カタリナ
- ナノ -

26 僕たちの日常的なプロポーズ

ーーあの村の風習が狂っていた、あの時の僕はそう考えて疑わなかった。だって古代遺物で人々の生気を吸っていた石版を神と奉り、生贄さえ捧げようとしていたのだから。
それを破壊したことで手に入れたのは自由と、家族を含める村人全員からの怨み。

クロスベルの一件以来何時かは教会のアフターケアも入って平穏を取り戻した村に足を運びたいと思っている。今もあれは仕方が無かったことだと割り切って生きているーーそのつもりだけど、未だにあの時のことを僅かにでも引き摺っているのは僕に残っている心の隙や暗い影というものなのかもしれない。
はっきりとしたものではないけれど、久々に"あの時"のことを思い出すような孤独に突き落とされ周囲には誰も居ない、孤独な路地裏で生活をしていた頃の抽象的な夢を見て焦ったなんて僕らしくもない。

ただそれを誰かに、特にアリシアに打ち明ける事は躊躇われた。だってあの子は気にしないように振舞う僕を気にする。アリシアにこれ以上僕のことで気を遣わせる訳にはいかないから、大したことではないと処理をする。

これも、何時も通りだ。


「帝国方面は例の副総長様に任せるとして、共和国の情報収集っていうのもなかなかキナ臭いわね……さっきの場所はどうも治安が悪いみたいだし」

今回ワジとアリシアがヴァルドとアッバスの二人と別行動で来ていたのは共和国だった。ワジの知り合いである情報屋だけでなく治安のよくないとされる市街地にも足を運んでいたのだが、クロスベルの裏通りよりも印象は良くない。
そんなことを言いながらも情報を集めの駆け引きは慣れている様子のアリシアは大して気にしているようでもなかった。ごろつきに絡まれたところで、普段本物の元不良と一緒に行動しているのだから。


「正直、アリシアがあぁいう所に居ると目立つよねぇ。その点僕とアッバス、まぁヴァルドもこういう場所に入ったら溶け込めるけど」
「……ワジは微妙な所だと思うけど」
「でも何だかんだテスタメンツを二年もやってた訳だし。不良も脳筋だけじゃないって言う新しいスタイルの代表だよ」
「自分でそれを言う?……」
「アリシア?」
「……ワジ、軽くご飯でも食べない?私、朝に目を付けておいた店に行って来るから先に広場で席でも取っておいて」
「あぁ、別に構わないけど……」


それじゃ、とひらひらと手を振って早足でどこかへ行ってしまったアリシアにどうしたんだろうとは一瞬思ったけど、すぐに何時も通りの気紛れだろうと判断して広場へと向かった。
裏通りと言えども、共和国ということもあって、僕が見て来た治安のよくないスラムとは全然違った。そこまで考えた所で自分自身に溜息を吐いて頭を押さえる。まったく、何時まで今朝のことを引き摺っているつもりなんだか。

アリシアに言われた待ち合わせ場所である広場の片隅にあるベンチに座って待っていると、袋を抱えたアリシアが戻って来た。クロスベルでの東通りでも十分に堪能させてもらったつもりだけど、共和国の料理はなかなか美味しい。
アリシアが買って来たランチボックスを貰って口にすると、流石食にはそれなりに拘るアリシアが目を付けただけあって、かなり美味しい。


「へぇ、仕事の傍らよく見付けたね」
「でしょう?旅行者を装って軍に関する情報聞くついでにこの辺りで美味しいお店知らない?って聞いたのよ。その方が旅行者"らしく"見えるでしょう?」
「フフ、君らしいよねぇ。あぁ、改めてありがとう。ご馳走さま」
「……ねぇ、ワジ」
「?」


じっと覗き込んでくるアリシアの目は真剣なもので、瞬時に何か僕に言いたいことがあるのだろうと察したが、予想していた内容ではなかった。


「何かあったなら、言って。誤魔化してるんだろうけど、朝から様子が少し変だと思って」
「……」
「ワジは分かりにくいのよまったく」
「フフ、アハハ!アリシアもそんな分かりにくい僕のちょっとした変化に気付くんだからねぇ。愛されてる証拠かな」
「な、なにそれ……!もう、人が折角心配してるって言うのに……」
「そういえば君から改まってランチに僕を誘うのは気を遣ってる時だったね。いやぁ、忘れてたよ」


照れた顔をしてぷいっとそっぽを向くアリシアに、追い打ちをかけるようにそう言うと、じとりと睨んでくるからつい吹き出すように笑ってしまう。確かクロスベルでのテロリスト襲撃事件の後もアリシアから珍しく昼食に誘ってくれたし、魔人化したヴァルドとの抗争の次の日も温かいレモネードを用意してくれた。
アリシアはそれを単なる気紛れと言って誤魔化すけれど、気配りをしてくれてる。折角アリシアが心配をしてくれたのだ。からかうのはこのくらいにしておこう。


「なに、大したことではないんだけどちょっとした悪い夢を見てね。それと、裏通りの治安の悪そうな暮らしを見て昔のことを思い出してさ」
「……そういえば、詳しいことは聞いたことが無かったけどこういうスラム街も知ってるって言ってたわよね」
「あぁ、実際、一時期だけど暮らしてたことがあったからね。教会……所長達に再会するまで村を追い出された僕はこんな場所で生き延びるしかなかった」
「……」
「フフ、そんな顔しなくても短期間だよ。……もっと暗い地獄のような場所に長期間居た君に比べたらね」


そう言うとアリシアはバツの悪そうな顔をして「そういうことは比べるものじゃないでしょう」と溜息を吐く。
アリシアはケビンと会うまで何があったのかをすべて語ってくれたけど、本人が淡々と語っていた以上に壮絶な傷を心に負ったのは確かだろう。苦痛や恐怖に絶望ーー元々あのレクター大尉と一緒に居て常識離れをしていたアリシアだったとはいえ、あんな力を手に入れる程の実験が、アリシア以外の子供達が正常ではなくなった実験がどれ程のものかなんて考えただけでも頭が痛くなる。アリシアが今こうして普通に生きているのも本当にみたいなものだ。


「ワジはあまり自分のことを言わないから……私なりに心配するのよ。無関心だった上に他界してたらもう何も思わないけど……両親に恨まれるっていうのがつらいことだって分かるから」
「アリシア……」
「でも、それを大したことないって流そうとしてたなら頂けないわね。まったく、水臭いんだから」


僕の手をとってきゅっと皮をつねってくる辺りはアリシアらしいと思いながらも、アリシアが僕のことを心配してくれているからこそだと分かっていたから冗談を言って水を指すこともしなかった。


「確かに過去は変えられないけど、未来は変えていけるでしょ?家族と完全に縁が切れた訳じゃない。それに、何があってもこの先、私はずっとワジの隣にいるから……重荷も半分背負わせて欲しいの」
「っ……、まったく、君には適わないなぁ。僕を口説き落とすんだから凄いよね」
「く、口説き落とすって……っ」
「無意識に愛情表現してるんだったらそれが僕に対する本音ってことなのかな。けど、プロポーズは僕が言うべきじゃない?」
「!?そ、そんなつもりで言ったわけじゃないんだからね!?」
「あはは、何ならもういっそ、僕の苗字でも名乗る?」
「……からかってるでしょ」
「いや、半分以上は本気だけど。まぁ、君の反応が面白いっていうのもあるけどね」


語尾にハートが付きそうな口調でからかうと、顔を赤く染めながらもじとりと恨みがましい視線を送ってくる。けど今の言葉は確かな本音だ。アリシアが僕の苗字を名乗る時が万が一来たらーーヴァルドとか帝国のお兄さんは素直に祝福はしてくれないだろうね。
どうしてワジはこんな時もこういう調子なのかってぶつぶつ呟きながら拗ねてるアリシアを宥める。こう見えてもアリシアの心遣いはわかってるつもりだよ。


「ありがとう、アリシア。お言葉に甘えて個人的なことも君にもう少し頼らせてもらうよ。僕の隣で、これからもね」
「っ、えぇ、勿論よ。まったく……今更過ぎだって」
「言っておくけど君の重荷だって僕に背負う権利はあるってことだよ。フフ、苦難を分かち合うなんて夫婦の役割そのままじゃない?」
「!?だ、だからからかってるでしょ!?」


僕の言葉にいちいち反応するアリシアが愛おしくて、ついついからかってしまうけど、本音が半分以上だってアリシアも分かってるから焦るんだろうね。

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