そのひととなり


一日目:
本日より新しい患者を受け持つことになったので、記録をつけたい。患者名はストリーク。先の大戦でPTSDを負ったものらしい。今は救命センターにいるので、精神科の出番ではないが明日には会えるらしい。
しかし、あの救命センターは大変ぶしつけなものだ。私は患者の名前と彼が明日搬送されて来ることしか知らされていない。

二日目:
ストリークが来た。彼は重度のPTSDを負い、大幅な退行も起こしている。いや、それどころか知的障害と記憶障害も併発しているように見える。
私が呆気に取られていると、搬送してきた救命センターの職員が、「現状を伝えると拒否されると思いまして」と苦笑いした。納得いかないので文句を言おうとすると、最近まで軍医をしていたファーストエイドに止められた。なんでも、軍ではよくあるらしい。

三日目:
急に環境が変わったせいか、ストリークは落ち着きがない。私が話しかけても全く応答せず、ベッドの上に座り無表情で忙しなく貧乏揺すりをしている。治療よりも今は経過観察に力をいれた方が良いだろう。

六日目:
あれから毎日ストリークと会っているが一言も話さない。スタッフに尋ねても、彼が話しているところは誰も見たことがないらしい。救命センターの情報ではよく笑いよく泣く患者であるはずなのだが。ファーストエイドに相談したら、「ストリークの従軍記録でも見ながらお菓子を食べよう」と言ってすぐに立ち去ってしまった。あいつはいつも食べてばかりで頼りにならない。

八日目:
私はなんて愚かなのだろう!!
ファーストエイドが昨日一日がかりで、ストリークの従軍記録をかき集めてくれた。何箇所かにアンダーラインが引かれたその資料を見て、私はすぐにストリークの病室の壁をオレンジから緑に塗り替えることにした。彼が配属された戦地は、橙色の鉱石原が延々と続く高地だったのだ。恐怖で固まってしまうはずである。スタッフと軽度患者総出できちんと緑に塗りかえると、ストリークは堰をきったように泣き始めた。悪いことをした。ストリークにもファーストエイドにも。

十日目:
昨日は泣いてばかりだったストリークだが、今日はすっかり元気になった。知育キットを与えたら耳元で大きな声の礼を言われた。そのおかげで未だにイヤーセンサーが痛い。ファーストエイドにゲラゲラ笑われた。

十八日目:
描画トレーニングを実施した。赤やオレンジのギザギザをたくさん描くので尋ねてみるとストリークは支離滅裂な事ばかり言う。困っていると、ファーストエイドが戦争の話をしているのではないかと教えてくれた。とすると、彼は戦争の絵以外は描いていない事になる。
八枚中六枚に大きなクレーン車を描いている。聞けば、それ、とっても怖いんだよ、とストリークは言った。クレーン車は人を轢くのではなく、抉っていた。

二十六日目:
今、自分の病室に入りたくないと文句を言っている。入るように諭したが不服なのか、私のオフィスに逃げ込み鍵をかけられた。怒鳴りつけてもガラス窓からおかしそうに笑うばかりだ。あのクソ患者め!!はやく開けろ!!

二十八日目:
昨日声がすっかり枯れてしまったので病欠した。そして、今日、出勤一番、ストリークに大声で謝られた。少しからかってやろうと「嫌だ」と言うと、大泣きされた。あやすのが大変だったが、本当に興味深かった。彼は我々の概念にはない子ども時代を生きているに違いない。患者にこんな事を思うのは悪い事だが、彼は可愛い。

三十七日目:
最近ストリークはよく戦争の話をしたがる。怖いのか、最後は決まって震えてしまうのだが、どうしても話したいらしい。内容は曖昧で話がとびとびで理解が困難だ。たまに例の怖いクレーン車の話もある。クレーン車=敵?なのだろうか。とにかく、私は聞こうと思う。
あと、院内ではストリークの治療中断の声があがっている。なんでも、ストリークは治療しても医療費が払われないらしいのだ。法律の難しい話は分からないが、困ったものだ。

四十日目:
少し法律の勉強をしようと思い立ち、公文書院を利用した。ストリークもついて来たがったので一緒だった。
今回が初仕事だという司書のオクトーンに頼んで病傷退役兵に係わる法律の資料を集めた。トランスフォーマーでは珍しい退行についての保障をサイバトロンは行わないらしい。つまり、治療費は出ないという事だ。私が調べ物をしている間もストリークは若いオクトーンにちょっかいを出して遊んでいた。呑気なものだ。
帰りに冷やしエネルゴンをストリークに買ってやった。ストリークは大喜びしながらも支離滅裂なことを言う。なんでもあの司書であるオクトーンがデストロンだとか…。デストロンは公共機関で働けない事を教えてやったが、バイザーの下の瞳が赤かったの一点張りだ。まぁ、確かに瞳が赤ければデストロンだが。少し気になったので記述しておく。

四十五日目:
ストリークに描画トレーニングを行った。今日は戦争の絵とクレーン車の絵以外に一枚だけ別の絵を描いた。この前の公文書院の絵だ。私とストリークと司書の絵だった。黄色と緑で塗られた落ち着いた絵だ。あの司書の瞳が赤なのが気にはなるが、きっと彼は回復し始めているのだ。

四十八日目:
スタッフと口論をしてしまった。なんでもストリークを診てやる必要はもう無いとのことだ。確かに彼は回復の兆しもなければ、治療費だってあてがない。
私が治療費を払ってやろうと言うとファーストエイドが突っかかってきた。前線にはストリークのような治る見込みのない障害を抱えた患者がうじゃうじゃいたが、皆見捨ててきたのだと。ひどい時は足手まといだからと、殺しすらしたのだと。
私は甘ったれているらしい。

五十五日目:
今日、突然にストリークを引き取りたいとギャロウズ中将という方がいらっしゃった。なんでも以前はストリークの上司だったらしい。ギャロウズ中将は長身の朗らかな好青年だ。スタッフは即手渡すべきだと言ったが私はどうも納得いかない。
ファーストエイドには情が移ったのだと言われた。
でも、ストリークはギャロウズ中将を見た瞬間に身をすくめたのだ。

五十七日目:
ギャロウズ中将にストリークを手渡すと決定した。珍しくファーストエイドも反対していたが、スタッフ皆で決定したことだ。
スタッフ一同の多数決で…。


五十九日目:
ギャロウズ中将がストリークを引き取りに来た。一括でこれまでの治療費を渡され、我々は驚いてしまった。ファーストエイドは「敵も味方も殺して作った金だ、くわばらくわばら」とはやし立ててながらすぐにオフィスに戻っていった。
中将にまだ通院する必然性を説明したが、理解してくれたかどうか。
ストリークは何回も私を振り返っていた。

七十日目:
ストリークの常備薬が見つかったのでギャロウズ中将に連絡をとった。あれから一度も来ていない。ギャロウズ中将が言うには他の病院へ変えたとのことだ。しかし、彼は薬を受け取りたいので来てくれと言った。
あ、今、ファーストエイドがストリークの絵と私の飴を奪って行った。

七十一日目:
明日、常備薬を持って中将のお宅を訪ねようとしたら、急にファーストエイドもついてくる事になった。ファーストエイドが言うには、ギャロウズ中将の家なんて本当は行きたくないらしい。ついて来る理由を尋ねれば、「ギャロウズ中将がクレーン車に変形するからだ」とのこと。
それにしても、ストリークは元気にしているだろうか。冷やしエネルゴンでも持って行こう。きっと喜ぶ。

七十三日目:
ストリークも、ファーストエイドも、死んでしまった。
ギャロウズは人殺し。



記録媒体は三人のトランスフォーマーを描いた黄色と緑を基調とした一枚の絵で終わっていた。

トラックスはため息をついて、古い記録媒体をオフラインにした。
遠くで銃撃の音がしている。
ただの一人の精神科医の記録だ。
あの事件のあと、一命を取り留めた精神科医の通報でギャロウズ中将は捕まった。
ここの近くで大きな音がする。どうやら何か落ちたようだ。
トラックスは目の前の元精神科医に言った。

「これが、君がここで軍医をしている理由かい?」

ファイアスターは遠くを見ながら答えた。窓の外には灰色の煙をあげる建物が幾つも見える。

「分からないわ」

トラックスは首を傾げた。またパタパタと銃声がした。先ほどよりも銃撃の音は遠のいているようだ。

「ねぇ、ファイアスター。僕の、ギャロウズの、艦で軍医をしてくれよ」

ファイアスターは黙ったままだ。

mae ato
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -