「おい、やっぱそれやめといた方がいいんじゃねーの?」 「今更どうしようもないでしょ?それに動きやすいよ、ちょっと寒いけど」 奏は鏡の前に立ってくるりと回って自分の後姿を鏡に映した。真新しい服の匂いは、奏が気に入っている柔軟剤の匂いに変わっていた。 勤務先が決まった翌日、松平に隊服を数着もらった奏はその足で仕立て屋に行き、長いズボンをショートパンツに変えて帰った。坂田はまるで娘を心配するように、短い、はしたないと言うが、切ってしまったものはもうどうしようもない。 坂田の小言をさらりと流し、真っ白のシャツの上に、うろ覚えの結び方でスカーフを締める。銀で縁取られたベストを着、スカーフの先を綺麗に仕舞う。その上にベストと同じく銀で縁取られた上着を羽織って前を閉める。奏に支給された上着は、局長、副長、隊長各の人間が着るというそれと同じものだ。ちなみに山崎が着ていたものは平隊士用のものだと言う。 「ほら!ほらな?上着着たらショーパンちょっとしか見えねーじゃんか。男ばっかっつってんだろ?」 「だーかーらー、もうどうしようもないでしょ!」 煩い!と睨まれ、坂田は機嫌が悪そうに口を閉じ床に座り込んだ。いつもより気合が入った化粧のせいで、奏がいつもより年相応に見える。 「ベスト窮屈だなあ…。ねえ、ハイソとニーソどっちがいいかな」 「さァな、気温で決めればー」 「機嫌わるー」 奏は気にもせず、じゃあ今日は寒いからニーソ、とそれを履いた。 奏は昨日までに様々なものを用意した。今しがた履いた靴下や、隊服に合わせて買ったワークブーツや替えのシャツ。殆どを身に着けてしまったので、荷物は随分と小さい。 「ねえ銀ちゃん」 「…銀ちゃんってお前が言うと変だな」 「なにそれ、自分がそう呼べって言ったくせに…」 恥ずかしそうに坂田を睨む奏を、上から下まで眺める。 「な、なに」 「何照れてんだよ、奏」 「!な、なんか変!」 初めて名前のみで呼ばれ、奏は赤くなりながら先程の坂田を真似た。 「照れんなよばーか」 「うるさい!」 このやり取りにむず痒くなり、すっかり家族同然になった坂田を軽く蹴飛ばす。そろそろ二週間となるこの家での生活。仕事も殆どなく常に一緒に居れば、慣れるのも随分と早いものだ。 「…やっぱちょっと寂しーなァ」 「え」 「嘘だばーか、顔赤くしてんじゃねーよ気持ち悪ィな」 「してない!最低銀ちゃんの方が気持ち悪い天パ糖尿」 「お前全部一つづりでひでェこと言うのな…」 「銀ちゃんなんて知らない。神楽ちゃーん!」 奏が居間に向かって声を掛けると、神楽が嬉しそうに返事をして飛んで来た。 「どうかな!」 少し長い袖を指先でつまみ、手を広げて見せる。 「わああ、可愛いアル!あいつ等と一緒の服なんて思えないアル!」 奏の周りをくるくると回って眺めながら言う神楽に、奏は嬉しそうに笑った。 「おら、初日から遅刻すんぞ」 「あ、やば」 慌てて髪を梳かし、奏は大きく手を振る神楽に見送られて坂田と家を出た。 12.初出勤 「なんかあったらすぐ連絡しろよ」 「うん」 「お前いっつもぼやぼやしてっからな、気を付けろよ?」 「してないよ、それ銀ちゃんでしょ?」 「うっせーな、返事!」 「はあい」 坂田は本当に分かってんのかよと零しながら、乗車人数が二人から一人になった原付のエンジンをかけた。 「神楽ちゃんと新八君と仲良くね」 「わーってるよ。じゃあな」 「うん、じゃあね」 ブルンと音をたてた原付を見えなくなるまで見送り、後ろを振り返る。道の先には、大きな門がそびえ立っているのが見える。真選組屯所。一週間程前まで自分が捕まっていた場所で、今日から務める職場だ。 「あの、」 「…芹沢殿ですか?」 門前に立つ二人の隊士は、まさに噂の渦中となっている少女を見下ろした。 「はい、芹沢奏と申します。よろしくお願いします」 「随分小さいな…」 「え?」 「あ、いや、すいません…」 「長官の紹介だというんで、どんな豪腕かと予想してまして…」 随分と掛け離れた想像をしただたろうと苦笑しつつ、奏は屯所へ迎え入れられた。道中で会う隊士は、小さい、細い、本当に女だ、と口々に小声で言った。それを聞こえない、見ない振りをして案内をする隊士に付いていく。 「失礼します。芹沢殿をお連れしました」 部屋の前で立ち止まった隊士がそう言うと、勢いよく障子戸が開いて松平が顔を出した。 「奏!なんだァその隊服は!?いいじゃねェか!」 「あはは、何それ」 「まあ入れや」 そう言われて部屋に入ると、そこには近藤、土方、沖田が既に座っていた。奏の隊服に、近藤は感嘆の声、土方は眉間に皺を寄せ、沖田はへぇと呟いた。 「やあ、奏ちゃん」 「今日からお世話になります」 やけに馴れ馴れしく呼ぶ近藤に、形式的な返事を返す。土方と沖田にも嫌々ながらも頭を下げるが返事はない。 「えーっと?とりあえず奏ちゃんには、事務やってもらうことになったから」 「うん」 ペラリと書類をめくって、松平が仕事内容を告げる。 「ああ、あと勘定方もやってくんねーかな」 「勘定方?」 「おう、まあそんな難しいモンじゃねーよ。頼むわ」 そう言われてしまえば、紹介して貰った仕事だけに断れない。奏が頷くと、松平が木箱を取り出した。 「刀は扱えないだろォ?」 「え?うん」 「戦うことはねェと思うが、一応な。練習しろよ」 そう言われ差し出された箱を開ける。 「うわ、」 箱の中に綺麗に収められていたのは、手の平を縦に二つ並べたくらいの大きな銃だ。色はガンブルー――光沢のある黒で、グリップは木でできている。木の部分には紋章が彫られている。 「ほう、いいものだなあ」 「どうだ、気に入ったか?」 近藤の言葉に松平は気を良くし、別の箱を取り出した。 「これは弾だ。武器庫にでも運ばせとくわな」 「これ、どうやって使えば…」 「使い方ァ?そんなの誰か分かるだろ、大丈夫大丈夫」 緊張しながら手に取ると、ずしりと重い。1kg以上はあるだろう重さに口元が引きつりそうになる。 ――こんなの使えるわけないじゃん… 「銃身24cm。357マグナムで弾は6発の回転式だ」 訳の分からない言葉を並べて語る松平を奏は笑顔で聞き流した。 「あ、後これもな。まあこっちはお守りみてェなもんだ」 そう言って松平は、布の巻いた棒を懐から取り出した。 「脇差だ」 スルリと布が解かれると、真っ黒な脇差が姿を現した。柄も鞘も真っ黒だ。 差し出されたそれを受取り、鞘から少し出してみる。反りが入った刀身は、眩しいほどに銀色だ。 「ベルトの輪っかにベルトみてぇに腰ひも通してよォ、そこに差しときゃいい」 「こんなにいいの?」 「あたりめーだろォ?遠慮すんなよ」 にやりと笑う松平に、奏もありがとうと笑った。 「よっしゃ、次は部屋だな。奏、来い」 12/07/13 top>main>ag series>kazahana>kazahana text |