カタリナ
- ナノ -

01

※もし黒の競売会に参加していたら(既に特務支援課に入っている設定です)


《殲滅天使》レン――いや、この地では仔猫と呼ぶべきなのかも知れない。彼女から受け取ったのは漆黒に金の薔薇があしらわれた光沢のある一枚のカードだった。それこそ、長年捜査一課が不正と知りながらも上からの圧力で捜査に踏み切る事が適わなかった黒の競売会への参加が可能になる招待状だったのだ。
クロスベル創立記念日の祭り最終日、特務支援課は保養地ミシュラムへ向かった。高級別荘地のミシュラムはここ数年、みっしぃというキャラクターで人気を博しているテーマパークで有名だろう。

でも私の気持ちは今完全に黒の競売会から逸れていた。……八年前に離別してそれから意図的に会わないようにしていた青年――レクター・アランドールと鉢合わせてしまえば複雑な気分にもなる。昔の名残がある顔だと思うし、レクターが気付かない訳が無い。だから特務支援課で現在まとまって行動しているのがありがたかった。


「いやぁ、それにしてもこりゃまた凄ぇ所だな。会員制の店とかどんだけだよ」

「仕方ないわ、ここはそういう所だもの」

「何だか場違いな気がします……そりゃあ、エリィさんやアリシアさんは慣れているかも知れませんが」

「私だって凄く慣れてる訳じゃないけど……リーダー、まだパーティーまで時間があるけどどうするの?」

「そうだな、一度ホテルで部屋を借りようか。色々潜入するにあたって改めて話し合わなくちゃいけないからな」


テーマパークに来ている一般客も確かに居るが、やはり上品な身なりをしている人が目立つからか特務支援課の格好は少しばかり浮いて見える。勿論この格好のまま会場に潜入はしないが、警備に付いているのはルバーチェ商会だ。かなり派手にやり合ったから顔を覚えられている可能性も無くはない。
それ以前に、この黒の競売会に参加する事自体が最初から賭けのようなものだから不安要素を挙げていくとキリがないのだけど。

アクセサリーショップの横にある入り口からホテルに入り、受付に声をかけて空いている部屋を訪ねたのだが、丁度今別の客がチェックインをしてしまい、満席になった所だった。


「タイミングが悪かったわね……」

「あぁ、まだ時間があるな。夜までどうしようか…?」

「フフ、お困りのようだね?」


突然聞こえてきた声に、反射的に悪寒が走ったような気がした。この声には非常に聞き覚えがある。振り返るとそこには見慣れない青いスーツを身に纏ったテスタメンツのリーダー、ワジ・ヘミスフィアが居て、自然と足がランディの後ろに動いた。
何かと構ってくる彼がある意味苦手だった。私のペースを乱そうとしてくる強敵、と言うべきだろうか。それでも、レクターやオリビエ程の滅茶苦茶な感じは無いけれど。


「やあアリシア、先日のチェイス以来じゃない」

「……全員そうじゃない。何の用で来たのかはその格好見る限り一目瞭然だけど」

「アハハ、妬いてるのかい?僕の部屋でいいなら提供するよ。君達も色々と話す事があるだろうし」

「初めからそれを言えばいいのに……」


ワジの発言に慣れた様子で流していくアリシアの様子を見て、ロイドを除いたメンバーはこっそりと小声で会話をする。出会った時から掴み所のない性格をしていて、リーダーであるロイドを筆頭に特務支援課を気に入っているのか何かと縁がある人物だった。
掴み所の無い、という辺りはアリシアにも共通している所だが、いやだからこそあの不良ヘッド二人に割と気に入られているのかもしれないが。それにしてもロイド以上にあくが強い人間だけを引き寄せやすい。それに何だかんだ気があっているのだから、この二人も不思議な間柄だ。

一人で困っていたマダムのパートナーを引き受ける形で今年も参加する事になった事情があるらしいワジに、ここに来る事になった経緯を話すと興味深そうな声を上げて、にこりと笑みを浮かべたから嫌な予感が走った。そしてあろうことか、ブティックでの吹く選びにも参加すると名乗り出た。確かに自分が着ている個性的なのはともかく、その辺りのセンスは信用していいだろう。


「それで?パートナーは決めたのかい?」

「えっ?」


ホテルを出た所で投げかけられたワジの質問にロイドは目を丸くする。パートナーって、一体何の、と言いたい所なのだろう。


「大体の参加者はペアだから、大人数だとかえって目立つよ。残りのメンバーは外で待機、の方がいいんじゃない?」

「そうね……怪しまれずに潜入するのはそれが一番いいかもしれないわ。ここは私が立て替えておくから」

「それは流石に……」

「それ位はさせて頂戴。何回か来たことがあるから」

「んで、どうするんだ?」


ランディの質問に特務支援課のメンバーを見た。ティオと行くと妹と一緒に来ている兄のように見えるし、ランディと行くと悪い遊びを俺に教えようとしている兄貴分と弟分みたいな関係になる。そしてアリシアとエリィは……歳的に二人で行くとなると恋人同士に見える気がするが、如何せん俺の童顔と庶民の立ち振る舞いでは釣り合っていない。エリィは本当にお嬢様だが、アリシアはリベールで遊撃士協会の受付をやっていたのだというのに何で俺とここまで差があるんだか。
面倒事に巻き込まれた際の戦闘能力、それから捜査と言う観点から必要な状況判断能力、周囲に溶け込める組み合わせを考えると。


「アリシア、一緒に来ないか?」

「……、え、私?」


自分を指名されると全く思っていなかったのか、少し間が空いてからアリシアにしては少し動揺した声が返ってきた。


「いや、一番周囲に疑われないかと思ってさ。それに、こういう社交パーティにも割と慣れてそうだし」

「それを言うならエリィの方がいいと思うんだけど……」

「彼女なら違和感こそは無いだろうけど、クロスベルのお偉いさんが集まる席で別にバレる心配はあるからね。良い組み合わせだとは思うよ、フフ、ドレス姿も見られることだし」

「ワジもそういう冗談いいから……!了解、リーダーのサポートは任せて」


アリシアはロイドを時々リーダーと呼び、彼への助力を惜しまなかった。特務支援課のメンバーもロイドの人柄に感化されて大分それぞれ変わってきているが、アリシアだけは出会った頃からずっと変わらない調子だった。
ロイドの口説き文句紛いな台詞も分かっているのか分かっていないのかは定かではないが、興味が無いのか笑って流している。ロイドに惹かれ始めているエリィにしたら、アリシアのその点が安心出来る要素になっていた。


「さて、そうと決まれば早速着替えてもらおうか」

「え、ちょっと」

「ほら遠慮するなって。ロイド落とす位の気持ちでお洒落してこいって!」

「それはエリィに求めなさいよ……」

「なな何言ってるのかしら!?」


エリィの分かり易い動揺にアリシアは意味深に笑みを浮かべ、ブティックの中へと入って行く。ここまでは良かったのだが、ここからアリシアにとっては拷問のような試着が始まる事になった。しかし、圧倒的に楽しんでいる人間の方が多かったから文句を言うにも言えない状況だった。嫌がるアリシアをエリィとティオが宥め、それを至極楽しそうにみているワジにアリシアは何度か八つ当たりをした。


「……」

「ほらやっぱり似合うじゃない」

「この凄まじいお嬢の匂いは何だろうな……お前も似合ってるけどロイド、ちょっとばかし並ぶと浮かねぇか?」

「た、確かに……なんか俺が相手で勿体ない位だよ」

「……出ました」

「?」

「差し詰め、貴族のお嬢様が庶民の青年に恋をした、っていう設定でいいんじゃないかな。それにしても似合ってるね」


試着室から出て来たアリシアの表情は少し不機嫌そうな物だった。鮮やかなアメジスト色を基調としたドレスやそれにあわせたヘッドアクセサリーはアリシアをより一層輝かせている。綺麗な姿に見とれなくも無いが、何せ本人の表情が芳しくないものだから褒めるに褒められないと言った所だ。
けれどワジはその空気を気にする事も無くアリシアの手を取り褒め言葉を並べるが、アリシアはさらりと受け流した。


「まったく、ホストの時の常套手段ここで使わないで」

「やれやれ、手厳しいなあ」

「お前、からかって楽しんでるだろ……?」

「冗談か本気か分かりません」

「ご想像にお任せするよ」


食えない笑みを浮かべるワジに呆れたような顔をするアリシアの肩をぽんぽん、とランディは叩いた。どうしてこんな調子なんだか、と溜息をついているが、アリシアも基本周囲に対する立ち振舞いはワジと似たものがあると本人だけが自覚なかった。

- 16 -
[prev] | [next]