地球へくるまで


『地球人なら全体の2%の割合。セイバートロニアンなら全体の5%の割合だ。生まれついての戦争狂いの割合さ。
ワーパスはその5%に入るな』

高い飲み屋で、ワーパスはそう陰口を叩いた大柄な若造のことを思い出していた。
目の前には美味いエネルゴンあるが、飲む気がしない。奢りだが、奢られた相手が相手で飲みたくない。
その陰口を叩いた若造を、ワーパスはしこたま叩きのめした記憶がある。明日死ぬか知れない戦場で、それこそ立ち上がれなくなるほど叩きのめした。

その若造は、後々中将になり、関係が逆転した。
そして、ワーパスに度々嫌がらせをして来た。いや、嫌がらせをというか、作戦があるたびに最前線へ送り、殺そうとした。
生憎だが、ワーパスはもちろん今もピンピンしている。

その若造も今では若造ではない。中将でもなく、何故か少佐に降格させられていた。
名前も姿も変わった少佐にほぼ騙されてある駐在地に召喚され、飲み屋に連れて行かれて今に至る。

ワーパスはつまらなさそうに、椅子にどっかりと座った。

やたらと陰険なギャロウズ中将改め、妙に小さくなったトラックス少佐はそれを微笑みながら見ていた。ワーパスはげんなりした。

「相変わらず、癪に触る顔で笑いやがる」

これほどタバコを吸わないことを後悔したことはない。本当にイライラする。イライラして、トラックス少佐を睨みつけてしまった。

すると、トラックス少佐は首を傾げた。ワーパスはさらに後悔した。元若造と視線が合うとは、吐きそうだ。
トラックス少佐が軍曹である自分に上官命令を使わなければ、即座に帰っているところだ。
顔を思い切り背けて、ワーパスはぼやいた。

「殺すならさっさと殺せよ、ギャロウズ」
「"殺す"ですか?物騒な!!」

トラックス少佐がシラを切った。腹が立つが、それ以前に会話が成り立ってしまったことに悪寒が走った。しかし、会話を続けなければならない。
先程、黙っていたら『話して下さいよ。上官命令です』と、ほざいてきたのだから。

「前からお前は俺を殺そうとしているだろ」
「まぁ、あなたの部下時代に戦場のどさくさに紛れて銃で狙ったのに始まり、色々やりましたね」

ワーパスは顔をしかめた。部下時代からだったとは新事実だ。同時に、少しだけ驚いた。自分を殺そうとしていたことを、元若造がはじめて認めたのだ。

「申し訳ないとは思っていますよ。まぁ思い出せば、あなたも何度も私を告発しようとしましたがね」
「あぁ、お前が嫌いだからな」
「知っています。私も貴方が嫌いでした」

ワーパスはまた驚いた。以前なら、面と向かって"嫌い"なんて言わず、とりあえず表面上は穏便に済ませたはずだ。
近くからグラスを持ち上げる音がする。続けて、飲み物を飲む音がした。

「この身体は、エネルゴンを飲むには小さすぎますね」

トラックスが独り言を言った。ワーパスはちらりと少佐を見た。元若造は今は両手でも余る大きさになったグラスを持って、バーカウンターを眺めていた。

「あなたと私は常にいがみ合っていました。あの頃の私は、気に食わなければ敵兵の仕業に見せかけ、何人もスクラップにしていた。ーーーあなた以外はあまり気にしませんでしたが」

ワーパスは手をジョッキにのばした。しかし、隣の視線を感じすぐに手を引っ込めた。

「あれだけ悪意を受けて、生き残ったのはあなただけです」

ワーパスはトラックスの方へ顔を向けた。トラックスはグラスを持ったままこちらをじっと見つめている。トラックスは続けた。

「あなたは勘がいい。運もいい。戦闘狂で多少ぶっきらぼうですがね」

ワーパスが目を細めると、トラックスは困ったように笑った。

「私は、あなたが嫌いでした」

トラックスはそして黙り込んだ。他の客の話し声が耳につく。薄暗い照明にいるかどうかも分からないバーテンダー。
しばらく何もせずお互い店を見渡していた。
ワーパスが口を開いた。

「今日は何故呼んだんだ」
「あなたに私の船のクルーになって欲しいからです」

トラックスはエネルゴンをまた口に含んでから、ゆっくりと飲み込んだ。それから、船の登録証を手渡してきた。
ワーパスはそれを渋々受け取り見た。
電子媒体であるそれを操作し、ホログラムを作動させると、中々良さそうな船が映し出された。少佐クラスが艦長をするにはスペックが高すぎるように思えた。

「私は巡宙艦アーク28の艦長をしています。初めに決まったのは、艦長ではなく航路でした。それから、とある一兵が決まり、その後艦長に私が任命されました。航路にはデストロン戦艦が85%の確率で現れ、50%の確率で戦闘に入る」
「妙だ」
「そうでしょう」

トラックスはそれだけ言うと、その手に持つエネルゴンを飲み干した。飲み干すと、ゆっくりと手を組みその上にアゴを乗せた。その一挙一動を見つめていたワーパスは、ふとギャロウズを思い出した。
黙り込んだトラックスにワーパスは言った。

「何か頼むか?」

トラックスは首を横に振っただけだった。しばらく沈黙が続く。
ワーパスはトラックスが言葉を発するのを待った。

「ーーークルーを見ていただけますか」

ワーパスは黙って電子端末を操作した。
アーク28クルーの項は簡単な操作で開いた。巡宙艦にしては少な過ぎる人数の船員一覧がその顔写真とともに立ち上がる。そのクルーを見て、ワーパスは思わず顔をしかめた。

「トレイリーなんか乗せているのか。こいつが初めに決まった奴か?」
「それは、私にも分からない」

トラックスはまた黙り込んだ。ワーパスは待った。こちらの話を聞いているものは誰もいない。今頃気づいたが、どうやらVIPルームのようだ。
唐突にトラックスが言葉を発した。

「このクルーの内の誰かは間違いなく、デストロンなんです」

ワーパスは思わずもう一度、クルーの項を見直した。もちろん、それだけで何か分かるとは思わなかった。何も話さないワーパスのかわりにトラックスが話した。

「昨日わかったことで、誰なのかはさっぱり分かりません。ただ、高等司令部からこのような通達が入っただけでした。『アーク28のクルーをスキャンしたところ、デストロン反応を1ケ検出。個体は判別不能』。本当に誰がデストロンかは分からない。なり変わったのかもしれませんし、スリーパーエージェント[時限式で人格が元に戻る催眠をかけられたスパイ]かもしれません」

ワーパスは、ジョッキに手をのばし自分の近くに置いた。ワーパスはトラックスから顔を背けた。

「全員、スクラップになるのか?」
「それは、絶対にさせません」

ワーパスが鼻で笑う。

「得意なはずだろ」

トラックスに向き直ると、ワーパスは驚いた。こいつにもこんな瞳ができるものだったのかと、一瞬たじろいだ。
トラックスは気にせず、そのままこう言った。

「そうですね。でも、関係のないクルーまで命を奪う必要はない。それに」

トラックスは穏やかに、しかし挑戦するように笑った。

「今は敵だとしても、いずれは味方になるんですよ。戦争が終われば」

トラックスはこうも言った。

「とりあえず、昨日それが分かってから、唐突に貴方を思い出したんですよ。そして思ったんです。…貴方にこの船に乗って欲しいってね」



ワーパスは、あの大柄な若者のことを思い出した。
若者は、大きさと姿こそ変わったが、その顔はそのままだった。


「若造、変わったな」

トラックス少佐がぽかんとしている。
ワーパスは並々と残っていたエネルゴンを一気に飲み干した。喉が焼けるようだ。
ジョッキを勢い良く置くと、机がガタンと壊れそうなほど揺れた。
それから、すくっと立ち上がり敬礼をした。
トラックスはもう緩やかな表情に戻っていた。
ワーパスは一度だけそれを確認すると、大声で怒鳴った。

「ワタクシ、ワーパスはトラックス少佐が艦長をされる巡宙艦アーク28の兵となることを願い出ます!!」

まわりの客が呆気にとられる中、トラックスだけが指を組んでそれを眺めていた。トラックスは空になったエネルゴンのジョッキに目を留めてから、ワーパスに穏やかに語りかけた。

「頼みます、ワーパス軍曹殿」

「少佐、一つだけ要請がございます。ワタクシを一般の部下同様に扱って下さい」

トラックスは少しだけ口を開いた。
ワーパスは未だに敬礼をしている。
トラックスは目を伏せた。

「君の要求をのもう。ワーパス軍曹」

ワーパスはニヤリと笑いそうになった。
もちろん、そんなことはお首にも出さないが。












「フリップサイズねぇ」

マイスターは資料を見ながら首を捻った。

「どう思う?」
「…マイスター顧問官、誰だそれは」

ハイブロウが手元のコンソールで仕事をこなしている。マイスターは手に持っていた飲み物をストローで吸った。
ズコっと空気も吸った音がした。

「軍警のドレッドロックが教えてくれたアーク28にいるスパイだよ。」

ハイブロウが仕事の手を止めた。そして、マイスターを睨みつけた。
マイスターはその様子を見たが、どこ吹く風だ。
ストローが空気しか吸えないことを確認すると、さも面倒そうにこう答えた。

「アーク28なら、もう出港したよ。ドレッドロックにも承認されてる」
「君たちは何を考えてるんだ!!」

ものすごい剣幕でハイブロウが吠えたが、マイスターは気に留めない。

「怒るなよ、高等司令部長官さん」
「怒っているんじゃない!!君たちを正しているんだ!!アーク28には最低限以下のクルーしか乗っていないんだぞ!!」
「ははは、大丈夫だって」
「デストロン戦艦と接触する船だぞ!!いくら"ギャロウズ"を乗せたからといっても、危険すぎる!!」
「……そんなこと言ったって、私は"トラックス"に一任したからなぁ。軍警からも1人特別に乗せてるし。それに」

マイスターは手のゴミをゴミ箱へ投げ捨てた。

「君の作戦で、2ステラサイクルは他の船は出せないじゃない」

ハイブロウは押し黙った。

mae ato
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