カタリナ

02


改めてパーティーが始まり、自由行動になったと同時にワジとアリシアは別行動を始め、ワジは当初の予定通り女性にそれとなく話を持ちかけ、アリシアはビュッフェに手を付けながら周辺の会話を聞き逃すまいと神経を集中させる。普通の談笑しているということは、自分に関する本当に一部の認識しか操れないものなのだろう。そうなると自分の物やレクルスの方石などどいった強力過ぎる古代遺物ではないとは思うけど。

あくまで上品に食べながらちらりとワジに視線を移した瞬間。ぷつんと血管が切れるような怒りを僅かに覚えた。別に積極的にアプローチをかけてる訳じゃない筈なのに話をしている女性は顔を赤らめている。あぁ、よく見た光景。ホストでも勿論そうだけど、トリニティに居た時も実際店を切り盛りしているのはアッバスと仲間達でワジは全くしていなかったのに、どうやらワジ目当てで来ていた人も多かったらしいし。

(……何が浮気しないんだか……)

自分の心の狭さに溜息を付く。あれ位ワジにしてみればどうって事ないくらい分かっている筈なのに面白くないと思う恋愛感情的な嫉妬心を抱くのは生まれて初めてだったからどうすればいいのか分からない、それが本音だ。
今はそんな事気にせず、任務の事を考えなくちゃいけないと切り替えた丁度その時、自分に近付いてくる足音に気付いて顔を上げた。そして僅かに瞬く。そこに居たのは先程舞台中央に居た主催者、そして付き人らしき男性二人が後ろに控えていた。


「初めまして、今宵は素敵な催しにご招待頂きありがとうございます」

「ふふ、そう堅くしないでくれ。君は確かもう一人の青年と来ていなかったかな?」

「え……ご、ご存知でしたか。お招き頂いたとはいえ、貴方の耳に入るような身分ではありませんので驚いてしまいまして……申し訳ありません」

「そう謙遜せずに。君達は遠目から見ても目立っていたからね。彼は婚約者かい?」


目立っていた、という言葉に心の中でこのドレスを楽しそうに選んできた当本人に舌打ちをする。目立たないような格好にしろって言ったのにこれじゃあ意味ないじゃない。でも格好としてはパーティー会場に居る人間を見る限り特別目立っている訳ではないと思うのに、どうしてだろうか。それに私はいきなり本人と話しているしチャンスと言えばそうかもしれないけど、今最も大事な瞬間だ。ぼろは出せない。


「えぇ、両親に決められた婚約者ですが……本日は彼に付き合う形で来たんです。正直乗り気ではありませんでしたが、こうして貴方とお話出来た事を考えると来て良かったですね」

「可愛い事を言いますね、……綺麗な上に実に聡明な印象を受ける。今まで貴方を把握していなかったのが不思議な位だ」

「ふふ、お褒めに頂き嬉しいのですが、少しくすぐったいですね……」


褒められている筈なのに僅かに変化した静かな口調に何となく嫌な予感が走り、顔を上げると耳元に顔が近付いてさり気なく腰辺りに回された手に苛立ちを覚えながらも表情には一切出さないよう愛想笑いを浮かべて努めて会話を続ける。適当にあしらえない状況となると、こういう状況をワジと違って楽しめない私にはなかなか辛いものがある。


「実はこのパーティー、私のお相手を探しておりまして……貴方さえ宜しければ後ほど如何でしょう?」

「あ……、それならお酒は控えなくてはいけませんね。貴方に迷惑をかけるわけにはいけないので」

「はは、構いませんよ。むしろそうして下さった方が、燃えると言うものでしょう…?」

「お上手ですね。お酒を嗜むと少しばかり饒舌になってしまうのですが……甘えさて頂こうかしら」


恥じらいながらもお誘いに乗るふりをしながらも内心は嫌悪感と冷や汗で余裕が無い。最大の転機だけど、いいから早くワジ来て。……というか、相手を勘違いさせて手玉に取って擦り抜けるワジよりも色々と不味い流れになってるんじゃないの、これ。それに私が人前でお酒を飲む事はワジからもケビンからもストップをかけられているし、酒癖が悪いのを分かっているから自分自身控えたい。
少々お待ち下さい、と言って少しばかり席を離した彼は招待客に挨拶を済ませていくと再び戻ってきて優雅な動作で私の手を取る。ワジがこちらを覗いていた事を知らず、大人しく付いていく。……私の方が浮気の状態になってない?

猟兵を雇う厳重な警備だというのに、素性の知れない女一人を自室に連れ込むなんて警備の意味がまるで無い。古代遺物を所持しているから身の安全を確信しているのか、あるいは私も先程の稼動で彼に関する認識を歪められていると思い込んでいるのかは分からない。見た目的に武術を嗜んでいなさそうで、一見武器を持っていないのもあるだろうけれど。
案内された最上階に着くと廊下やホールには黒いスーツを身に纏った猟兵達が数多く控えている。事を起こした後に脱出する際全員を捻じ伏せるとすると流石になかなか骨が折れそうだと考えながら青年が扉を開けた部屋の中に入る。中に控えていたらしい女性が再び箱を彼に渡すと「ごゆっくり」と礼儀正しくお辞儀をしながら部屋を出て行く。


「ホールも素敵でしたがこちらの部屋も家主の趣向が窺える素敵な部屋ですね。パーティー会場ではフォーマルな話しか出来ませんでしたが、私としても貴方ともう少しお話したいです」

「ふふ、お褒めのお言葉ありがとうございます。しかし、お話、ですか……私はそれ以上の関係になってもいいと思うのですが?」

「……身に余るお誘いですが、婚約者の面子を潰すのもどうかと思いまして」

「そうですか……」


今すぐ手套でも入れたくなる気持ちを抑えて上手く交わしながら辺りを詮索していたのだが、急に視界がぐらりと歪むような強烈な場の歪みを感じた。
胸を手で押さえ、瞬きをしながら男を見上げるとその手には淡い光を放つ古代遺物が握られていた。効かない代わりに拒絶反応での反動が大きく、気を失いそうになる。


「私は欲しいと思ったものは全て手に入れたいのですよ。地位も名誉も、人もね」

「……っ、やめ、」


身体の動きが鈍くなっていた中、咄嗟に動く事が出来ず青年の顔が首筋に埋められてちくりとした痛みが走った。
このままでは不味いと直感し、ワジが居ない中騒ぎを起こす事を覚悟の上で最終手段である槍を取り出そうとしたその瞬間。扉の向こう、廊下から銃声と叩きつけられる音、それから男達の鈍い悲鳴が聞こえてきた。驚いた男は途端に古代遺物の発動を止めて扉を振り返ったが、その扉は丁度吹き飛ばされる形で開いた。


「な、お前は……!」

「フフ、七耀教会所属、星杯騎士団――これで、何の件か分かるかな」


そこに居たのは私が会場を出るまで話していた筈のワジだった。後ろに伸されている猟兵が倒れている辺り、先程の叩きつけられる音はワジの蹴りによって吹き飛ばされたのだろう。女性と話していた筈なのにちゃんとこちらの動きも把握していたなんて、流石抜け目が無いというか。


「くっ……お前らに渡す……ぐあっ!」

「はいお疲れさま。全く……口説くのにもコレ使うってどういう神経よ」


ワジが来た事で完全に私から注意が逸れた男の首に手套を一発入れると気絶したのか地面に倒れこむ。手を払って男の手から転がった古代遺物を手に取り、ワジに向き直る。入り口の猟兵の相手という一番面倒な仕事を結局ワジに押し付ける形になってしまった、と反省しながらワジの元に歩み寄ったのだが。彼の表情は険しかった。


「ワジ……?無事回収は出来たけど、」

「……自覚無いのが一番危険だって分かってないよね、本当に」

「だから一体どうしたの…きゃ!?」


物憂げに溜息を吐いたかと思ったら急に手を引っ張られてそのまま抱き上げられ、ワジは私を担いだままこの部屋の窓を割って外に脱出する。瞬間屋敷に鳴り響く警報が耳に届くが、今の私にそれを気にしている余裕はとてもなかった。
人目は避けて屋敷から離れていくけれど、何となく気まずくてワジの顔を見る事が出来なかった。ワジがこうも感情を露にする事は珍しくて不安になる。視線の行き場に困って、首を少し傾げて振り返ると、屋敷周りの猟兵が武器を手に集団ごとに動き出している。古代遺物を無断所持している事は七耀教会から禁じられている事だから非は向こうにあり、加えて参加者達をマインドコントロールしていたというこの一件を表沙汰にする事は青年にとってデメリットしかないだろうから深入りして追っては来ないとは思うけど。

(むしろ、こっちをどうしよう……)

伏目がちにワジを見上げると、その視線に気付いたのかワジは一つ溜息を吐くと足を止めて私を下ろした。夜の冷たい風が肌を撫で、少し肌寒い感じがする。するとぱさっとスーツの上着を肩にかけられる。


「君自身は興味ないと思ってたから油断してたけど、人目を引くって自覚してくれないと心配するね、流石に。僕の知らない間に男に言い寄られてるし……妬けるってかわいいものじゃないよ」

「なっ、そんなのワジだけじゃ……」

「え?」

「……だって、慣れてるし、すぐ好意寄せられる、し」

「……、アハハ!あーもう、アリシアってどうしてそう煽るかな。普段から焦らされてる分妬かれると嬉しいんだよね」


焦らされてるって一体どういうこと。少し誤魔化された感じがしてじとっとワジを睨んでいたのだが、ワジの右手が頬にそっと触れて、そしてそのまま首筋に移動したからくすぐったさに身を引いてしまう。けれどワジの顔がそのまま首筋に埋められて、ちくりとした痛みが走る。そういえば、さっきと同じ場所じゃ。


「んっ、わ、ワジ!?」

「ここ、さっきの彼に付けられたんじゃない?……僕以外っていうのが気に食わないよね。これで帳消しにしたつもりだけど」

「……っ、まさか、これで機嫌悪くて」

「あぁ、まぁ二人きりになって如何にもこれからやらかしますっていう雰囲気になってたのも腹立ったわけだけど。アリシアに色仕掛けを頼むものじゃないね」

「してないわよ!」


スーツの上着の前を閉じて首筋を隠し、気恥ずかしさにワジから視線を外す。こうなるまで回避出来なかった自分も悪いけれど、ワジもその容姿や雰囲気、言葉で女性を手玉に取るんだからタチが悪い。何となくこの後が嫌な予感しかしなくて、直ぐにメルカバに戻りたい所だけど何の因果か、メルカバはアッバスとヴァルドが使っているから交通手段は列車だけで、しかもこんな夜遅くともなると何処かに泊まらなくてはならない。


「今すぐ帰るなら転移使うけど」

「別にいいよ、急いで帰る必要は無いし、ホテルも取ってあるし」

「何時の間に……」

「……さて、今夜は僕が満足するまで付き合ってもらうよ」


――ワジの笑みに、退路が完全に絶たれたこと気付いて頭を抱えた。私もどうしてもこういう所、ワジに甘いんだから。

- 12 -
[prev] | [next]