カタリナ
- ナノ -

27 トライアングル・ムーブメント

クロスベルが独立して三ヶ月ーーアリシアの姿は駅のホームにあった。特務支援課に配属が決まり、クロスベルに初めて来た時も同じように鉄道でやって来たのは懐かしい話だ。


「そういえば、アリシアは列車でクロスベルに来たんだよね。僕と初めて会った日に」
「そうそう、ケビンの代理で潜入するにしても今までと違って遅いなとは思ってたの。だってリベールの時だって一年前から潜入してた訳だし。……まさかその理由が既に潜入してる人が居たからだなんてねぇ……」
「フフ、やだなぁ、照れるよ」
「あ〜もう……っ!」


じとりとした視線を送ると、ワジは飄々とした顔でからかってくるのだから、アリシアは頭を押さえる。
大体、ワジが守護騎士じゃなかったらあれ程までに気苦労しなくて済んだのに。結果的にはむしろそうだったからこそ、今の自分があるとは分かっているのだが、ワジを前にすると意地を張ってしまう。


「リベールの件は、グランセルの遊撃士協会受付で入り込んだんだろう?よくリベール最大の支部で抜擢されたよね」
「いずれ違う地方の受付をやる為に勉強させてくださいって志願したのよ。リベール出身っていう偽装した履歴書と一緒にね」
「アハハ、帝国出身の元鉄血の子供達、現星杯騎士団なんて履歴送ったらテロかって思われるよねぇ。でも、受付ってそんなに簡単なものでもないんじゃない?」
「受付と言っても遊撃士のように状況判断力、そして的確に指示をして連絡を取り合って、情報を集める能力が問われるわ。若過ぎるって流石に渋られたけど……その時丁度起こったトラブルを手助けして手腕を認められたって訳」
「まぁ、そういった実行部隊兼情報操作において君ほどのエキスパートはそうそう居ないだろうからね。むしろ誤魔化すのに苦労したんじゃない?特務支援課みたく」
「特務支援課ではリベールの異変を通じて得意になったって言い訳が出来たじゃない?それに潜入が遅かった分、本当に手探りだったし」
「あぁ、なるほどね。……けど、懐かしいね。僕が特務支援課のビルが分からない君を案内したのが。まさかあの時はこうなるとは思ってなかったけど」


ワジの言葉に、アリシアはまさにその通りだと笑って肩を竦める。
ヴァルドと話している姿を見かけたから目を留めたが、アリシアが来た初日に特務支援課まで案内することになったのは偶然だし、アリシア自身も抑止力の可能性になって欲しいという意図でアリオスに特務支援課に推薦されたのも偶然だった。
そんな運命的な偶然が重なった結果今こうして一緒に居るのだから、女神に感謝しなければ。

町中にはクロスベルのフラッグが掲げられており、未だに独立したことを喜び賑わっている空気だった。
オルキスタワーの占拠にしか協力していないが、自分もワジも確かに一員だった。しかし教会と言う立場として国家間の戦争に協力したとなると色々と問題があるから、非公式で行われたことになっているが。


「それじゃあ、また後で。終わり次第連絡してくれたらいいし、少し長くなっても構わないよ。フフ、今日はリーシャに譲るよ」
「あ、あのねぇ……」
「彼女は君にとって理解者でもある友人なんだろう?貴重な友人との時間、それを邪魔はしないさ。何せ普段は僕と離れられないわけだし」
「……はぁ、もういいわ。後でね」


ワジの気遣いはありがたいのだが、何時もながら一言が多い。旧市街へと向かったワジを見送り、アリシアは歓楽街へと向かった。
帝国からクロスベルを奪還してから三か月経ち、漸く歓楽街も活気を取り戻していた。占領されている間もアルカンシェルだけは賑わっていたが、出入り口を帝国軍が監視しているのといないのとでは大きすぎる違いだ。

アルカンシェルの扉を開いて劇場に入り、軽い足取りで階段を上っていく。本来ならばチケットを買わなければ劇場内に入ることは出来ないのだが、今日は練習日だと把握していた。受付の人もアリシアに気付き、あっと声を上げる。「元特務支援課の人間で、リーシャたちに会いたいんだけど」と伝えると、受付は少々お待ちくださいと声をかけて大きな扉の中を潜っていく。
そして暫くすると、リーシャと後ろに続く形でシュリが出て来てアリシアを迎えた。


「リーシャ、久し振り。連絡してたよりちょっと早く着いちゃったわ」
「お久し振りです、アリシアさん」
「えっ、リーシャ姉知ってたのか!?」
「あはは……アリシアさんとシュリちゃんを驚かせようって話をしてて……」
「〜っ、ずりぃぞアリシア!」


駆け寄ってきて事前に連絡くらいくれよと怒るシュリに、アリシアはくすりと笑って頭をわしゃわしゃと撫でた。


「そういえば、ワジさんも一緒に来たんですか?」
「えぇ、今頃旧市街に顔を出しに行ってるわ。今日はリーシャに譲るよ、だそうよ。まったく……」
「ふふ、ワジさんらしいですね」
「あのお兄さん、得体が知れねぇよな……アリシアももうちょっとクロスベルに来てくれたっていいのによ」
「ごめんごめん。それが案外暇ってわけでもなくてね〜。……今後忙しくなるからその前に会っておこうと思って」
「あ……」
「教会でも色々とあるみたいですね?」
「まぁ、詳しくは話せないけど……私達はそういうものだからね」


特に情報収集の為に長期間の潜伏も度々行ってきたアリシアが直近でこうして三度クロスベルに訪れることが出来たのはむしろ多い方だった。
福音計画と幻炎計画が行われたリベール、クロスベルと来て次は何処に派遣されるか分からない。しかし、また何かの任務がワジに下ったらそれらにも劣らない大事件や陰謀に関わっていく事になるだろう。それはアリシアが自ら選んだ道だった。


「二日暇を貰ったから夜に特務支援課にお邪魔して、明日色々回ろうと思うの。キーアも一緒にね」
「そうでしたか……キーアちゃんも喜ぶと思いますよ」
「私がご馳走するから、中央広場の方でご飯でも食べない?シュリも一緒にね」
「お、おう……」
「奢って頂くのはちょっと申し訳ない気が……」
「大丈夫よ。……ワジが前にホストで貰った装飾品とか売ったお金で食べるんだから」


不機嫌そうに顔を顰めるアリシアに、シュリとリーシャは顔を見合わせてくすりと笑った。そういうことなら言葉に甘えてしまってもいいかもしれないと、二人はアリシアと共に中央広場のレストランへと向かった。

この三カ月、お互いどんな生活をしていたか話題に花が咲き、気が付けばもう既に夕暮れ時になっていた。アルカンシェルのアーティストとして高みを目指し、練習していることや舞台について語る二人が生き生きとしているのを見て、アリシアも幸せをお裾分けして貰った気分だった。
夜遅くになっても悪いから、とレストランのお会計を済ませて二人と別れたアリシアが、ワジに連絡を入れる為にオーブメントにワジの番号を入力しようとした時。「アリシア?」と声をかけられて振り返ると、ワジと、その隣に今日の夜特務支援課ビルで会おうと約束していたランディの姿があった。


「ランディ!久し振り。でもどうしてワジと一緒に?」
「偶然ランディに会ってね。君と合流するまで少し引っ掛けてた訳さ」
「酒の席で色々聞いたぜ……アリシア、俺は悲しい……いや、前から察してはいたがな?本当に、お前がワジと一線超えちまったなんて、」
「あらランディ。貫通するのは頭と心臓どっちがいい?」
「あの、アリシアさん?目が、笑ってないぜ?」
「アハハ、ほら、だから言ったじゃないか。アリシアは照れるって」
「ワジ……?」


顔を赤く染めながらも手を翳して今にも槍を取り出しそうなアリシアの様子に、ランディはこの二人のやり取りは相変わらずだと肩を竦める。
ワジに聞かされた話以上に、これはアリシアが振り回されているのかもしれない。アリシアもアリシアで気紛れに振り回す所があるからどんな均衡を保っているのかはランディには分からないが。


「だがこれだけは言わせてくれ。話に聞く限り、お前は煽り過ぎだ。男の理性ってもんを限界まですり減らしにかかってる……そりゃもう罪深いって位に」
「へっ」
「へぇ?ランディが僕の心の声を代弁してくれるなんて貴重だなぁ」
「え、ちょっと……」
「そもそも男所帯に居る紅一点、更には過去に忘れられない男の影もあって、二人きりでの泊りも多くてツンとしたと思ったらデレるその態度……罪深いったらありゃしねぇ」
「……」
「アリシア?」
「えーっと……あの、……ワジもそう、思ってた?」
「まぁね。いや、それが君だって分かってるからそこまで気にしてないんだけど」
「……う、なんかごめん」


自分ではそんな自覚は無かったし、ワジがレクターのことやケビンのことに触れていても冗談半分のように言っているせいか今まで深いことを考えたことは無かったが、ランディという第三者からしてもそんな風に思うなら自分にもかなり非はあるということだ。

今度から少し態度を改めなければとも思うのだが、むしろどう改めるべきなのか分からずうーんと唸っていると、ワジはくすりと笑って「それが君だから無理に直さなくていいよ」と言ってくれたが、それでは私が甘やかされてるだけだと複雑な気持ちになった。

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