カタリナ

03

気持ち早歩きでオークションの品が揃い、ルバーチェ商会の待合室になっている三階へ向かうと廊下に見張りをしていた筈の黒服の男が地面に倒れていた。首の後ろを一発で昏倒させる実力――やはり中に居るのは、と一人確信して扉を開けると、男三人をあの大剣で吹き飛ばした《銀》が居た。


『……妙な気配がするかと思えばお前達も入り込んでいたか』

「へえ……随分とヤバそうな人だね。察するに、巷で噂されてる《銀》殿なのかな?」

『いかにも……《テスタメンツ》リーダー、ワジ・ヘミスフィア。妙な気配の一つはお前の物だったようだな。それ以外にも居るようだが……クク、まさに伏魔伝だったか』

「ふぅん、面白いことを言うね。それで……僕達も彼らのように実力で排除するつもりかい?」


ワジの質問に《銀》は黙り込んだかと思うと剣をしまい、そのまま踵を返して窓際に立った。始末するのは容易い事だが、この場を任せても面白い事になりそうだと笑みを零した。


『そちらの奥の部屋には競売会後半の出品物がある……《黒月》に流れた情報によると面白い"爆弾"があるらしいぞ?その目で確かめてみるといい』

「あら、それを確認しに来たんじゃないの?いいの?」

『――フッ』


そのまま窓ガラスを割って飛び出した《銀》の姿は、窓際に寄って確認した時には既に遠くに行っていて、とても追う事は出来なかった。《銀》が残した言葉の真意は一体何なのか、それは実際に調べなければ分からないだろう。
黒服の男達が倒れ、軍用犬も眠っているとなると異変に気付いて援軍が来るのも時間の問題だろう。急いでオークション後半に出品される品の中に紛れているらしい"爆弾"を確認しに保管室に足を踏み入れたその時。

――ミツケテ、ワタシヲミツケテ

そんな、あどけない少女の声がロイドの頭の中に響いた。何時かも聞いたことがあるこの声は、どうやら自分にしか聞こえていないみたいだ、とロイドはアリシアとワジの表情を確認して実感した。


「まだ結構残ってるみたいね。この中からその爆弾とやらを見付けるのは骨が折れそうだけど」

「ふふ、後半に出るってことは取っておきの品ばかりだろうね。時間もないことだし、手分けして調べてみようか」

「……あぁ、どうやら……本当に何かありそうだ」

「……」


――何か、ありそう、か。
私をこの地に呼んだ切っ掛けがここにあるのなら、きっと更なる渦に飲み込まれていく事になるだろう。きっと……いや、察するにワジも私と似たような理由でこのクロスベルに居るのだろうけど、果たして何が飛び出すやら。

部屋に並べられた品々を物色していくが、ロイドは中央に置かれた大きなトランクケースにふと目を留めた。何となく、気になったその直感を無視できなくて、掛けていた伊達眼鏡を外して針金部分を鍵穴に差し込んだ。
警察学校に通っていた頃に習っていたピッキングがまさかこんな形で役に立つとは、と思いながらカチャと鳴った音に安心し、そして今後のロイド達、否――クロスベルの運命を変えるトランクを開いた。


「……え。」

「……ん……」


開けた瞬間、ロイドはあまりの衝撃に動けなかった。アンティークドール、にはとてもみえない生きた少女がすうすうと寝息を立てて眠っていたのだから。明るくなった事で気が付いたのか、眠たい目を擦って少女は起き上がり、目の前で自分を呆然と見つめる青年を見上げる。


「……おにいちゃん、だれ?」

「……なあああ!?」

「どうしたのロイド……あっ」

「……その子は……」


三人の視線の先にはアンティークドールが入っていた筈らしき巨大なトランクケースに蹲るようにして先程まで眠っていた少女が居た。鮮やかで長くウェーブのかかった黄緑の髪に、こちらをじっと見つめる大きな瞳は純粋無垢そのものだった。服は招待客には見えない、まるで病院に居る患者が着るような簡易的なワンピースだった。
この場の雰囲気には全く合っていない少女に、ロイドの胸に嫌な予感が走る。偶然紛れ込んだのならともかく、もしこのまま出品されていたら人身売買となっていたのだから。
そして、そんな少女を何か考え込むようにワジとアリシアはそれぞれじっと見つめていた。


「どーしたの、目をまん丸にして?あはは!おにいちゃん、面白い〜!」

「い、や、面白いって……もしかして偶然、中に紛れ込んだのか……お父さんとお母さんはどこにいるか分かるかい!?」

「ん?おとうさん?おかあさん?キーア、そんなの知らないよ?」

「キーア……君の名前はキーアって言うのか。でも、一体誰の……」

「フフ、どうやらその子が"爆弾"だったわけだ。ローゼンベルク工房の人形が仕舞われているトランク……」

「もしこのまま会場に運ばれて蓋が開けられたら流石のハルトマン議長やルバーチェ商会も免罪は難しいかもね。その辺りの問題は警察も介入出来るから」

「そ、そうか……って詳しいな!?」

「ふふ、ロイドに習って勉強してきたの役立ったかしら」


普段警察の仕事に関してはランディ以上に適当で振り回したり水を差す事が多い人なのに、エリィやティオが居るから自らその知識を振るう事は少ないが、何だかんだジャンルを問わず様々な知識を本当は誰よりも持っているような気がしてならなかった。
そのやり取りを聞いていたキーアという名前の少女はロイドの顔を見上げて確かめるように頷き、何度か名前を唱える。


「へー、おにいちゃんロイドっていうんだ!……ロイド、ロイド……えへへっ、いい名前だね!」

「ど、どうも……って、そうじゃなくて!キーア!他に覚えてる事はないか!?知ってる人とか、住んでいた場所とか!?」

「……えーと。えへへ……なんにも思い出せないや」

「と、とにかく君をこのままにはしておけない。いったんここを出て――」


その時、屋敷内に鳴り響く警報が耳に届いた。黒服の男達が襲撃された事に気付いたのだろう。この部屋では逃げ場はないし、出口も正面口しかないし今はキーアという少女も居る。四面楚歌どころか絶体絶命だ。


「やれやれ……タイムオーバーみたいだね」

「馬鹿な、侵入者だと!?」

「しゅ、出品物を確かめろ!」


武器を片手に部屋に飛び込んできた黒服の男を視界に捉える前に、アリシアとワジはすばやく動き出した。ワジの男の鳩尾に入った蹴りによって壁に叩きつけられ、もう一人はアリシアのハイヒールの踵が顎を直撃し、更に壁に頭を強打した。ドレス姿でやるものじゃない、とアリシアは溜息を付きながら手をぱんぱんと叩き、ロイドを振り返る。


「リーダーの意にはそぐわないかと思ったけど、ここで捕まったら元も子もないじゃない?」

「どうやら覚悟を決めた方がいいんじゃない?このままだと確実に連中に捕まる事になるよ」

「……分かった」


ジャケット姿から普段着に戻ったロイドは膝を付き、キーアに優しく語りかけた。絶対に守るから、と宣言して。ロイド達に付いて行くと頷いたキーアにロイドは満足そうに笑い、キーアを腕に抱えて持ち上げた。これより脱出する、というロイドの言葉に頷きそれぞれ動きやすい格好に戻って保管室を出た。やっぱり、ドレスは何時まで経っても慣れない。

一階に降りて正面口に行こうとしたのだが、既にガルシアとその部下が中央口を塞いでいて出るに出れない状態だった。遠回りして左通路に向かい、正面口を覗いたのだがマルコーニ社長まで焦りを隠せず侵入者を殺せと声を荒げているほどだ。
このまま飛び出ていくのは得策ではないと三階に上がり、見張りの居ない部屋に飛び込むとそれまで通ってきた個室よりも豪華な造りになっていた。


「ここ、議長の部屋じゃな……はあ、何で居るんだか……」

「え?」

「おいおい、先に気付くなよな。せっかく驚かせてやろうと準備してたのによォ〜」


そう言ってベッドの後ろにある金の几帳から出てきたのはあのバカンスルックを身に纏ったレクター・アランドールその人だった。出来れば《黒の競売会》が終わるまでもう一度会いたくなかったのに、と内心憂鬱な気分になっているアリシアの気持ちを知ってか知らずしてか、レクターは食えない笑みを浮かべる。


「ほう、これはなかなか……フッ、アンタらも随分と面白い魚を釣り上げたもんだなァ」

「え……」

「お魚ってキーアのこと?キーア、食べられちゃうの?」

「おお、頭っからガブリとひと呑みにな!」

「……そういう茶番はいいから。どうしてこのタイミングに議長の部屋に居るの?」

「そりゃこっちの台詞ってモンだろ、アリシアサンよ?」

「……」


意味深かどうかさえも分からない発言にロイドは相変わらずこの人は読めない、と苦笑いを零しているが、アリシアの表情は強張っていた。後ろ手に握り締めている拳は僅かに震えていた。恐怖、な訳じゃない。むしろ私にとってレクターは二人と居ない存在なのだ。それはお互いの立場が変わろうと、私の中ではきっとこれから先も変わらない事だ。
だから。だから再会してしまうのが嫌だった。感傷に浸ろうと、もう彼の元には二度と戻れない。


「それにしても、もうちょい脱出者としての緊張感を持ってくれないとな!」

「いや、いきなりそんな正論を言われても……くっ、追っ手がもう…!」

「……なにグズグズしてんだ?オレが居た場所があるだろうが」

「……その通りね。ロイド、早く!」


追っ手の声が聞こえてきて焦っていたが、レクターが元居た場所に隠れると直後に黒服の男が二人部屋に入って来た。レクターを見付けるなり、丁寧に挨拶する男にレクターは何事もない顔で挨拶を交わす。


「おう、見回りご苦労。クセ者が出たらしいがそろそろ捕まったのか?」

「いえ……ですが時間の問題です」

「ところでレクター様はどうしてここに……?」

「ああ、この辺りで変な物音が聞こえてなァ……おーい、出て来いよ。恐がることはないんだぜ〜?」


自分達を売るような言葉にロイドは顔を青くするが、両端に居た二人は落ち着いていた。レクターの掛け声に出て来たのはこの屋敷の猫、エリザベートだった。てっきり侵入者がこの部屋に来たと思った男達は口をぽかんと開ける。
レクターの食えない態度に男達は舌打ちをし、戻ろうとするが、レクターは何かを思い出したように声を上げる。


「あ、そうそう。今思い出したぜ。さっき、そこの窓から妙な連中を見かけたんだが……うーん、あれがクセ者ってやつだったのか?」

「妙な連中!?」

「なんかちっこい女の子を連れてたみたいだが……裏庭の方に逃げていったぜェ?」

「間違いない……目撃情報と一致するぞ!」


何時の間に屋敷の外に出たのかと焦った男達は早速ガルシアに報告しに行く為に部屋を飛び出て行った。足音が遠くになったところで隠れていた場所から出る。


「フフ、見事な手並みだね」

「最初から最後まで白々しい……」

「ん〜何のことだ?おや、裏庭に逃げたはずの連中が何故ここに?世の中不思議で一杯だなァ〜」

「あはは!やっぱりヘンなヒトだ!」

「はは……本当に助かりました。みんな、一か八か、玄関の方に行ってみよう……!さっきの誘導で手薄になってるかも知れない!」


ロイドの言葉に頷き、彼らに続いて扉に向かおうとしたその時、レクターがアリシアの横にすっと歩み寄り、耳に届くか位の小声で呟いた。しかしそれはアリシアの感情を乱すには十分すぎる言葉だったのだ。アリシアは眉を寄せ、悲しそうに顔を歪めたがそれは一瞬だけで、颯爽とレクターの横を通り過ぎた。
パタン、と閉じられた扉をじっと見つめてレクターは珍しく物憂げにため息をついた。再会したかと思ったらそれを喜ぶ暇もなく拒絶、か。特務支援課に所属している位だから色々と事情はあるのだろうけど、でも流石にこりゃあ堪えるな。


「ま、折角だから連れ戻したいよな。俺の隣に」


――今のアリシアが願っている、とは見えなかったけれど。

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