朝焼けのスピネル
- ナノ -

キバナとクリスマス・イブ

※本編後の同居前。


吐く息も白くなるような一日。
イルミネーションが煌々と輝き、ネオンが夜闇を色付かせる。実に多くの人がケーキ屋に並び、ディナーを楽しむ。
クリスマスの前日、クリスマス・イブ。恋人達がクリスマスを祝い、一緒に過ごす日。

隣の部屋ではあるが、仕事が終わった後のエスカはキバナの部屋に招かれていた。キバナリクエストのチキンやローストビーフを用意して、エスカの好きな店でケーキを買って。
クリスマスらしくワインのロゼを買って。

ポケモン達も室内に出して賑やかなクリスマスパーティをしていた。
フライゴンは羽を折り畳んで首だけエスカの膝乗せて撫でられにいっていて、逆にキバナに懐いているドラパルトは引っ付くように近くを浮遊している。


「キバナの子って、ジュラルドンも含めて人懐っこいよね。すごく可愛い」
「確かにそうかもな。フライゴンお前そんな甘えちまって」


嬉しそうに鳴くフライゴンの頭を撫でている間に、キバナは開けたロゼのワインボトルを傾けてエスカのワイングラスに注ぐ。
乾杯と声をかけてワイングラスを重ね、一口ごくりと飲むと、芳醇な香りが口内に広がる。


「このロゼ美味しい……」
「やっぱりこれ美味いなー。ケーキもあるから、紅茶も入れるか?」
「ティーバッグで二杯分きっちり入れた方がいいかも。ティーポットに多めに入れて放っておくとポットデスが仲間を増やしたがるから」
「あーそういえばそんな特徴があるんだったな」


毎年平日でなければ仕事をしていたし、会えそうな時はソニアやルリナと集まっていたけれど、こんな風に恋人と過ごす一日を楽しむのは初めてのことだった。


「この間、トレーナーの子に声をかけられたから何だろうと思ったら、レアカードにサインしてもらっていいですか?って言われたの。それはいいんだけど、キバナさんのカードはエスカさんから貰えたりするんですか?って聞かれて」
「まぁオレ様がエスカのカードも渡してるから逆にエスカからオレ様のカードも貰えると思って当然か」


普通のカードも自分でファンにあげるファンサービスもするキバナは、エスカのカードも両方とも配っていた。ファンは二人の関係を知っているから、それも含めて貰おうとする。
一方、エスカといえばキバナのカードを求められて沢山の人に囲まれたり、二人の生活を聞かれるのは恥ずかしいからと言って、キバナのカードを配ってはいなかった。


「エスカのレアカードこの間見たダンデには『相変わらずキバナらしいな!』って言われたけどな」
「……ダンデ君にも見せたのあれ……?」


ネットでは話題になってしまってるらしい、キバナのパーカーを借りていた時に「ちょっとがおーってしてみてくんねぇ?」と言われて小さくやった時に撮られた写真をそのままカードにしていたらしいレアカード。
ただでさえ恥ずかしいのに、知り合いの、しかもダンデにまで見られるのは恥ずかしい限りだった。

食器を片付けたキバナはエスカを呼び、彼女を抱えた体勢でソファに座った。
音楽番組を付けているのだが、ミュージシャンとしてネズが出ていたから二人はあっと声を上げる。
クリスマスの当日は必ずマリィと一緒に家族団欒をすると聞いている。兄妹の仲の良さは聞いているだけでも微笑ましくなる。


「マリィちゃんに譲った後はミュージシャンとしても活躍してて、嬉しい」
「リーグでは勝ち上がってきたらネズとまだ当たれることもあるからなーメロンは当たりたくないが」
「ふふっ、キバナはこおり対策をしなさ過ぎるってメロンさん言ってたよ。……私はそれでも勝てないけど」
「ダンデとエスカの対策にはめちゃくちゃ気合い入れてるからなー」


メロンに一度も勝てていないキバナの課題はこおり対策ーー正しく言うとダンデを倒すことに特化した作戦の組み立てに傾いてそれ以外の相手の対策が甘くなり、それでも相性が互角なら勝てるけれど、不利だと負けるというムラがある。
だが、彼はこおりとゴーストを使うエスカへの対策だけは完全に行ってくる。使うポケモンも、ポケモンを出す順番も、明らかに変えてくるのだ。

ポケモントレーナーとしては悔しくはあるけれど、特別視されているのかと思うと少し恥ずかしくて。
美味しいロゼを、チーズを摘みながら飲むペースがやはり鼓動を隠すように早くなるのだ。
キバナの家を訪ねる前は明日はクリスマスではあるけれど、遅くなりすぎる前に部屋に戻った方がいいだろうなんて考えていたのだけど。


「エスカ、そろそろ飲むの止めておいた方がいいんじゃねぇか?顔色は変わってないが」
「うん……」


以前酔った時と同じようなペースになってきているような気がして、キバナはエスカの手からワイングラスを取ってテーブルに置く。
だが、ウトウトしている様子に再度「エスカー?」と声をかけてみるが、寄りかかってきた体温は彼女にしては温かい。
瞼を落として「ん……」と生返事はしてくるけれど、やはり相当酔いが回っているのだろう。

「……寝かすために帰すのもいいけど、今日はオレ様の家で寝かせてやってもいいが」

どうしようかと悩みながらエスカの身体を起こそうとした時。
服の端を握り締められて、キバナは固まる。
バッとエスカの顔を覗き見たけれど、無意識に掴んでいるだけのようで、別に恥ずかしそうな訳では無かった。

(……ここで、寝ちまうか)

エスカの体を持ち上げて、キバナはベッドルームへと連れて行く。
ベッドに下ろしても手を離していなかったエスカに、キバナは表情を緩めて、リビングに戻るわけでもなく、彼女の横に寝転がった。
何時もよりも少し温かな彼女の体を抱き締めて、目を閉じる。

ーーちょっと早いが、一緒に寝て過ごすクリスマス・イブの夜も悪くは無い。


キバナは先に起きた後、隣で眠るエスカを眺めて、幸せそうにぐっすり寝てるなぁと思いながら頬を撫でていると、流石に弄りすぎたのかエスカは瞼を開ける。
ぱちりと目を覚ましたエスカは、自分の部屋に帰ってると思い込んでいたらしく、目の前に居たキバナの笑顔に、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「え……?お、はよう……え?」
「はよ、エスカを昨日は可愛かったぜ」
「……!?」


キバナの笑顔に、エスカは顔を赤らめて反射的に自分の姿を確認する。
だが、服はしっかりと着ていたから思わず安心してしまったのだが。
その様子にキバナは悪戯に笑って「ナニしたか考えたのか?」と図星をつく。


「……っ!」
「あーもう、こういう所が可愛いよなあ」


布団に潜ろうとするエスカの頭を撫でながら「お前が寝ちまっただけだから気にするなよ」と声を掛けて、布団の中で腕を引っ張り、引き寄せる。
休日のこのクリスマス、今日は二人でどう過ごそうかと考えながら、指を絡めるのだった。