カタリナ
- ナノ -

00 Prologue

――アリシア・フルフォードとその周辺についての考察



「そうだね……一言で言ってしまえば非常に興味深い、見ていて面白い人だ。人間には色んな面があるとは言うけれど、彼女は傍に居た二人の人間の立ち振る舞いを無意識の内に真似たせいで矛盾する内面を数多く持った。どんな環境に対しても順応させる適応力は殲滅天使レンと似た物があるだろう。
実に聡明で賢く、他人に世話を焼く優しさを表す面がありながらも、それを誤魔化すような飄々としたマイペースな言動、そして相反する内面である誰に対しても何処までも冷酷になれる部分まで持ち合わせている。最近は最後の項目は大分無くなって来たみたいだけどね。

まぁでも、得体の知れない危険人物、って訳ではないかな。時々自身の行為に感情的な迷いがあるだけ可愛いものだよ。それこそ、その面徹しているレクター・アランドールや傑物ギリアス・オズボーン……それから自分達と比べると余程ね。
けれど敢えて言わせて貰えば何時だって彼女は異常の中に居た。いや、今も居ると言った方が合っているかな?一度だって普通を経験して来なかった人間には異常と普通が逆転する。尤も、人の事を言えた身じゃないけどね。
アリシア・フルフォードの世界がアブノーマルであるように、新たな基準となったワジ・ヘミスフィアの世界もまたアブノーマルだ。結局お互い業からは逃れられない、けれどその中でも不思議な結末もあるものだよ。

彼女は他人に依存するなんて物じゃない。自分が認めた主という個人の為だけに生きようとする。自分を捨ててまで他人に尽くすなんてまるで偽善者のように聞こえけど、ソレをそう名付けてしまうと真の偽善者に失礼だろうね。
今回のクロスベルの件でどう変わろうと、『その生き方だけは変わっていない』。結局は対象が変わっただけだ。ただ何時もと場合が違うのは彼女に発言力が与えられて、基準の元となる要素が尊敬心から個人への愛になった。そしてワジ・ヘミスフィアもまた同じ――いや、もしかしたらより強い愛情があって相互的になっていることか。

こんなにもお互いを求める関係だと……護ることが出来ずにどちらか片方が居なくなってしまったとしたら、その時はどうするんだろうね。死を選ぶと思うかな?」


「――いえ、恐らくそれは無いでしょう。何せ彼らは基本は感情的ではなく、非常に合理的かつ論理的な『生き方』をしているからです。覆い隠すような立ち振舞いもまた、効率的な処世術の一種になっています。
お互い感情を押し通してはならない一線を心に留め、越えようとはしないでしょう。自分の立場を十分過ぎる程に理解して割り切っているようですし。

……ただ、その瞬間が訪れたとするならば、恐ろしい限りですね。
相手を追って死を選ぶ事は彼らにとっては責任や罪から逃げる行為に当たるのでしょう。感情や自分を捨て、自身を擦り切らすまでに追い詰め役目に徹する――罪を忘れない為に自分に罰を与え続ける。そうなると、我々にとっても脅威となるでしょう。
元々教会での役割に思い入れもなく、絶望しながら私情を重ね合わせてこなかった《蒼の聖典》が感情で矛先を向けてきた時……そして、彼女が脅威と謳われる力の神髄……自制心という枷が外れたことによってそれを奮うようになれば災厄、と言うべきかも知れませんね。

やはり、教会に拾われたのは幸運……あるいは女神の導きなのでしょう。我が主に飼い馴らされてしまっていたのならば、忠実なる手足となると同時に人間味を失った道具のような執行者になっていたかも知れませんから。剣帝が傍に居た《漆黒の牙》以上に。

《千の護り手》に殉じて居る時は親愛と強迫観念が彼女を駆り立て、突き進ませていた。しかし、此度の巡り合わせでもたらされた変化は彼女を精神的に強くした。
例え他人には認められない形であれ、お互いの世界を共有する『自由』を手に入れた。真の意味での愛なのかも知れませんね」


「まったく、あれが自由だなんてにわかに信じられないね。フフ、珍しく随分饒舌じゃない。貴女が個人的に彼女を気に入ってるから?自分に似た何かを感じる……そう言うべきなのかな」


「……否定は嘘となるでしょう。とはいえ、我らが主の望みを阻む者となるのは間違いありませんし、その時は我々も敵として彼らを殲滅するのみです。それが私の戦場における礼儀でもありますから。
しかし、武人や敵としてではなく一個人として彼女の成長を楽しみにしているのも確かです。尤も、私だけに始まった話ではないでしょう。新たな使徒であるマリアベル・クロイスに《血染めのシャーリィ》……そして、カンパネルラ、貴方もではありませんか?」


「アハハ、そうだね、貴女のように純粋で綺麗な興味とは言えないけど。研究対象として興味を示してる博士とは違うんだけどね。とはいえ、僕も彼女の示す未来を楽しみにしてるんだよ?」


――答えを出すのは何時だって運命の中にある人の子たちだからね。

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