カタリナ
- ナノ -

02

相手が多過ぎる。決して劣勢ではないが、想像以上に帝国軍との交戦が激化している現状に、ロイドはトンファーを握り直し顔を歪めた。本国の内戦が激化していた影響もあってかクロスベルに最新型の戦車を置く割合は格段と減ったが、行政区とオルキスタワーという主要地に集められている。部隊とランディの攻撃で機能を停止させるのも兵士の攻撃を避けながら行わなくてはならず、なかなか攻勢に出れない。

ちらりと周りを確認するとランディやノエルは前線で交戦しているが、戦車や甲装車の裏で治療をしている負傷者も居る。何とかしなければ、今や傷だらけになったゼロ・ブレイカーを手にロイドは動き出したのだが。


「その蒼の元に虚を殲滅せん。砕け――」

「え……」


聞き覚えのある声が、耳に響いた。

刹那、上空から降り注ぐ蒼く半透明に輝く無数の槍が人を避けて戦車を貫いていく。けたたましい爆発音が鳴り響き、戦車は黒い煙の中に包まれていく。一体誰が、そんなの考える必要は無かった。
声がした方、後ろを振り返るとそこには懐かしい姿があった。二年前よりも幾分か大人びた顔つきになった、七耀教会の星杯騎士団のワジ・ヘミスフィアとアリシア・フルフォードだった。


「やぁ、ロイド。お久しぶりだね」

「この面子を見る限り、要らない援護だった?」


緊迫した雰囲気には合わないような調子の二人だが、何も変わっていない二人の様子に安心感を覚えたのは確かだ。一体何時クロスベルに来たのか、アッバスとヴァルドはどうしたのか、など聞きたい事は山ほどあったがそれらは全て終わった後だ。帝国軍は突然全ての戦車が破壊されたことで混乱しているのか、統率が取れていない。
今なら制圧出来ると直感したロイドは手短に二人に礼を述べ、今も交戦を続け部隊を引っ張っているランディとノエルに指示を出す。


「……いや、助かったよ。ランディ、ノエル!一気に攻め上がるぞ!」

「え、……イエス・サー!」

「おう!ってアイツら居ねぇじゃねぇか!」


ロイドの指示に振り返った二人がワジとアリシアを捉える事は無かった。ロイドが振り返ったたった一瞬でその場から姿を消していて、痕跡さえも残っていない。ロイドも、新たな敵襲を確認しようとしていた帝国軍も狐に摘まれたような顔をしていたが、ノエルの銃撃音とランディによる破壊音が響き渡る。そして今度はロイド達が優勢にある状態で戦闘が再開されたのだ。

眼下に広がるその闘いを見ながら笑みをこぼしていたのは先程まであの坂に居た二人だった。
彼らが居るのはオルキスタワー内部、メインシステムがある階だった。ここで働いている職員は事前に作戦の内容を知らされていた為、全員同じ部屋に立てこもり、中に居る帝国軍もまた外の闘いに駆り出されているからか人気が少ない。


「幾ら中立な立場であるとはいえ私達も参加しなくていいの?」

「そこら辺は僕らも弁えないといけないしね。まぁ、道にあった物を偶然壊す位は構わないよ」

「それもそうね。あ、ヴァルド達、旧市街の方に行ったみたいだけど、もしかして作戦本部?」

「いや、アッバスはそうだろうけど、やっぱりあそこが気になるんじゃない?」

「ヴァルドにとっての故郷、か……私達も私達なりに出来る事をしてあげなくちゃね」

「端末操作は任せたよ」

「ええ、任せて」


オルキスタワーを管理しているメインシステム室の前には警備が二人付いていた。一人がワジとアリシアが居る方向と逆の方に頭を動かした瞬間、ワジが飛び出して蹴りを二人に食らわせる。その勢いで壁に叩きつけられた兵は崩れ落ちるように倒れ、アリシアは地面に転がった銃を破壊した。
そのまま扉を開けて中に入ると無人だった。部屋の中で銃撃戦に万が一なった場合、システムを破壊する可能性があるからだろう。アリシアは席に座り、慣れた手つきで端末を弄り始める。全く分からない訳ではないが、その類の担当はアリシアとアッバスに任せているのでワジが端末を触る事は滅多に無い。


「毎回思ってたけどよく分かるね、それ。ロイド達と行動してた時は殆ど触ってなかったのに」

「ティオとヨナが居たからね。あそこまで専門的に詳しいわけじゃないけど、情報処理は一通り覚えさせられたから」

「帝国で学んだ技術が今帝国軍を追い詰めてると思うと中々因果な物だね。人の事は言えないけど中々特殊な環境だよね」

「レクター、年下の私にそういうの押し付けてきたから自然とねぇ……。あ、繋がった。ティオ、聞こえる?」

『アリシアさん…!?い、今何処から連絡を……え……オルキスタワー、ですか?』

『は!?オルキスタワーのメインシステムに忍び込んだのかよ!これでクロスベルの重要な機能は抑えたようなもんだぜ!』


音声から聞こえてくるのは端末室に居るティオとヨナの声だった。二年前、様々なメインシステムをオルキスタワーに移した為にここは要所となっていた。そこを抑えられたのならティオとヨナの作業効率も格段と上がる。残るは各地で繰り広げている交戦を制圧するのみだろう。


『アッバスさんが先程メルカバから連絡を入れてくれたのですが、ワジさんは?』

「やぁ、ティオ。こういう話の時は黙っていた方がいいかと思ったんだけど、外はロイド達に任せて僕らは一足先にこっちに来ててね。まぁ戦車全部吹っ飛ばす位はやったんだけどさ」

『せ、戦車全部ってあの最新式のヤツかよ…?警備隊と警察はあれに苦戦強いられてんのにマジか!』

『私が言うのも何ですが……そんなことやって大丈夫なんですか?』

「道に転がってる物を偶然壊す位はいいかっていう私とワジの判断ね」

『あ、相変わらずですね……』


いけしゃあしゃあと言いのける二人にティオは呆れたように溜息を吐く。しかし、たったそれだけだと言うけれど確実にこちらに流れを持ってくる強力な援護だったのは確かだ。各地の状況はどうなっているのかとティオが端末を動かし始めたその時、エニグマに連絡が入った。
出ると通信機越しに聞こえてきたのは手当てや支援、情報を送る役に回っているエリィの声だった。行政区は制圧完了、そして現在オルキスタワーで交戦中のロイド達もそろそろ終わりそうな状況であるということだった。


「大分終わりそうかな?それじゃあ、終わった頃にまた連絡入れるよ」

『分かりました。お二人もまだお気を付けて下さい』


そこで通信が切れ、キーボードを暫く打った後にアリシアは息を一つ吐いて席から立ち上がる。作業完了した所でアリシアとワジはメインシステム室を出て、オルキスタワーのガラス越しに下を見下ろすと、ランディとロイドが同時にコンビ技で残っていた兵を制圧し終えた瞬間だった。
外からは歓声が聞こえてきて、それはこの闘いの終わりを意味していた。長い年月をかけて蓄えられた力と意思は、遂に自由を掴み取ったのだ。それにはまた新たな問題が生まれるだろう。けれど、もう彼らはそれに屈しない筈だ。


「三年前まではどうしようもない壁に必死に立ち向かう青年達……っていうクロスベルタイムズの手厳しい取り上げ方だったのにね」

「二度もクロスベルの歴史を作ったんだから、もう奇跡なんかじゃないわよ。だから、ワジも好きなんでしょ?ロイド達の事と、この場所が」

「フフ、間違ってはいないね。アリシアもそうなんじゃない?」


勿論、と頷いたアリシアはオルキスタワーから見えるクロスベルの街を見渡し、その瞳は穏やかな色を持っていた。ワジ、そしてアリシアもまた今は道を違えど、仲間として喜んでいたのだ。それぞれの理由で故郷を失った二人の、第二の故郷となったクロスベル。

――今まさにこの瞬間、二つの宗主国を持つ因果な地となっていたクロスベルは独立を果し、新たな国家が誕生したのだ。新たな紋章のあしらわれた旗が帝国軍の赤い旗の代わりに街の至る所に掲げられ、鐘の音が街に鳴り響いた。

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