ストライプ
- ナノ -

「ありがとうございましたー」

グリーンには営業スマイルだと酷評されている笑顔を浮べて商品を手にとって店を出て行くお客様に挨拶をしてレジに戻ろうとしたのだが、友人であるこの時間帯のパートナーがにやにやと笑みを浮べているのが気になって眉を顰める。


「な、なに?」
「いや、さっきからちらちら時計見てるけど…なに、約束事でもしてるの?」
「べ、別に大した用件じゃないから気にしなくていいってば」
「……そういえば、幼馴染だったっけ?トキワジムのグリーンさん」


その名前に反応してばっと振り向いてしまい、……後悔した。やっぱりとでも言うように笑っていて、何て浅はかな行動をしてしまったのだろうと頭に手を置いて深い溜息を付く。どうせ今回もグリーンの買い物に付き合わされるだけであって、そんな過剰に反応する内容でもないのに楽しみにしている自分が馬鹿みたいだ。


「初めは信じられなかったけど、わざわざ顔見る為だけにここに来て……仲いいのも頷けるわ」
「いやだからあれはグリーンがジムをサボる為の口実を作る為で……」
「普通、口実作る為だけにわざわざタマムシシティ来る?買い物も何もせずに帰って行ったし」
「……」


尤もな疑問に返す言葉は見付からず、ナマエも初めてグリーンの行動について考えた。確かに、口実を作るためとはいえ随分と手間の掛かることをしていると思う。それに、グリーンのサボり癖に関しては公認になっている部分もあるし、ジムトレーナーに対して証拠作りなんてする必要がない。じゃあ、何でわざわざしょっちゅう顔を出しに来るんだろう。私の所謂営業スマイルというやつをからかいたいため?もしそうだったら本当に暇人だ。
中々答えが出ないまま考え込んでいると、後ろからとんとんと肩を叩かれて慌てて振り返る。まだ休憩時間に入る前なのにぼうっとするなんて。


「はい、何でしょ……」
「よっ」
「また引っ掛かった……何でグリーンって思わなかったんだろう」


そこに居たのはお客さんじゃなくてグリーン。私がヤマブキシティに行くと言ったのに結局押し切られて結局タマムシデパートに来ちゃったし。グリーンが来るとこのデパートに人も入るし結果売り上げも伸びるからいいんだけど、ここまで迎えに来られるとなると話は別だ。私がグリーンと一緒に居るところを見られたらいじられるだろうし、何かと面倒だ。


「何だよその溜息。もう直ぐ時間だろ?」
「いやまぁそうなんだけどね……」


ちらりと後ろに視線を移すと、パートナーがにやにやしながら手で追い払ってくる。まるでさっさと行って来いと言われているようで、勘違いされてるし何とも言えない気分になる。
文句を言いながらもエプロンを脱いでカバンに押し込む。(何時もロッカーに戻してたけど時間無いし、洗濯するって事で持って帰ろう)



「それで?何の買い物?」
「いや、特に俺が買いたいってものはねぇけど」
「……」


しれっとした顔をして何の用事も無いことを言うグリーンにいらっときて脇腹を軽く叩くと一瞬だけ怯んだのが分かった。
なら何でわざわざタマムシシティに来てまで私を呼び出したんだろう。グリーンの行動は時々訳分からない。私には理解出来てないけれど、レッドはグリーンの言動の意味を分かってるみたいなんだよね。


「じゃあ何でわざわざ来たの…ピジョットに乗ってトキワシティに直帰すればよかったのに」
「おま、暗に帰れって言ってるだろそれ。だから、お前が行きたいとことかねーの?」
「なーんで私に……、え?わ、私?グリーンが自分の用事に私を振り回そうとしてたんじゃ……」
「ナマエの中だと俺の評価が低いことだけ分かったよ。……俺は久々にナマエと外出したいと思ったけど、どう?」


グリーンって、本当にずるい。どう?なんて聞かれても私の性格上同意することも出来なくて、本音を隠すうやむやな回答をするしかなくなる。これだから天然ジゴロは困るというか、本当に悪質だ。
顔に熱が集まっているのが分かるし、一瞬で分かるほど顔が赤くなってなければいいけど、と思いながらぱたぱたと無意味に手で顔を仰いでグリーンから顔を逸らす。


「奢ってくれる?」
「そのつもりだったけど……てか、それで高いもん奢らせようとすんなよ」
「グリーンは私をどんな悪女だと思ってんの。カフェで飲み物買いに行こう、それでふらふらしようよ。飲み歩き」
「お前、逆に要求少なくね?」
「私はそれでいーの、満足だし」
「そっか……」


要求少ないと言われても私としてはグリーンと居られるだけで十分満足している。幼なじみとはいえ長年身を退いてきたからそれでさえ贅沢な望みに思える。だから今贅沢してるんだなぁ、って、ファンの子には申し訳ないけど楽しんでる自分が居るんだよね。

ヤマブキシティの駅近くに構えられているカフェに寄ってそれぞれ飲み物を頼むと、店員がカウンターに置かれている色とりどりのミキサーを手にとってプラスチックカップの中に注いでいく。
その様子を興味深々に見ていると、横でカウンターに寄りかかっていたグリーンが笑ったからいらっときて小突くとカップを手に持った店員がクスクスと笑う。


「仲いいんですね、今日はデートですか?」
「へ!?ち、違いま……」
「ま、ご想像にお任せするよ。これサンキュー」
「はぁ!?」


無駄に誤解を招くような言い方をして意義を唱えようとしたけど、店員からカップを受け取ると店を離れていくから慌てて追いかける。何度も言うけれどこういう所が悪質だ。悪い冗談とはまさにこの事。


「そういうの、言い過ぎると根も葉もない噂が回るよ?それに私だったからいいけど普通、女子は誤解するから」
「別にお前以外とどっか行く事もねぇし、言うつもりもねぇからな」
「それは私がいいカモだとおっしゃってると受け取っても……?」


グリーンの手に握られていた自分のカップを奪いとり、不機嫌を全面に出して文句を言ったのだが。
グリーンの表情は予想していたものと違ったから驚いて目を丸くする。彼のことだから悪戯をするような意地悪な笑みを浮かべて私を翻弄するのを楽しんでいると思ってた。けれど、その予想に反して真剣な顔をしていて、怒っているようにも見えた。


「グリーン……?」
「お前さ、俺がそういうこと冗談で言うと思ってる?」


真っ直ぐな目が私を捉えていて、視線を外したいのに何故か外せない。不思議なことに周りの音は聞こえなくて、グリーンの声が耳の奥に響く。
グリーンは見た目やイメージに反して実に誠実な人間だ。砕けた仲の間では冗談を言うことも多いけれど、無意識にか他人を傷つけたり弄ぶ言動は比較的取らない、いわば正義感が強い人なのだ。

それが例え、幼なじみ相手だとしても、変わらないってこと?


「だから言ったじゃん、デートだって」


吸い込まれそうになる射抜くような視線に、瞬きも忘れて呆然と立ち尽くす。
――カタン、と、何かが音を立てて崩れたと同時に、急激に加速して動き始めたような気がした。

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