カタリナ
- ナノ -

25 ふたつの螺旋を描くまで

※閃UEDネタバレ在りにつき注意



クロスベルを出て半年ーー帝国に占領されたことはアルテリア法国に居るアリシア達の耳にも当然入っていた。あの男が死んでいるとは当然思っていなかったが、凶弾に撃たれたという筈の鉄血宰相ギリアス・オズボーンは碧の大樹が消えて他国を牽制する脅威がなくなったその瞬間を狙うようにクロスベルへの侵攻を開始したのだ。

神機とも異なる騎士のような兵器を用いて共和国を退けているそうだ。今や帝国では灰の英雄なんて名で呼ばれているリィン・シュバルツァーという名のまだ学生である青年がその騎士人形を操っているようだ。シュバルツァーといえば、確か帝国の辺境地にある貴族だっただろうか。

そしてアリシアが個人的に一番気になったのは初代クロスベル総督に就任したというルーファス・アルバレアだった。彼が帝都の四大名門の子息であることは大分昔の話ではあるが帝国貴族を名乗っていた頃もあるアリシアも勿論知っていた。
ーーしかし、その手腕がどこかあの男を彷彿させるような気がするのだ。これはあくまでも直感的な推測でしかないのだが。嫌いではないが、決して好きでもなかった仕事において自分の元主人に当たる人間に。


メルカバの点検を終え、教会本部に戻ろうとしていたアリシアにある一本の連絡が入る。誰だろうと思いながらエニグマの通話ボタンを押すと、先日初めて通信を入れて来たあの明るい声が耳に届いた。


『よう!アリシア。元気にしてるか?』
「……なんか、当然のように私に連絡入れてるけど、一応立場違うんだけど」
『まぁまぁそう堅いこと言いなさんなっての。今あの守護騎士は居ねぇか?』
「……ワジのこと?居ないけど、一体何の話よ?」
『クロスベルに関する話とお前にも無関係じゃない俺達の話だよ』


俺達の話ーーつまりは鉄血の子供達に関わる話なのだろう。周りに人が居ないことを改めて確認し、アリシアはそれで?とレクターに続きを問うた。


『クロスベル統治の指揮に当たってるやつはアリシアも知ってるよな』
「えぇ、ルーファス・アルバレア……貴族派の筆頭だったクロスベル占領の為にあの男と一時休戦したみたいだけど……妙な話ね」
『はは、やっぱきな臭いって感じてたか。流石、勘がいいな』


以前から帝国は鉄血宰相を筆頭とする革新派と身分制の世襲を重んじる貴族派の対立があったが、それが突然内戦を経てクロスベルの異変の終結とほぼ同時期に収まり、手を結んだというのはあまりに上手い話のように感じたのだ。
アリシアの違和感からくる直観に流石は俺の教え子だとレクターは笑った。


『あの御曹司、俺らの筆頭らしいぜ』
「え……うそ、本当?」
『あぁ、俺様も流石に驚いたもんだぜ』
「……まさかそんなに所まで広げていたなんて……レクターも、知らなかったのね。私の情報収集もまだまだ甘いわね」
『あっちはお前が元一員ってことは当然知ってるだろうが』


レクターの言葉にアリシアは受話器越しに顔を曇らせる。本来離れた地も空間を把握できるアリシアは情報収集を得意としていたが、あの二年間を除いては負担も大きいから世界各地の情報を空間的に認識し処理をすることはしていなかった。
ルーファス・アルバレアが子供達の筆頭だったことは正直アリシアにとっても予想外だった。あまりレクターの周辺を詮索したくなくて意図的に避けていたが、もう少し帝国の方の情報にも積極的にアンテナを張っていればよかったとアリシアは溜息を吐いた。


「それにしても、跡継ぎが敵対してる鉄血宰相の懐刀だったなんて、アルバレア家……というよりクロイツェン州はどうなるのかしら」
『ん?それなら弟が引き継ぐらしいぜ』
「弟?アルバレア家に……というよりルーファス卿に弟なんて居たかしら」
『あぁ、お前が丁度……帝国から、居なくなった辺りで家に入ったらしいからな』
「……そっか。若いのにその弟さんも大変ね」
『ま、親父よりは上手く纏められるだろうけどな。あのオリヴァルト皇子がトールズ士官学院に設立した新しいクラスーーZ組の一員だしな』
「トールズは知ってるけど……Z組?」
『お前らと同じで激動の時代の壁に立ち向かった若者達って所かね』
「ふふ、奔流に呑まれないように足掻いて手探りで自分たちなりの答えを示そうとする学生、か……苦労するわね」
『おいおい、特務支援課の一員のお前が言えることかよ』


自分達のことを言っているのではないかとレクターは笑い、アリシアも肩を竦めて笑った。そういう諦めずに壁に立ち向かう強さを、仲間と一年弱共に行動してきたアリシアはよく知っていた。クロスベルを占領されて追われている彼らだが、決して諦めないだろうとアリシアは確信していた。
巨大で古い国だからこそ鉄血宰相に結社を含め様々な思惑が渦巻く帝国でも、新たな希望や可能性があることに安堵も覚える。邪道だったはずの自分がそういった可能性に期待を寄せるようになったのは間違いなくロイド達と過ごした時間があったからだろう。


『にしても、こう、通信だけじゃなくて偶には直接会って話したいもんだなァ』
「ワジに許可、取って」
『……許可なんて下りるわけないだろ、そりゃあ』


今までの柵から解放されて幸せそうなのは何よりだが、やはり面白くないとレクターは不満を零す。

通信が切れ、しんと静まり返った部屋の中でレクターはぼんやりと窓の外を見ていたが、その時扉が勢いよく開く音がして振り返ると、次の任務に出向する前のミリアムが居た。レクターがARCUSを手にしている姿を見て、誰かと通信していたのだと気付いたミリアムは不思議そうに首を傾げる。


「レクター、誰と話してたのー?」
「んー?俺のガールフレンドだ!」
「……ホントにレクターにそんなヒト居るの?」
「失敬な。なかなかの美人だぜ?ここに居たら、ミリアムも気に入ってただろうな」


レクターの何時もの冗談ではないかとミリアムは疑ったが、その目が優しかったことに気付いて確信した。ノルド高原で少し零していた探し物について話していた時と同じ目をしていたのだ。レクターが本心である個人的な感情を出すことは、親しくしているミリアムの記憶にも殆ど無い。やはりレクターが信頼を置いているらしいその相手が気になる。


「ふーん……?ちなみにいちおー聞いておくけど、どんな感じの人?」
「ふむ、俺にちょっとの真面目を足した感じだなァ」
「んー話は合いそうだけど、レクターと似てるって大丈夫なのかなー」


ミリアムの言葉にレクターはけらけらと笑う。自分と並ぶと真面目に映るが、アリシアの根っこの性格はレクターに影響を受けている。自分とミリアム、そしてアリシアが並ぶと生真面目なクレアが大変だろうなと考えながらレクターは何時かは会わせてみてぇな、とミリアムの頭をぽんぽんと叩いた。

- 32 -
[prev] | [next]