カタリナ
- ナノ -

20 パステルカラーの侵略者

「丁度良かった。貴方達にシン様の案内を任せたいんですよ」


にこりと食えない笑みを浮かべてとんでもない事を言いのける男、ツァオ・リーに特務支援課は目を丸くする。
オルキスタワー除幕式で町全体が祭りになっている中、偶然黒月を訪れると何時もは反応がなく居留守を装っているのにも関わらず今日ばかりは違っていた。ラウに二階に案内されるまま着いて行くと悪い予感は的中し、ツァオは隣の部屋から少年を連れてきた。聡明そうな顔つきに毅然とした佇まいからただの少年ではない事が伺える。

ツァオがシン様、という位だから黒月上層部の子供、もしくは孫といった所なのだろうと困惑するロイド達を他所にアリシアは少年とツァオに視線を移して思案する。


「ま、待って下さい!俺達が案内って、」

「普段街を自由に歩く機会はそうありませんから丁度良いかと思いまして。除幕式で祭りも行われていることですし、嫌と言うなら別に構いませんがそれなりの報酬は出させてもらいますよ?」

「う……」

「うむ、よく言ったぞツァオ!普段触れ合うことのない一般市民の社会を学ぶ良い機会なのでな。立場に甘んずることなく自身の目で社会を見る事も大切だ」

「へぇ、偉ぶることなく良い心持じゃない。努力を怠らず己を高める事を忘れないのは誰でも出来ることじゃないわ。ふふ、ツァオはともかくシン君の為に護衛役引き受けていいんじゃない?」

「おやおや、私には手厳しいですね。私としてはもう少し仲を深めたいんですがねぇ……さて、如何なさいますか。ロイドさん?」

「そうですね……引き受けさせて頂きます」


立ち振る舞いが大人の貫禄を思わせるとはいえキーアと同じ年頃の少年であるシンも滅多にない街を歩く機会を楽しみたいだろう。ロイドがこう決断するように促されるのもツァオの思惑通りに事が運んでいるのだろうけれど、シンの表情から僅かに見える好奇心に、乗せられてもいいかと思ってしまう。
護衛と言う点で後方支援も必要だし全員で行動する訳にもいかない。そうなると誰がシンと一緒に回るのだろうか、とぼんやり考えていたのだがふと視線を感じて前を向くとわなわなと肩を震わせてじっとこちらを見つめるシンが居たから驚いて目を丸くした。


「どうしたの?」

「なんて美しい方なんだ!」

「へ、」


突然のシンの口から出た言葉にアリシアは驚きに素っ頓狂な声を上げる。またある者は呆然とし、またある者は不機嫌そうに僅かに眉を潜めていた。
シンの後ろに控えていたツァオも予想外だったのか目を丸くしながらもメガネをかけなおし興味深そうにほう、と声を零した。


「容姿もさることながら、僕を子ども扱いする訳でもなく個人として評価するその聡明さ…!なんて素敵なんだ!」

「おいおいそりゃあ誰の話だよ」

「まあ間違ってはいないと思いますが違和感を覚えるのは確かですね……」

「ちょっと怒るわよランディ。とはいえ、過大評価のような……」

「そんなことありません!失礼ですがお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「……アリシア、アリシア・フルフォードよ。宜しくね」


驚くほどに紳士的な態度にくすりと微笑みながら名乗ると、シンは顔を輝かせた。自分がアリシアをエスコートして街を回ると主張するシンに対してツァオはやれやれといった表情をしながらもロイド達に視線を戻し、宜しくお願いしますとにこやかに送り出した。

将来黒月を背負うという自覚があるらしいシンが興味を示す場所や観点は少しばかり他の子供とは違った。普段はこうして自由に外を歩き回れないために知識としては知っていても実際自分の目で見ると新鮮らしい。
立場もあって幼いながらに敵勢力から狙われるが故に自由に街を出歩くことも出来ないなんて難儀なものだ。怪しまれないよう同行者をアリシア、ロイド、そしてシンが他のメンバーで気に入ったエリィに絞り、他のメンバーは狙われないよう少し離れた所から監視という形だ。

(……居るわね、やっぱり二人位)

東通りを懐かしそうに見つめるシンに手を取られて一緒に歩きながらも、僅かに視線を後方にやる。気配の消し方が暗殺者のそれを思わせるようなプロの物で、明確な殺意こそは感じないけれどこちらを見張っている。


「どうかしたの?アリシア」

「え?いや、案内するはずがエスコートまでされてるし傍から見たら両手に花に見えるのかなーと思ってね」

「貴方をエスコートしないなんて男子として恥ずかしい行為ですから!」

「ふふ、ありがとう。両手に花はともかくもう少し気付いてくれたらね、ねぇエリィ?」

「な、なんのことかしら?ほら、シン君をちゃんと案内してあげなくちゃ」


ちらりと横を歩くロイドを見た後、エリィに視線を送り意味深に笑ったアリシアに、一体何の事を言っているのか気付いたエリィは僅かに頬を染めながら少しだけ足を速めた。ロイドは両手どころか一体何人の好意を引き寄せてるんだろうと思うほどなのに、如何せん自覚なく相手を口説いてしまうからそこに問題がある。
エリィも大変ね、と他人事のように思いながらシンに手を引かれるまま案内を再開した。


「……あのがきんちょ一丁前にエスコートなんてしてマセてるな……てかその相手がアリシアってまたどういうことだよ」

「もう、ランディ先輩失礼ですよ」


その様子を少し離れた所から見ていたランディ達の関心は護衛から完全に目の前で起こっていることに移っていた。シンは綺麗な人に弱いのか、エリィやアリシアには生意気な言動はなく非常に紳士的だというのが遠くから見ていても分かるほどだ。エリィは生粋のお嬢様だから分かるとして何故アリシア?と普段の言動を見ていると違和感を覚える。


「ランディさんはそう言いますが、あの自由な言動さえなかったら礼儀を弁えていますしあの気品といい知らない人には十分そう思われる要素があると思いますよ。……むしろ普段は敢えて空気読まない、って感じですよね」

「読んだ上で読まないって悪質だよねぇ」

「お前が言えることじゃねぇだろワジ!てか、お前にしては珍しくちゃんと監視してるじゃねぇか」

「僕は何時だって真面目にやってるつもりだけど?」


どの口がそれを言うか、とワジに視線が集まったが本人は何処吹く風だ。冗談めいた口調で誤魔化してはいるものの、ワジの視線は真っ直ぐとアリシア達に向けられていた。

――アリシアも気付かれない程度の取り繕った態度だし、相手は子供とは分かっていても、明らかな好意を抱いた男子にエスコートされてるっていうのは面白くない物だ。
能力的にもシンとは違う意味でツァオには気に入られているし、アリシアがどうしてこうも厄介な人間から関心を向けられやすいのか。


「あぁいう勘違いさせる態度にも問題あると思うけどね」

「ワジさんだって似たような物だと……?」

「フフ、僕はマダム達に夢を見させてあげてるだけで本気じゃないよ」

「……いや色々突込み所はあるんだが……確かにアリシアの場合は相手も根強そうだしな」


ワジがどこまで本心で語っているのか分からないから深く聞くことは出来なかったが、アリシアに向ける視線からどんな感情からきているのかはともかく妬いているのは間違いないだろうとだけ分かったからこそランディはやれやれと意味深に溜息を吐いた。


(コイツらホント分かり易いんだか分かり辛いだか分からないよな……)


―――――――
リクエストで「クエスト:シン少年への市街地案内」です。
がっつりクエストというより引き受けている間こんな雰囲気になる、って感じですが!

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