カタリナ

01

「……あまり乗り気じゃなさそうだな」

「どうしたらこんな潜入に乗り気で居られるのよ。場慣れしてるワジでもあるまいし」

「アァ?お前、帝国の偉い家の出じゃなかったか?ワジより慣れてる筈だろうが」

「……そういう場を楽しめるワジとは違うの」


手の中にある高級感溢れる誂えの招待状を机に向かって投げたアリシアが表情を曇らせるのも当然だった。総長から直々に命令されたワジとアリシアはとあるパーティーに参加しなければならなくなった。

ヴァルドの言う事は半分当たり、半分外れていた。確かに礼儀作法は父が私を鉄血宰相に会わせる事を前提として徹底的に叩き込んできたが、情報処理能力や戦闘技術を只管学んでいた軍人だった為に貴族の娘のように社交パーティーに参加する事は片手で数える位だ。
レクターと行動するようになってからそういう場に連れて行かれたこともあるが、あのレクターと行くと普通の参加の仕方ではなくなる。礼儀云々といった常識を破るような悪目立ちする言動を見て来たからその影響を受けていないとも言えないし、ワジ程慣れているかと言われたら頷けない。

この間のやり取りから一週間も経たない内に本当にワジはヴァルドとアッバス二人を別の任務に行かせるようで、ヴァルドは一暴れする事を楽しみにしながらもワジの別の思惑に勘付いているのか気に入らねぇ、とぼやいてばかりだ。
私としてもこの状況どうしようかと戸惑っていたのだが、まるでワジの行動を読んでいたかのように総長が二人が任務に行っている間に、私とワジに別の任務を与えた。それは一部の帝国貴族が開く秘密裏に行われる社交パーティーだった。私達が参加する理由は一つ、そこでお披露目されるらしい古代遺物の回収だ。
当時日曜学校にも行っていない私は大して顔も割れて居ないだろうし、知られていたとしても私は九年前に死亡したものだと思われているからその点を気にする必要は無いだろうが。もし万が一私を知っている人が来ていた場合に言い逃れは出来ない。レクターだってクロスベルにおいて《黒の競売会》に参加していたらしいし。


「ワジは何処に行ったんだ」

「流石にクロスベルで着てたようなスーツだと悪目立ちし過ぎるからって調達しに行ったわよ。……何故か私の分まで」

「……察した」


アリシアがあまりいい顔をしていない理由のもう一つはこれか、とアッバスは頷いた。クロスベルにおいてはホストという立場を確立して上流階級の人間に近付き、一般人にも関わらずまんまと《黒の競売会》を初めとする場に自ら忍び込み情報収集していたワジだが、今回は少々事情が異なるから悪目立ちしない服を調達しに行った。(とはいえ普通の物を買ってくるとは思えない)
ワジを止める術がないことを知っているアッバスは同情するような視線をサングラス越しに私に送り、「色々と気を付けろ」と意味深な注意だけしてヴァルドに声をかけ、任務の為に出発する時間が迫っているのか部屋を出て行った。注意する位ならワジを止めなさいよとも思うけれど、アッバスはワジに対して黙認の姿勢を貫いているから駄目だ。



「中心部ではないとはいえ久々の帝国だろうしあんまりいい気はしないかな?」

「気乗りしないのは確かだけどもっと別の理由に決まってるじゃない!」

「アハハ、似合ってるよ。凄くね」


食えない笑みを浮かべながらも優しい顔をしているワジに、アリシアは嬉しさと呆れが混じったような表情を浮かべて溜息をつく。

――エレボニア帝国中心部から外れた場所に位置する主催者宅、もとい豪華過ぎるパーティー会場には猟兵を雇う厳重な警備が敷かれている。周りには参加者らしき礼服を身に纏った人々が大体二人組で肩を並べて歩き、談笑を交わしながら入り口のチェックを受けて建物の中へと入っていく。

アリシアとワジは時間前までその建物が見える位置で待機しているが、任務前とは思えない雰囲気に包まれていた。恋人のような甘いそれが漂う二人は誰がどう見ても貴族の娘息子同士の恋仲だと思うだろう。ただでさえ一人一人でも目を引く容姿であるのに、二人揃うともなれば更に目立つ。
ワジは相変わらず目立たないとは断定し難いが、悪目立ちしすぎる真っ青なスーツではなく黒を基調としている青いラインのスーツに身を包み、アリシアは胸元の開いた上品さを際立たせるエメラルドグリーンとレースのあしらわれたドレスに身を包み、装飾品を首と耳に付けて、髪も纏め上げ普段の無造作に下ろしている彼女ではなかった。


「大体どうしてこのドレスなのよ……もっと普通のあったでしょ。やっぱり一緒に行けばよかった」

「あぁ、それも良かったんだけど一緒に行ったら色々文句付けられそうだなと思ってね。それに、その色を着てるっていうのが僕の物って言う主張になるじゃない」

「!……あぁもう……直ぐそういうこと言うんだから……」

「フフ、大勢居る中でこの格好をしたアリシアを送り出していいのかって結構悩んだつもりなんだけどね?優越感半分、嫉妬半分と言った所かな」


すっと頬に伸ばされた手にアリシアはびくりと肩を揺らし、咄嗟に逃げるように間合いを取る。照れ症な所が堪らなく気に入っているが偶にはアリシアからもっと甘えてくればいいのに、とも思いながらもだからこそアリシアを気に入った事を分かっているワジは満足したように笑みを浮かべる。


「本音を言えばこのまま抜け出したい所だけど総長に直々に言われてるしサボる訳にはいかないからさ。……さて、古代遺物の安置されてる場所、特定できるかい?」

「任せて、出来る限り調べてみる」


ワジの目が僅かに仕事の時の色を見せたのに気付いて、アリシアも真剣な表情に一瞬で変わって静かに目を閉じる。古代遺物の種類によっては探知が妨害される物も無くはない。聖書は教会にある物を一通りに読んだが、その危険度から下典を読むことを禁じられているから危険な古代遺物の知識については乏しかった。
神経を集中させ、屋敷内部をまるで透視するように一つ一つ調べていく。客が集まっているサロンに会場となる大広間、来客に充てられる客室、そして最上階。


「……これは自室に隣接する部屋…?当然外には警備が付いてるし、多分幻に関係する古代遺物かも知れない。その部屋だけ視界が歪んでぼんやりとしか分からない」

「ふぅん、それだけ分かっただけでも上出来かな。しかし、ただの古代遺物なら楽な回収だっただろうけど、上位三属性に由来するとなると少し面倒だね。いざとなったらその部屋に直接行こうかとも思ったけど、ちょっと無理そうだね」


上位三属性が働く場においてアリシアの力は制限され易いし中が分からない以上危険を伴う可能性だってあるからやはり正面から侵入するしかない。お披露目が終わった後に、部屋に戻す時を狙うのがいいだろうと話した所でそろそろ指定された時間に近付いて来てるのに気付いて、二人は会場に向かって歩き出す。


「その辺りの情報は彼の秘書でも側近にでも聞き出そうとしようかな。フフ、女性ならいいんだけど」

「……またそうやって女の人を手玉に取ろうとするんだから。その相手を勘違いさせる悪い癖、どうにかしたらどうなの?」

「ただの情報収集であって別に浮気とかじゃないから心配しなくてもいいのに。なに、寂しいのかい?」

「どうぞご勝手に」

「アハハ!分かりやすいなぁ」


冷たく返すアリシアにくすくすと笑いながらワジはその手を取り、エスコートをしながら受付にカードを提示して屋敷内に入る。

パーティー会場に着くともう直ぐ主催者の話が始まる頃なのか参加者の殆どが集まっている。室内を照らす光に反射するシャンデリアや豪華な内装、集まっている人々の雰囲気に見劣りする事のない二人は違和感無く参加者の中に紛れ込んでいた。
こういうペアの任務には僕らは打ってつけなんだろうな、と封聖省の綺麗とは言えない魂胆に内心溜息を吐きながらも、隣に立つアリシアを見たらその思惑に乗ってみるのも悪くないとワジ小さな笑みを浮かべる。


『お待たせ致しました、本日は当パーティーにご参加頂き誠にありがとう御座います』


拡声器を通して聞こえてきた声と共に舞台中央に現れたのはこのパーティーの主催者、貴族の中でも有力者に当たるだろう当主にしてはまだ若い男性だった。彼の登場に拍手が沸き起こるが、妙な雰囲気と熱気のようなものにアリシアは拍手をしながらも眉を潜めて辺りを見渡す。
貴族同士の地位を確立する為にもなるべく敵を作らず手を結ぶのは分かるが、ただの社交パーティーにしては違和感を覚える。

(というかあの人、私の記憶では幾ら有力者とはいえこの面子の代表格の人間では無かった気がするんだけど……)

集まっている人間をちらりと見ると、ちらほらとはいえアリシアが幼少の頃から知っている名前もある。見た所彼も若いし、つい最近事業で成功した人なのだろうか。思慮をめぐらせながら舞台に目を送っていると、ドレスを纏って着飾った女性が一つの箱を手に彼に近寄ってきた。彼はそれを手にすると中身を取り出す。


「……!」

「……あれか……」

『私達に繁栄を齎す象徴となる代物――本日は恐縮ながら披露する場をこの時間を借りて、設けさせて頂きました』


溜息の様な歓声が溢れる会場の視線はその古代遺物に向けられていた。既に稼動しているそれに、アリシアは見られないようワジの袖を引っ張り、周りに勘付かれないように笑みを絶やさずにワジにだけ聞こえるような小声で伝える。ワジもまた稼動を感じ取ったのか心配そうにアリシアの顔を覗き見て確認した。


「あれ、認識を操作する古代遺物よ……差し詰め、あれで自分の派閥なるものを確立し始めてるって所じゃない?どれだけの効果があるのかは分からないけど……稼動を確認したし、現行犯逮捕って所かしら」

「フフ、ロイドじゃあるまいし。僕は《聖痕》があるし大丈夫だけど、アリシアは大丈夫なのかい?」

「まぁね、少し息苦しい感じはあるけど今の所は」


再び箱に戻して話を再開した彼は帝国内での貴族の情勢を大まかに話し始める。その間に先程箱を持ってきた女性が回収して再び袖に戻っていく。ぽつりと彼女に聞けばいいかな、と零しているワジにアリシアは呆れた視線を送りつつ、男性に視線を向けて再び推測を開始する。
有力者とはいえない中小貴族の青年がある日何処からか古代遺物を入手し、なるべく自分に近い大物達に気に入られるように認識を歪めた、という所だろうか。下法として狩るまでとは言わないが悪用している事に変わりは無い。

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