カタリナ
- ナノ -

19 晴れ時々憂鬱でしょう


「健康診断?」

「あぁそうだ。年に一回、一応警察官の義務みたいなもんだからな」

「今まで教えてもらったこと無いんですけど……」


突然セルゲイ課長に知らされた行事にロイド達は頭を抱えて溜息を付く。一時期活動休止していた時期があったとはいえ、今まで一度も受けたことが無いし聞いたことすらない。けれどしれっとした顔で今まで言わなかったからな、と当然のように言う課長に対して文句も言えない。
ウルスラ病院で行われるらしい初めての健康診断にセシルが担当してくれるか、と早速盛り上がっていたのだが、言葉を発せず何かを考え込んでいるらしい二人に気が付いてロイドは振り返った。


「ワジ、アリシア?どうかしたか?」

「え?いや……人間ドック程大規模な物じゃないですよね?」

「くく、流石にそんな時間掛かる事はしねぇよ。簡単な問診と検査だな、俺はやる必要ないと思うんだが……」

「まったく、それは課長の個人的な意見でしょう?」

「やれやれ、だったら余計にめんどくさいね」

「ワジ、お前なぁ……」


歯切れの悪いアリシアと乗り気じゃないワジにロイドやエリィはどうして二人揃ってこの調子なのかと呆れ二人は冗談を受け流すように真面目なロイド達をからかうが、内心考えていることは違った。人に見られて、調べられて困る事があったからだった。勿論そんな事情を知らないロイド達はただ面倒がっているだけだと思っているだけだ。


「……それなら大丈夫か……」

「アリシアさん?」

「何でもないわ。今日の昼となると依頼の方は?」

「今日は受け付けないように指示してある。その代わり明日からまた忙しいがな」

「げ、そりゃねぇぜ……んじゃまぁウルスラ病院に行くとするか!くーっ、ナース服に囲まれる検査…テンション上がるぜ!」

「ランディあなたねぇ……」


己の欲求を隠さないランディにエリィは冷たい視線を送る。警察の、それも特務支援課の健康診断ともなると若手のリーダーであるセシルが担当につく可能性も十分あるだろう。あからさまににやつくランディと、心の中の喜びが隠しきれていないロイドに冷たい視線が集中するばかりだった。


南口のバス停からウルスラ病院に向かい、受付に話を聞いた。
一階奥の診療所一つつを取っているという話だが一階の待合室に居る患者の数は普段と大して変わらない。一つの診療所を健康診断の為に使ってしまっているのは大丈夫なのだろうかと心配したが、健康診断に手配するナースと医者も最小限にしているらしい。
そもそも診療室が広いとはいえ男女混合でいいのか、と(二、三人を除いて)戸惑っていたが、カーテンの仕切りを作る配慮はあるそうだ。


「それと、今日別の団体と健康診断の日程が被っていまして、一緒になりますが宜しいでしょうか?」

「え、……また課長はそういう大事な事を言わないんだからなぁ」

「捜査一課や二課かしら?」

「ダドリーさん達と一緒って言うのも正直なかなかきついものがあるかと……」

「だよな、勘弁してくれよ……あーでも、そんな大人数だったら一つの診療室じゃ入りきらねぇな。どこの団体だ?」

「あら、あたし達の事?」


ランディの疑問に答えるような声が後ろで聞こえてきて、振り返るとそこには今話題のアーティスト三人が揃っていた。明るい笑みを浮かべて手を振るイリアと遠慮がちに頭を下げるリーシャ、それから面倒そうに頭の後ろを手で押さえてむすっと不機嫌そうな顔をしているシュリだった。
まさかその団体がアルカンシェルのメンバーだったとは思いもしなかったから驚いたのだが、やはり真っ先に反応したのはランディだった。


「リーシャはこの間ぶりだけどまさか健康診断が被るなんてね」

「えぇ、本当は皆さんと同じ日って事知っていたんですがイリアさんが内緒にしろって言ってたのでお伝えしてなかったんです」

「え、知ってたの?」

「いやー、練習に熱が入りすぎてあたしらすっぽかしちゃってね、でもやれやれ団長が煩いもんだから弟君達と一緒の日にしてもらったってわけ」

「流石イリアさんですね……」


自分の健康くらい自分で把握しているし(健康に悪い生活をしているのは別として)病院は面倒、と思っているイリアも親友のセシルの頼みと言う名の誘導を断れなかったようで、リーシャとシュリを連れてウルスラ病院に来たのだったがロイド達に会って気を良くしたのかイリアはロイドの肩に手を乗せてぐりぐりと撫で回す。
そんな事をされたらまたランディが煩いのではないかとアリシアはちらりと横目で彼を見たのだが、予想外に嫉妬の眼差しを向けているわけでもなくむしろその表情は喜びに満ち溢れているようなものだったから逆に引いた。


「おおお、最高だぜ…!健康診断をイリアさんにリーシャちゃんと出来るなんて…!」

「カーテンで仕切ってるから別に見れないわよ。あとシュリも居るから」

「現実を突きつけるなアリシア!」

「本当に先輩は欲に忠実過ぎると言うか……」

「ロイドにワジ君、ランディをちゃんと見てて頂戴ね?」

「フフ、了解」

「……大丈夫でしょうか本当に……」


悪ノリしそうなワジと、真面目に見えながらも最も美味しい所取りするロイドが果たしてランディを止めてくれるのか、と一抹の不安を残しながらも案内されるまま一階奥の診療所に向かった。
普段内科診療所として利用されている部屋には既にカーテンで仕切られていたが、明らかに広さが違う。男子三人に対して女子が七人ともなると当然かもしれないがリーシャやノエルは申し訳ない、と小声で零している中、扉が開く音が聞こえてきて振り替えると問診表を持ったセシルがそこに居た。


「お待たせしてごめんなさい、皆集まってるわね」

「あら、セシルじゃない!なに、今日の担当はアンタがしてくれるの〜?」

「えぇ、ロイドも勿論だけどイリアも居るから私に任せるのが一番だろうって」

「はは、俺は勿論ってセシル姉……」

「くっそ、この弟ブルジョワジーが……って事は俺たちもセシルさんが色々隅から隅まで問診を…!?」

「最低です」

「ふふ、ごめんなさい。私は女性担当らしくて」


柔らかくもきっぱり否定された事にランディはがっくりと肩を落として悔しさを露にし、そんなランディに対してティオはジト目を向ける。
落ち込むランディに呆れながらもロイドはその背中を押し、ワジもカーテンの奥に入って行ったのだが彼にしては珍しくやはり考え込んだ表情をしていたのが目に付いて、アリシアはぼんやりと彼の背中を見送る。

―ー私の場合は特殊な測定器とかで調べられると色々まずいけど、ワジはもっと別の理由で知られたらまずいことでもあるのかしら。

課長も言っていたけれど病院で人間の体を検査するものとして使う機材には含まれていない筈。だって、普通の人間にはあり得ない要素だから。研究病棟だったらまた話は違うかもしれないけれど。
そんな事を考えながらぼんやりと見ていたらぞくりと背筋に寒気が走り、嫌な予感に後ろをゆっくり振り返るとにやにやと妖しい笑みを浮かべているイリアさんが居たものだから咄嗟に視線を逸らしてリーシャとシュリを見ると"何時もの展開"なのかリーシャは困ったように苦笑し、シュリは頭を抱えて溜息を付いている。


「さぁて、男子が居なくなった事だし着替えようじゃないの〜?」

「え、」

「そういえば皆は初めてだったわね。検査用の服に着替えてもらうの」

「いやぁ、一斉に良い乳が見れるなんて最高ね!」

「い、イリアさん!?」

「オッサンかよ」


……向こうからガタン、って大きな音したけどランディって本当に分かり易いわよね。もしかしてロイドなのかも知れないけど、イリアさんもイリアさんというか、普段被害に合っているリーシャの気持ちが若干分からないでもない。目が真剣、と言うより篭っている熱がもはや怖い。
それとは対照的にふんわりと優しく笑いながら検査服を全員に渡すセシルさんはイリアさんのこの調子も慣れている上に然程気にしていないのか少しばかりズレた注意をするだけだ。


「……リーシャも大変ね」

「あはは……イリアさんのセクハラも何時ものことですから……」

「へぇ、エリィちゃんもなかなかいいサイズじゃない!どれどれお姉さんに一つ揉ませて……」

「きゃああ!や、止めて下さいイリアさん!」

「……」


シャーリィの時と言いエリィはこの類の災難にはリーシャ以上に縁があるのかもしれないと横目で着替え途中でブラジャーを外されそうになって必死に抵抗しているエリィを哀れみながらネクタイを外して、上の服を脱ごうと手をかけていたのだが、エリィを標的にしていたと思っていたから完全に油断していた。
突然後ろから手が服の中に差し込まれて捲り上げられたから寒気とはまた違う鳥肌が立ち、肩を揺らした。振り返らなくともその人がイリアさんだと直ぐに分かったが、抵抗する隙もなくそのまま後ろから腰周りをがっしりホールドされ、手が動き回る。


「いやああ、ちょ、何やって、あっ!?」

「ほうほう、いい反応ね〜前から目は付けてたけど流石リーシャと仲良いだけあるわ……」

「もう、イリアさん!離して上げて下さい」

「あら、ダーリンの為にもあたしが声に出して実況してあげないとだめじゃない」

「だだダーリンって何よそれ!?」


イリアがにやりと悪巧みするような笑みを浮かべ、ちらりとカーテンの方を覗き見る。その奥からは先程まで聞こえていた物音さえもせず、話し声も一切聞えないほど怖い位に静かだった。
そのイリアの言葉に一体誰を指しているのか解放されたエリィ含める特務支援課陣には分かったのか苦笑いを浮かべるばかりだ。何かと似ていて、特に彼はアリシアにちょっかいを出すけれど、普段自分の体系に関する話に良い顔をしないアリシアが可哀想だと思いつつ好奇心やイリアの対象を押し付けたいなど諸々の気持ちが勝ってしまい、止める者はリーシャとシュリ位だった。
イリアに対して力ずくで逃げる、というのも罪悪感から戸惑っていると、ブラジャーの後ろを引っ張られて流石のアリシアも肩を揺らして声にならない悲鳴を上げる。


「何やってんだよアンタぁあ!」

「ちょ、ちょっとコレ、セシルと一つ違うだけじゃない!そんな物隠してたの!?」

「もう、イリアったら。そういうのは相手に許可取ってからじゃないと駄目でしょう?」

「……、そういう問題ではないかと」

「あぁ、多分オーケー出してくれるような子だし、あたしもこうして口で伝えてるし。上が93、真ん中が59っていうのは分かったんだけど、」

「なななに言ってるんですかぁあ!」


診察服を持って素早く後ろに下がったアリシアは未だに顔を赤くしたままそれを無言で着ていたが、セシルの問いかけに対して一体誰の事を指しているのか分かっていないアリシアは訳が分からないと項垂れるばかりだ。水着の時で分かっていたが、自分の体系に関する話は本当に苦手なのか(気にしているからこそつついて欲しくない、というのが大きい)何時もの調子とは違って本当に気恥ずかしそうだ。
普段は見られないその恥じらい方に可愛い所あるじゃないと、イリアは口角を上げるのだがそれを本人に見させてあげられない事を非常に残念に思いながら振り返って悪戯に笑う。
っていうか、ランディ君と弟君の方に刺激が強かったかしら?


「……健康診断最高だな」

「なっ、何言ってるんだランディ!」

「っていうお前も聞き耳立ててたじゃねぇか。それにその口元隠せてないんだよ!つーか、そんなにグラマーだったのか……この見えないからこそ萌える感じ…!」

「確かに大き、……だからそうじゃなくて!」


カーテン傍にて小声で口論し合う二人の顔は何時も以上に締りがなく赤面していた。直接見るのも刺激は強かっただろうが、耳に入る会話だけで想像するのも相当な興奮剤になったのか二人の着替えは全く進んでいないし妙な動機さえ感じる程だ。


「君ら、早くしなよね」

「っ!ワジ、お前何時の間に着替えてたんだ!?」

「二人がそこに居る間に簡単な診察も済ませたけど?それにしても思春期の男子かい?」

「何でお前はそんなに余裕があるんだよ……!」


背後から聞えてきた声に振り返ると何時の間に着替えていたのか診察服を着ているワジが溜息を付きながら呆れた顔をして完全に浮かれている二人を見ていた。しかも医者の診察も手短にさっさと終わらせていたようで、また着替えを見逃した、とランディも考えるような余裕は目の前にある最高の状況に完全に気をとられて一切なかった。
しかも何故こんなに平然とした顔で冷静で居られるんだ、と不思議に思ったランディはもしかして今の会話聞えていなかったんじゃ、と勝ち誇った顔をしたのも一瞬。


「あぁ、全部聞いてたよ?会話に参加したかったし恥ずかしがるアリシアの顔なんか是非とも見たかったけど、大体のスリーサイズは元々把握してたし」

「そっか、っていやいやいや、何で知ってるんだ!?」

「フフ、何でだろうね?照れなくたって、前から知ってたけどね」

「っ!?ちょっと今の聞いてたの!?というか前から知ってたって何よ!?」


わざとアリシア達に聞こえる声で言ったワジに、当然反応したのはアリシア本人だ。カーテン越しに言い合いをし始めた二人だが、ワジの顔は至極楽しそうなものだけれどやはりアリシアと会話している時にしか見られない柔らかな表情も垣間見えて、ランディはまったく、と素直じゃない青年に対して溜息を付くばかりだ。
つーか何でコイツ本当にアリシアのスリーサイズ知ってるんだよ。……いやいやまさかな。



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リクエストより「ウルスラ病院で健康診断」です。
イリアさんとランディ専門のターン!セクハラはこの二人に任せます。ワジは抱きしめたり部屋着姿見てるうちに把握してるといい。

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