地球へくるまで


輸送参謀執務室の扉が開いた。
アストロトレインは仕事を中断して顔を上げた。
青年は、礼儀正しく、しかし、大層自信に満ちた足取りで部屋に入ってきた。
紫色のボディに黒い翼。軍人にしては細く、男にも女にももてそうな顔立ちをしている。簡単に言えば、美丈夫だ。いや、美丈夫などということ、どうでもいい。彼の顔は、記憶の片隅に置いてきた、故郷サイファーで何度も出会った顔だ。
アストロトレインに青年は微笑みかけ、胸に手を当て瞳を閉じた。
「今日から貴方の副官になるトリプルチェンジャーのオクトーンです」
アストロトレインは口をあんぐり開けてしまった。
忘れていたサイファーでの彼女の言葉が、オクトーンの声に重なった。
『彼は似せてるんだ。顔は私に。性能はあなたに』


それまで、輸送参謀アストロトレインといったら、自分の副官を気軽に左遷することで有名だった。
この125ステラサイクルの中で彼の副官は98回変わった。彼の副官は最長で3ステラサイクル、最短で20サイクルで変わっている。
左遷先も中々であり、中には名前を剥奪されて強制労働所送りになった者もいる。
だから、輸送参謀副官になりたがる者なんていなかったのだ。

とある新兵を除いては。

アストロトレインがどんなバカが来たのかと、驚き半分呆れ半分で待っていれば、とんでもない奴が来た。

開かれていたコンソールを操作して、副官の項を確認した。
『名前:オクトーン 出身:セイバートロンアイアコーン…』
アストロトレインは瞳を細めた。
オクトーンが片頬を上げる。
「元はサイバトロンの司書をしていたもので」
アストロトレインがコンソールを見ていると、何も言いもしないのにオクトーンはべらべらしゃべり始める。
「サイバトロンでは、中央公文院社会科学群軍事書部歴史課古語解読主任をしており、専門は古代文…」
「黙れ、愚か者」
いけすかない若者だ。
どう考えても、すぐに左遷だ。
はやく左遷してやる。絶対にだ。そう、絶対……。
『ねぇ、この子。私たちの子どもみたいだよ』
記憶の中の彼女が笑う。





アストロトレインは第3戦艦タイタニア艦長室で頭を抱えていた。
オクトーンが輸送参謀副官になってから今日で3ステラサイクルだ。
結局一番長い副官の座にオクトーンはついたわけだ。
副官オクトーンはアストロトレインの目からみても、慇懃無礼極まりなく自信家すぎる若者だ。
この3ステラサイクルの中で裏切られかけること2回、輸送部の失敗を招いたこと1回、部下や同僚から殴られているのを見かけること数知れず…。中々のクソ野郎だ。
同時に、輸送部に大成功をもたらしたことも4回あり、敵対していた航空参謀を失脚させるなどもしている。
「アタマのイイ馬鹿という奴か」
アストロトレインが頭を悩ませていると、突然執務室のドアが激しく叩かれた。アストロトレインが返事をすると、間髪開けずに例のオクトーンが胸ぐらを掴まれ登場した。アストロトレインが呆然としていると、即座にオクトーンが何者かに殴られ真横に何mか飛んだ。

「おい!テメェのアホ副官をやめさせろ!!ウチの技術兵を焚きつけて空陸兵と喧嘩させやがったぞ!!」

殴りつけた張本人が怒声をあげながら、艦長室にズカズカと入り込んでくる。遊撃参謀のデッドエンドだ。
殴られて床に倒れこんでいたオクトーンは頬を摩りながらも、余裕綽々の面立ちだ。その様には、部外者のアストロトレインですら苛立ちを感じる。
さらに腹立たしいことに、オクトーンは芝居がかった造作でゆっくりと立ち上がった。

「失礼な。焚きつけてなどおりません。少し、事実を教えてやったまでですよ。遊撃参謀閣下?」
「ざけんな!それが焚きつけるってのなんだよ!!」
「そうですか?私は好意で教えたまてでして。もしもそうならば、大変申し訳ないことを致しました。」
「テメェ、アタマの天辺からケツの穴まで貫通させんぞ!!」
「おや、お嬢さん。これは新しいスラングですね」

アストロトレインは目頭を抑えた。

「どちらも、黙れ」

部屋の喧騒が止まる。アストロトレインがゆっくり顔を上げると、不満を顕にしたデッドエンドとやたらすましたオクトーンがいた。
アストロトレインと目が合うと、オクトーンは微笑みすらした。

「そんなこと、仰いましても、私は口から生まれたもので」

アストロトレインはまた頭を抱えた。喉元まででかかったのは、『いや、お前はまずオプティックから作られたのだぞ』という言葉だが何も言えない。オクトーンにこんなタイミングで彼の出生の話を、切り出せるわけがない。
苦虫を潰したような表情を隠さずにいると、視界の隅に何かを期待しているデッドエンドが見えた。明らかに今のオクトーンの発言に対する、アストロトレインの叱責を待っている。

「愚か者どもめ。とりあえず、喧嘩両成敗だ。オクトーンとデッドエンドの双方に自室で40メガサイクルの謹慎を命ずる」

オクトーンは横目でデッドエンドを見てにやりとほくそ笑んだ。デッドエンドはたまったものじゃない。

「待ちなよ!!アタイは部下達に喧嘩をさせた奴を教えに来ただけだよ!!」
「始めに殴りつけただろう」
「アタイの部下は怪我をしてんだ!!輸送部はだーれも怪我しちゃいない!!こんなのオカシイだろ!!」
「デッドエンド、お前が部下想いなのはよく知っている。しかし、やり方ってものがあるのだ。儂はただ単に同格の者同士の争い事に対し采配を下したまでだ」

デッドエンドは悔しそうに歯軋りをして地団駄を踏んだが、アストロトレインはコンソールを淡々と仕舞うだけだ。

「後は儂が遊撃参謀部技術兵と空陸参謀部兵士の処分を下そう。貴様らは下がれ」
「は?なんだと??」
「下がれと言っている!!」

デッドエンドが片目を歪めてアストロトレインを睨みつけた。アストロトレインが瞳を細めると、デッドエンドは口を真一文字に結び礼もなく後ろを向いた。

「ご機嫌よう、マドモアゼル」

デッドエンドがオクトーンの側を通る時に、オクトーンがまた芝居がかった仕草で小声で嘲笑う。流石にデッドエンドは我慢ができなかった。
またオクトーンに掴みかかり殴り飛ばす。

「デッドエンド、60メガサイクルに延長だ!!オクトーンはそこに残れ!!」

デッドエンドがギロリとアストロトレインに一瞥をくれる。普通のトランスフォーマーならばすくみ上がるところだが、生憎この部屋のトランスフォーマーにそんな肝の小さな輩はいなかった。
アストロトレインは冷静さを取り戻し、デッドエンドに諭すように告げた。

「オクトーンには厳重に言っておこう。私の副官がすまなかったな、同胞」

拍子抜けしたのか、デッドエンドが視線を泳がせた。ここまでくれば、デッドエンドはすぐにこちらの要求を飲む。
アストロトレインは内心、デッドエンドは非常に扱いやすい奴だと思っている。

「……60メガサイクルの謹慎だな?了解した、艦長」

扉が静かに閉まりデッドエンドが退室した。オクトーンはまた頬を摩りながら、それを見送っていた。アストロトレインがオクトーンの方を見ると、先ほどまでと打って変わりオクトーンは冷めた顔をしていた。

「オクトーン、貴様どのような了見で今のようなことを…」
「私の処分は80メガサイクルの謹慎とその間の支給エネルギー30%カットが妥当です」
「…厳しすぎやしないか?」
「遊撃参謀はそうでないと納得しないでしょう。そんなことより、輸送参謀閣下、そろそろ参謀会ではありませんか?」
「あ、あぁ。そうだったな」
「本日の議題には、科学参謀部下士官の労働枠拡大が含まれるのでお忘れなく。では、また80メガサイクル後に」

そう言って、オクトーンはつかつかと艦長室から退室してしまった。
後にはアストロトレインが残された。
しばらくあっけに取られていたアストロトレインだったが、ハッとして先ほどのオクトーンの言葉を考えた。

確かに、これから地球へ到着した時の科学参謀部下士官の動きについての話し合いが今日行われるのだ。
参謀会は参謀とその副官しか話し合いには参加できない。科学参謀と遊撃参謀の副官は今は内勤で第3戦艦タイタニアには搭乗していないので、参謀会は少数で行われる。

今回は空陸参謀副官オンスロートは諸用で欠席との連絡が入っている。挙句に、先ほどの謹慎処分だ。
輸送参謀アストロトレイン、科学参謀マグニフィカス、空陸参謀ブリッツウィングだけが参謀会に参加となる。

アストロトレインは、そこで気づきニヤリと笑った。

これはチャンスだ。
科学参謀マグニフィカスは部下に対しての関心が低い。特に下士官の挙動など気にも止めないはずだ。

とすれば、こちらの提案はほぼ100%通るはずだ。相当に無理な提案でも簡単に通ることだろう。
今、デッドエンドが動けないとなればあの気難しいマグニフィカスに助言できる者なんて誰もいないのだ。いや、そもそも空陸参謀のブリッツウィングではこの話の要点も理解できないだろう。デッドエンドが今回の会議での目の上のたんこぶだったのだ。
また、この状態で、科学参謀部下士官に恨まれるのは、艦長ではない。間違いなく、それを認可した科学参謀だ。
まさに、輸送参謀部の思う壺である。

これが、デッドエンドを足止めすることがオクトーンの狙いだったのか。アストロトレインは得心してあごを撫でた。

「あやつ、中々やるな。流石、儂の息子だわい」

アストロトレインは一人、艦長室で高笑いをした。


これだからオクトーンは左遷できない。

mae ato
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