カタリナ
- ナノ -

01

――漸く、この日が来た。

クロスベルを巻き込んだ零の至宝の一件が収束を迎えてからおよそ二年が経っただろうか。その間実に様々な変化が世界で、身辺で起こっていた。
凶弾に倒れて行方不明になっていた筈のギリアス・オズボーン。彼が居なくなった事で政権を掌握し、油断していた貴族派が力を蓄えて突然戻ってきた傑物《鉄血宰相》によって再び電撃占領され、帝国の政権は彼の手に渡ることになった。そして帝国で繰り広げられた結社による《幻炎計画》も完了し、マリアベル・クロイスという名の新しい使徒、彼女の護衛役に付いたシャーリィ・オルランドを迎えた結社は再び表舞台から姿を消す事になった。

その帝国の動揺に、狼煙を上げた者達が居た。クロスベル自治州――二年と言う月日、帝国の占領下にあった街の住民に、魔都と呼ばれていた頃にはなかった誇りや意思が確かに備わっていたのだ。


「……ロイド達から、連絡があったの?」

「僕達の立場は十分分かっているけど、出来る範囲での援護を頼みたいってさ」

「ふふ、ロイドらしい。でも私としてみればやっとこの時が来た……とでも言えばいいかもね。私も出来る範囲で協力はしたいから」

「アリシアならそう言うと思ったよ。勿論僕も封聖省に睨まれない程度のバックアップをしたいと思ってるから行こうと思ってるけど、アッバスに煩く言われるかもしれないね」


笑いながら言うワジはメルカバの操縦席に座っているアッバスにちらりと視線を移す。見逃してよ、と言わんばかりの言葉にアッバスも止めるべきでは無いと判断したのか無言のままサングラスをかけ直すだけだった。独立して活動している正騎士はともかく、守護騎士という立場にあると、私情で政治的問題に介入する事は良しとされない部分がある。
前線で戦うだろうロイド達に加勢すると中立な教会の立場を無視した色々な国際問題に発展するから難しいが、裏を返せば情報操作や収集だとかそういった姿を見られないバックアップは可能だ。クロスベルにおいて弱体化している帝国軍との総力戦――またあの騒動の時のような歴史に残る動乱となるだろう。
クロスベル警備隊、警察、アリオスを初めとする遊撃士、エスプタイン財団。これらの集団が一斉に攻撃を仕掛けるとなると帝国も全く気付いていない訳はないだろう。けれど、本国の情勢が乱れている現在、クロスベルにこれ以上の人員を割くことは出来ない筈。ロイド達はこの二度とないかも知れない瞬間を狙っているのだ。


「なんだ、クロスベルに行くつもりか?」

「そのつもりだけど、何だいヴァルド。乗り気じゃないって?」

「……チッ、そうは言ってねぇだろうが」

「今更あそこに戻るのが気まずいとか馬鹿なこと思ってるなら殴り飛ばすわよ、ヴァルド」

「アァ?」


椅子に寄りかかって珍しく考え込むように黙っていたヴァルドはアリシアの言葉に眉を潜めて喧嘩腰になるが、それを制するような剣幕でアリシアは自分よりも大分体格のいい男相手に詰め寄り目をすっと細める。相手に圧倒される事のそうないヴァルドもアリシアのこういう態度には弱い方なのか言葉を詰まらせる。


「薬物依存で警察沙汰になる所を不起訴にしてもらって、クロスベル旧市街のアパート損壊、住民への危害、帝国間の貨物列車に加えて路線の破壊……それの修復に掛かった費用や苦労を考えたら協力しないなんてこと、ないわよね?」

「……一丁前に脅しやがって……チッ、分かったよ、クロスベル解放手伝えばいいんだろうが!」

「ふふ、分かってもらえて何よりよ」

「……二年の間で随分と上手く扱えるようになってるね」


アリシアに振り回されている……というよりも手玉に取られているヴァルドを見て、ワジは溜息混じりに呟いた。そんな言葉を他人に言われようものなら不機嫌になるどころか短気が故に直ぐに拳を交える喧嘩に発展するが、アリシア相手には上手く丸め込まれるのだから、危うさを秘めながらも丁度良い絶妙なバランスで成り立っている関係だ。
しかしずけずけと核心を突く言葉ばかり並べてあのヴァルドに殴られないのも凄いものだ、と感心しながらもその関係に面白くないとワジが思うのも確かだった。


「今のこの騒ぎなら飛行艇で領空に侵入しても大丈夫なんじゃない?作戦が開始されると見えない飛行艇を探る余裕も無いだろうし」

「そうだろうな。郊外に停めておけば探知される事もないだろう」

「フフ、アッバスも随分と乗り気じゃない?二年……いや、結局三年弱居れば愛着も沸いたかな?」

「……それはワジもだろう。ヴァルドに至ってはあの地が故郷であるからな」

「フン、気に入ってないとは言わねぇがな」

「全員素直じゃないというか……。まぁ、私達の援護がバレたとしても、多分情報局で揉み消されるんだろうけど……」


アリシアの考え込むような言葉にアッバスとワジは納得したのか顔を僅かに顰める。情報局大尉であるレクターの手に掛かれば情報操作など容易いだろう。レクターはアリシアをなるべく巻き込まないように飄々とした態度で誤魔化しながらも手を付くし、そしてまたアリシアもレクターに危険が及ぶ事のないよう努めているからその点は恐らく大丈夫だと知っていた。


「それじゃあ、そろそろクロスベルに行こうか。記念すべき瞬間に立ち会うためにもね」

「ふふ、了解」


ふわりと地上から離れたメルカバはアルテリア法国の上空に飛び上がり、そして帝国と共和国の間に挟まれて位置する都市、クロスベルへと向かった。


――その頃クロスベルでは大規模な作戦が決行されていた。

警備隊、警察、住民に被害が及んでいるという建前で行動している遊撃士、ヨナやクロスベル支部のエプスタイン財団、そして特務支援課。長い時をかけて練られた作戦は現在本国の影響で弱体化しているクロスベルに駐在している帝国に大打撃を与えていた。囮役である警備隊が相手の注意を引き付け誘導し、総動員で奇襲攻撃をかけたのだ。街中には至る所でオルキスタワー攻略時のような銃声や金属音が鳴り響き、制圧が行われていた。意思が漸く統一された住民は事前に家の中に待機し、只管その時を待った。
戦車による砲撃で住民に危害が及ぶ可能性も無くはなく、この解放戦に不安もある筈だが誰一人として止めた方がいいと思う人間は居なかった。

様々な歪みを受け入れ続けていたクロスベルは、変わろうとしていたのだ。


「IBC、湾岸区は攻勢中らしいぜ!そっちの担当はどうなんだよ、ティオ!」

「ちょっと黙って下さい、ヨナ。セルゲイ課長聞こえますか、現在ベルガード門とタングラム門のセキュリティを突破している所です」

『あぁ、そっちを攻略して誤報を流せるようになりゃあ、緊急要請も防げるだろう。キーアのことも含めて任せたぞ』

「……分かっています」

「かちょー……」


ティオとヨナを初めとする技術者達が集まっているジオフロント端末室には様々な情報が文面上で流れ、各地の状況が流れている。そして同時にティオは帝国軍に掌握されているベルガード門とタングラム門の通信連絡システムに外部からアクセスし、ハッキングを行っていた。各地で戦闘が始まり、混乱している中ならばティオの高速処理に対処出来ないと踏んでいたからこその作戦だった。
この場が一番安全である為に、この二年キーアはロイドと行動を共にして帝国軍から身を隠していたが、彼女を最前線に付き合わせるわけには行かないと、ロイドがティオの元で待機させていた。

ジオフロント別区間の作戦本部で待機しているダドリーとセルゲイとの通信を切る直前まで彼らの話し声や銃を調整する音が聞こえてくる。そろそろ作戦も佳境に入り、彼らも参加するつもりなのだろう。
行政区ではアリオスや、ミレイユを初めとする警備隊が激戦を繰り広げている頃だろう。幾ら最新式の戦車が何台か揃っているとはいえ、制圧出来るのは時間の問題だろうとティオ達は踏んでいた。勿論、油断なんてしていられない状況なのだが。


「というか、オルキスタワーの方は人手足りてんのか?」

「ロイドさんとランディさん、ノエルさんの部隊が向かっていますが……足りているとは言えませんね。オルキスタワーは重要な場所の一つなので警備も多いかと」

「なんだよそれ、本当に大丈夫なのか!?ロイドが連絡入れたっつー援護は期待出来んのかよ…!まだ来てねぇじゃん!」


ヨナの言葉にティオは顔を曇らせる。ロイドが呼んだ人達とはワジとアリシアだ。二年前に同じ特務支援課として行動した、今はお互い違う道を歩んでいる仲間。彼らの実力は勿論折り紙つきだが、彼らは立場的に公にこちらに加担する事は難しいとティオも、そしてロイド達も分かっていた事だ。しかし、彼らの力を借りられたらどれほど強力か。
メガネを外して項垂れるヨナに渇を入れようとした時、ティオの後ろで心配そうな顔をして画面を見ていたキーアが何かに気付いたのかあっと声を上げる。


「!、これって……」

「どうかしましたか、キーア?」

「えっと、多分、アリシアが来たと思う…!」

「アリシアさんが?……キーアが感じ取ったということは直接何処かに向かったんでしょうか……ヨナ、回線を繋いで現在の状況を確認して下さい!」

「え?お、おう!」


キーボードを慣れた手つきで叩き、ヘッドホンを付けて音声を確認していくヨナの顔色が僅かに変わる。調べようとしていた所に通信が入ったのだ。検索を中断し、通信を繋ぐとサイドモニターに通信の相手、メルカバ仇号機のアッバスが映った。流石にそれには驚いたのか、ティオの手は止まりキーアの視線もモニターに注がれる。


「アッバスさん……!?今どちらに居るんですか」

「今しがた郊外に付いた所だ。しかし、気が早いのかワジとアリシアは現地へ向かい、ヴァルドは旧市街へ向かった」

「成る程な……っていうか当然っちゃ当然だけどあの不良も一緒に来てんのかよ」

「……アリシアに脅されていたからな」

「……そちらはそちらで二年、色々あったみたいですね」


表情を特に変えず呟くように相槌を打ったアッバスはヴァルドの援護に向かうと一言告げるとそのまま通信を切ってしまった。直接向かったとなると、恐らくロイド達の所に加勢したのだろう。心配事が一つ無くなったティオは浅い溜息を吐くと再びキーボードを叩き始めた。

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