氷炎、湖面に浮く。 | ナノ


「え?○○ちゃんって、アラシヤマのことが好きなんじゃないの?」

グンマくんのそんな言葉に、私は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになってしまった。

放課後、グンマくんにお茶をしないかと言われ、彼の部屋に呼ばれた。
グンマくんとシンタローくんはマジック総帥の親戚ということもあり、2人だけ部屋が皆とは違い、まるでVIPルームのような綺麗で豪華な作りになっている。
あまりにも綺麗なので少し落ち着かなかったが、紅茶やいろいろなケーキを目の前にするとそんな雰囲気もすっかりと忘れ、甘いものに没頭した。

グンマくんとは甘いもの好き同士、こうやってたまに一緒にお茶をするのだ。
何度目かのお茶会の時に、シンタローくんに、グンマくんはバカだけど信頼できる奴だ、と言われたことを思い出し、私が女であることを告げた。もちろん驚かれたが、彼も容易に私を受け入れてくれた。
シンタローくんの周りに集う人たちは、本当にみんないい人たちばかりだと涙ぐましい気持ちになる。

「ゲホッ…アラくんとは何にもないって。本当に。ただの幼なじみだよ」

「えぇ〜嘘!だっていっつも一緒にいるじゃん!○○ちゃん、アラシヤマといる時楽しそうだし!」

「そ、それは、私がいないとアラくん一人ぼっちになっちゃうから…ほら、彼人見知り激しいし?もう小さい時からずっと一緒にいるもん、いて楽しくないわけないよ…うん」

へぇー?と目を細めニヤニヤと笑うグンマくんから目をそらしながら紅茶に口をつける。なんだか、前にも誰かにこういうこと言われた気がする。

「でも、アラシヤマは○○ちゃんのこと好きだよ?」

グンマくんの何気ない一言に私はフォークを落としかけた。金属と金属のぶつかり合う音がひどく響いた。

「まさか。きっと友達としてだよ」

「そんなことないって!あれは絶対ラブの方の好きだよ!」

まるで恋バナを楽しむ女子のように身を乗り出しキラキラと目を輝かせるグンマくんに、私は少し苦笑いを浮かべた。

「だめだよー本人のいないとこでそんな事言っちゃ…アラくんには、私なんかよりいい人がいるよ。きっと」

そう言ってケーキを一口サイズに切り口に放り込んだ。程よい甘さのクリームが口の中で溶けていく。
そうだ、アラくんは私なんかにはもったいないくらい魅力的な人だ。人付き合いが下手くそなせいで、みんながそれに気づいていないだけなんだ。私では、到底釣り合うことはできないだろう。
グンマくんは、ポカンと口を開けたまま瞬きを繰り返していた。そんな彼に首を傾げると、彼は少し怒ったような表情になった。

「…○○ちゃん、謙虚すぎだし鈍感すぎ!」

「え…え?ごめん?」

「だめだめ!そんなんじゃいつまで経っても振り向いてもらえないよ!もっと自分を主張しなきゃ!」

「ええ…?振り向…誰に?」

「うーん難攻不落……あっそうだ!」

グンマくんはガタンと椅子から立ち上がり、ちょっと待ってて、と言うと奥の部屋へと消えていった。なんて忙しない人だろう。
もそもそとケーキをほおばっていると、バン!と勢いよく扉が開かれると同時に、何やらフリフリとしたものがついた布を抱えたグンマくんが現れた。

「…グンマくん、それ何?」

「ふふふ…ジャーン!どう?○○ちゃんに合いそうなもの持ってきました!」

グンマくんが両手で広げたそれは、胸元にピンク色の細いリボン、襟元と袖口に淡い水色の小さなフリルのついた白いワンピースだった。
ゴテゴテとせず、パッと見の雰囲気はシンプルで華奢なイメージがあった。

「かわいいけど…なんでグンマくんがこんなものを…男の子だよね?」

「高松が趣味でボクに着せようと買ってきたのがクローゼットにいっぱいあるんだよーボクは絶対着ないから○○ちゃんに着てもらいたくて!」

「…えっ!?それ、私が着るの!?」

「もっちろんだよーあっ帽子はNGね!さっ早く着替えて着替えて!ボクアラシヤマ呼んでくるから!」

「ええー!?ちょ、ちょっと待ってグンマくん!なんでアラくんをっ…!?」

グンマくんを呼び止める前に、グンマくんは出ていってしまった。どうしよう、これ。
私だって、女の子なのだ。こんな可愛いワンピース、1度だって着てみたいと思う。でも、アラくんに見られるのだと思うと少し恥ずかしい気もする。
しかし、せっかくグンマくんが善意で持ってきてくれたものだ。着ないと悪いな、と思い、私は制服を脱ぎワンピースに袖を通した。



姿見に写った自分の姿を見て、顔に熱が集まっていくのがわかった。
こんな、女の子らしい格好をしたのはいつぶりだろうか。くるりと回ってみるとスカートと、おろしている髪の毛が軽く靡いた。
なんだかとても嬉しくなり、くるくると何度も回っていると扉の向こうから声が聞こえ、大げさに肩を跳ね上げてしまった。

「な、なんどすのあんさん…なんでわてをこんな所に」

「いーからいーから!」

どうやら、グンマくんがアラくんを連れて帰ってきたようだ。途端に恥ずかしさがぐんとやってきて、私は咄嗟に椅子に身を隠してしまった。

「…あれ?いない…おーい!連れてきたよー!」

「ほんまになんどすの…何もあらしまへんのやったら帰りまっせ」

「あーっ待って待って!おかしいなあ…あっいた!もーなにしてるのー」

「うう…グンマくん…やっぱり恥ずかしいよ…」

「何言ってるのさーほらっ」

「きゃっちょ、ちょっとグンマく…!」

「え…なんで○○ちゃ………」

グンマくんに無理やり立たされた私の姿を見たアラくんは絶句したように口をあんぐりと開け硬直してしまった。じわじわとせり上がってくる羞恥心に顔が熱くなっていくのがわかった。
やはり、似合っていないのだろうか。チラリとグンマくんの方を見るがただにこにこと笑っているだけだった。

「やっぱり○○ちゃんよく似合ってるよ!ボクの目に狂いなし、ってね。アラシヤマはどう思う?」

「ア、アラくん…その…」

「…あ…えと…かっかわ…い…にににに似合ってると、思い、ますえ…?」

「…ほんと?」

キュ、と服を握りしめ、アラくんの方を見る。アラくんはこくりと頷くと顔を背けてしまった。
なんだか、アラくんの顔が心なしか赤くなっているように見え、かぁと先程よりも顔が熱くなるのがわかった。
なんとも言えない、気まずい空気が流れる中、グンマくんの呆れ返った声が部屋に響いた。

「もー!アラシヤマも素直じゃないなあ!正直にカワイイって言ってあげなよ!」

「へ…?」

グンマくんの言葉に目を見開く。カワイイ?誰が?誰に?
アラくんのほうを軽く一瞥すると彼は信じられないくらい顔を赤くしていた。あ、え、と言葉にならない声をあげながら口をぱくぱくとさせる彼を直視することができずつい視線を逸らしてしまう。なんだか、悪いことをしてしまったような気持ちになっていた。

「え、と…その…か、かかわ、かわ…い…」

「ア…アラくん…?」

「……う…うわああぁ!やっぱりわてには無理どすぅぅぅ!そんなん恥ずかしゅうて言えまへんーッツ!」

「えっ!アラくんッ!?どこいくの!?」

突然叫んだと思いきや、後ろの扉を勢いよく開けそのまま飛び出してしまった。そんな彼の行動にもちろんついていけるわけが無くて私は伸ばした手の行き場をすっかりとなくしてしまった。

「あーあ、逃げちゃった…アラシヤマにはまだ早かったかなあ?」

「…グンマくん…どうしたらいいのこれ…私どんな顔してアラくんに会ったらいいのもうー…」

「うーん…なんか、ごめんね?」

その服あげるからさー、と言いながら両手を合わせるグンマくんに、私は泣きたいような気持ちで溜息を吐いた。


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