地球へくるまで


はじめ、ダージはマグニフィカスに対して好印象を持っていた。
彼は、爽やかな笑顔を持ち、あまり派手でないフォルムには威圧感がなく、物腰も柔らかである。
何より、ダージの"親"ともいえるモータマスターの同郷でもあった。
ダージは、どことなくマグニフィカスに親近感を覚えていた。
「ジョンドゥオフィサー[デストロン名無し兵のこと]がいるなら、こちらへまわしてもらえないかな」
だから、そう言われただけで、よく調べもせずに名無しデストロン兵をひとり、マグニフィカスの部屋に行かせてしまったのだ。

デストロンには名前もない兵というものが大勢いる。
ある一定の時期に作られた兵士達で、他のトランスフォーマーと比較し頭が悪く、単純なつくりをした兵だ。
だが、ほかは特に一般兵とはなんら変わりがない。
彼らは、話もできるし怒ることも笑うこともある。

ダージは、彼らをただの仲間として考えていた。
名無しの彼らはダージよりかなり地位は低い。それでも、ダージは彼らにあだ名をつけて普通に扱っていた。
「ガチャ目!!」
ダージが呼ぶと名無しの兵の一人が振り返った。
「なぁに、だーじ。」
「科学参謀マグニフィカス様がお呼びだ!お前の荷物もぜーんぶ持ってこいってさ」
「……そう。おれ、なにするため?」
「知らないな。でも、科学参謀の部屋に行ってこいよ。絶対に!」
「わかった」
名無しの兵はのろのろと支度を始める。本当にのろいので、少しだけ苛ついたダージは思わず手伝ってしまった。
名無しの兵は不思議そうにそれを見ていたが、ダージは気にせず手伝った。
「ほら、ガチャ目。断然絶対よくなったぞ。さぁ、行ってこいよ」
名無しの兵は、少しはにかんだ。ダージもつられてニマリとした。
「おれ、いく」

ダージが、名無しの兵士が曲がり角を曲がるのを見送ってやっていると、同僚のスラストに話しかけられた。
「兄ちゃん、変わってんな。名無しにそんな手を焼いてやるなんて」
ダージは逆に、首を傾げた。
「そうか?俺の"親"はそうやって接してたからなぁ」
首の後ろをぼりぼりかいていると、ダージはふとボロボロのコンソールが置いてあるのを見つけた。
本当にボロボロで所々にヒビが入り見苦しい。
でも、先ほどの名無しの兵の数少ない私物だ。
ダージはコンソールを拾いあげて、手でゴシゴシと磨いた。
良くなったようには見えないが、ちょっとは埃が落ちたはずだ。
「あちゃー、ぜーんぶ持ってけって言ったのに!!届けてやんないと」
「世話焼きだなぁ。どこへ行くんだい?」
「科学参謀の部屋さ」
ダージの一言に、スラストは真顔になる。
違和感に気づき、ダージが眉間にシワを寄せると、スラストは視線を逸らし、ぼそりと吐き捨てた。
「ま、きぃつけな」
ダージは瞳を数度明滅させた。しかし、手元のコンソールが気になり、マグニフィカスの部屋へ向けてひとっ飛びした。

戦艦タイタニアは広い。
そして入り組んでいる。
人工光と扉の連続。
そして、大概が紫色の大量のデストロン。

悲しいことに、ダージは生まれついての方向音痴だった。

ダージの速度で注意深く行けば3サイクルもかからない道を、ダージは25サイクルかけてようやくマグニフィカスの私室に到着した。

航空機からダージはロボットモードにトランスフォームした。
ダージは口笛を吹いた。
さすがは参謀室。
普通の部屋と比較し、強力なロックがかかってそうな扉だ。
普通のデストロン航空兵ならば尻込みしそうなものだが、ダージは平気でノックをした。
なんせ、ダージは余命も大してない。失うものもなければ、そこまで恐怖もない。
すぐにドアフォンから返答が帰ってきた。
「こちらマグニフィカスだ。何かご用かな」
デストロンには珍しい利発で穏やかな声だ。
親のモータマスターや上官のオンスロートとは違う、柔らかな物腰にダージは少しだけわくわくした。
ダージは、少しでも良い受け答えをとハキハキと答えた。
「空陸参謀下航空兵ダージと申します。そちらへ向かったジョンドゥオフィサー[デストロン名無し兵士のこと]を訪ねて参りました」
「ほぅ、名無しをね」
ダージはおそらくカメラであろう部分をじっと見上げた。
カメラは黒光りし、非常に無機質だ。

「入りたまえ」
柔和な声がして、扉が開いた。
廊下付きの部屋だ。短い廊下の先にまたとすぐにドアがある。
ダージはふと昔、悪友と遊びで忍び込んだ研究所を思い出した。この扉はその構造とよく似ている。
ただの航空兵の自分にすぐにドアが開かれたことに驚きつつも、ダージは科学参謀マグニフィカスの部屋へ歩を進めた。

もう一つの扉に手をかけると、急に後ろの扉が自動で閉まった。ダージが思わず後ろを振り返るのと同時に、今、手を掛けた方の扉のちょうどドアホールの部分から緑色のレーザー光が発され、全身をスキャニングされる。
ダージがまた慌てて前を向くと、急にドアホールからホログラムが投影された。
『航空兵ダージ 所属:デストロン空陸参謀部 区分:航空兵 出身星:ジャール 出身地:スピーディアコロニー 年齢:5.3ステラサイクル 制作責任者:レーザーウェーブ 育成責任者:モータマスター ……』
膨大な量の自分の情報が一度に投影された。
読むことができない位の情報が出てくるが、はたと『初恋:ブラックウィドー 結果:告白のち振られる』という項目を発見して、ダージは若干憤慨した。

ホログラムが投影されたのは、ほんの5クリックにも満たなかった。
扉のロックが開かれた音がして、ダージはまた一歩進み出た。

部屋に入った時に一番に気になったのは鼻につくオイルの匂いだった。
しかめそうになる顔を無表情に保ちながら、ダージは目の前に科学参謀が何かの報告書を持ってこちらを向いているのを発見した。
科学参謀はヤワには見えないものの、軍人にしてはやはり優男というのに相応しい見た目だった。
まぁ、実を言えば、ダージも似たものではあるが。
ダージは、何気なく微笑みかけそうになったが、科学参謀の足元を見て、顔を強張らせた。

科学参謀マグニフィカスが穏やかに微笑む。
「君がダージかい。モータマスターの里子だというから荒々しい身なりをしているのかと思えば、相当にスマートな身格好をしているのだね」
マグニフィカスは至って柔和に話しかける。ダージは唇を噛み締めた。
マグニフィカスが不思議そうに目を細めた。
「どうかしたのかな?」
「…参謀閣下、先ほどの名無しはどこへ参りましたか」
ダージが挑戦的な目をしているのに、マグニフィカスは面白くなさそうに鼻をならした。
そして、足元のオイルの匂いを撒き散らしている"ソレ"を蹴飛ばした。
「あぁ、"コレ"のことか」
軽い音が部屋に響く。
ダージは先程まで話していた名無しをまっすぐ見つめた。

名無し兵は様々な器具をブレインに差し込まれ、絶命していた。

マグニフィカスは、足元の名無しの亡骸をみて硬直しているダージに、あたかも食事中に雑談をするように、話しかける。
「ちょっとばかり思い出したいことがあってね。実験というほどのものでもないんだが、ルーティーンみたいなものでとある事故の再現をしていたんだ。これで42体目だが、この機体じゃあ、良いデータが取れなかったな。やはりジョンドゥは単純だ。まぁ、最もだからこそ使えるモノだが」
マグニフィカスが口の端をゆっくりとあげる。
ダージの頭にカッと血が上った。
思わず、大切なはずの手元のボロボロのコンソールをきつく握りしめる。コンソールがミシリと音を立てる。
「そいつは絶対にモノではありません。ジョンドゥかもしれないですが、ひとりのトランスフォーマーです」
ボロボロのコンソールにヒビがはいる。入ったところで、もう持ち主はいない。
「そいつだって、毎日、メシ食って、話をして、たまに怒られて、それでも笑って生きていたんだ。なのに、たかがあんたのルーティーンために、死なないといけないんですか。おかしい。絶対にだ」
ダージはそこまで怒鳴ると、再び唇を噛み締めた。
マグニフィカスは、ダージが怒鳴っている間に、高価であろうコンソールで何かの報告書を見ていた。
ダージがマグニフィカスを睨みつける。
マグニフィカスはダージに目もくれない。

「それでおしまいかい?」
マグニフィカスはそう言った。
報告書を見ながら、マグニフィカスが欠伸をした。
「君はガタガタうるさいね。さすがに、あの暑苦しくお優しいモータマスターの"子ども"なだけはある」
ダージは口をつぐんだ。
マグニフィカスは片眼鏡をあげ、コンソールを操作し続けている。
「別に名前もないような三等兵くらい、いいだろう。探究のために死んだって仕方がない。大体、こいつらは、死ぬために作られたんだよ」
言葉からも部屋からも温度というものが全く感じられない。ダージは尻込みして、辺りを見渡した。
整然と並んだ調度品はどれも品がよくすました雰囲気を放っている。
その中に、オイルを流して絶命しているデストロン兵士がいる。
「でも」
「一介の航空兵が口答えするのかい」
マグニフィカスは持っていた高級そうなコンソールを投げ捨て、踏みつけた。
バキリと音がして、わずかに放電した。
「せっかく名有りに生まれたんだ。名無しになりたくはないだろうに。あぁ、私も君の身分を剥奪するのは嫌だな」
マグニフィカスがゆっくりとダージとの間合いを詰めてくる。ダージは、後ずさったが、すぐに壁に突き当たった。
「だって、モータマスターの里子を消せば、モータマスターまで潰さないといけないじゃないか」
マグニフィカスが逃げ場のなくなったダージに詰め寄る。
身構えたダージをマグニフィカスは鼻で笑う。
顔のすぐ隣でドンという音がした。
マグニフィカスが壁に手をついた音だ。

わずかに屈み込みダージに目線を合わせたマグニフィカスが目前にいる。
マグニフィカスが片方の瞳だけを爛々とぎらつかせていた。
「一度、私は君の親と派閥争いをしたことがあったんだ。まだまだお互いに若い頃さ。まぁ、結果は今の地位を見ればわかるだろ?だって、アイツは正攻法でしか攻めてこないからね」
壁についていない方のマグニフィカスの手がダージの首を捉えた。
ダージは、ぞわりと悪寒が走ったのを感じたが、それでも睨み続けた。
「イイねぇ、嫌いではない。そういう反抗的な態度はね。口うるさいところも蛮勇を見せつけてくるのも、偽善者であるところも、モータマスターにそっくりだ」
締め付けない程度にマグニフィカスがダージの首に指を立てた。
ギリギリとダージの首が音をあげる。
「ボクはぁ、モータマスターは好きだなぁ。ボクにない、真っ直ぐさってのがあるンだもの。君を嬲るのは、モータマスターを嬲り殺しにするようなもンだろうなぁ。楽しみだよ、ホント、楽しみダ」
マグニフィカスの顔がぐいとダージに近寄る。普段隠されているマグニフィカスの首筋に酷い修繕痕があるのをダージは見つけた。
片眼鏡のようなスコープの奥には、瞳にあたる部分に瞳が存在せず、何本かのケーブルが透けて見える。スコープが直接体内につながっているのだ。スコープの奥のケーブルはたまにパチリと火花を散らしている。
「……ボク、オタノシミはじっくり味わいたいヨ……どうせミンナいなくなるから……」
男もののコロンの匂いがした。マグニフィカスが泣いているのか、笑っているのか、分からない。ただ、ダージは彼の所々が幼いことを知った。我儘で利己的で、それでいて発散の方法を見つけられなくて。
だから、自分の苦痛の共有を他人に強要してきている。
ダージは、それが、わかった。

その瞬間だ。
ダージはマグニフィカスなどどうでも良くなった。

「…そうですか」
ダージの冷めた声が部屋に響いた。
マグニフィカスがニタリと笑った。
あからさまに高揚しているその顔が、気味が悪い。ダージは目を逸らした。
「目障りだ。うせろ。」
マグニフィカスの言葉だ。
マグニフィカスが身を引いた。
先ほどとは打って変わり、無表情になっている。

マグニフィカスがダージと反対側の壁まで後ずさり、お手上げのジェスチャーのように手を上げる。
ダージが動き出すのを、伺っているようだ。
しばらくダージは当惑していたが、マグニフィカスが動きそうにないのを確認し、名無し兵の元へ近寄った。

ダージはまず名無しの兵の手元にボロボロのコンソールを置いた。
それから、そっと名無し兵の両手を胸の前に組ませた。
マグニフィカスは一言も発さずつまらない様子でダージを見ていた。ダージの一連の動作の後に、彼はあごで出口を指し示した。

オイルはまだじわじわと床に広がり続けている。
航空兵は苦々しい面立ちで名無しの兵を一瞥すると、まっすぐと扉へ歩いた。至って、部屋は静かだ。

マグニフィカスがはたと思い出したように呟いた。
「上官の部屋を去る際に、礼の一つもないのか」
半分身体が部屋から出ていたダージが 、足を止めしっかりと振り返った。
「失礼いたしました、参謀閣下」
マグニフィカスは瞳を細めて答えた。
「気が向いたらまた来たまえ、モータマスターの息子君」
科学参謀の足下には、名を与えられすらしなかった兵士の遺骸が転がっていた。
マグニフィカスの声がダージに追い打ちをかける。

「今度は、フルコースをご馳走するよ」

mae ato
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