Extra Cobalt Blue
- ナノ -

未来を彩るポラロイド

今朝、ラングリッジ邸で今も働いているチェフから『荷物をそっちに送ったから』という連絡が入った。同じ帝都に住んでいるけれどわざわざ宅配便で頼むのは、一応建前ではフランがラングリッジ家から離れて平民の家に嫁いだのもあって、表だって援助したり連絡を頻繁に取り合っているのが知られたら当主であるルッソがまた囁かれるだろう。

普通宅配に一日はかかったりするものだが、届いたのはお昼頃だった。一応差出人の名がチェフ・ファーニヴァルとなっている辺り、気を遣っているのだろう。
その荷物は意外と重たくて、持った瞬間によろけると、その様子を見ていたクロウが席を立ち上がってフランの代わりに荷物を持った。


「荷物か?しかもなんか重てぇし、珍しいな」
「えぇ、でも何かしら?アーサーの手土産とか?」


リビングに荷物を運び、封を開けるとフランの好きなものであるティーセットと書物が幾つか入っていて、恐らくクロウへのプレゼントだろう、明らかに高価な年代物のお酒が入っている。こんなものが入っていたら確かに重たい訳だと納得していたが、一番上に何かが入っているらしいケースが置いてあって、不思議に思いながらもそれを開けた。


「……」
「何だこれ?写真、みてぇだけど」
「……えぇ、そうね。私の昔の写真」


中に入っていたのはチェフや兄弟と撮った写真だ。その中にたった一枚だけ母親が写っている古い写真があって、フランはそれに目を留める。メモも入っていて、それはルッソの筆跡で『大切な思い出も大事にしてほしいな』と書いてあった。
トラウマがある過去と向き合うのを避けがちで、今までブルブランに写真を盗まれた時を除いては、見ようともしなかった代物だったが、兄弟達と写っている幼い自分を見るとそれも大切な思い出だったのだと実感する。


「この人、お前の母さんか。……似てるな」
「実際に一緒に過ごしたこととは無いけど、私の一番尊敬する強くて慎ましい女性よ。私のミドルネームも母様の名前を貰ってるのよ」
「そうだったのか?ミドルネームにも由来があったんだな」
「えぇ、母みたいになれるようにって母様が生前に既に付けてくれてね。多分理想の母で、妻だったんだと思う。私もこうなれたらいいなと思うけど、知らないからこそ手探りって感じだけどね」
「なーに言ってんだよ。俺に正面から向き合って、受け入れて一緒に歩いてくれるこんな芯の強い奥さんが居るかよ」
「……クロウは狡い……」


母の愛情を理解しながらも母と過ごした日々が無かったからこそ、自分が本当に家族を大切にする妻としての役割を果たせているのか時々心配にもなると苦笑するが、クロウにがしがしと頭を撫でられて、かあっと顔を赤く染めて照れたフランはクロウの手を取って見上げる。


「クロウは、こういう写真は残ってないの?」
「俺もじいさんと撮ったのが何枚かあったが、全部処分して来ちまったからもう残ってないな」
「そっか……小さい頃のクロウってすごく気になるけど」
「ははっ、小さい頃の俺もイケメンだぜ?」
「小さい頃の俺"も"って……まったく、自分に甘いんだから。……確かに格好良いとは思うけど」


不意打ちのフランの褒め言葉に、自分で言ったものの照れたクロウは頭を掻く。クロウは幼い頃の自分の思い出と決別して来ていたから形に残るものは残っていない。
ただ、自分の思い出があそこにあるのも事実で、ジュライは自分とは切り離せない場所だ。例え自分が居るころから大きく変わってしまっていても、それだけは変わらない。そんな想い入れのある故郷に再びフランと行けて改めて挨拶をしただけでも満足だった。


「けど、学生時代に撮った写真はあるんだぜ?まぁ俺は部活に入ってなかったが、一年の頃にトワ達と撮ったものとか、Z組で、あとお前と撮ったものとかな。俺にとってはそれで十分なんだよな」
「クロウは肝心な所は遠慮するというか、普段の強欲さはどこに行ったんだかって感じよね」
「俺にもっと望んでいいって言うの、お前ら位だよ。ま、そのお陰で俺らしさっていうのに嘘つかなくてもよくなったんだが。今思えば、一枚位は写真も残しておいても良かったかもな」


亡き祖父の事を思い出して珍しく感傷に浸る様子のクロウに、今度はフランが身を乗り出して慰めるようにクロウの頭を撫でた。自分を慰めようとするその小さな手は何時も自分を繋ぎ止めて、守ろうとしてくれる。

両親を亡くしてから育ててくれた師のような彼を尊敬していたし、だからこそ彼が愛していたジュライ市国という街があの男によって奪われたことはどうしてもクロウには許せなかった。しかしその恩や愛情を復讐心の糧にすると決めた時、彼は自身の過去から決別をして強固な信念と変えた。


「クロウの昔は写真として残ってないかもしれないけど、だからといって思い出が残ってない訳じゃないわ。断ち切ろうとしても、嫌な事も幸せな事も含めて自分の経験として積み重なっているものだから」
「……お前が言うと、説得力があるな」
「ふふ、でしょう?過去の事は私にもどうにもできないけど、未来は一緒に決めていける。……私もね、写真なんて嫌いだったのよ。ほら、あまり過去は綺麗なものでもないし、両親との思い出なんて無かったから見返そうとも思わなかった」


両親と自分が映っている写真は一枚も無く、チェフや兄弟と撮ってもらったものしかない。母とは生まれた時に死別してしまったし、父は母を奪った忌まわしき女児を呪いだと思い、存在を疎んでいた。
その過去を自身の弱みとして切り離して"ない物"として考えないようにしていたが、ブルブランに写真を盗まれて暗に指摘をされたことがきっかけとなり、Z組として過ごすうちにフランの中で少しずつ考え方も変化していく事になった。


「でもそれはZ組に入ってから変わったわね。皆で撮ってもらった写真はかけがえのない思い出として大切にしてるし、クロウと撮った写真は部屋に飾ってるもの。あの時はクロウが強引に撮ろうって言ったけど、正直嬉しかったわ」
「……ってことは、写真が嫌いだったお前が初めて飾ってくれた写真か?」
「えぇ。大切な夫との思い出は大切にしておきたいじゃない」


フランの貴重なその素直な言葉に、クロウは背もたれに寄りかかって上を向いて「あー……」と呟きながら熱くなった顔を押さえる。
ーー何時もは自分がフランを翻弄しているというのは自覚している。けど、やはりフランは自覚していないだろうが、時に厳しくはありながらも自分をその芯の強さと優しさで支えてくれていて、フランを前にすると自分が思春期の男子みたくなる。

そしてクロウ自身はフランと撮った写真は家を離れることも多くなったのもあって、手帳に常に挟んでいた。
それまでの信念で繋がった仲間と共に命を懸けて執念に生きるのも、自分の力のみが頼りになるという意味では強かっただろう。しかし守るべきものがあると今までの自分と違った。過去の自分なら余計な重荷だとか足枷だと言ったかもしれない。けれど、より一層人として成長したし、更に強くなれたような気がするのだ。


「フラン」
「なに?」
「今度また写真撮ろうぜ。俺も置いて来ちまった分、これからは残していきたいしな」


クロウの細やかな願いにフランも勿論だと頷き、また今度の休みに導力カメラを見に行くのもいいかもしれないと話が膨らんだ。
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