カタリナ
- ナノ -

23 鳥籠の片隅で口ずさむは

ロイド達がそれぞれ出向している期間ーーアリオス・マクレインの元に一通の手紙が届いた。その名前は何度か以前行ったことのあるリベールのグランセル支部に居た新人見習い受付のアリシア・フルフォードだった。
彼女がリベールの異変が終わった頃にグランセル支部から居なくなったという話はミシェルを通じて聞いていたが、一体なぜ自分に手紙を送ってきたのかと思いながらそれを開く。
そこに書いてあったのは今度クロスベルに来ることになったから、何か仕事はないかという相談だった。クロスベルの遊撃士協会も人が足りていないからミシェルの補佐として受付嬢に迎えるのも悪くないだろう。

しかしーーアリオスには何となく違和感があった。

目立たぬよう息を潜めていたようだが、只者ではないことはアリオスも初めて会った時に何となく感じていたのだ。16歳にしては気が利き、情報処理もエルナンに褒められていた程で、話によると支部周辺の防衛戦には少なからず協力していたらしい。
とはいえ、これだけ多方面に才能を発揮しながら遊撃士見習いというわけではない。

そしてリベールに続き突然のクロスベル訪問ーー何故このタイミングに、という疑問が尽きないが、困っているらしい少女を放っておくべきではないし、もしかしたら彼女の経験はロイド達に新たな風を吹き込むのではないかという予感がアリオスの胸を過る。
アリオスが向かったのは遊撃士協会ではなく、セルゲイの居る特務支援課の拠点である雑居ビルだった。


「お前がここに来るなんて珍しいな、アリオス」


珍しい来訪者に、セルゲイは興味深そうに彼を見る。そしてアリオスはセルゲイにその相談を持ち掛けた。
セルゲイに訳を話し、臨時メンバーを募集している特務支援課にアリシアというリベールに居た少女を推薦できないかと尋ねたのだが、セルゲイは煙草の煙を吹かしながら感嘆の声を零す。


「……こいつはまたこの歳なのに凄い経歴だな。しかし、わざわざ俺の所に来た理由は何だ」
「……」
「元々遊撃士協会に居たなら受付補佐もあっただろう。何故特務支援課に推薦するんだ?」
「新たな視点を加えることも、特務支援課には必要なことかもしれません。それに……」
「なんだ?」
「……いえ、必ず彼女はロイド達の力になってくれるでしょう」


アリシアが遊撃士協会の受付に入るという事は自然と彼女との距離が近くなることを意味する。アリオスの直観が、それはやめた方がいいと警鐘を鳴らしていたのだ。彼女が一体どんな目的をもってこのクロスベルに来るのかーーいや、そもそもどうしてリベールの遊撃士協会の受付嬢をしていたのかは解らないが、意図が分からないからこそ警戒に値する少女なのかもしれない。
しかし、もしかしたらロイド達に協力する形で自分の抑制力となるのではないか、そんな期待もしてしまうのだ。


「新生特務支援課メンバー、ノエル・シーカー、ワジ・ヘミスフィア、アリシア・フルフォード……こりゃ一筋縄じゃいかねぇだろうなぁ」


アリオスが帰った後、セルゲイは深い笑みを浮かべた。
警備隊からの出向になるノエルはともかく、不良グループのリーダーを務めていて面白そうだからという理由でディーター新市長からの推薦状を持ってきた何処までも食えない少年であるワジ、そしてリベールの異変を経験したグランセル支部の元受付嬢ーーこれはまた更に面白くなりそうだ。


そしてケビンの元を離れ、共和国に滞在していたアリシアの元に届いたアリオスからの返信は、彼女の目を丸くさせた。

「特務支援課の、推薦……?」

手紙が添えられている訳でもなく、ただ一枚だけクロスベル警察、特務支援課への推薦状が入っていたのだ。特務支援課といえば数ヶ月前にクロスベルでD∴G教団の事件を解決したことでクロスベルタイムズでは今ちょっとした話題になっていることはアリシアも早速掴んでいた。
そんな部署にどうしてアリオスは自分を推薦したのか、アリシア本人もアリオスに声をかけたとはいえ疑問が浮かぶ。


「……でも、至宝に関する調査には打って付けね」


クロスベルという地に以前は存在していたという七の至宝は今存在しない。しかし、その代わりの存在を生み出そうと何らかの思惑が動いているのは教会も掴んでいた。六年前、各地で教団の摘発が行われていたが、今回のD∴G教団の事件は無関係とは思えない。
そう、この特務支援課という部署はクロスベルで様々な陰謀が渦巻きこれから起こる事件の渦中に居られる場所であるのではないかとアリシアは感じていた。
これはリベールのヨシュアとエステルを初めて見た時に抱いた直感と似ているような気がする。


「特務支援課のメンバーは現在四人……ふふ、なかなか面白そうじゃない」


新しいクロスベルの旅行雑誌を買いに行こうと、アリシアはホテルのソファから腰を持ち上げて鼻歌交じりに軽い足取りで街に出て行く。

ーー同じ臨時メンバーであるワジ・ヘミスフィアという名の少年との邂逅が今後アリシアの運命を変えていくなんて、この時は予想すらしていなかった。

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