01
※『truth』インターミッション中の話です
「美味しい〜……っ」
「アハハ、君って本当に美味しい物に釣られるよね」
「し、仕方ないじゃない。っていうか、ワジも分かっててわざと誘ってるでしょ」
「まぁね、こうでもしないと連れなく跳ね除けられるから」
「う……」
最後の一口を食べ終えたアリシアはワジの的を得た指摘に言葉を詰まらせる。誰かの口説き文句に対して然程動じないアリシアも、自分の知らない美味しい店をちらつかせられると直ぐに釣られる悪い癖があった。リース程大食漢ではないが、美味しい食べ物に目が無いアリシアをワジは割と頻繁に誘っていた。
普段は素っ気無く誘いを跳ね除けるアリシアもこの時ばかりは完全に強固な姿勢を崩す。このギャップが面白いというか。ホストをやっていても女性に対して割と連れない態度が目立つ僕も、ついつい彼女に構ってしまうのかもしれないが、とワジは幸せそうな顔をするアリシアを見てふと笑みを零す。
――まあ、今は面白いからっていう理由だけじゃないか。
「?、ワジ?」
「いや、何でもないよ。まだ集合まで時間があるけど、どうする?」
「そうね……別にエリィ達みたく服やアクセサリーに興味がある訳でもないし……」
「そういえばそうだね。それにしてもその容姿があるのに勿体無いよね。さっきの水着といいそんな事言ってたら色んな女子から妬まれそうだよ」
「な、何よそれ……水着?……、あっ」
水着という単語に何かが引っかかったのか暫く考え込むように悩んでいたが、漸く思い出したようで声を上げる。そして結局忘れていたとがっくり肩を落とすアリシアに一体どうしたのかとワジは首を傾げた。
「イリアさんに取られたままパーカー回収するの忘れてた……あれ、私の部屋着だったんだけど」
「あぁ、アレか。まだそんなに経ってないし、ロッカーか受付にあるんじゃない?彼女、手に持ってなかったような気がするし。付き合うよ」
「……ごめん。って、元の原因を辿るとワジじゃない」
「アハハ、お陰さまでいいものが見られたよ」
それが一体何を意味しているのか気付いたアリシアは僅かに頬を染め、拗ねたように顔をふいと逸らすと、椅子から立ち上がって先に歩いて行ってしまう。そんな分かり易い態度にワジは満足そうに笑みを浮かべ、アリシアの後を追った。
レストランを出てアーケードを左に折れたアリシアとワジは更衣室に続く廊下に入ったのだが、異変に気付いて足を止める。やけに静かだし、受付に居る筈の人も居ないのだ。
疑問に思いながら受付を抜けて更衣室に向かうと、不満気な顔をして愚痴を零す女性とそれを宥めている男性、申し訳なさそうに謝っている受付と監視官の姿があった。流石にこの騒動を無視して更衣室にパーカーを確認しにいくわけにもいかず、アリシアとワジは顔を見合わせた。
「どうかしました?」
「あんたらはビーチに来てた、マリアベルさんの招待客っていう……」
「ああ、すみません!受付を開けっ放してしまって……」
「それはいいけど、一体これは何の騒ぎで……?」
「どうもこうもないわよ!さっきビーチで泳いでいたら、私の水着が何者かに切られちゃったの!」
「水着を?」
ビーチの開設以来女性の水着が切り裂かれる案件が2、3度起こっているらしく、貸し切っていた時は起こらなかったが、開放されてから起こったようだ。それが目的で着ている人間が居るのなら一般客が密集する中で起こるのは分かるが、不思議な事に今まで犯人の姿すら確認された事がないようだ。
「どうする?ちょっとした事件みたいだけど、ロイド達を呼ぶ?」
「僕らが詳しく聞いた後でもいいんじゃない?それに犯人像の特定くらいは手伝えそうだからね」
「え……ぜ、是非よろしくおねがいします!」
更衣室に場所を移して事件発生時の状況を聞く事になったが、普段事件を困っている人の為に解決しようと言うより面白いから乗っているというモチベーションの二人がこうして依頼として受諾していない案件を急遽引き受ける事は非常に珍しかった。
ただ、その積極的ではない姿勢から誤解を受けやすいが、二人の状況判断、推理能力はロイドにも劣らないどころか勝る所もあった。監察官としての視点、という点では捜査官の資格を持っている本職のロイドには劣る部分があるのは仕方が無いが。
「……私は彼氏と一緒にビーチで水遊びをしていたの。ビーチボールをトスし合ったり、泳ぎの練習をしたりね」
「その後しばらくして、僕が売店に飲み物を買いに行く事になったんだ。それで、しばらく目を離してたら彼女の悲鳴が聞こえてきて……戻ってみたら、彼女が水着を着られて湖に屈みこんでいたって訳さ」
「周りの人は集まってくるし、もう、サイテーだったわ。そこの監視員さんが急いでタオルを持ってきてくれたけど……」
「なるほどね……その時何かを目撃は?」
「俺は湖一体を監視してたが、気になるものは見なかったな。悲鳴を聞いて駆けつけるまで水着が着られたってことにも気付かなかったくらいだ。騒ぎになってから周りの観光客にも聞いてみたが、犯人を見た者も居なかった」
周りの人も見ていなければ、被害者本人である彼女さえ犯人の姿を確認できていないのだ。彼が買い物に行ってからそれとなく辺りを見回していたけれど、誰も近付いてこなかったからまさか誰かに水着が突然切られるとは思いもしなかったのだ。それに、切られた瞬間は驚いて慌てて屈み込んだから犯人を目で追う余裕も無かったらしい。
そして今回の件だけではなく、今までに起きた同じような事件も全て浜辺で起きたが、誰も犯人を見ていないという点で一致していた。しかし、水着は何時も刃物のようなもので切られていたから事故とも考えにくく、同一犯だと考えるのが自然だが肝心のその犯人を一度として見ていないし、客の名簿を見ても事件の時に共通してきている人は居なかった。
「へぇ……同一犯だとは思ったけど、どうやら犯人はここに居る人や他の観光客じゃなさそうだね」
「えっ、ど、どうして……分かったんですか?それに現場検証をせずに大丈夫ですか?」
「浜辺で起きてるんだから例え証拠があったとしても痕跡は無くなってるでしょうね。そこに刃物が落ちてた訳でもないみたいだし、行っても得られる物は殆どないはずよ。……ってロイドなら言うかな」
「フフ、そうだろうね」
「もしかして、犯人が分かったの?」
女性の質問にロイドだったらこんな風に推理を進めていくんだろうな、とぼんやり考えながらアリシアは導き出された一つの可能性を述べた。
人には不可能な犯行とはいえ、同一犯であるに違いない今回の事件。視点を変えると浮かび上がってくるのは、なんて監察官らしい発想の転換もロイドと同じ場所に居る環境だと自然と身に付くものだろうか。
「今回の犯人は、ビーチに潜んでいる何らかの"魔獣"と考えるのが妥当かもね」
出された一つの答えに、四人は驚きに目を開いた。幾らなんでも常識を逸脱した突飛過ぎる答えだった。
「切り裂かれた水着は刃物のようなもので切られていたけど、先ず持ち込み禁止でしょう?看板に書いてあったと思うんだけど」
「ああ、俺達職員も保安上、小型の簡易的な金属探知機を持ち歩いているんだ。だからこそそんな物をどうやって持ち込んだか全く分からなくて……、あ」
「犯人は刃物を持ち込んだわけじゃなくて、水着を切り裂くための武器をあらかじめ備えていた。爪や歯といったものと考えるのが妥当だろうね」
「そしてその刃物だけじゃなくて、今まで行われていた同一の犯行、目撃者はゼロ、水辺で行われていて手口が全く同じ……同一犯って考えるべき状況で名簿に事件時、同一の客は居ない」
世紀の手段で入って来た客の中には犯人は居なくて、監視員が居て見張っている状態では人がバレずに湖を経由して進入することは出来ない。そうなるとエルム湖の沖辺りに住むかを持つ小型の魔獣ならば水中を泳いでビーチ内に侵入するのは可能だろう。
とはいえ、論理的にその答えを導く事は出来ても、やはり道徳的な面で納得いかない部分が残るのも確かだ。女子にしたら特に理解しがたい動機だし、とアリシアは心の中で呆れたように溜息を付いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。大事なことを忘れてない?なんで魔獣なんかが女の子の水着を切り裂く必要があるわけ?」
「流石に動機までは分からないけど、魔獣にしか出来ないのよね。『そういう習性を持つ魔獣』と言ったらそれまでだろうけど……悪趣味ね」
「でもどうしましょう。魔獣が出没するとなると、ミシュラム事業部の信用にも繋がってしまいます。なんとかこの機会に退治できるといいんですけど……」
「だが、相手は神出鬼没だ。現れるまで待っていたら、とてもビーチなんかは運営できないぞ」
「だったら、オトリ捜査ってヤツをやればいいんじゃないかな」
「……、え」
あまりにさらりと出されたから一瞬理解するのが遅れたけれど、ワジの顔に浮かんでいる悪い笑みにアリシアの中で嫌な予感が走った。ワジがこういう顔をする時に限って必ず良くない事を考えているという経験から直ぐに分かる事だった。
オトリ捜査って、あれでしょ?被害者を装って犯人を捕まえるってやつ。つまりこの一連の事件の被害者は女性で水着を切り裂かれている。その役を誰かがやって、今度こそその魔獣を捕まえるということなんだろうけど。
「その魔獣は女性の水着を切り裂く時に出現するんだろう?だったらオトリ役の女子が水辺に居たらまた出てくるかもしれないじゃない」
「……一応、念の為聞くけど、ワジ。それ、誰を仮定して言ってる?」
「勿論アリシアに決まってるけど。もし被害にあったとしても直ぐにサポート出来るし、僕も美味しいもの見られるかもしれないし」
「思いっきり私情優先してるでしょうが!というか何で私なの!」
納得いかないと反論するけれど、ワジの耳には全く届いていない様子で語尾にハートが付いているような楽しむ口調だったからもう止められそうにないと分かって、頭を抱える。
「支援課のメンバーなら魔獣の戦闘にも慣れてるし、大事には至らないだろうね。さて、今からビーチで魔獣退治といこうか」
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