地球へくるまで
「この穀潰しがぁっ!!」
デッドエンドの怒声が響き、鈍い殴打音がする。
スペクトロは震えあがった。
また、誰かが遊撃参謀デッドエンドを怒らせたようだ。
昨日はインセクトロンだった。今日は誰だろうか。
デッドエンドの姿も見えないのに、スペクトロは挙動不審になり二人の仲間を探した。
それから、思い出した。
今日はあの二人両方と喧嘩して部屋に置いてけぼりにしたのだ。
「寝てんじゃねぇ!立ちな!!」
またデッドエンドの怒声だ。
スペクトロは手に持った記憶媒体を無意味にくるくる回し始める。この記憶媒体を上官のデッドエンドに渡さなくてはならない。
こんな時になんであの二人と喧嘩したのだろう。
心細くなったスペクトロが思わず、口に出して二人を呼んだ。
「…ビューファインダー?……スパイグラス?」
ぎゅっと拳を握りしめて、瞳をあちこちに彷徨わせる。
もちろん誰も出てこない。いつもならば、呼べば壁や影からどこからともなく浮かび上がってくるあの霊体達は、今頃部屋でスペクトロ抜きでババ抜きをやっているはずだ。あいつらは怒ると、何故か黙ってババ抜きをする癖がある。
今もスペクトロの瞳には青白い霊体が何体か映っているが、話し相手になりそうなのはこの艦にはあの二人くらいしかいない。
これもあれも、スパイグラスが自分の頭でサッカーをしだしたのがいけないのよ。
「立てよ、クズ!!……二発で伸びてんじゃねぇ!!」
また低い殴打音が響く。
スペクトロは指先を口元に押し付け、この曲がり角の先にいるであろう上官を見つめた。
音からすると、倒れた後も殴られたり蹴られたりしているに違いない。
デッドエンドの拳や蹴りを受けたら、スペクトロなんて一撃でノックアウト間違いなしだ。
また鈍い低い音がした。それから、うめき声もした。
スペクトロは後ずさりをした。
記憶媒体なんて後で渡せば良いじゃないか。ビューファインダーに頼んでこっそりデッドエンドの部屋に落として置くのだっていい。ビューファインダーは今は怒っているが、私に甘いからきっと簡単に聞いてくれるに違いない。そう。それがいいわ。
スペクトロは目だけで後ろを確認してから、来た道を帰ろうとした。
が、その時である。
「ったくよぉ。あの根性なしが……ん?」
曲がり角から上司が現れた。
スペクトロは瞳をカッと開き、身体を強張らせた。
デッドエンドが瞳を細めた。
「お前は、確か…スペクトロ?」
スペクトロは数度瞳を明滅させてから、電気ショックを受けたのかように頷いた。
スペクトロを知る人ならば、驚きすぎだと笑うだろうが、運のいいことにデッドエンドはこの状態のスペクトロしか知らない。
「何故ここにいるんだい。もしかして、ヒトが指導入れてやってんのを盗み聞きしてたのかい?」
機嫌の悪そうなデッドエンドがにじり寄ってきた。
スペクトロは慌てて首を横に振るしかできない。緊張しすぎて足も動かないのだ。なんとなく、吐きそうだ。
「てめぇは喋れねぇのかよ!!」
デッドエンドの怒鳴り声が響き渡り、スペクトロは口をパクパクさせた。
スペクトロの頬を冷却水が伝った。冷や汗をかいている。
頭の中が、焦りで埋め尽くされつつある。
しかし、デッドエンドはそんなことを気にするはずもない。
「おい、タマナシ野郎」
「はいっ!」
素っ頓狂ながらも、スペクトロは声を出すことができた。それと同時に、変なタイミングで肯定してしまったのに気づく。
デッドエンドが片目を歪めた。
やばい、殴られる。
スペクトロがそう思うより速く、デッドエンドの回し蹴りがスペクトロの側頭部に叩き込まれた。
スペクトロが昏倒する前に、デッドエンドの呆れた声がぼやけ始めた世界の中に響く。
「アタイの部下にカマモドキはイラねぇよ」
いや、そもそも私は、オカマ、じゃ、……。
スペクトロの意識はそこで途絶えた。
これもあれも、あの二人が首でサッカーをしたのがいけないの。