッバスになったらどう?」


奪われそうになる皿を左手で遠ざけながら、世間話をするような流れで尋ねてみると一瞬だけ会話が止まった。この話題を持ち出すのはまだ早かったかな、と思いながら横のヴァルドを見上げると、口角を上げて笑っていた。


「クカカ!そりゃ願ったり叶ったりだ。あのタコ坊主ってのが納得いかねぇが、このままアリシアに完成させられるってのも気に食わねぇと思ってた所だ」

「……ワジの言ってた通り過ぎて呆れるわ」

「あぁ?ワジ?フン……そりゃ分かるか、今はお前の所有者だからなァ」


だから誰が誰のものよ。そんな文句が浮かびはしたけれど、口にすると動揺で墓穴を掘ってしまいそうだと思い、口元に膝を付いていた手を当ててそっぽを向く。
やっぱりこの二人、性格こそは違うけれど意気投合しているどころか思考回路がお互い通ずるものがある。


「お前に膝を付かせるのは俺だ。クク、その時を精々楽しみにしてろよ」

「個人的にはすっごい嬉しくない宣戦布告だけど。寝首を掻かれる気分よホント。というか、ワジはどうするつもりよ?」

「でっけぇ借りが残ってるからな、何れぶっ潰すに決まってるだろうが」


私は膝を付かせる程度で、ワジは徹底的に潰すつもり、か。

悪友兼張り合ってきたライバルだからこその評価なのだろう。そもそも、ヴァルドは一応ワジの師団付きの従騎士という扱いなのに、牙を向いていい訳が無いんだけど。ワジは気に留めないだろうし、アッバス、そして私も黙認で終わるだろう。というか、私もその対象にされているから決して他人事ではないし。
でも、こんな事を言っているけどヴァルドが果たして本気でワジを潰そうとするのかは微妙な話だ。"じゃれ合い"という喧嘩でワジもヴァルドも満足する可能性だってあるし。(そのじゃれ合いも基準が多分可笑しいんだろうけど)


「じゃあ、今度からアッバスに言っておくわ。さて、私の大変な仕事も一つ終わる事だし、お祝いで二件目行くとしましょうか!あ、出店回るのでもいいけど」

「相変わらず本人の前で言うとは図太い神経してやがるな、アリシア」

「動じない精神って言って。あぁそうだ、こっち払わせる分そっちは私が奢るから」

「いい、テメェは何食うか考えとけ。奢られるのも癪だ」

「……ふふ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


欲望に忠実で粗暴な言動が目立つけれど、案外面倒見がいい所もある。それが私のヴァルド・ヴァレスに対する見解だ。
クロスベルの旧市街で不良グループを率いていた位だからリーダーとしてそういう一面も少なからずあったのだろう。だからこそ、バイパーのメンバーには随分と慕われていたみたいだし。

食べ終わった所で席を立ち上がり支払って店を後にする。クロスベル程出店が沢山ある訳ではないけどアルテリア法国にもそれなりに商店が立ち並んでいる。リースさんもよく出店のタイムセールスでまとめ買いしている。

軽い足取りでヴァルドの前を歩いていたところ、彼が思い出したように私を呼び止めた。「なに?」と振り返ったはいいけれど、ヴァルドの表情があまりいい事を言わない時の物だったから思わず眉を潜めてしまった。
悪戯っぽく、と言ったら可愛い表現で、まるでからかって馬鹿にするような笑みを浮かべていたのだ。けれど、雰囲気こそは冗談めいた物ではなく威圧感さえ感じる物を潜ませていたから居心地が悪くなる。ヴァルドのこういう空気は苦手だった。


「テメェら、結局どこまで進んだ?」

「え、……は?私等って、まさか私とワジ?」

「他に誰が居るってんだよ。あぁ、行くとこまで行っちまったか?」


一瞬間を置いてからヴァルドが一体何を聞いているのか気付いてしまった。信じられない、何てこと私に確認しようとしてるのヴァルドは!
顔に熱が集まっていくのが分かって、ヴァルドと目を合わせないように顔を逸らすと後ろからクク、と低い笑い声が聞えてくる。訂正、こうやって引っ掻き回そうとする所は性格が悪い。類は友を呼ぶというけれど、ワジと似てる。


「……どうしてそんなこと聞くのよ、ヴァルドには関係ないでしょ」

「関係ない話ではねぇな」


暗にこれ以上聞くなという棘を含んで、素っ気無く答えると「引き離し甲斐があるだろ」と、にやりと笑いながら言いのけたヴァルドに思わず溜息を付いた。
執着心というべきなのか、略奪愛と呼ぶべきなのか。なんにせよ悪趣味なのは変わりなかった。



(で、実際どうなんだァ?結局アイツが答えなかったからな)
(……はぁ、アリシアが答える訳無いって分かってて聞いたくせにね)
(クク、試してみただけだ)
(言っておくけどご期待には添えられないよ。成人するまでって煩いから。恥ずかしがってるからだろうけど)
(珍しく手が遅ぇじゃねぇか。何時掠め取られたって文句は言えねぇな?)
(冗談にしては笑えないよ、ヴァルド。……十分、肝に銘じておくよ。フフ、有り難くね)

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