カタリナ
- ナノ -

16 サックスブルーの逃避行

※『truth』の時間軸で「もしレクターに対して恋愛感情があったら」


一体何が楽しくて黙って見ていなくちゃいけないんだろう、と普段はそれらしい素振りを見せない僕も不満が募る所もある。ここだけはヴァルドと共感できる所はあるかな。
アリシアは自分の考えている事や行動目的を隠して誤魔化すのが非常に上手い。けれど、感情を誤魔化すのが上手いか、と言われたら本当に読みにくい面もあれば非常に読みやすい面もある、と言った所だろうか。


「……で、何で付いてくる必要があるのよ」

「アリシアが休日何してるのか気になってるからね」

「その言葉そっくり返したい……」


特務支援課の活動が休みの日、屋台巡りも兼ねて外を散歩しようとしていたらしいアリシアに付いていくとこれまた分かり易い怪訝そうな顔をされた。まぁ、確かに僕の私生活もなかなか謎に包まれているように思えるけど、アリシアも何してるかよく分からない方だ。ふらっと何処かに言っては必ず何かを食べて来たと言っているけど、果たしてそれが本当なのかはいまいち明瞭じゃない。


「特に大した事しないわよ?歩いて出店で食べて歩いて、の繰り返しだし」

「別に構わないよ。何だったら奢ろうか?」

「ワジに奢られるのはなんか癪だからいや」

「君の事だからそういうと思ったよ。ホント、僕に借り作るの嫌がるよね」

「だってろくな事にならなさそうなんだから」


むすっと拗ねた表情で振り返ったアリシアに思わず笑みを浮かべると、眉を寄せてふいと顔を逸らされる。こういう態度を見る限り、僕に対する警戒心は本当に相変わらずだ。人に対して一定の距離を保とうとするからこそ、特に僕の対応に困惑しているんだろう。それを分かってやっているから余計にタチ悪いとは分かっているけどね。
裏通りを抜けて歓楽街に出るとアリシアはアルカンシェル前にあるアリシア御用達らしいジェラート屋に向かったから首を傾げた。てっきり昼ご飯を食べるものかと思ったのにまさかデザートからとは思わなかった。
メニューを覗き込んだアリシアは慣れた様子でジェラートを二つ頼んだ。店員に渡された二つを手に持つと振り返ってそのうちの一つを僕に渡してきたから驚いた。


「はい、私オススメ。味は確かだから」

「……フフ、ありがとう。それじゃあここは僕が払おうかな」

「え?あっ、ちょっと!」


アリシアの両手が塞がってるのをいいことに支払いを済ませてからそれを受け取ると、少し拗ねたような顔をしていたから吹き出してしまった。大人びているように見えて案外こういう子供っぽい所があるから面白いんだよね。


「ワジって本当にその辺り手慣れてるというか……」

「そう?僕は全然本気にしてもらって構わないんだけどね」

「そういう冗談、いいから」

「……」


アリシアは冗談めいた口調でさらっと流してジェラートを口に含むけれど、誤魔化したその表情のどこかに寂しさが滲んでいるような気がした。この類の話をアリシアは無意識の内か避けようとする。口にはしないし認めているかも分からないけれど、アリシアの中には何時までもあの人の存在があるからだ。


「アリシア?」

「……え?な、何でもないわよ。あ、まずい垂れて……」

「もーらい」

「!?」


溶けて垂れそうになっている所を食べようとしたその瞬間、ジェラートを持っている手ごと突然聞こえた声の主に引き寄せられて、食べられていた。何でまたこういうタイミングに来るかな、この神出鬼没な人は。いや、さっきから僕たちに気付いていて、この瞬間を狙って来たか。掴めない性格だけどこの人ならあり得ることだから非常に厄介だ。
その人に振り返ったアリシアの表情は目に見えて輝いたように見えて、まるで勝ち誇った顔をして一瞬だけ僕を見るとアリシアに向き直って子供みたいに無邪気に笑ったから面白くないよね。


「れ、レクター!?ど、どうしてここに……」

「ん?さっきまでそこのカジノに居てな!外出たら偶然見かけてなァ。なんだ、デートか?」

「よく分かったね、だから邪魔してほしくないんだけど」

「な、そんな訳ないでしょ!?レクターも悪い冗談止めて、」

「まぁ首縦に振ろうと振らなかろうと邪魔するつもりだったけどな」

「え?」


満面の笑みを浮かべるけど瞳が笑ってない辺り、この帝国のお兄さんは本当に厄介な人だ。普段全く掴めない性格してるのに、アリシアが絡むとその誤魔化す振る舞いが途端に鈍る。
アリシアと昔からの知り合いらしくて、以前から親しかったみたいだけどアリシアが彼に抱いてる感情はその枠を越えてる。ただ、何故かは知らないけどその感情を殺そうとしているから、このお兄さんと話す時は嬉しそうだけど、同時に苦しそうな顔をする。
それがアリシアにとって特別な位置付けにあるという何よりの証拠で、僕としてはやはり面白くない。


「お前の食い意地張ったとこは相変わらずだなァ〜ま、そういうとこが可愛げあるんだけどな?」

「なっ、レクターには言われたくないわよ!それに、そういうの要らないから」

「ふむ、まったくそう素直じゃないとこも相変わらずだな。いやいや、やっぱり今すぐにでも……」

「させないよ。お兄さんは一人寂しく帰るか《鉄血宰相》と帰ればいいんじゃない?」

「む、言うじゃねぇの、アンタ。言っておくけど俺はもう八年前から予約済みだからな」

「予約って、」

「特務支援課から引き抜こうとするとリーダー達も黙ってないからね」

「はいはい、今日は引いてやるよ。……まぁ、時間の問題だけどな?」


勝ち誇った顔をして口角を上げたレクター・アランドールは手をひらひらと振りながら中央広場の方に歩いて行く。その後ろ姿を名残惜しそうに見つめていたが、無関心を貫こうとふいと顔を逸らしたアリシアの表情は誤魔化しきれない程に憂いを帯びていた。
時間の問題、か。今の状態だったら確かにその通りだ。アリシアはあのお兄さんに対しての昔の恋愛感情が未だに残っているみたいだし、あのお兄さんに至っては冗談に見せ掛けているけどアリシアに対する執着が強いみたいだし。


「僕も本腰入れて頑張らなくちゃ、かな」

「ワジ?」

「はい、残り食べていいよ。オススメって言ってただけあるね」

「ありがとう、ってもう食べないの?だったらもらうけど……ん、」

「間接キスだけどね」

「うっ!?げほっ、い、いきなりそういう事言わないでくれない!?」


むせて咳き込むアリシアは狼狽して僕に文句をぶつけてくる。アリシアのこういう滅多に人に見せない姿を見るのが好きで、つい構いたくなる。やっぱり、相手が幾ら昔馴染みとはいえ、急に出てきた人に譲りたくないよね。



――――――
フリリクより『もしレクターに対して恋愛感情があったら』でした!
ワジも恋愛感情認めててレクター登場ってどの位だ?と考えたんですが見事に被ってなかったのでいつ頃かは適当です。
一応、教会所属だからレクターの元に帰れないという設定は生きたままです。

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