紺碧片のオフェリア
- ナノ -

ロワゾブルーの桎梏


無事、トワ・ハーシェルを救出してメルカバに戻ってきた操縦桿を握るのはアンゼリカ、そしてオペレーターを任せられたのはトワだった。
ガイウスが駆るメルカバではあるが、内戦時のカレイジャスを思い出させるような組み合わせだ。彼女たちが居るだけで、技術的な面でも頼りになるどころか精神面でも安心感と士気も高まる。
ラマール州は警戒が解かれたとはいえ、オルディスの警戒は高まったが、ラクウェルへの警戒が解かれた結果、その方面をZ組が調査しに行くことが可能となった。

Z組が揃い、クロウも含めて先輩たちも揃おうとしているというのに――まだ、一人だけ足りていなかった。
あの夜アンゼリカを強襲したのはジョルジュだったが、彼はアルベリヒにアンゼリカを始末するように指示をしたのに、彼女を殺すのではなく、利用する道を選んだ。
朦朧としている意識の中「すまない、アン」という声が最後に聞こえていたと彼女は語った。

カレイジャスに爆弾を仕掛けて陛下を殺した事実に変わりはないが、ジョルジュも徹しきれないのだろう。
先輩たちを揃えるという約束を、二年の時を経て果たされる最後の機会がやってきているが、もう一人は一体どのような形で己の犯した罪と使命を天秤にかけて地精のゲオルグであることを優先するのか、トールズ士官学院のジョルジュ・ノームであることを優先することになるのかは、まだ、分からない。


各地の情報を眺めながら、軍の動きとこれから起こる可能性のある動きを考えていたフランの肩をぽんと、トワがそっと叩いた。


「ねぇ、フランちゃん」
「?どうされましたか、トワ先輩」
「えっと、ね。ちょっと頑張り過ぎてるのかなぁと思って」


トワの言葉に、フランはぱちぱちと瞬いた。
状況が状況故に、肩に力が入っているのではないかと心配していたトワだったが、フランが一瞬首を傾げてしまったのは、フランにとって無理をしている範囲ではなかったからだ。
折角再びクロウと一緒に居られるとしても、期限がある。だから、焦って、気を張り詰めて頑張り過ぎてしまっているのではないかと、二年間Z組を卒業した後頑張っていたフランの状況を聞いていたからこそ、心配していたのだが。


「ふふ、ごめんなさい、気を遣わせてしまって。大丈夫ですよ。これ位は寧ろ、トールズには居る前からしていたことですから」
「えっ、えぇっ?……でも、その。フランちゃんは……我慢して無理し続けちゃうから。特に、クロウ君のことでは……」
「……、否定はしません。けど、クロウが居るから、今は両手に抱えきれる分だけになっている気がします。私なりに、クロウのことは受け止めているつもりです。本人が、今は前へ進むって言ってくれたから」
「あ……。本当に、強いね。フランちゃんは。クロウ君の想いを受けて、自分も前に進もうとするから」


久々に会ったアーサーとくだらない会話をしながら笑うクロウを振り返り、フランは力強く頷いた。
クロウが再び、自然の摂理に倣って仮初めの命を終わらせる時が来るのが寂しくないなんて嘘はもう、つかない。誤魔化して、唇をかみしめて、仲間の姿を見失わないように指針にしながら必死に前を進み続けていたけれど。
自分は止まってしまった人間だと未来を歩む資格がもう無いと諦めてしまっていたクロウが、たとえ泡沫の時間の中でも、自分達と一緒に今は前を向いて進もうと思ってくれているのだから。

期限があるとはいえ、二年前にだって出来なかったことを、今出来ている。
だから、無理をし過ぎてしまう前に、クロウを頼ることが出来る。両手に抱えるべきじゃない重荷を抱えてしまっていた二年間と違って、分け合うことが出来ているのだから。

二人が話している様子に気付いたアーサーは、クロウに断りを入れて、トワとフランに声をかけた。
あっさりとした再会になってしまっていたが、一応兄妹で合流するのは黒キ聖杯以来だ。それ以降お互いの安否も不明だったが、無事を確信していた両者に感動の再会という程のものはなかった。


「アーサー。本当に久々ね。絶対無事だろうとは思ってたけど、まさかあんなタイミングで来るなんて」
「こっちも、一人でも乗り込もうとしてたからお前らが来てくれたお陰でプランを変えたんだよ。流石だな。まぁ、積もる話は後々にしようぜ」
「えぇ、アーサーもトワ先輩にアンゼリカ先輩と話すことも沢山あるでしょう?」


特に、トワが軟禁されていると聞いて、そのために単身で乗り込んできたくらいには心配をしていたのだから。落ち着いて話をする機会と時間は必要だろう。

アーサーと話をしていたクロウと視線が交じり、フランはその場を離れてクロウの元へ向かった。随分とあっさりとした挨拶だけを交わして終わった二人に、クロウは首を傾げた。一応、積もる話は兄妹であるだろうと。


「兄貴と話さなくていいのかよ?」
「えぇ。トワ会長や、アンゼリカ先輩と語ることもあるみたいだし。それを言うなら、クロウもいいの?」
「あー、まあ俺らは腐れ縁って感じだしな。それこそ、アイツも気を遣ってるんだろ。俺とフランのことはあんまり口出ししないようにしてるみてーだし」
「……そうね、そんな気がするわ」


暗に、クロウと居る時間を作れと言われているようだと、くすくすと笑った。
そんなことを直接言いはしないけれど、態度や行動で何となく示すあたりがアーサーらしいのだが。


「そうだ、フランに会わせたいやつっていうか、紹介しておきたい奴がいるんだが、いいか?」
「?えぇ。でもメルカバに乗ってる人はもうみんな知ってるけど……」


クロウに案内されるままに二人は誰も居ない甲板に出たが、そこには人もいない。
視界一面に広がる青空だけだ。一体誰のことを言っているんだろうかと辺りをきょろきょろ見渡していたのだが、クロウはその青い空の先を見詰めて声を張り上げた。

「オルディーネ!」

透過を解除して姿を見せたのは、メルカバと並行して飛んでいたオルディーネだった。
紹介したい奴、というのはクロウが長らく相棒として共に戦ってきたオルディーネなのだが、何も初めての出会いと言う訳ではない。


「オルディーネのことだったの?」
『ふむ、クロウの恋人か。直接会話するのは初めてだが』
「えっ」
「損傷から言語機能が欠落してたらしいんだが、話せるようになってな」
「そうだったの……お、オルディーネ……?えっとその、初めまして。私のことも知ってるのね」
『全て見ていたのは勿論だが、二年前にはクロウがフランを探していた経緯も知っている。ヴィータ・クロチルダにも頼み、随分と探していたようだった』
「……おい、よせよオルディーネ。小っ恥ずかしいだろうが」


相棒の言葉に、照れ臭そうに頭を掻いて制するクロウだが、自分が知らない離別をしていた頃のクロウの様子を聞けたのは新鮮な気分だった。
あの時は淡々とした様子で、余裕たっぷりな様子で、私を捕えに来たのに。
案外躍起になって探していたのかと思うと、微笑ましくもなる。言葉を話せなかったはずのオルディーネにまで伝わっているのだから――嘘だったと捨てきれなかったという思いが表れていたのかもしれない。
どんな形であれ、愛されていた証拠なのかと微笑み、クロウの顔を覗き込むと、バツが悪そうに顔を逸らしていたクロウは、腰を落としてフランの膝の裏に腕を通した。


「よっと」
「きゃあ!?」


甲板で突然抱き上げられた浮遊感に一瞬どくりと嫌な冷や汗を掻いて、咄嗟にクロウにしがみつく。
吸い込まれていく感覚がしたかと思えば、景色はメルカバ甲板から眺める青空ではなく、コックピット内。オルディーネの操縦席に変わっていた。
機甲兵とは全く異なる霊的空間内に広がる操縦席は、騎神の特異性を物語っている。しかし、広く見えるようで、この騎神内部の操縦席自体は一人用だからか、かなり狭かった。


「け、結構狭いわね……」
「まぁ機甲兵の中よりは広いだろうが、一人分で作られてるしな。けどまぁ、クク、相変わらずの小ささというか」
「……平均より少し低いだけよ。それにクロウが大きいだけだと思うんだけど」
「そうか?背があって困ることはねぇけど、……」
「う……それは私への嫌味かしら……」


背が低くて困ることなんて数えきれないくらいあるのに、クロウに抱き抱えられて収まっているフランは、と不満げにクロウの頭の上に手を伸ばす。
クロウの膝の上に乗せられているから届くけれど、と思っている間もなく、伸ばしていた手はクロウに掴まれた。
そして、急に顔を傾けて近づいてきたクロウに思わず反射的に後退しそうになったのだが、それを抱えている腕が全く許してはくれなかった。


「それに、キスするのに普段はちょっと不便だからな」
「っ……もう……」


悪戯に笑って唇を重ね合わせてくるクロウに応えるように、首を伸ばして、クロウの頭の後ろに腕を回す。
以前よりその唇が、体温が、少しだけ冷たいことに胸がちくりと痛みながらも、もう二度とこんな時間は訪れないと思っていたからこそ、幸福な時間を噛みしめる。
伸ばされた舌に合わせて舌を絡め、息ごと食らいつくように口付けを交わした後、ゆっくりと離れると、銀色の糸がつうっと伝。


『……?クロウの体温の上昇を確認』
「っ、そ、そういえばオルディーネも居たのよね……」
「おいおい、気付いてなかったのかよ」


オルディーネが内部に視覚がないとしても、聴覚は働いていることを思い出して、フランは恥ずかしそうに顔を逸らす。
夢中になってしまっていた、なんて。

離したばかりの唇を指でなぞったクロウは、温かさを感じて表情を緩める。残念ながら聖者の体温ではない自分は、フランの体温を、奪っているのだ。
死者が正者の足を掴んではならない。あまり期待をさせてはいけないとは解っているが、それでも、共に居られる時間が胸をくすぐるような感覚を覚えさせる。
初恋を自覚したあの夏よりも、きっとずっと真っ直ぐに恋をしているのだと思えるのだ。

オルディーネから見える青空を見詰め、クロウのコートをぎゅっと握りしめて"クロウがいつも見ていた世界”に想いを馳せる。


「クロウは何時も……この景色を、見てたのね」
「あぁ。お前等に会う前からな」
「オルディーネも長い間、クロウを支えてくれてありがとう」
『礼を言われるほどのことではない。クロウを進めさせたのは、リィンと他ならぬフランだろう』


二年前に彼を止めた――ではなく、無意識ではあるだろうが、あえて進めさせたと表現したオルディーネに目を開いた。
止まっちまった、そう自分を表現していたクロウがエンドは分かっていても、それまでの間は確かに先に進もうとしているのが、周囲にも伝わっているのだ。
リィンでなければ、彼の意識の向きを変えることは出来なかっただろう。自分では出来ないことだというのが歯がゆく感じてもいたが、クロウが先を進むための一押しを自分も出来ていたのだろうか。
戸惑いの視線でクロウを見上げると、察したのか「マジか」と唖然していた。


「……お前が自己評価案外低いのは知ってるが……ったく。俺と何度だって戦って、渇入れて、痛い所もちゃんと指摘して。……謝るなって、最期まで一緒にって言ってくれただろ?」
「あ……」


特別なことをしているつもりは無かったから、その行為一つ一つがクロウの止まっていた足を。止めようとしていた針を進めさせる要素となっていたことに今更気付かされる。
自然に、信念に従って行動した故の選択が、フランにとってはその行動なのだ。
だからこそ、クロウは彼女に惹かれたのだという自覚をしていた。ただ、そんなクロウから見ても明らかに無理をし過ぎに映る時はあるが。


「向かい合ってくれるのはいいんだが、ただ、生身でオルディーネの攻撃を盾で受け止めようとする奴が居るかよ?」
「それは……仕方がないじゃない。誰かが騎神で、母校を襲撃してくるんだから」
「う……」
『確かに、生身の人間での騎神との戦闘は勧めない。まさか、人の身で攻撃を防がれるとは思いもしなかったが』
「ほらな、オルディーネにまで言われてんじゃねーか」


血だらけになりながらも、オルディーネの攻撃を防いでトリスタを離脱した件は、Z組の仲間にも無茶をし過ぎだと言われたほどだ。
まったく、そういう無茶をし過ぎるから目が離せなくなるんだ、とクロウは飽きれるが。
――それはきっと、フランにとっての俺も全く同じことなんだろう。
目を離して、遠くまで行ってしまった結果、戻ることも出来ずに命を落としたんだから。俺が、フランに無茶をし過ぎだなんて言える柄でもないんだろう。


「そうだ、クロウ。今後はきっとヴァリマールを通じて準起動者もオルディーネと連動出来るんでしょう?」
『今までは不可能だったが、今ならば可能だ』
「そういえば。そんなことも出来るようになったのか」
「だったら、出来る限り貴方とクロウの援護は任せてちょうだい」
『ふむ……?』
「そりゃあ願ったり叶ったりっつーか、寧ろ鬼に金棒だが」


リィンはARCUSのリンクの繋がりを使い、共にZ組で試練を乗り越えたという準起動者を得ていたことで、Z組のサポートを極限まで引き出すことが出来ていたが、一人で試練を乗り越えたクロウには今まで出来なかった芸当だった。
だが、リィンの従者という扱いで力を吸収された結果連動をして、周囲のサポートを力に変えることが出来るようになったのだ。
オルディーネのこともサポート出来るようになったのなら、最大限力になりたいと思うと共に、固い意志がそこにはあった。


「今度こそ……絶対に、守りきるから」
「……はは、お前にそれを言わせちまうとはな」


小さい背中だっていうのに。誰よりも凛と、少しの儚さを秘めながらもやはり堂々としていた。
後悔があるからこそ、自分を今度こそ守ると宣言してくれるフランの頭をぐしゃりと撫でた。

「ったく、恵まれ過ぎだろ」

自分勝手を貫いた男を、愛し続けてくれる人が居る幸福感は「今の俺が本来得るべきじゃないものだ」と否定するべきじゃない感情だ。
素直に、等身大のクロウ・アームブラストという男を愛してくれている事実を受け止めよう。そんなことを言っていたら、それこそフランに「馬鹿を言わないで」と怒られるだろう。

――オルディーネから出て来て、過去を想い返しながら甲板で談笑をしていた二人だったが、そこに同じく甲板に出て来たのは新Z組のアッシュ、ユウナ、アルティナだ。
しかし、水入らずと言った様子の二人に気付いた瞬間、アルティナはユウナに視線を向けて、ユウナもまたアッシュの腕を引っ張って甲板から戻ろうとしたのだが。
気を使って何も言わずに帰るなんてことを考えるのは、新Z組でも5人中4人しか居なかった。


「ハッ、アームブラストパイセンとフランパイセンはお熱いことで。こんなとこで宜しくやってるんスね」
「ちょっとアッシュー!?」
「おーおー僻みかよ?ん?つーか、気になってたけどなんでお前、フランだけは名前で呼ぶんだ?」
「確かに。アンタ、リィン教官もトワ教官のことも苗字で呼び捨ての癖に」
「そういえば、初めからそうでしたね」


アッシュの生意気とも映るような言動は今に始まったことではないが、教官であるリィンはシュバルツァー、トワはハーシェルと呼んでいる彼が、何故かフランだけは名前で呼ぶ違和感と疑問に全員の視線がアッシュに向かう。

「……ラングリッジの野郎と被るとめんどくせぇだろ」

苦い顔をして悪態をつく様子にぴんと来たらしいクロウはくつくつと笑った。
アッシュにとって、"ラングリッジ"はアーサーであり、フランではないのだ。
そして、彼の影響でその名字に持っていた印象が、フランには当てはまらなかったこともあり、彼女をラングリッジとは呼ばなかった。


「ははーん、何時知り合ったかは知らねーが、お前アーサーと馬が合わねぇタイプか」
「ちっ、ラングリッジの奴、狗の癖に実力だけは馬鹿に出来ねぇ。喧嘩売るにはまだ早ぇって?気に入らねぇっての」
「……なんと言うかクロウと兄さんを思い出すわね……」
「俺はアーサーとのそういうガチの喧嘩は色々厄介になるから避けてたけどな。アイツ、気配とかの察知には長けてる分人の痛い所付くくせに、ゼリカとはまた違う意味で喧嘩っ早いんだよ」


クロウでさえ実力を測られる可能性を懸念して、学生の時からアーサーと一度として手合わせをすることが無く、学生時代に幕を閉じたのだが、まさか後輩が果敢に彼に喧嘩を売っていたとは。
ラクウェルでは実力を誇っていたアッシュだからこそ、アーサーによって膝をつかされた経験はかなり苦い思い出となっていた。
挑発されたとはいえ、年下に対して大人げないことをしていた兄の容赦のなさにフランは謝ったものか、それともアッシュを注意したものか頭を抱える。
ただ、およそ数か月前のアッシュを見ていると、何処か心配になるような危うさがあるのはフランも感じ取っていた。
アーサーも間違いなく、それを感じ取っていたから、荒療治をしようとそんなことをしたのだろう。あまりにも不器用なやり方ではあるが。


「でも、貴方が落とし前を考えつつ前を向いてくれてよかったわ」
「あ……?」
「何となく周りとはそつなく接するのに危なっかしい雰囲気が誰かと似てたものだから、勝手にちょっと心配してて。突き進んでしまった時に一人にさせてくれない仲間が居るのって、大切なことよ」
「……」


思わぬ言葉に呆然とするアッシュだが、フランが一体誰のことを言っているのか気付いたらしいアルティナはじっとフランの隣に視線を移す。
データとしてしか知らないし、蒼の騎士として活動していた頃のクロウは隙が無いイメージではあったが、学友と会話しているクロウの様子はアッシュのそつなさを思わせる。


「誰かとねぇ……さて、誰だろうなぁ」
「クロウさん……」
「おーなんだ後輩ども、その目は。つーか、言っとくが言ってる本人も本人だからな?」
「ちょっと、クロウと一緒にされるほどではないと思うんだけど」
「な、なんというか……こういう所が"似てる"んですね」


会話や雰囲気から似ていないと思い込んでいたが、やはりどうにも根本は似てしまっているようだ。
どうしてこの二人が一緒になったのか、この時やっと分かったのだ。

すると、騒がしくなった甲板に、もう一人来訪者が現れる。
「フランお姉さま?あら皆さんもこちらにいらっしゃいましたか」と微笑み、オーブメント調整の用件を伝えてくれたミュゼに、女子は甲板を出て行ってしまう。

残されたアッシュは、クロウに視線を流してやれやれ、と肩を竦める。
自分と生き方が似ていると言われてしまったこの先輩の、彼女に言われた言葉は、今のアッシュにとっては少々むず痒くなるようなものだった。
それは痒さではなく、本質を指摘されてしまった照れ臭さなのだろう。


「アームブラストパイセンのカノジョも甘いこと言うっつーか、あの家出身の割には汚れを知らねぇつーか」
「クク、アッシュ後輩にはそう映るかよ」
「あん?」


真面目で清廉潔白――だけに見えているのだというなら、それは単なるイメージに過ぎない。勿論、そういった面が強いのは確かだが、フランの場合はそれだけではない。
アッシュと負けず劣らず硝煙の、茨の道を歩んできている。しかし、学生時代はそんな自分を切り離して隠し、仲間でさえも当初は本質に近づけさせようとはしなかった。
汚れを知らないどころか取り返しのつかなくなる寸前に、ある男に彼女が守り抜いてきた虚像の世界を壊されたなんて、この遊びに慣れている見込みのある後輩だって知らないことだろう。

「汚れても振り払って、傷も全部無かったことにしちまう真っ白な世界に……ヒビを入れたくもなるんだよ」

──そして、きっと彼女が自分の保つ嘘の世界を砕こうとしたから。
今の俺は躊躇わずに明日に足を踏み出しているのだろう。