Extra Cobalt Blue
- ナノ -

スナイパーの指南

帝国に近い、共和国のアルタイル市。カプワ航空便からの荷物を受け取る約束をしていたフランは、ジョゼットから長めのトランクケースと銃弾が入ったケースを受け取っていた。
差出人はフランの専属の使用人であったチェフ・ファー二ヴァルからであり、洒落たお茶菓子の贈り物でもなく、頼んでいた武器を新調していた。

「そのケース、フランの家からの荷物か?銃弾はその感じ見ると、いつも使ってる魔弾みたいだが」
「ええ、導力銃と違ってこっちの火薬式の銃は消耗品だし。チェフのお下がりを貰ってみたんだけど、スナイパーライフルも練習しようと思って」
「スナイパーライフルか。銃が得意なフランが改めて練習っていうのが意外だな」
「そう?拳銃と双剣をメインに習得してたから、流石にライフル銃まで使う機会がなかったのよね。でも、いざという時に選択肢の幅が広がるからやってみようと思って」

フランの言葉に、クロウはかつての自分を思い返す。選択肢が広がることを、クロウは自らの経験から知っている。
スナイパーライフルも習得していたから、鉄血宰相が元々不死者であったことはともかく、遠くの距離から心臓を撃ち抜くことが出来た。
ザクセン鉄鋼山でヘリコプターを墜落させるためにZ組から見えない位置から銃弾を打ち込めた。
それだけ可能性の幅は広がる。

「……自主練もいいが、良かったらオレが教えるぜ。ライフル銃は普段使わないとはいえ、オレも得意だからな」
「そうね……クロウはこれも得意だったわね。折角だから教わってもいい?拳銃は慣れてるけどスコープを使って遠くの的を狙う感覚を掴むのは難しいかもしれないけど」
「いや、寧ろオレより習得早いと思うぜ。元々拳銃の射撃精度の高さを考えたらスコープに慣れればあっという間だろ」

──自分の二丁銃がどちらかと言うと一撃目の軌道を読まれたとしても二撃目で当てるといった避けさせない為の射撃であるなら、フランの銃弾は『一撃必殺』だ。
確実に急所を迷いなく打ち、少ない銃弾で仕留める精密射撃。

バイクで人が通らない位置に缶を置き、そこから狙撃手として位置に着くとしたらこの場所だろうという小高い丘をポイントにして、そこにライフル銃を設置する。
本当ならまずは人を模した板に向けて撃ち、狙いからどれだけ離れているか、近く撃つことが出来たかを確認しながら練習するのがセオリーだろう。
フランの使用人がライフル銃を使っているのもあり、セットや銃弾のこめ方は何となく分かっているのかスムーズに行うフランに流石だと舌を巻いた。
クロウは顔を近づけて一緒にスコープを覗き込むようにフランと目線の高さと位置を合わせる。

「そうそう、スコープで見える中心に照準を合わせて狙うんだが、まあ風とかの影響もあったりするし、自分の腕で細かく微調整して撃つ訳じゃないからな」
「……」
「フラン?」
「その、近くて、緊張するの……」
「……可愛すぎかよ」

恥ずかしそうに触れそうな位置の頬に手を当てて照れる様子のフランに、クロウはばっと的の缶から隣にいるフランに視線を戻す。
何時になったって、何時だって嫁に意識されて惚れ直されるような反応を見せられるのは嬉しいのだから。

一発目は風が吹く中で缶のすぐ隣の地面を抉って吹き飛ばす。
練習用の的でやっていたら中央から少ししか離れてないだろう位置を撃ち抜けるセンスは、やはり銃の腕前だけを切り取ったら自分よりも上だと思っているだけある。
そして銃弾を込め直したフランは、大きく息を吐いて神経を研ぎ澄ませる。
その集中力の高さは空気をすっと凍らせる程だ。そしてトリガーに指をかけたフランの指が動き、銃弾が発射される。
缶が吹き飛んだのをスコープで見たフランは起き上がり、綻んだ笑みを見せる。

「やっぱ上手いな。もう400アージュ先の缶に当てちまった」
「スコープを覗いて台に乗せたライフル銃を微調整するのって片手で照準を合わせてる拳銃と違って難しいわね。的が動いてなくてこれなんだもの」
「いや、それにしては筋が良過ぎだろ。まああんだけ銃の扱いに慣れてたら上手いだろとは思ってたが、想像以上だな」
「……」

クロウに褒められたフランは目を開き、嬉しそうに顔を綻ばせる。
冷静に、淡々と取り組んで器用に習得する印象を持たれやすいフランだが、意外と素直に子供っぽい所があることをクロウはよく知っている。
まるで子供のように喜びが溢れ出たことに、ハッと気付いてフランは顔を逸らした。

「ほ、褒められたのが嬉しかったんだもの」

──ああそうか。
フランは恐らく、その技術を磨いても褒められるどころか認められることがない日々を送っていたのだ。
兄達は褒めてくれていたかもしれないが、兄達のように認められたいの不幸を呼ぶ女児として認められるどころか切り離された彼女にとっては世辞に聞こえたのかもしれない。
そして、兄二人も彼女が欲しくても得られないものを持っている自分達が安易に言ってはいけないことを理解していた。
だから彼女にとって普通に褒められるという経験はあまり身近なものではなかった。

「な、なによ、その顔は……」
「いーや?オレがたんと甘やかせる特権があるなら、そりゃもう甘やかさないとなーと思ってな?」
「……これ以上私を甘やかしてどうするのよ……」

──オレの嫁、可愛いかよ。
反射的にそんな言葉が頭を過り、わしゃわしゃとフランの頭を撫でた。

お互いが支え合えるような関係であり、一方的に甘やかすばかりでもないのが二人の関係性でもある。
器から溢れそうになるほどの過剰な施しをクロウがする性格では無いとはいえ、それでもフランにとっては十分過ぎると感じる愛情だった。
甘えることも、人に頼ることもする術を知らなかった少女にとっては望みすぎと断言出来るくらいのものを、クロウ・アームブラストから貰っていたのだ。

「頑張ったらご褒美ってのも大事だろ?つうか、フランの甘やかし過ぎって言葉は遠慮し過ぎだからな」
「だって400アージュ先の缶を一回当てられただけよ?……それなら、もう少し上手く使いこなせてから甘やかしてもらおうかしら。600〜700先の魔獣10体倒すとか」
「……甘やかすって、どこまでしていいやつだ?」

初めて手に取った獲物で手馴れたスナイパーの目標のような高いハードルを敢えて設定するフランに、クロウは"たんと甘やかす"口実を得られそうな予感がして彼もまた敢えて確認をした。
肩にライフルの後ろ部分を肩で押さえてスコープを覗こうとしていたフランはクロウに視線を向けて、小さな声で恥ずかしそうに「……何でも」と答えたのを彼は聞き逃さなかった。

「頼むフラン、10体倒してくれ。いやこの際倒せなくてもいいが、まあ良いホテルの手配はオレに任せておけ!」
「ちょっと、こういう所は本当に素直ね!?」

煩悩に対しては素直な旦那の反応に「言い過ぎたかしら……」と小言を呟きながらも、フランは精神統一するように大きく息を吐いてスナイパーライフルを構える。
こうしてかつて、人生を賭けた標的を狙ったクロウの姿を見ることは無かったけれど、成し遂げたいことの為ならばどんな技術も磨いて生きて来た在り方は共鳴するものがあった。
トリガーにかけた指を引き、銃弾をはるか先の小さな魔獣に向かって撃ち込む。

陽が落ちる前に10体射抜いたフランは複雑そうな顔でバイクのサイドカーに乗り込み、上機嫌な様子でクロウはバイクを走らせる。
成功して嬉しい本人以上に「覚えが早くてオレも鼻が高いぜ〜」とはしゃぐクロウに対して、今夜の心配をしながらトランクケースを抱き抱えて日が落ちる橙の光をぼんやりと眺めるのだった。
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