Extra Cobalt Blue
- ナノ -

お前を好きな馬鹿はずっとここにいる

昨日の夜、部屋を訪ねて来たクロウから突然明日の自由行動日、帝都に行こうぜと声を掛けられたものだからフランは瞬いた。自由行動日を一緒に過ごすことは少なくはないが、トリスタから出るとなると話は別だ。
珍しいと思いながらも頷く彼女にクロウは悪戯に笑い「デートだからな」と念を押して、一瞬固まったフランに気付いたのか否かーー部屋を出て行ったのだが、彼は知っていたのだ。

生真面目で初心な所があるフランがたったその一言でどれだけ思い悩み、その意味を噛みしめるかということを。


「で、デートって言われても……何、着て行けばいいのかしら……」

朝早くから部屋の収納にしまっていた私服を取り出し、フランは頭を押さえて鏡と睨み合っていた。
所謂世間一般的なデートをする際に着る服の感覚が分からなかったのだ。良くも悪くも所持しているのは貴族らしい私服ばかりで、それがクロウの隣に居て合うのか、堅いと思われないかと考えだすときりが無く悶々とするばかりだ。しかしそれ以外の服も持っていないし、帝都という場所柄アリサ達の服を借りるというのも知り合いに万が一見られることを考えると憚られる。

「せめて、何時もと髪型は変えて行こうかな……」

ブラウスではなく、持っていたワンピースを着用し、何時も留めている髪留めを取って下ろした髪のサイドを鏡を見ながら三つ編みをする。
そして靴は高すぎることも無いヒールのある靴を選ぶ。それはちょっとした意地だった。クロウと並ぶと自分の身長の低さは分かっているとはいえやはり少し気になってしまうのだ。

時間を確認し、集合場所であるトリスタ駅前に向かうため逸る気持ちを押さえながらフランは第三寮を出た。
その際Z組のメンバーとはすれ違わず姿を見られることこそは無かったが、階段を下りて来る足音に気が付いたのかキッチンから出て来たシャロンは意味深に笑いながら「行ってらっしゃいませ」と挨拶をしたものだからきっと気付かれているのだろうと内心溜息を吐いた。
そこにまだクロウの姿は無く、駅前でどこか落ち着かない様子で待っていたフランだが、「待たせたな」というクロウの声が聞こえて来て顔を明るくさせてその方向を向くと、大きめのジャンパーを羽織り彼らしいラフな格好をしてアンゼリカのバイクを押してやって来るクロウが居て、フランは駆け寄った。


「てっきり鉄道で行くものだと思ってたけど、バイクで行くの?」
「その方がお前も喜ぶだろ?」


本人は隠しているつもりなのだろうが目を輝かせてバイクをじっと見つめているフランにクロウは肩を揺らして笑った。そして改めてじっとフランを見下ろし、学生服を身に纏っている普段の姿とは違う格好に頬を掻く。
気品がありながらも偶に見かけるようなかっちりとしたある意味隙なく見えるような貴族らしいブラウスにスカート、という服装なのではない辺りも真面目なフランのことだ、どうしようか考えていた姿が容易に浮かぶと思いながらもその辺りも愛おしいとクロウは笑みを浮かべた。


「その格好、もしかして気合入れてくれたのか?」
「う……だ、だって、クロウがデートって言うものだから……」
「……昨日けしかけて正解だったな」
「え?」
「なんでもねーよ。可愛いぜ」


クロウの褒め言葉に固まった直後顔を赤らめ言葉を詰まらせるフランは慌て始め早く行こうと顔を見られないように帝都方面に続く街道へとすたすた歩いて行ってしまうが、クロウはそれが照れ隠しだと分かっているからか肩を竦めてバイクを引っ張った。
街道に出てエンジンを吹かし、後ろに乗せるとフランはあまり躊躇わずクロウのお腹に腕を回した。やっぱり二人乗りはこういう所が得だと実感しながら「しっかり掴まってろよ」と声を掛けて走り出した。

微弱な振動や風を感じること四十分(乗っている最中時折アクセル全開にしてみてと頼まれクロウとしては冷や冷やしたが)帝都のヴァンクール大通りに着いたクロウとフランはバイクを駐車場に止める。
そして導力トラムの停留場へと向かいながら二人は並んで歩いていた。


「さて買い物した後にでも昼飯食いに行くか。どの地区にしよーかね」
「強いて言うなら、ヴェスタ地区はちょっと……」
「お前が世話になってる地区だったか。俺と一緒に仲睦まじく歩いてる所なんて見られたらそりゃ大騒ぎになりそうだしなぁ」
「楽しんでない?」


笑いながらそう言うクロウにフランは顔を顰める。クロウと付き合っているということを必死に隠したいという訳ではないが、Z組にも知られていない中で帝都に噂が広まるのは流石に控えたかった。
導力トラムに揺られること暫く、アルト地区に着いた。閑静な住宅街というイメージもあるが、落ち着いた雰囲気のお洒落な店も数多くある。
ウィンドウショッピングをしながら楽しんでいるのか笑顔を見せてクロウに話しかけてくるフランの姿に、クロウも満足げにふっと笑みを零した。

暫く歩き回り休憩も兼ねてカフェに立ち寄り、少し遅くなった昼食を頼んだ。運ばれてきた料理を頬張りながら美味しいと表情を緩めるフランを見ながら、クロウは以前から気になっていたことをそういえばと呟いた。


「フランって意外と庶民的感覚だよな」
「意外とかしら?六年間の行動場所の殆どがヴェスタ地区だったからあまり身分の境がなかったというか。それでもやっぱり自覚してないだけで一般の感覚とずれてる所もあるのかもしれないけど」
「確実に言えるのは馬に関してはかなりずれてるな」
「う……」


悪戯に笑いながら指摘すると、フランは言葉を詰まらせる。貴族の嗜みの一つである乗馬という趣味に関しては、フランは一般的感覚というより貴族からしても大分ずれた楽しみ方をしているに違いない。
洒落た所でもデートスポットに連れて行ったわけでもないのだが、純粋に楽しんでいるその姿にクロウもまた嬉しさを覚える。

クロウはじっとフランの料理に目を移し、何かを思いついた自分のフォークを置いてフランに声を掛けた。


「フラン、それ一口いいか?」
「えぇ、いいけど……え」
「ほれ、これも彼氏に対するサービスだろ?」


口角を上げて笑い、手に持っているスプーンを自分の口に持ってくるよう指示をするクロウに、フランは意味を漸く理解して顔を赤く染める。そしてきょろきょろと辺りを見回し、人の視線が無いことを確認してから堪忍したようにそのスプーンをクロウの口に運んだ。
ご馳走さん、と上機嫌になっているクロウに対してフランは恥ずかしいと項垂れていたが、当然クロウがそれで終わる訳も無く、自分の料理を乗せたフォークをフランに向けて差し出す。


「俺ばっかりやってもらうのもあれだしな?」
「っ、わ、私は良いから!」
「ははー、ほら遠慮するなっての」
「……っ、いただき、ます……」


クロウが諦めることはないと察したのか遂に負けたのか口を開いてそれを頬張った。美味しいのには違いないけれど、そういう問題じゃないとフランは不満を零そうとしたが、クロウが嬉しそうに笑っているのを見て言いかけた言葉を呑み込んだ。クロウも楽しんでいるのだと思うとやはり嬉しくなってしまうのは惚れた弱み故なのだろう。


ーーヴェスタ地区の二人の家で、朝食の片づけを終えたフランはソファに座って新聞を眺めていたクロウの隣に腰かけ、肩をとんとんと叩いた。
クロウは新聞から目を離してそれを膝の上に下ろしたがそのページが競馬の結果を掲載しているページだったことに気が付いてフランはやっぱりと肩を竦める。


「クロウ、今日買い物に行かない?久々に違う地区に行こうと思うんだけど」
「へぇ、この地区以外ってのも珍しいな。勿論行くけど、ってことは導力トラムか」
「えぇアルト地区の方にね」


アルト地区と言えばこのヴェスタ地区とは反対側だ。同じ街と言えども帝都が広すぎる為かトラムを使っても時間がかかるし、大抵の買い物はヴェスタ地区で事足りるからアルト地区に行くことは滅多になかった。
クロウも私服に着替えて家を出て停留場からトラムに乗った。暫くしてアルト地区に降りたその景色が懐かしく思えたのは恐らく学生の時もフランと共に来たからだろう。


「特別何か欲しい物があるって訳じゃないんだけど見て回ろうと思って……クロウ?」
「いや、あの時もここでデートしたよなと思ってな」
「ふふ、そうね。……クロウがからかってきたの、覚えてるんだからね?」
「からかったわけじゃなくて、して貰いたかったから頼んだだけだけどなぁ」
「分かってて言ってたくせに……」
「はは、そりゃお前が分かり易いからな。ただの買い物と言わず、久々のデートでも楽しむか」


クロウの言葉にふっと笑みを零したフランは首を縦に振って頷き、伸ばされた手を掴んで並んで歩き出した。
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