カタリナ
- ナノ -

22 幸福のフルコースを貴方に

普段は支援課が日替わりで当しているのだがキーアの日耀学校が休みで特務支援課が昼食を雑居ビルの中で取る時、昼食は毎回キーアが担当していた。折角皆が居るのだから、と幼いながら気を使ってのことらしい。
今日の午前中は資料をまとめる作業を行っていたから必然と昼食はここで取ることになり、今日の昼食担当はキーアになるだろうと誰もが思っていたのだが。

キーアはキッチンに向かう前にソファに座って書類に目を通していたアリシアに駆け寄りとんとんとその肩を叩いた。振り返ったアリシアはどうしたの?と尋ねながらも優しい顔をしていたからその様子を見ていた向かい側に座るワジも興味深そうに顔を上げた。


「ねぇねぇアリシア!アリシアもキーアと一緒に作ろう?」

「え?勿論いいけど……キーアがそういうの珍しいわね」

「確かに俺の時はちょっと手伝ってくれるだけでいいって言われたからな……」

「キーアも腕を奮いたいんですよ、ロイドさん。でも確かに珍しいですね?」


最近は一人で作りたがるキーアが誰かと一緒に作りたいと言うのは新鮮だった。アリシアがこの支援課メンバーの中で最も料理を得意としている(得意である理由はこれまた自分の為なのだが)のは誰もが知っている。キーアもそんなアリシアに教わりたいのか、と思いながら聞いていたのだが。
キーアの答えは支援課の空気を凍らせることになった。


「モモがお母さんといっしょに料理したって言ってて、すごくうれしそうだったからキーアもやりたいなって思って」

「え」

「……えっと、キーアちゃん?それをアリシアに頼むってことは……」

「うん!色んなオトナの人にアリシアとキーア、親子みたいって言われたから!」


キーアの純粋すぎるその答えに張本人であるアリシアは満面の笑みを浮かべる彼女とは対照的に引き攣ったまま固まり、特務支援課メンバーはランディを除き気まずそうに横目でアリシア達をそろりと覗き見る。予想通りに向かい側に座っていたワジはアリシアをからかう時に見せる食えない笑みを浮かべていたからこの後繰り広げられるだろう、もはや痴話喧嘩のような言い合いが起こるのは目に見えていた。
アリシアは未だに引き攣った顔をしてキーアを振り返り、声を上げたが動揺からか僅かに声が上擦っていたような気がした。


「そ、それまだ続いてたの?」

「え?キーア、色んな人に言われるよ?三人とも似てますねーって!」

「良かったじゃない三人とも似てるってさ。ね、ママ」

「っ、ややこしくなるからワジは黙って!」

「流石ワジさん……」


キーアが一体アリシアと誰に似ていると色んな人に言われているのかはもう明白だろう。何だかんだ仲が良く見られがちであり、二人の見た目がこれまたキーアの外見の特徴と部分的に似ているのだ。
むしろここ最近授業参観に参加した為に一部の親には本当に誤解されているらしいとロイド達はどこから流れたのは分からないが住民の噂、そして何故かワジ本人からも薄っすらその話を聞いていた。当然ワジはそのネタでアリシアの反応を楽しんでいるのだが、アリシアとしては割と触れられたくないのか今のように否定する。その反応こそがワジを楽しませているのでは、とも外野としては思うのだがアリシアの気持ちも分からなくはない。

ワジの相変わらずな調子にティオは呆れながら見ていたのだが、周りがやたらと静かな事に気付いて周りをふと見ると。ランディはにやにやと締りのない顔で笑っていて、ノエルも苦笑いをしていたのだが、ロイドとエリィが微妙な表情で考えている様子だったから首を傾げると、それに気付いたランディがこっそりティオに耳打ちをした。


「ロイドとお嬢にしたらパパとママ役は自分でありたいんだろ。親心ってのは複雑なもんだぜ。見た目だけだと確かにアイツ等にちょっと似てるからな」

「ランディさんはどうなんですか?」

「俺か?俺はお前と多分一緒だろうよ。具体的な親っつーより、漠然と保護者って感覚だな。ワジとアリシアもそのつもりなんだろうけど如何せんあいつ等はもう噂が広まっちまったからなぁ。もういっそのことそういうことにしちま……」

「ランディ、何か言った?」

「な、何も言ってねぇよ!?」


ワジと言い合いをしていた筈のアリシアがランディの言葉が聞こえたのか声こそは荒げることなく問いかけながら振り返ったが、ランディを見るその目は冷め切っていて反射的に何も言ってないと言うことしか出来なかった。反論に疲れたのかアリシアは溜息を吐き、それでも優しい顔をしてキーアと一緒にキッチンに入っていった。
ロイド達と比べるとどんな種類であれ好意をあまり抱かないタイプに見えるが、実際は分かり辛いだけであって気を配っていたりするのだ。それがキーアに対しては見守る母や姉の様に見える。


「からかってた割にお前は行かねぇのか?」

「ママと娘を見守りたい所だけど邪魔になるといけないし、大人しくここで楽しみにしながら待ってるよ」

「……ワジさんってすごいですよね、色々と」


からかうために言ってるのかそれとも至って真面目に言っているのか読み取れないが、他の人間だったら恥ずかしく思うだろう発言をさらっと出来るだけでも凄いというか食えないと評するべきか。
そもそもワジやアリシアがキーアの保護者だと言われることに違和感とまではいかないが新鮮味を覚えるのは二人に家族の縁を感じづらいからだろう。二人から家族に関する、というより自身の話をあまり聞いたことが無いせいかもしれないが。


「キーアは何作る予定だったの?」

「ううん、とくに決めてないよー?えへへ、アリシアが得意な料理をいっしょに作りたかったから」

「得意な料理ねぇ……」

「アリシアって皆が食べたいものを作るってイメージがあるから得意料理って何かなって」


一方、キッチンに入ったキーアとアリシアはワジ達の会話を露知らず、それぞれエプロンを身に付けて昼食のメニューについて話していた。折角アリシアと作るのだからアリシアの得意な料理を一緒にしたかったのだが、食べること自体が好きだというのが目立ってしまって特別何か好きな料理があるかどうかはキーアも、そして特務支援課のメンバーも恐らく知らないだろう。
確かに言ったことがなかったかも知れないと、アリシアは考えながら頷いた。


「確かにそうね……じゃあ折角ゆっくり昼食取れる日だしちょっと頑張ろうかな。キーアも手伝ってくれる?」

「うん!何作るの?」

「パエリアと海老と白身魚あるしアヒージョとあとはサラダにしようと思って」

「あれ、前1回作ってくれたことあったよね。アリシアが好きなものだったんだ!それじゃあキーア、エビの背わた取るね!」

「そんなことまで出来るの?キーアってば凄いわね。じゃあ魚とエビの下準備は任せようかな」

「うん!任せて!」



アリシア達がキッチンに入ってから一時間も経たない内、キッチンから出来上がっただろう料理の匂いにロイド達はそろそろ昼食が出来た頃だろうと書類をまとめる作業を終えてテーブルの上を片付けていた。

八人分、時々九人分になる昼食作りとなると毎回大変だ。今日は時間があるが、時間が無い日はキーアに作ってもらうか、簡易的に作ることが出来るパスタや肉や野菜を軽く炒めた物も多いし訪問先で済ませることも多い。
しかしやはりキーアも居るこの場所で食卓を囲い、全員で食べる方がいいと誰もが思っていた。団欒、と名付けるべきだろうか。

キッチンの扉が開いたかと思えテーブルの上に置く用のコースターと布を持ったキーアと、その後ろには黒い鉄鍋をミトンをはめた手で持つアリシアが出て来た。先程から僅かに漂ってはいたが出来立ての良い匂いが部屋に充満する。


「みんなー!出来たよー!」

「おっ、待ってたぜ!っと、アリシアが持ってるもんはパエリアか?珍しいな!」

「うわあ、お昼からこんな豪勢な物食べられるなんて…!」

「ノエルさんの目が輝いてます……アリシアさん、お皿はどれを持って来ればいいでしょうか?」

「サラダとかもあるから小皿2つと、あと平皿お願いできる?」


キーアが置いた木製の大きめなコースターの上に鉄鍋を置き、他の料理を運ぶ為に再びキッチンに戻ろうとしたアリシアだったが、何時の間にキッチンに入っていたのかワジが残りの料理を手に広間に戻って来ていたから驚いたようにアリシアは瞬いた。


「二人がやってるのに流石にこれ位は手伝わないと」

「……はぁ、その冗談もういいから。でもまぁ、ありがと」

「どう致しまして。そういえばこのメニュー、アリシアが好きな物じゃない?」

「あぁうん、そうだけど……って何で知ってるのよ」


さらっと聞かれた内容にアリシアは自然と頷いたが、引っ掛かって聞き返した。自分が好きな物を話した記憶は全くないし、キーアにも言われた通り自分が食事を作る担当の時は全員の食べたいものの意見を取り入れた上で考えているから比較的メニューは毎回ばらばらだ。
確かにワジと美味しい物に釣られる形で何処かに外食した回数は結構あるけれど、毎回違う店で違うものを頼んでいたと思うのだけど、とアリシアは疑問に思いながらワジを見上げながら首を傾げていると、ワジはくすりと肩を揺らして笑った。


「前に一度作ってたっていうのもあるけど、前一回外食の際にアリシアがそれを頼んでて何時も以上に目が輝いてたから好きなんだろうなと思ってね」

「へぇー、ワジってアリシアのことよく見てるんだねー!」

「フフ、勿論。そりゃあ他ならぬアリシアのことだからね」

「ワジ君の惚気は確信犯よね……ある意味タチが悪いと言うか」


食えない笑みを浮かべて惚気るワジが果たして本心で言っているのか、それは本人にしか分からない。実際アリシアは何時もの事だと僅かな動揺を隠しながら流しているし、こういうやり取りももはや日常化しているよなぁ、と一番タチが悪いと評されているロイドを含めて特務支援課メンバーも認識していた。ランディだけは、時々つつくのだが。

全員が席に着き、いただきますと声をそろえた所でアリシアがパエリアをそれぞれの皿によそおうとした時、キーアが机に乗り出してアリシアの方に手を伸ばした。それが皿を貸して、という意味だと気付いた。


「キーアがやるよ!折角だからやりたいの」

「なんだなんだ?娘がママによそってやりたい気持ちってやつか?」

「ランディさん確かに合ってますがそれじゃあまた怒られ……」

「……ふふ、それじゃあお願いしようかな。ほら、ワジも」

「そうだね、よろしくキーア」

「うん!」


アリシアとワジの言葉に嬉しそうに笑顔を見せてスプーンでご飯を掬い、柔らかな笑みを見せて皿を受け取るアリシアとワジの反応にロイド達は信じられないと目を開いて驚いた。ランディは衝撃のあまりにスプーンを取ろうとしたまま手が止まっている。
何時もの流れならば余計な事を言うなと怒られるか冷めた目で見られるというのに、あまりに自然に受け入れていたものだから衝撃的だった。アリシアの分に続いてワジの分をよそい、今度はアリシアによそってもらっているキーアはまるで本当の家族のように映った、というと大袈裟かもしれないがそれほどまでに違和感が無く見えるのだ。

それを突っ込む間もなく全員の分がよそわれ、それぞれ食事を始めたから有耶無耶になってしまった。アリシアが見せたその表情はあの一瞬だけで、今は何時も通りの調子に戻っていた。


「これだけ料理作れるなら外食に行かなくとも作ってくれたらいいのに」

「何で私がワジに作る前提なのよ。というか、担当の時は作ってるじゃない」

「……まったく、相変わらずだなぁ。まぁこういうのもいいかな」

「ワジ?」


首を傾げるアリシアに分からなくていいよと言うと不満そうに顔を顰め、それに気づいたらしいキーアがアリシアの顔を窺い、不思議そうに首を傾げている。
こんな現実離れした普通の未来を思い描いてみるのも悪くないかもしれない、とワジは笑みを浮かべながら目をそっと閉じた。


――――――
リクエストより「得意料理をキーアと一緒に作る」でした。
得意料理ってつまりは好きな物かなぁ、という事で好きな物にしましたがパスタとかだったらあまりに簡単かなと思って西料理になりました。
少し15話とリンクした話になりました。

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