地球へくるまで



『ここ3日もトレイルブレイカーを見ていない。様子を見てきた方がいいですね』
ファイアスターにそう言われて、トラックスはトレイルブレイカーの作業部屋の前に来ていた。
試しにノックをしてみたが、1度『ワシは…だ、大丈夫ですっ!!』の答えがあって以来、何の返答もない。

トラックスが途方にくれていると、急に軽快な声に話しかけられた。
「トレイリーに作業部屋をやったのはちょっと間違いだったかもね」
グラップルだ。
2人しかいない廊下で、グラップルは歩み寄りながらもわざわざこっそり耳打ちするように話してきた。
グラップルの赤と青の瞳がトラックスの眼前に迫ってくる。
腕の所々禿げた塗装に目を取られていると、ふわりと洗浄液の心地よい匂いが香った。
ロータストームやワーパスなんかはグラップルの事を臭そうだとかいうが、グラップルは単に塗装がはげやすいだけで清潔に相当な気にかけている。トラックスはそれを知っていた。
トラックスが固まったのを見て、近づいてきていたはずのグラップルは自然に身をひいた。グラップルは申し訳なさそうにはにかんでいる。
グラップルが何を考えているのかは、全く読めそうで読めない。

グラップルのような兵士をトラックスは『昔』よく知っていた。何人も何人も知っていた。それは、知っているだけだった。彼らが何を考え思っているのかなんて、『昔』はどうでもよかった。

でも、今は、トラックスは、このままでは禍根を残す気がするのだ。

トラックスは、焦って思わずグラップルの腕をつかんだ。
グラップルはそれに反抗するでも迎合するでもなく、ただ享受した。あいも変わらず、彼はにこにこ笑う。
「悪かったよ、少佐さん。気味の悪い二等兵のボヤキなんで、忘れてくださいな」
「ちょっと待って!僕はそんなつもりで引き止めたんじゃない!」
予想外に大きな声が出て、トラックスは口を抑えた。グラップルは少し驚いたようだったが、すぐに明るい表情になる。グラップルの左右非対称な瞳が何回か明滅した。
「ごめん。君が始めて話しかけてきてくれたから、びっくりして。話の続きを教えてほしいだけなんだ」
「へぇ。少佐さんって変わった人だねぇ」
グラップルがニコリと笑った。トラックスはそれにつられて思わず微笑む。
「なんでだい?」
「だって、おいらみたいな二等兵に話しかけられて怒らないんだもの」
『そう、二等兵なんて、扱いやすく寡黙な方がマシだ』
トラックスの中の『昔』がトラックスに囁いた。『昔』はトラックスを見下ろしてじっとこちらを伺っている。
トラックスの顔が一瞬こわばった。グラップルはそれを見て慌てたように身をすくめた。
「あ、ごめんよ。おいら、かなりアタマが弱くて、キヅカイがたりないんだ」
グラップルは相変わらず朗らかな、しかし申し訳なさそうな表情だ。トラックスが片手をつかんだまま見つめていると、グラップルは肩をすくめた。
『昔』はトラックスがどう出るかを心待ちにしているようだ。トラックスは、『昔』から目を逸らした。
「僕は、別に、今、嫌な気分なんか一つもしていないよ」
「ホントかい?良かった」
グラップルがパッと明るくなり、照れて頬をかいた。トラックスはほっとして、ため息をついた。『昔』がすぅっとトラックスの中に戻っていく。


「トレイリー、久しぶり!」
トレイルブレイカーがびくりとして振り返る。大柄なトレイルブレイカーは作業部屋のあちこちに体をぶつけ、様々なものを落としてしまった。
何かが割れトレイルブレイカーが、慌てる。グラップルはあちこちにガラクタが置いてある部屋の中を器用に物に当たらないように進む。トラックスも追おうとしたが、足の踏み場もなくて中々奥には進めない。
トラックスが手間取っている間にグラップルはトレイルブレイカーの隣まで辿り着いてしまった。
「グラップルか、驚かせるなよ。今、こんなのを作ってたんだよ」
トレイルブレイカーが持ち上げたのは何やら不思議な物だった。真ん中には特徴的な赤いボタンがある。グラップルはそれを見て訝しげにした。
「なんだい、そのインセクトロンの干物みたいのは」
「相変わらず言うねぇ。これはレーザーホタルといって、病原体活性化を助ける…」
「へぇ、君は発明家なんだね」
ようやく辿り着いたトラックスが感想を述べると、トレイルブレイカーがビクリと肩を震わせた。
「あ、言うの忘れてたけど、お客だよ」
グラップルがからからと笑う。トラックスは首の後ろをかき、ギョッとしているトレイルブレイカーをグラップルを交互に見比べた。
グラップルはまた小首を傾げてから、ぽんと手を打った。
「トレイリー、その干物を少佐さんに見せておくれよ」
「これは…役立つ完成品というわけでございませんので…」
「ばーか。トレイリーの発明はほとんど役に立たないだろうに!!良いから、現状報告!!ほら、干物をパス!!」
と、言いながらグラップルはトレイルブレイカーの発明品をひったくった。そして、トラックスに発明品を渡した。
発明品を見てもトラックスにはさっぱり分からない。トレイルブレイカーはオロオロしているばかりで何も言わないし、グラップルは相変わらずニコニコしているばかりだ。とりあえず、何も話さないわけにはいかないのでトラックスは発明品にある印象的な大きなボタンについて聞いてみた。
「これはなんだい?」
「あぁ、それは押せば分かるんですが」
「じゃ、押してみよう」
トラックスはグラップルの手の中の発明品の赤いボタンをポチりと押した。その瞬間、トレイルブレイカーが真っ青になる。
「し、少佐!なんつー大変な事を!!」
「え?」
「は?」
トラックスもグラップルも訝しげに慌てるトレイルブレイカーを見た。
「それは、自爆ボタンです!!ひええぇ!!」
言われて見れば、なにやら爆発しそうな『ピッピッ』という電子音が発明品からしている。グラップルはギョッとしてトラックスに発明品を手渡そうとした。
「あ、あげますよ!少佐さん!!」
「えぇ!?遠慮させてよ!」
「ヘイ、トレイリー!キャッチ!!」
「ワシはいらんよ!!」
と、言いながらもトレイルブレイカーは自爆へのカウントダウンが進む発明品を受け取ってしまう。トレイルブレイカーはワタつきながらもトラックスに発明品を投げた。
「トラックス少佐!どうぞ!!」
「いらないって!」
と、言いながらもトラックスは受け取ってしまう。発明品の電子音の間隔は先ほどよりもずいぶんと短い。
「なんで、自爆ボタンなんかを!」
「ノリでつけちまいました!!」
「トレイルブレイカー、返すよ!!」
「返品は不可です!!」
「グラップル!!」
「おいらもいらないよ〜」
3人で揉み合っていると、発明品から一際高い音がして、白煙と衝撃が部屋に爆散した。
先ほどまで一定の規則で並んでいたはずの部屋中の物が散乱している。
爆発のおかげで煤けたトラックスはケホリと口から煙を吐いた。




「…っていうことが、あってさ。今日は中々愉快だったよ」
艦長室に戻ったトラックスがロータストームに話し終えた。
艦長室にはファイアスターもいる。
トラックスが持ってきた発明品の残骸を見ながら、ファイアスターは真剣に何やら調べている。
楽しそうに微笑んでいるトラックスとは対照的に、ロータストームは険しい顔をしていた。
「少佐、本日の仕事がどれくらいあるかはご存知でしたか?」
ロータストームの手にはコンソールが5枚もある。トラックスはそれをちらりと見てから、目をそらした。
「…それは、明日やろうかな」
ロータストームが苦虫を潰したような表情をした。苦笑すらしてもらえない。
「今から、やってください」
「うぅ…。自分より軍位の高い部下は怖いなぁ……。あ、そうだ!スプラングに映画を返さないと!」
「その前に仕事です」
ロータストームがつかつかとコンソールを渡しに近づいてくるのを察したのか、トラックスがファイアスターを振り返った。
ファイアスターは相変わらず発明品をいじっている。
トラックスはコンソールを受け取りながらファイアスターの顔を覗き込んだ。ロータストームもファイアスターをちらりと見た。
トラックスはコンソールを持ったままファイアスターの横に近づいた。
「ファイアスター。どうだい?それは?」
ファイアスターは振り返らず発明品を見ている。ファイアスターはただ、発明品の残骸を指でなぞる。彼女は独り言のように呟いた。
「本星に連絡を取った方が良いレベルです」
ロータストームがまたもや苦々しい顔をした。
「やはり、危険物だったんだな!?あの臆病者はろくな物をつくらない!!」
ファイアスターが発明品から視線を外す。突然じっとみつめるものだから、ロータストームはわずかにたじろいだ。
トラックスはまたへらりと笑った。
「どうだったんだい?」
ファイアスターはロータストームをじっと見る。ロータストームが視線を外し、ファイアスターは始めてトラックスを見た。トラックスは相変わらずニコニコ笑っている。
ファイアスターは鼻で笑った。
「素人目から見ても、こんな発明できるなんて、トレイルブレイカーは天才でしょうね」
「なるほど」
ファイアスターがトラックスに発明品を返した。トラックスは腕組みをして満足気にアゴを撫でた。
「さぁて。ふしぎだね。彼はなんでこんなところで燻っているんだろう?」

mae ato
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