氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


あまりにも天気が良かったので、私はグラウンドを飛び出し、ぶらぶらと散歩をしていた。
涼しい風が私の頬を撫でる。もう夏も終わりなのか、と思うとあれだけ嫌忌していた暑さもなんだか恋しく感じる。

「わっ」

一際強い風が私の脇を通った。吹き飛ばされぬよう、急いで帽子を抑える。
数秒程度の強風はすぐに収まった。ホッと胸をなでおろした時、私の視界があっという間に真っ暗になった。突然の出来事に、私はつい情けない声をあげてしまう。

目の前に手を伸ばしてみると、布のようなものに触れた。それを掴み、目で確認してみると、私の頭ぐらいなら全部包み込んでしまうくらいの大きなとんがり帽子だった。

どうしてこんな所にこんなものが、という疑問と同時に、これの持ち主の顔を思い出した。
しかし、辺りを見渡すが、この持ち主の姿はどこにもない。先ほどの強風で帽子だけ吹き飛ばされてしまったのだろうか。

手の中にある帽子をもう一度見る。小さい頃、本などでよく見かける魔法使いや魔女がかぶっていたものと全く同じそれを目の前に、かぶってみたい、という衝動がむずむずと体の奥からせり上がってくるのがわかった。
もう一度、ぐるりと周りを見る。グラウンドの奥の方で野球をしている人たちや玄関前でたむろって友人と会話をする人はちらちらと見えるが、誰もこちらを気にしてはいないようだ。

帽子のつばを掴みゆっくりとそれを頭に乗せる。帽子の上に帽子という一見奇怪にも見えるが、そのとんがり帽子はキャスケットまでも飲み込み私の頭をすっぽりと包んだ。
大きなつばのせいで視界がほとんど真っ暗に見えるが、あの本の中で見た帽子を私は今かぶっているのだという感動の方が大きかった。
にんまりと口角が緩むのがわかった。ああ、今最高に情けない顔してるだろうな。
こんな姿を誰かに見られるのはさすがに恥ずかしいと思い、急いで帽子を頭からとる、と、目の前には横の髪がくるくると内側に巻いている緑髪の男の子が立っていた。
彼を見た瞬間、思考回路が停止する。彼は腕を組み少し怒ったような表情で溜息を吐いた。

「何しとんじゃ、おみゃあは」

「……あ…う…うわあああ!ご、ご、ごめんなさいっ!その、出来心で!わ、悪い意味はないの!ないんだけど!」

「は…?お、おい○○、」

「あっや、やっぱり嫌だよね!?誰かに帽子かぶられるなんて!?あ、はは、ほんと、ごめんね!!」

「落ち着きゃあこのたぁけっ!」

「は、はいいぃっ!!」

恥ずかしさのあまりパニックを起こしてしまったようで、この帽子の持主である彼に思い切り怒鳴られてしまった。
彼は少しの間肩で息をしたいたが大きなため息と共に右手を私の方に伸ばした。おそらく、早く帽子を返せという意味だろう。私は急いで彼の手の上に帽子を乗せる。

「…さっきの強ぇ風で窓から帽子が吹き飛ばされたもんだで、おみゃあが持っといてくれたんは感謝するでゃあ。
それに…べ、別に帽子かぶるくりゃあどおってことねえで、ちっとくりゃあならまたかぶらせてやってもええわぁ」

「え…ほ、ほんと!?」

「そっそう言うとるやろ1度で聞けゃあ!」

「わーい!ありがとう、ういろうくん!」

「……もっぺん名前言うてみゃあ」

「え?ういろうくん?」

「・・・わしゃあウィローだぎゃっ誰がういろうじゃこのたぁけ!」

「えええっご、ごめん!?う、う、うぃろーくん?」

ミヤギくんたちがういろう売りういろう売りと言っていたのでてっきりういろうくんだと思っていた。これはまたまた申し訳ないことをしてしまった、と頬をかく。
ウィローくんは帽子のつばを掴み、かぶるのかな、と思っているとそのままん、と言いながら再度私の方に差し出す。そんな彼の行動に私はクビを傾げるだけだった。

「帽子、かぶりたいんやろ、まだ時間もあるで、もうちっとくりゃあ貸したるわぁ」

「えっ!…い、いいの?」

「え、えぇ言うとるやろっいちいち聞かんでええわ!」

目をそらしながらそう言うウィローくんにお礼を言ってから、帽子を受け取り、先ほどと同じようにキャスケットの上からその帽子をかぶる。やはりこの帽子は大きく、私の顔を半分以上覆った。

「…おみゃあさんには、ちっとでかかったきゃあも」

「あはは、そうだねぇ。キャスケットも飲み込んじゃうんだもんねえ」

「つーか、なんでゃあ帽子の上から帽子かぶるんじゃ、キャスケット脱ぎゃあええやろ」

「それは…僕、この帽子気に入ってるからさ、脱ぎたくないんだよね」

ちょっと苦しかったかな、と思いながらつばの隙間から彼の顔を見るが、ウィローくんはふぅん、と興味なさげにそう呟いた。
そんな彼の反応に少しホッとした時、昼休み終了のチャイムが鳴った。早く教室に戻らないと遅刻してしまう。
彼にお礼を言いながら帽子を返す。そして急いで教室に戻ろうとした時、後ろからウィローくんの声が聞こえた。

「そんなに気に入ったんやったら、また貸してやってもええど!…○○が、ええんやったらの」

帽子で顔を隠しながらそう言うウィローくんに、自然と口角が上がった。
力いっぱいの声でお礼を言うと、彼はやっぱり顔を隠しながら右手を上げた。


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