カタリナ
- ナノ -

21 ぐずりだした夜を見ていた

※truth33話で少し違うバージョン(カタリナ20話と少しリンク)


久々に何も言わずに姿を消したリーシャと再会出来たと安心出来た所もあるのだが、一緒に居る人間にアリシアは思わず眉を潜めた。リーシャが以前《銀》として仕事を引き受けていた相手である黒月と一緒に行動しているだろう、とは予測していたけれど実際に会うとまた居心地が悪いのだ。
主な原因は黒月のクロスベル支部をまとめているこの若い歳にして切れ者のツァオ・リーにある。温和な笑みを浮かべておきながら常に相手の心の奥底を見透かそうとしている所も気に入らない理由の一つではあるけれど、最も苦手なのは人を使えそうな人材として見ていることだ。


「っ……そんなの、アルカンシェルに決まってます!私はまた……あの舞台で踊りたい!イリアさんや、シュリちゃんや、劇団のみんなたちと!ただ、それだけなんです…!」

「あ……」

「……フフ…」


漸く、本音を吐き出したリーシャに特務支援課は笑みを零す。何時でも自分の気持ちを誤魔化してきたリーシャ、そんな彼女が初めて自分の意志をはっきりと口に出したのだ。
リーシャにとって大事な物は何時しかアルカンシェルとなっていた。《銀》である為にはリーシャ・マオとしての大切な物は必要無かったから、作るつもりなんて無かった。けれど、イリアに出会ってから彼女にはあの舞台が、人たちが無くてはならない愛おしい物となっていたのだ。

その様子を黙って聞いていたツァオだが、フッ、と笑みを零すと肩を揺らして笑い声を上げる。


「クク……まさか貴方に一本取られるとは……まぁ、この場合イリア殿と言った方がよろしいかもしれませんが、えぇ!見事にやられましたよ!」

「……」

「思っていた通りだ、本当に、貴方は面白い。人にそう語っておきながら、自分を切り捨てている……何処までも矛盾した方だ」

「否定はしないわ。それは事実だけど、だからこそ言える意見だってあるのよ」


口角を上げてツァオを挑発するような笑みを浮かべる。以前から注目していたけれど、単純な武術の実力もさる事ながら、まだ成人もしていなくて若いというのに相手を言葉で威圧できるような頭の回転も賞賛に値する。
時にその鋭さが疎ましくなるけれど、この逸材が自分の手元にあったらどれだけの戦力になるか、安易に予想付く。勿論、組織的な拘束が最も強いと言われる教会の人間だとしても、欲しいと言う願望は依然ツァオの中にはあった。

まさかそのアリシアに自分の切り札である《銀》を説得されるとは思わなかったし、主力を奪われた事への怒りは当然あるのだがここでリーシャの選択を拒む事は今後のことを考えると得策ではないだろうとツァオも分かっていた。


「フフ、本当はこの上なく腸が煮えくり返っていますが……まぁ、今後の協力もありますし、今回は退いておきましょう。《銀》殿……いえ、リーシャ・マオさん」


本音を口にしてツァオから気まずそうに顔を背けていたリーシャに、彼は《黒月》との契約終了を告げる。これは決して優しさなどではない、今後の利益の為に今一番何をすべきかという計算の結果出した答えだ。それでも、リーシャは良かった。再びリーシャ・マオとして道を歩む機会が与えられたのだから。


「……ツァオさん、ありがとうございます」

「あくまで、今回は諦めたというだけですから。私が、《黒月》が高みを目指すにはやはり貴方の力は欲しい。まぁせいぜい、気を抜かずに舞台に励むといいでしょう」

「……えぇ、私、絶対に諦めませんから」


話が落ち着き、張り詰めていた緊張感から解放されたロイド達は大きな溜息を吐く。ここでツァオが拒否するとどうなるか、話の行方が気が気ではなかったのだ。それにアリシアの説得の方法があまりに荒っぽかったから説得云々の前に一体どうなるのかと冷や冷やしていたのだ。
アリシアはというと、先程の剣幕がまるで嘘のようにリーシャの自身が一番望んでいた選択をした事に満足しているような笑みを浮かべていた。他人の事には自分の事以上に考えるのに、自身の選択にはまるで関心が向いていない。

いや、向ける意味がないと思っていると言った方が正しいかもしれない。ツァオは眼鏡を掛け直しながらアリシアを見詰めた。その内面も合わせてやはり非常に面白い人だと思う。……以前から目を付けていた通り。


「……ところで、アリシアさん」


全員がほっと一安心している中、それまで黙っていたツァオが声を掛けるとアリシアはあからさまに嫌そうな顔に変わりツァオに向き直った。ツァオの口調とこの流れから嫌な予感を早々に感じ取ったのだろう。


「この私の憤懣は一体何処にぶつければいいのでしょう?」

「……え」

「ふむ、そうですね。リーシャさんに去られる代わりに貴方に《黒月》に来て頂きましょうか。劣らず素晴らしい戦力になる事は間違いないでしょうからね」

「ツ、ツァオさん!?」


ツァオの提案に声を上げたのは本人ではなくリーシャやロイドだった。当の本人は信じられない、という顔になり唖然としている。……むしろ、もう一人の方が不機嫌そうに僅かながら眉を潜めていたからほう、と興味深そうに声を上げた。
同じ騎士団として勧誘を快く思わないのか、それとも。

(別の理由でしょうねぇ……)

ワジ・ヘミスフィアという青年が自分と似た本心を滅多に見せない食えない人間の系統だとは分かっているが、彼がどんな感情かはさておきアリシア・フルフォードに対して"執心"しているのは明白だった。自分の様な人間的な興味もしくは恋愛的な感情か。私も含め、厄介な人間を引き寄せる素質があるとでも言えばいいんでしょうかね。


「冗談ならもっとマシな物にしてもらいたいんだけど……」

「いえ、至って本気ですよ?私は貴方を気に入っていますし、シン様にも気に入られていることですし」

「そ、そういえばそうだったな……」

「ふふ、ロイドさんも納得しているみたいですしどうですか?」

「いや、納得してないですよ!?」

「あのねぇ……」


ロイドの言葉を都合よく取って本人抜きに合意に持っていこうとするツァオにアリシアは呆れたと言わんばかりに額を手で押さえて溜息を吐いた。ツァオとしては即戦力でそれ以外の分野でも割と使え、黒月長老の孫のシンにも媚を売るネタが増えるんだろうけど先ず不可能な話だと断ろうとしたのだが、アリシアが答える前に話を遮ったのはそれまで黙って聞いていたワジだった。


「勝手に勧誘されたら困るよ。まぁだからと言って話を聞かされた所で許可なんてする訳無いけど」

「やれやれ、だと思ったから強引にでも話を通してしまおうかと思ったんですがね。まぁいいでしょう、今回の所は諦めるとしますよアリシアさん」

「諦めるも何も最初からその気無いんだけど……」

「ふふ、彼の熱意に感謝すべきですね」

「は?」


一体何のことだと顔を顰めるアリシアを他所にツァオは笑みを浮かべ、この空気にロイドやティオは苦い笑みを浮かべるしかなかった。
望みが無いとは分かっていたとはいえツァオは本気だったし、どうしてこうも厄介な人間から目を付けられるのだろうかと内心ワジは溜息を吐いていたが、当の本人は話自体を既に何事も無かったかのように流しているのかリーシャと暢気に話していたから相変わらずだなぁ、とワジは笑みを零した。


――――
リクエストより『もしツァオに勧誘されていたら』でした。ツァオも人を気に入る基準がワジやレクターの系統ではあるのでこんな展開になっていたかもしれないなぁ、と。

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