そのひととなり


セイバートロン星の夜は寒い。

青い小さな機体は白い排気を吐きながら、辺りを見渡した。巨木の森の隙間からちかりちかりと星が見える。あたりの闇が青をはらんでいるのは、この辺りがオゾンと言う酸素系毒物で覆われているせいだ。小まめに洗浄しないとすぐに身体が酸化してしまう。そう、目の前の大きな機体が言っていた。

『おかーさん。
おかーさんの瞳はなんで紫色なの。
ぼくの瞳は青いのに。』

青い小さな機体は大柄な自分の手をひく機体に呼びかけた。
声をかけられた機体は困って眉をひそめたが、すぐにそっと小さな青い機体の両脇に手を差し込み、抱き上げた。

『全員が青いとつまらないからよ。ぼうや、ほら静かに。もう夜だから』

小さな青い機体は抱きしめられ頬ずりをされ、少し不服そうな顔をした。その顔にポツリと水が落ちた。上を見上げると塩基雨が降り始めたところだった。

『ぼく、おかーさんと同じがよかったなぁ。』




ーーー


これは、自分が、まだ青臭いガキだった頃のお話だ。


ーーー


<第一夜>

「このオンボロシップにも静かにして欲しいんもんだぜ、もう夜なんだから」
斥候がボソリと呟いた。

サイバトロン第1985小隊の主な任務は敵兵の捕縛、もしくは排除だ。今回スプラングは第1985小隊のパイロットを任されている。

スプラングは欠伸をした。目の前には半分壊れたような通信機がぶら下がっている。
船の皆はスプラングと一番仲の良い斥候以外は寝てしまった。それもそのはず、今は深夜だ。起きている斥候だってきちんと覚醒しているかは怪しいものだ。
「たかだか手負いのデストロン1人に大掛かりなんだよなぁ。通信機の修理も終わってないのに、俺たちゃかわいそうだよぉ」
斥候は面倒そうにごちだ。スプラングは航路を確認しながらそれをぼんやりと聞いた。
「大体デストロンっつったってなぁ。インセクトロンだろ?簡単に捕縛できそうなもんだぜ」
斥候はエネルギードリンクのパックに刺さったストローを齧りながら、眠気を覚まそうとしている。
横目でそれを見たスプラングは、少しだけほおを緩めた。スプラングもやはり睡魔と闘っていた。ぼんやりとしたスプラングがつぶやく。
「まぁ、メスのインセクトロンだしな」
「メスって……」
「何かおかしいか?」
斥候が突然いい淀みスプラングは違和感を感じた。斥候は少し動揺しているように見える。スプラングは居心地が悪くなり、また失言したことに気づいた。
「あ、あぁ。ちょっとばかり口が悪かったな」
弁解すると、ぎこちない空気のまま斥候が思い出したように笑った。
「お前は操縦の腕はイイが、たまに口悪いもんな」
スプラングは操縦桿をにぎりながら鼻の頭をかいた。
「そうだな」
「きぃつけろよー、もうそこまで若いともいえねぇんだから。ちょっとデストロンっぽいとこあるぞ」
斥候が軽く言った。
スプラングはレーダーを凝視したまま俯いた。
が、その直後、スプラングは己の目を疑った。とりあえず、すぐに隣の斥候の頬をつねった。斥候がぎゃあと叫ぶ。
どうやら、夢ではないらしい。レーダーには、このオンボロシップの背後、東南東に影が映っている。影は恐ろしいスピードで迫っている。
スプラングは怒って不平を垂らしている斥候に言った。
「今から1分後にU字旋回するぞ」
何を言われたかわからない斥候は瞳を明滅させた。スプラングは船内スピーカーのボリュームを最大にあげた。
「中型ミサイルが接近中、50秒後U字旋回。近辺に捕まれ」
少し遅れて斥候が慌てて怒鳴った。
「こんな機体じゃ無理だ!!第一皆寝ている!!落差で死人が出るぞ!!」
「しなけりゃ、堕とされる」
「そんな乗ってないし、技術兵が…うわっ」
機体が縦に斜めになり横方向にGがかかる。
「1機目を外した。2機、3機目は連続だ。自分なら、そうする」
スプラングが瞳を細めた。斥候は慌てた。
「減速でいいだろ?」
「このフネじゃ無理だよ。ほら見ろ、来た」
レーダーにミサイルの影が2つ縦に連なり映っている。
スプラングは操縦桿を握りしめた。斥候は安全ベルトを手際良く装着し頭を抱えた。
旋回を始めた。
がたんと金属がぶつかる音がして艦内の気圧が一気に下がった。フネに穴が空いたらしい。
「おい、技術兵のレイが…!!」
斥候は後ろを振り返って、叫んだ。スプラングは無視してU字旋回を続けた。
「やめろ!!1人落ちたんだぞ!!」
スプラングは再び新たな機影を2つ映したレーダーから目を離さずに操縦を続ける。相手は随分としつこいらしい。そっちがその気なら、完膚なきまで叩きのめしてやる。養成所の教官だって、致し方無い場合は銃撃せよと言っていた。しつこい割には稚拙な狙撃手の狙撃だ。こんな狙撃手の居場所の推測は容易いものだ。座学の練習問題より分かりやすい。
「自分は、今は教科書通りに動いているだけだぜ?」
そう、習って来たことを繋ぎ合わせて、少しでもこの機体の損傷を回避しようとしているだけだ。1人や2人の犠牲は、仕方ない。斥候にはそれが分からない。
「うるせぇ!!デストロンくさいこと言ってんじゃねぇよ!!やめろ!!」
「横から手を出すなよっ……あ。」
操縦桿のコントロールを斥候に完全に取られた。 斥候はとりあえず、旋回を中断する。
スプラングは真っ青になった。その進路の先にあるのは、対空ミサイルの弾道だ。スプラングが斥候の顔を見ると彼は引きつった顔をしていた。スプラングは、ふと重装備の敵兵に闇雲に突撃する歩哨の顔を思い出した。

爆音がして、叫び声がして、ふわりと体が軽くなる。


ーーーー

<第二夜>

何かにつつかれている気がして、スプラングは目を覚ました。
瞳をオンラインにすると、辺りは青い靄がぼんやりとかかっている。
目の前に通信機が落ちているのを見て、スプラングはゆっくりと手を伸ばした。
通信機に手が伸びるのよりはやく、通信機が上に持ち上がった。
「おや、生きていた。こんばんは」
スプラングが見上げると、見たことのない機体がこちらを見下ろしていた。口に咥えた何か細い物を器用に回しながら、見知らぬ機体はスプラングの前に座り込んだ。呻きながら立ち上がろうとすると、その機体はスプラングの頭にそっと手をあてた。
「急に立ち上がらない方がいい。君は傷ついている」
スプラングが身体をゆっくりと起こそうとすると、目の前の機体が助けてくれた。スプラングはフラフラしながら辺りを見渡した。青く濁った大気に覆われている。昔本で読んだ霧という現象に似ていると思った。次に気づいたのは恐ろしいほど高い柱のような何かがすぐそばからも、あちこちに、10メートルの間隔くらいで天へ伸びていることだ。柱のような何かは、何十メートルも上へ向かって伸びており最上部では無数に枝分かれしている。
「……ここは?」
「セイバートロン星唯一の超高層木樹林、カエルレウムの森さ。オゾンガスの立ち込める、嫌な森だよ。ちなみにもっと細かく言うと、そこは私が5ステラサイクルもかけて作った小枝の山だ。選りすぐりの柔らかい小枝しかない。いつかダイヴするのを楽しみにしていたのに、君が今しがた、ダメにした」
スプラングはぼんやりとしながら、その説明を聞いていた。頭が重くて、中々話が入ってこない。目の前のスプラングよりも少しばかり小さな機体は、それに気づいたらしい。
「どうやら、頭をかなり打ったみたいだね。名前は分かるかい?」
「…自分は、サイバトロン陸軍所属パイロット、スプラングです」
スプラングがほうけながら答えると機体は安心したらしく胸を撫で下ろした。
「よかった。私はオーバーチャージだ。所属はく…いや、君と同じサイバトロンだ」
スプラングは半分寝ぼけながら相槌を打った。
「この森はね、肉食の"鳥"がわんさかいてね。中々危ないんだ」
オーバーチャージの言葉をぼんやりと聞きながら、はっとスプラングは思い出した。第1985小隊、仲間はどこにいるのだろう。探しに行かなくては。
「仲間を探しに行きます!」
「は?」
オーバーチャージが首を傾げた。
「自分、実は操縦しているシップを撃墜されて、仲間がまだ、傷ついて何処かにいるはずなんです!」
スプラングがまくしたてると、オーバーチャージは残念そうに俯いた。
「あぁ、昨日のあれか。あっちに落ちたみたいだけど……可哀想だが、無理だろうね」
スプラングは首を横にブンブンと勢いよく振った。オーバーチャージは眉を潜めた。スプラング本人はあまり気づいていないが少し錯乱気味のようである。
「探して来ます!!」
「だから、もう遅いんじゃないかって。大体外に出るならもう少し遅い方が良いよ。まだ夜になったばかり…」
スプラングはすでに走り出していた。
オーバーチャージに指し示された場所に着くと、確かにあのオンボロシップの破片が落ちていた。近くに第1985小隊の仲間がいるのではないかと見渡したがオゾンガスのおかげでよく見えない。でも、この匂いは確かに航空機の匂いだ。スプラングが辺りを見渡していると、背後でがさりと音がした。
仲間かもしれない。スプラングがそう思って振り返ると、そこにいたのはスプラングの背丈ほどもあるような巨鳥だった。
スプラングがあまりの大きさに驚いていると、巨鳥は音もなく飛び上がり一気にスプラングとの間合いを詰めて来た。
そして、ギザギザの嘴をスプラングに向けて、一声甲高い声で鳴いた。鳴いた瞬間に、腐敗臭の混じった鳥の息がかかりスプラングはもどしそうになった。
巨鳥は嘴をカチカチならしてながら、スプラングのまわりをうろつく。スプラングはいつも携帯している小銃をとろうとした。直後、血の気が引いた。
ない。愛用の小銃が、ない。
スプラングは、その場にへなへなと座り込んでしまった。銃なしで自分の背丈ほどもある生物と戦うなんて不可能だ。身体の調子も悪いし、今はコグが壊れていてトランスフォームもできない。
「し、死にたくない…」
スプラングは思わずプライマスに祈るために指を組んだ。巨鳥はそんなことお構いなしにスプラングにじりじり寄ってくる。
と、その時、軽い破裂音がした。
スプラングと巨鳥がそちらを振り返ると、小屋の方からオーバーチャージが猟銃を抱えて走ってくるところだった。
巨鳥はオーバーチャージを見て、慌てて梢の方へ飛んでいった。
「だから、言ったんだ。"鳥"の天下なんだよこの森は。夜更けになってから動かないと危ないよ」
オーバーチャージが猟銃で梢辺りを狙うふりをした。まだ諦め切れていなかったらしい"鳥"が渋々と何処かへ飛んでいった。オーバーチャージはそれを確認して、猟銃を下ろし口に咥えていた棒を地面に吐き出した。
「夜だから諦めがはやい」
「ありがとうございます…」
腰が抜けたままのスプラングが礼を言うと、オーバーチャージはまた手を差しのばして助け起こしてくれた。
「ははは、普段は屍肉食いなんだが、どうも最近はお腹を空かせているらしくて。あの子たちにも困ったもんだね」
「あの子たちって、そんな大きさですか!?……自分、あんなにデカイと聞いていないですから!」
「聞く前に走り去ったくせに、何言ってんだか」
梢のあたりで"鳥"が鳴き、スプラングはギョッとして空を見上げた。星が瞬いている。そして、おそらく"鳥"の目もぎらりと光ったはずだ。スプラングの目の前に何かがごとりと落ちた。トランスフォーマーの足だった。
スプラングが叫び声をあげそうになると、オーバーチャージは口に人差し指を当てた。
「静かに。もう夜だから」

ーーー

<第三夜>

夕方になり、スプラングは目を覚ました。昨日、あの後オーバーチャージに連れて来られた彼の別荘という名前の掘っ建て小屋で、スプラングは一晩ならぬ一昼明かした。どうやらカエルレウムの森では昼夜逆転生活が正しい生活リズムらしい。なんでも、あの"鳥"が昼行性のため、トランスフォーマー側が夜行性にならざるを得ない。と、オーバーチャージが言っていた。
スプラングが目を覚ますと、やはり口に何かを咥えたオーバーチャージが現れて、粗末そうなエネルゴンを食事にくれた。スプラングはその食事に目を見張った。
こんな不味い物を食べたことがなかったからである。
吐き出しそうになりながら、無理やり飲み込むと、オーバーチャージは『不味くないのか?』と感心してさらにエネルゴンを進めてきた。スプラングは断わりきれずにもう一つ食べるハメになった。
撃墜されたシップの場所を知っていると、オーバーチャージはスプラングを案内してくれた。
「何をして暮らしているんですか?」
スプラングは何気ない世間話として話を始めた。オーバーチャージは実に面倒そうに鼻を鳴らす。
「えぇ…まぁ。動物愛護をしながら暮らしているよ」
スプラングが怪訝な顔をすると、オーバーチャージは肩を竦めた。
「動物愛護は副業さ。木こりをしている」
「…サイバトロン将校のエンブレムをつけて?」
スプラングがオーバーチャージのエンブレムを指差すと、オーバーチャージは先ほどよりもさも迷惑そうに森の梢あたりに視線を逃がした。
「仕方ないだろ、山を2つ越えたところのフリーマーケットで安かったんだ。ここじゃない家にはあと5着もある」
「フリマ……」
「そう、フリマ。全部少佐用。3着で薪1巻き。」
スプラングは自分のエンブレムを思わず凝視した。上等兵のエンブレムだ。スプラングが複雑な思いでエンブレムを睨みつけているのを、オーバーチャージはチラリと1クリックほどだけ見た。オーバーチャージの視線の先にはスプラングの小銃がある。オーバーチャージは口に咥えた何かを地面にぷっと吐き捨てた。
「一昨日、武器も使い切って、この猟銃だけになっちまったから、調達しないとな。いい小銃が入ったらしいし」
スプラングが首を傾げた。小銃がスプラングの腰の辺りで揺れる。
「それって、非合法マーケットでは、」
スプラングがモノ申そうとするとオーバーチャージは口に人差し指を当てた。
「静かに。もう夜だから」

ーーー

<第四夜>

再び夕方になった。スプラングは目覚めるとまず、通信機を弄った。
昨日はあの後、オーバーチャージに連れられて自分の船が墜落した場所を見に行った。スプラングは確かに第1985小隊の自分を除く全員の遺骸を確認してしまった。
振り落とされたはずの技術兵の遺骸すら。
遺骸は全て"鳥"に食い散らかされひどいものだった。
スプラングは何も考えたくなかった。
とりあえず、軍と連絡を取るために通信機を動かそうと思った。通信機は動かない。
スプラングは寝台で通信機を持ったまま黙り込んだ。
頭に何かが当たる。エネルゴンだ。投げられたほうを見ると口に棒のような何かを咥えたオーバーチャージが立っていた。スプラングは投げられたエネルゴンを頬張った。
「仕事を手伝ってくれ」
オーバーチャージはそう言うとくるりと踵を返した。スプラングは、あまりの不味さにえづきながらもエネルゴンを食べ終わるとオーバーチャージの後を追った。
オーバーチャージの後をついて歩いていると、梢のいたるところに"鳥"が巣を作って寝ているのが分かった。あちらにも、こちらにも。スプラングはギリと歯ぎしりをして、銃を構えた。オーバーチャージが振り返る。
「こんな"鳥"がいるから、いけないんだ!」
スプラングが"鳥"を撃とうとすると、オーバーチャージが銃をつかんだ。
「やめろ。あれは親鳥だ。巣に雛がいる。……第一、"鳥"が来なくても元より皆死んでたじゃないか」
オーバーチャージに諭され、スプラングは銃をおろした。スプラングは納得できず、銃を下ろすだけでなく地面に叩きつけた。
「でも、第1985小隊は、あの隊は、デストロンっぽい俺でも受け入れてくれてた隊なのに」
「そうか」
オーバーチャージが相槌を打つ。
「こんな、試作トリプルチェンジャーの俺でも仲間として使ってくれてたのに…」
スプラングが黙ると、オーバーチャージは口を開いた。
「君は、試作機なんだね。道理で言動に若者くさいところが目立つものだ」
スプラングはもっと黙り込んでしまった。スプラングは地面に落ちていた銃を片付けた。
「トリプルチェンジャーは、デストロン由来の技術だね。更には試作機とくれば、多少デストロン臭いところがあっても仕方ないじゃないか」
オーバーチャージが至極真っ当なことを言う。黙ったままのスプラングにオーバーチャージが尋ねる。
「それが嫌なのかい?」
スプラングは1度だけ首を縦に振った。オーバーチャージは例の棒のようなものを口から吐いた。それから、収納ケースに入れていた他の棒を口に含んだ。
「えらく君は感情に素直だな。確かにデストロン臭いかもな……ま、そういうこともあっても良いと私は思うけどね。……じゃあ、仕事の続きだ。実を言うと、先ほどの"鳥"の雛を探すのが仕事の1段階目なのさ」
「……は?」
スプラングが明らかに嫌そうな顔をした。オーバーチャージがふざけたように両手を振った。
「いや、嫌ならいいんだよ。これは私の動物愛護っていう副業の一つだからね。ただ、君は優しそうだから、お願いできるかと思ってさ」
スプラングはしばらく顔を顰めていたが、苦々しい顔をしながらもぶっきら棒に吐き捨てた。
「それが、仕事ならやりますよ」
「いやー、君ならそう言ってくれると思った!」
オーバーチャージが実に晴れ晴れとした顔で言う。スプラングは肩を落とした。
「では、スプラング隊員。地面をくまなく探してくれたまえ。雛はたまに落ちてるから」
「え?あんな、高いところから?」
「そう、あんな高いところから」
スプラングは梢を見上げた。何十メートルかある。一瞬喉元まで、それって死んでるだろという言葉が出かかった。
オーバーチャージはにっと笑ってまるで心を読んだかのように言った。
「奴らは落ち方のプロだからね。何故か落ちるときは、全く死なないのさ。と、思ったら、もう見つけた」
オーバーチャージが座り込み何かを拾い上げる。スプラングはそれを覗き込んで、思わずギョッとした。
「これが雛さ。落ち方のプロ様さ」
オーバーチャージの手の中で小さな生物が鳴いている。生き物は金属にはないぶよぶよした皮膚を持ち、何か胞子の様なふわふわしたものが身体を覆っていた。そして、飛べもしない翼を小刻みに震わせている。"鳥"以上に薄気味の悪い生物だ。そんな妙竹林な生き物を手に乗せながら、オーバーチャージぼそりとつぶやいた。
「実を言うと、ここだけの話。私も君と同じ試作機なんだよ」
スプラングは顔をあげた。オーバーチャージは雛の頭を指で撫でている。
「私には、この雛の様に『幼年期』ってものが設定されていてね。子ども時代というものを過ごしたことがあるんだよ。まぁ、君と違って全然役に立たなかった技術だけれど」
雛が小さく鳴いた。
「そのせいか、どうも"鳥"を見ていると、他人の様に思えないのさ。こんな雛を拾ってみたりしているわけなんだ」
スプラングはオーバーチャージの手の中の雛をもう一度見返した。ふにゃふにゃして気味が悪いが、オーバーチャージが触っているということは無害なのだろう。スプラングが触ろうとすると、オーバーチャージはさっと手を引っ込めた。
「触らないで。すぐに死んでしまう」
「あんたは触ってんじゃないですか」
「イヤだねぇ。これだから素人さんは。慣れてるんだよ。ちなみに、これをあそこにいる親鳥に返しに行くのさ。今日は時間がないから明日返しに行くとしよう」
スプラングはギョッとして指先を見上げた。あそこと言っても何十メートルもあるような木の梢だ。
「あんた、アホか!」
「よく言われる」
「どこでですか!?」
「山を3つ越えたところにあるフリマーケット。」
「例のフリマでですら……」
「でも雛が可哀想だろ。分かるなぁ、母親から引き離される切ない気持ち」
「トランスフォーマーなんだから母親なんていないのに」
スプラングが不信感を丸出しにしても、オーバーチャージは気にしない様子だ。
「いやー、私には分かっちゃうんだよねー」
オーバーチャージが雛の喉を撫でる。雛は小さく鳴いた。見た目は随分とグロテスクだが、挙動は可愛らしい。
「こいつは、あの"鳥"になるんですよね?」
スプラングがおずおずと聞くと、オーバーチャージが口笛を吹いた。雛もそれに合わせて鳴く。
「そうさ。いずれは我々を襲う大怪鳥になる」
オーバーチャージがおどけて、"鳥"の翼の真似をして手をバタバタと振った。雛が驚いて激しく鳴いた。
オーバーチャージが慌ててその雛を大事そうに収納バックに入れた。
スプラングが文句を言おうとすると、オーバーチャージは口に人差し指を当てた。
「静かに。もう夜だから」

ーーー

<第五夜>

目を覚まし、スプラングは外を見た。外はすっかり夜だ。近くにエネルゴンがあった。メモが貼ってあり、『食べておいてくれ』と書いてあった。エネルゴンはやはり不味かった。通信機を触ろうとしたが、スプラングは手を引っ込めた。オーバーチャージに色々と聞いたほうが速そうだ。スプラングはオーバーチャージを探すことにした。
スプラングがオーバーチャージを見つけると、オーバーチャージはまきを割っていた。スプラングは瞳を細めて、彼が咥えているものを見た。何処かで見たことがある形状だ。
「昨日の続きはどうやるんですか?」
スプラングが尋ねるとオーバーチャージは瞳を瞬かせた。それから、こう言った。
「君から言ってくるとは思わなかったよ」

スプラングは収納バックを肩にかけひたすらに巨木を登った。はるか眼下にはオーバーチャージがいる。
あともう少しで"鳥"の巣だ。
『あいつらって案外適当でさ。巣にいたら誰の子でも育ててしまうんだ。まぁ、すぐに瞳の色だ出身だと騒ぐ我々よりそっちの方がよほど賢いけどね。とりあえず"鳥"は起こさないよう気をつけて』
オーバーチャージが言うには、雛はどの巣に返しても平気らしい。トランスフォームコグが正常ならこんな苦労もしないのにと、スプラングが少し不満を感じながら登っているうちに幹だけだった木に枝が生え始めた。星の光が下よりももっと身近に感じられるような気がした。本当にあと少しで巣だ。
あと少しと思うと、案外はやいものであっという間に巣に到達した。
下を見下ろせば、オーバーチャージが手を振っている。
スプラングはゆっくりと巣に近づいた。巣では親鳥が黒光りする背を丸めて寝ている。こう見ると、"鳥"も綺麗なもので、目の横なんかに赤い縁取りがありなかなかおしゃれだ。
スプラングは寝ている親鳥を起こさないように、そっと雛を巣の中へ返した。雛は親鳥を見つけると、すぐにその下に潜り込む。再び眼下を見ると、オーバーチャージが親指を立ててこちらを見上げている。
スプラングはほっと一息ついた。顔に夜風があたり少しばかり気持ちが良い。後は降りるだけだと思うと、ため息とととに少しばかり口笛も出た。
それがいけなかった。パチリと親鳥が目を開いたのだ。スプラングは驚いて、思わずバランスを崩してしまった。
このまま落ちてヘリコプターにトランスフォームした方が、無難だ。スプラングはそう思って、バランスを崩したまま木から落ちるように離れることにした。
また、それもいけなかった。
スプラングは落ちながらはたと思い出した。そういえば、自分のトランスフォームコグは壊れていなかったか?
「落ちる、落ちる!!」
手をばたつかせたが、空をつかむばかりでスプラングは落下して行く。
真下ではぽかんとした顔でオーバーチャージがスプラングを見上げている。
そうだ、"鳥"の雛のような気持ちに……。なれるはずも無い。落ち方のプロははるか上で今頃親鳥とスヤスヤお寝んね中だろう。
頭の中をこれまで起きたことが駆け巡る。
第1985小隊で小突かれながらも可愛がられたこと。養成所で教官を殴り飛ばしたこと。初めての戦場で、嫌というほど対空砲火を浴びたこと。
「し、死にたくない!!」
スプラングが怒鳴るのと同時にオーバーチャージが舌打ちをして、よく見覚えのある何かを吐き捨てた。見覚えのある何かが宙をまう。
トランスフォームしかけ、薄い翼が何枚か見えた。が、すぐにロボットモードに戻った。そして再びトランスフォームし、戦車になった。
見覚えのある何かの棒が小枝だらけの大地に落ちた。昔受けた、対空放火の時に敵兵がたくさん持ってたあの棒切れだ。アレはーー。
トランスフォームまで、大体2クリックくらいの出来事だった。スプラングの瞳はそれを、ブレインにうっかり焼き付けてしまった。
『思い出した。あの棒はーー。』
戦車の砲頭から網が発射され四方八方の木に絡みつく。蜘蛛の巣のように張られた網は、さながら簡易トランポリンだ。
「あの棒、対空用ランチャーマッチ[ランチャーの火縄]だ」
スプラングがつぶやくのと、同時に彼は網に引っかかった。
何度か網の上で上下運動を繰り返してから、スプラングは地面にボトリと落ちてきた。怪我はしていないが目眩がしている。
「大丈夫か?」
戦車からロボットモードにトランスフォームしたオーバーチャージがスプラングを覗き込む。スプラングは目を回して座り込みながらも、首を何度も縦に振った。オーバーチャージ呆れたように眉間に右手をあてながら、またランチャーマッチを取り出し口に咥えた。
「あなた、トリプルチェンジャーですね?」
スプラングが尋ねると、オーバーチャージは驚いて振り返った。スプラングはにっと笑った。
「いや、自分もトリプルチェンジャーなんで…なんか、そうっぽいなぁと。勘です」
「…いや、驚いたよ。確かにそうだ」
「勘と動体視力だけは良いんです。たまにテレパス持ち[特殊能力者の一種]と間違えられます」
オーバーチャージの視線が突然鋭くなった。
「テレパス持ち……?ふーん」
スプラングはびくりとして身を縮めた。が、オーバーチャージはただ振り返っただけだった。
「テレパス持ちって、ご存知無いですか?」
「…聞いたことはある。フリマーケットで」
「山を4つほど越えたフリマで…?」
「そう、そのフリマ。」
スプラングが瞳を細める。オーバーチャージは首を傾げた。
「君、今、カマをかけなかったか?」
「カマですか?」
「これも聞いたことがあるんだが、テレパス持ちっていうのは、一般的に少佐以上でないとサイバトロンでは普通は知りえない情報だそうじゃないか」
「…それを言うなら、あなたも嘘をついていると思うのですが」
「何故?」
「フリーマーケットの話、全部嘘ですよね。毎日、超える山の数が変わってますよ……いえ、それより……あなたが口に咥えているそれは、戦車なら使わないはずのタイプの、航空機撃墜用ランチャーマッチでしょうに」
オーバーチャージははっとして口からランチャーマッチを吐き出した。
「そうだな」
オーバーチャージが思い出したように、再びケースを取り出す。少しの間、彼はランチャーマッチのケースを見つめていた。ケースにはサイバトロンエリートガードのマークがついている。
オーバーチャージがケースの中からまた新たなランチャーマッチを一つ取り出し口に咥えるのをスプラングはじっと見つめていた。
「あなた、もしかして」
居心地の悪くなったスプラングが言葉を発そうとすると、オーバーチャージがそっと口に人差し指を当てた。
「静かに。もう夜だから」

ーーー

<第六夜>

起きると、これまでと変わらず、不味いエネルゴンを出された。通信機弄りをしていると、足音が聞こえた。スプラングは銃を構えた。開いた扉の先にはランチャーマッチを咥えたオーバーチャージがいた。オーバーチャージは銃を構えているスプラングを一瞥し、こう言った。
「公道までご案内しよう」
スプラングは銃を下ろした。
つい昨日までは、会話が弾んでいたはずの山道を二人は黙々と歩いた。梢の"鳥"たちはすっかり寝てしまっているようだ。
ただ相変わらず、オーバーチャージは足元に雛が落ちていないか入念にチェックを欠かさない。後ろに銃を持ったスプラングがいるというのにだ。
辺りが朝の暖かみを帯びて来た頃に、二人はようやく公道付近についた。
「じゃあ、私は今日はあの小屋に泊まるとしよう。いやぁ、チンケな小屋で見せるのも恥ずかしくて恥ずかしくて。でも、あれが私の今の本邸なんだ」
オーバーチャージがヘラヘラと笑う。スプラングも微笑んだ。
「できれば、自分もそこに泊めてもらえないでしょうか」
スプラングの申し出にオーバーチャージが黙った。笑顔など全く浮かべずまったくの無表情だ。
小屋からは妙に甘ったるいエネルゴンの香りが漂ってきている。
オーバーチャージは公道と小屋とスプラングを何度も見た。
「なぁ、スプラング。南へあと15サイクル歩けば公道に出る」
オーバーチャージの目がこちらを捉えた。
「実は公道を下れば1ギガサイクルほどでサイバトロン基地なんだ」
スプラングはそっと小銃を握りしめた。
オーバーチャージの目はその様子ももちろん捉えている。
「君は帰った方が良いとは思わないか」
オーバーチャージの背後には彼がたまに寄るという掘っ建て小屋がある。誰もいないのに、灯りがついて、影が動いている。オーバーチャージが何度も出してきたエネルゴンの匂いがする。
スプラングは戦場でこのエネルゴンの匂いを、インセクトロンから嗅いだことがあった。インセクトロンが嗜好する味のエネルゴンだ。
小屋の影には、触角があるのがはっきりと分かった。
スプラングは公道を見つめたまま呟いた。
「そりゃあ、帰りますよ」
スプラングは笑って、小銃から弾丸を全て抜いた。オーバーチャージを振り返ると、ホッとした表情で猟銃を下ろそうとしていたところだった。
「あそこにいる、インセクトロンを始末してからですがね」
スプラングは小銃を投げ捨てオーバーチャージに掴みかかった。
ガタイならスプラングに利がある。
焦って猟銃を掴むオーバーチャージをスプラングは拳で殴り飛ばした。
同じトリプルチェンジャーとはいえ、若干型が新しいオーバーチャージはわずかに小柄だ。マウントポジションをとるのは簡単だった。
こめかみを抑えて呻くオーバーチャージに銃を向ける。オーバーチャージは引きつった薄ら笑いを浮かべていた。
「あんたが第1985小隊を撃ち落としたのか」
「そうだ」
スプラングは歯を食いしばった。オーバーチャージは突きつけられている銃口を見つめている。オーバーチャージはその銃口が震えているのを冷めた顔で見ている。
「…昨日と、4日前。自分はあんたに2度も助けられた。今日だって、いつでもチャンスがあったはずなのに、殺そうとしなかった。どうしてだ」
オーバーチャージが苦笑する。
「そんなことに、何かしらの大層な理由が必要かい?」
スプラングは戸惑って大きく銃口を震わせてしまった。スプラングは口内のオイルを大げさに飲み込んだ。
「理由なんて、大して意味をなさないものさ。行動ってのは、存外に理由なんかよりも感情に左右され易いんだよ。君なら分かるだろうに」
朝が近づき、オゾンの靄が濃くなる。スプラングには、オーバーチャージの考えは計り知れない。ただ、気持ちはなんとなく分かったような気がした。
「あんたを見逃したい」
スプラングはそう言って、銃を下ろした。オーバーチャージはそれを目で追った。
「自分たちの職務は、インセクトロンの捕縛もしくは駆除だ。インセクトロンを連れてこい」
スプラングが言うと、オーバーチャージが肩を竦めた。それから、大声で笑い出した。
「目の前にいるモドキじゃダメかな?というか、君。少し兵士にしては感傷的すぎないかい?」
スプラングが驚いて銃を構え直した。オーバーチャージはため息をつく。それから突然トランスフォームを始めた。オーバーチャージのもう一つのビークルモードを見てスプラングは言葉を失った。その異様な姿に身を引いてしまうほどにだ。
彼は、蜂だ。巨大な毒蜂が目の前にいる。スプラングが発砲すると、弾が蜂の前足を何本か飛ばした。銃声と共に森の梢の上で"鳥"の鳴き声がした。スプラングがギョッとして上を見る。その隙に蜂は素早く逃げ出し小屋へ飛び込んだ。蜂がオーバーチャージの声で怒鳴った。
「静かにした方がいい!!まだ夜だからな!!」


ーーー

<第七夜>

日が昇ってから落ちるまで待っていたのはスプラングのせめてもの情けだ。小屋の中からは時たまひそひそ声が聞こえてきた。疲れきったスプラングを見つけて"鳥"がたまに舞い降りてきたが、銃を向けるとやはり恐ろしさを知っているのか退散して行った。
昼は短いとはいえ、待つだけには長すぎる。スプラングは暇つぶしに通信機を直そうと試みた。上手く行くはずもなく、頭に来て地面に通信機を投げつけた。踏みつけて壊してやろうかとすら思ったが、スプラングは考え直してそれを拾った。
夜がきて、またオゾンの霞が辺りに立ち込める。スプラングは小屋に火をつけた。

小屋の扉がようやく開き、メスのインセクトロンの肩を抱えたオーバーチャージが現れた。昨日のせいか、オーバーチャージは右手に手酷い傷を負っている。
スプラングはオーバーチャージの隣のインセクトロンに照準を合わせた。インセクトロンはひどく怯えた様子を見せたが、オーバーチャージはそれを宥めスプラングに笑いかけた。
「とりあえず、公道まで、でないかい。"鳥"は寝ているのに、可哀想だ」
スプラングは黙ってそれに従った。
インセクトロンはスプラングほどもあり、オーバーチャージよりも大きい。しかし、オーバーチャージはそのインセクトロンを庇うようにゆっくりと歩いていった。どうやらインセクトロンは足が不自由なようだった。
腕の傷ついたオーバーチャージがインセクトロンを歩かせるのは至難の技らしく、オーバーチャージは何度も転びながら、公道を目指して行く。
3度目に転んだ後に、スプラングは耐えられなくなった。
片手に猟銃を持ったまま、インセクトロンのもう片側の肩を持ち上げた。
インセクトロンは驚いていた様子だったが、何かもごもごと言葉を発した。
『eya mardau janataāva vae』
スプラングはその声が思っていたよりも優しいことに驚いたが、うなづくだけでなにも言わなかった。オーバーチャージがその様子を見て言った。
「隣が母だ。母といっても、実は育ての親でね」
「見れば分かります。あんたはインセクトロンじゃないでしょうに」
「…まぁ、そうだが。母がインセクトロンと間違えて誘拐してしまうくらいにはインセクトロンに似てるよ、私は」
「それもそうかもしれないですね」
「母と過ごしたのは大体作られてから3ステラサイクルくらいだ。前にも話したが、私には『幼年期』というものがあった。その時に母と会ったんだ。元々母はインセクトロンだが不妊で、子どもが出来ない体だったらしい。私も半分はインセクトロンみたいなものだから、親が恋しくて恋しくて堪らなくて」
オーバーチャージは苦笑した。
「それで親子になったのさ。今思えば、夢を見ているのかのように、ぼんやりとした記憶しかないんだ。でも、私たちは確かに親子になった。結局、私は色々あってすぐにサイバトロンに保護された。それから、母と過ごしたよりもずっと長い時間をかけ成体になった。大人になった私は軍に入って、少佐になったんだ。私は君の読み通り、佐官だ。サイバトロン空軍所属海兵部隊の少佐さ」
「…それで、いつ再会を?」
「君と同じように、インセクトロンを何体か掃討しに来た。部下を20人率いてね。そしたら、母がいた。それだけだ。軍のログを見てみるといい。サイバトロン空軍第60小隊がこのカエルレウムの森で全員行方不明になっているはずだ。あれは空軍のエリート部隊だったから、最近では中々有名な話だろう」
スプラングはブレインサーキットからその情報を引き出そうとした。案外それはすぐに出てきた。発見された兵の殆どがサイバトロン製の銃で絶命していたという有名な事例だ。サイバトロン空軍第60小隊、その時、隊を指揮していたのは、名前しかわからないが。確かに、オーバーチャージ少佐だった。
「あなたは、自分の仲間を、殺めたんですか?」
スプラングが無理やり絞り出した言葉に、オーバーチャージはそっけなく答えを返した。
「そうなる」
スプラングは黙った。オーバーチャージは遠くを見て呟いた。
「母親ってのは、何にもかえられないんだよ。」
それは独り言だったのかもしれない。

スプラングは目的地の公道に到着すると、それまで助け合っていたのが嘘かのように、銃をインセクトロンへ向けた。足が不自由なインセクトロンはその銃口を見上げ指を組んで何かを懸命に呟いている。その様は、明らかに命乞いではない。プライマスに祈りを捧げている。スプラングは息苦しくなった。
「ちくしょう、やめろよ」
オーバーチャージがインセクトロンに何か耳打ちする。そして、スプラングとインセクトロンとの間に立った。
「母を撃たないでくれ」
オーバーチャージの声が静かな公道に響く。スプラングは一瞬たじろいたが、すぐに銃を構え直して負けじと怒鳴った。
「そいつはインセクトロンだぞ!デストロンなんだ!!敵兵の逃亡補助は銃殺だぞ」
それでもオーバーチャージはインセクトロンとスプラングとの間に立ちはばかった。
「デストロンであろうと、インセクトロンであろうと、母は母だ」
オーバーチャージが両手を広げて、スプラングを見据える。
「どいてくれよ!!」
ほとんど懇願するようにスプラングは言った。
丸腰のオーバーチャージの後ろのインセクトロンの瞳がきらりと光った。
「私の死体でごまかせないか?"鳥"が食い散らかしたあとなら、インセクトロンだと言い張れるはずだ」
「あんたは、インセクトロンじゃない」
「母は老齢なんだ」
スプラングは激しくなった動悸を抑えるために深呼吸をした。そして瞳を閉じた。
オーバーチャージが冗談だと軽く笑いとばすことを願った。
せめて、目の前から、オーバーチャージが消えているのを祈った。
瞳を開くとやはりインセクトロンを庇うオーバーチャージがいた。状況は変わっていない。
「やめてくれ」
スプラングは独り言をこぼした。
それと、同時に引き金をひいた。
公道に軽い破裂音が響き、続いて倒れこむ音がする。他は誰も音をたてなかった。
次に起きたことと言えば、地に伏せたオーバーチャージに足を引きずったインセクトロンが近づいただけだ。
瞳の焦点が合わないオーバーチャージがインセクトロンの言葉で何かを呟いた。
『amamaāーー』
『pairaimai, mama vaiśaāla bavata pata vaiya inanae』
スプラングには2人が何を言ったのか、さっぱりわからない。
ただ、言葉を交わした直後にオーバーチャージの瞳からは光がじわりと消え、口からランチャーマッチが落ちた。
地に伏せたオーバーチャージの手をインセクトロンがなでる。
スプラングは銃に弾丸を再装填し、間髪入れずに握りしめていた銃でインセクトロンを撃った。
インセクトロンのスパークを寸分の狂いもなく。
再び倒れこむ音がする。
スプラングは2体の死骸が残った公道で立ち尽くした。
小気味の良い電子音が急に森に響く。
あれだけ、動かなかった通信機が今頃動き始めたようだ。
少しためらってから、スプラングは通信機の通信をオンにした。
「ーー第1985小隊、任務完了しました。残存兵は、自分1名です」
死骸の手はしっかりお互いを握り合っていた。"鳥"がスプラングの頭上で鳴いた。雛の小さな鳴き声が聞こえた。
「ーーお静かにおいでください。もう夜ですから。ーー場所はカエルレウムの森、座標ーー」


ーーー


お話はこれでおしまい。
これは、自分が、青臭いガキをやめるきっかけのお話だ。


ーーー




塩基雨が止んだ。
夜風を受けて小さな青い機体が凍えて震えた。紫の瞳の機体が小さな機体を優しく抱き上げる。小さな機体は当然のように抱きついた。

『ねぇ、おかーさんが一番好きなのはなぁに』

『もちろんあなたよ、オーバーチャージ。ほら、静かに。もう夜だから』

巨木の、カエルレウムの森は小枝と小枝をたまにこすり合わせて音を奏でる。遠くで銃声がした。"鳥"がその音に驚いて鳴き声をあげた。
オーバーチャージは、インセクトロンの腕に抱かれながらまどろむ。インセクトロンも寒いのか、オーバーチャージを抱きしめながら震えている。

『おかーさん、だいじょうぶだよ。ぼくがまもってあげるから』

高い高い梢の先には色とりどりの星が優しくちかりちかりと光っている。

セイバートロン星の夜は寒い。

mae ato
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