カタリナ
- ナノ -

12 迷子惑星の帰還

「いや、久しぶりだなァ、ワジ!アリシア!」

「挨拶はいいけど、君達全員ここに居ていいのかい?今回の立役者として色々忙しいんじゃないの?」

「各界への伝達や法律の新たな取り決め……諸々の処理に追われているのは警察上層部や市長、政界の方々ですね。そうなると今後、エリィさんもお忙しくなりますね」

「ふふ、お叔父様の手伝いだけれど。ワジ君もアリシアも私達のことは気にしなくていいわ。二年ぶりにこの地に来てくれて、私達を助けてくれた仲間を無視なんて出来ないもの」


ワジとアリシアが来ていたのは中央広場の片隅にある雑居ビル――特務支援課本部だった。この二年間、帝国軍に差し押さえられていて使用できなかったこの場所がまたこうして再び使える日がやってきたのだ。久々に立ち入ったこの部屋は少しばかり埃っぽくなっていたが、一階のラウンジや二階三階の各部屋はそのままの状態だった。
ランディやノエル、ダドリーは警備隊と警察で協力して攻略作戦を立てていて、エリィはクロスベル各政界と連絡を取るパイプ役を担い、また時に人手が足りなくなったウルスラ病院の手伝いに臨時で入っていた。ティオとヨナは情報収集を任され、エスプタイン財団や警備隊、警察への情報伝達を任されていた。

そして特務支援課のリーダーであるロイド・バニングスは帝国軍から最も危険な反乱分子として目を付けられ、零の至宝としての力を失ったばかりのキーアと、時にアリオスに助けられながら逃亡生活を続けてこの日の為の準備を整えていたのだ。
また別の方面、希望のシンボルとしてクロスベルの住人を励まし続けていたのはアルカンシェルだった。イリア・プラティエという輝かしい太陽のような存在が不死鳥のごとく復活し、新たなアーティスト、シュリや今や無二の存在となっているリーシャと共に生み出す舞台は正に生命の誕生、と言うようなものだった。


「それで、リーダーは今何処に?」

「警察本部です。もしかしたら私達の中では一番ロイドさんが忙しいかも知れませんね。もう直ぐ来ると思いますが……」

「っ、ごめん皆!色んな人に捉まって遅くなった……」

「あ、アリシアとワジが居る!」

「……ハハ、一気に騒がしくなったな」


扉が勢いよく開かれる音に振り返ると、息を切らしたロイドとキーアがそこに居た。2年と言う月日でキーアは幾分か背が伸びて幼い少女から少しだけお姉さんになっていたが、その笑顔はワジ達の良く知る天真爛漫、純粋無垢なままのキーアだった。ロイドもまた童顔は変わらないが、死線を幾つも潜り抜けてきたその経験からか落ち着いて大人びて見える。
ソファを立ち上がったアリシアの胸に飛び込んできたキーアを受け止め、そっとその柔らかな髪を撫でるとキーアは嬉しさに頬を弛ませてより強く抱き付いた。


「久しぶりね、キーア。また会えて嬉しいわ。私が見ない内にちょっと大きくなった?」

「うん!キーアもアリシアとワジに会えてうれしいよ?それに、二人が助けてくれたってロイドが言ってたよ」

「……相変わらずな感じでしたけどね。アッバスさんが大変そうです」

「そうかな?むしろアリシアのお陰で作業自体は楽になってる筈だと思うんだけど」

「そういうことじゃねぇっつーの!挨拶も無しにいきなり戦車吹っ飛ばすわ、オルキスタワーのシステム乗っ取るわ……お前らやる事無茶苦茶なんだよな」

「フフ、君らには及ばないよ」


ワジの切り返しにランディを含め、全員苦笑いをするしかなかった。普通ならば諦めていただろう占領下にある状況を自分達の力で覆そうだなんて、昔のクロスベルならば何を夢物語を、と言われていた筈だ。
ただ、本人達も足掻いて立ち向かえば可能性は零ではないと分かっていたし、ワジやアリシアを始めとする教会も、そして占領していた帝国の情報局大尉や《鉄血宰相》もまた遅かれ早かれこうなる事を予期していただろう。

暫く久々に会う特務支援課のメンバーでお互いが知らない間の話をしていたが、昼食を作る準備の為に女子が居なくなった所で、待っていましたと言わんばかりにランディはにたりと深い笑みを浮かべ、ワジを見る。
ランディが考えている事がそれだけで大体分かったのか、ワジは呆れたように溜息を付く。


「いいよなぁ、お前は。毎日これがあるのか……憎たらしいヤツめ…!」

「相変わらずランディはそういうのが好きだよね。確かに食事はアリシアがやってくれるけど、君、ヴァルドとアッバスが居るのを忘れてない?」

「あぁ、あの二人は今日何処に居るんだ?」

「アッバスは一足先にトリニティ、ヴァルドはイグニスに行ってると思うよ」

「はーそうかそうか……じゃなくてだな!俺が聞きたいのはそんなんじゃないんだ、分かるか!?……ぶっちゃけ、お前ら今どうなんだ…?邪魔してくるヤツも居る中での生活……苦労も多い筈だろ?」

「あのなぁ、ランディ……」


その辺りの空気の読めないロイドに話を折られたランディは前のめりになって、依然余裕のある笑みを浮かべたままのワジに尋ねる。
ランディの言う邪魔してくるヤツ、とは当然ヴァルドの事だろう、とワジはぼんやり考えていた。確かにヴァルドの居る前で甘い雰囲気になろうものなら喧嘩に発展するし、そもそもアリシアは誰かが居ると絶対に甘えてこないし、突き放すような言動が目立つ。今の関係になって、自分達の前では冷たく当たられていたレクターやケビンもこういう気持ちだったのか、と改めて実感できる。


「とはいえ、全員で行動する方が珍しいからね。最近はヴァルドの世話係にアッバスが付いてるし、二人で任務を任される事も多いからさ。案外アリシアと二人の機会が多いんだよね」

「ってことは、割と無法地帯になってるって事か……?まさか夜の方もか!?」

「フフ、ご想像にお任せするよ」

「マ、マジか……くそ……、なんで俺の周りはこうも充実してるヤツが多いんだよ…!」


答えの見えているような笑みと意味深な言葉にランディは机を叩いて声を押し殺しながら恨みがましくワジ、そしてロイドを見る。しかし当本人は何を言っているのか分かっていないのか、えっと聞き返すだけだった。そこはやはり二年経っても変わらないのか、と予想はしていたがワジは声を出して笑った。
その声が聞こえていたのか、キッチンに居たアリシアとキーアがひょっこりと顔を出した。


「ワジ、あ、ランディとロイドもお祝いに飲む?」

「……」

「何よランディ、その目は」

「いや、こっちの話だよ……あぁ、頼むわ」

「ランディ、声に元気ないよー?」

「子供は知らない方がいい事もあるんだぞ、キー坊……」


理由も分からずじとっとした視線が送られる事に不満を覚えたのか、アリシアは眉を潜める。キーアも何の事か分かっていないのか首を傾げ、答えを求めるようにワジを見詰めるが、わざと惚けるばかりだ。


「あぁ、お祝いと言えばアリシアも飲むかい?」

「……分かってて言ってるでしょ。あと二十分位大人しく待ってて」

「……なんか、前とあまり変わってないか?」

「フフ、照れ屋だから人前だとあんな感じかな。教えるのは勿体無いけど」


視線は閉じられた扉に送られいたがその眼差しが優しく穏やかな事に気付いて、ランディとロイドは顔を見合わせてふと笑みを零した。

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