そのひととなり


Kuckuck, Kuckuck ruft's aus dem Wald.
Lasset uns singen, tanzen und springen.
Frühling, Frühling wird es nun bald.


『おい、サイバトロン崩れ。不思議なアクセントで話すんだな。なんかの詩か?』

半ば壊れた壁に寄りかかり、道端に座っていたブラスターはハッとして振り返った。
ここは戦場だ。話しかけて来た機体は、小さな知り合いの機体だ。
ブラスターは自分の手を見た。弾薬の切れた機関銃に、折れたレザーソーがあるだけだ。

ブラスターはため息をついた。

『久しぶりだな、坊主』
『坊主じゃねぇよ、ランブルだよ。大体、俺の方が歳上だろう』

ランブルは少し背伸びをしてからブラスターを見た。ブラスターは座ったまま俯いている。
ランブルが銃床でブラスターを小突くと、ブラスターは身震いをした。

『立てよ。帰るぞ、クソガキ』

ランブルが言うと、ブラスターは目だけでランブルを見てから目線を逸らした。

『立てねェ』

ランブルは銃の持ったまま顔をしかめ、ブラスターをまじまじと見るが、ブラスターに傷はなさそうだ。
ランブルが首の後ろをガリガリかいていると、ブラスターはまたため息をついた。
ランブルは首のジョイントをゴキゴキ鳴らしてから、ブラスターの隣にどっかりと座り込んだ。
ブラスターが横目でチラリとそれを見る。

二人の目の前には焦げたデストロン兵がいた。

『悪りぃけど、俺はお前を運べねぇぞ』

ブラスターは黙っていた。言われなくても、ブラスターの三分の一もないランブルに運べないのは分かっている。
同時に、元サイバトロン上等兵のブラスターのことを気にかけてくれるのはランブルしかいないことも分かっている。

戦場には硝煙の匂いはすれど、銃の音はいっさい響いていない。今回は、珍しく、デストロンの勝ち戦のようだ。

ブラスターは再び歌を呟く。

Kuckuck, Kuckuck lässt nicht sein Schrei'n:
Komm in die Felder, Wiesen und Wälder.
Frühling, Frühling, stelle dich ein.

歌い終わっても、ランブルもブラスターも何も言わない。辺りを見渡せば、チリチリと、セイバートロンの朝の音である、昇華の音がし始めている。

ランブルがオプティックを閉じている。
ランブルは、トランスフォーマーには珍しい広範囲感覚[惑星一つ程度の範囲を一度に五感で感じることができること。視覚分野には透視も入る]の持ち主だ。
感覚センサーを研ぎ澄まし何かを探しているようだ。ブラスターは、それは分かっていたが、話しかける気にはならなかった。ブラスターが俯いている間に、ランブルは精神を集中する。
ランブルはぱちと瞳を見開いた。

ランブルは黙って立ち上がり、また銃床でブラスターをつついた。ランブルの肩には、ランブルには大きすぎるブラスターの機銃があった。
今度は、ブラスターが、レーザーソーだけを持って黙って立ち上がる。
ランブルが後ろを振り向かず歩き始めると、ブラスターもそれに続きノロノロと歩き始めた。
2人の距離が大分離れたところで、ランブルが立ち止まり、こちらを気にかける。
それをブラスターは恐ろしく遅い歩調で追う。
始終、2人は一言も発さず、ひたすらに歩いて、離れては近づき、離れては近づきを繰り返した。

セイバートロンの朝が始まろうとしている。
セイバートロンの太陽が顔を出そうとしている。
ブラスターは、何度も転びそうになりながら、ランブルの後を歩いた。

ようやく駐屯地が見えてきた頃にはすっかり昼だった。

ランブルが立ち止まり、ブラスターが息を荒げながらそれを追っている。

『頑張ったじゃないか。あと少しだ、ブラスター』
『……』

ブラスターは排気が乱れていて、何も言えなかった。
ランブルはそれを見て、小さく鼻で笑った。

『なぁ、サイバトロン崩れ。』

ランブルが、ようやく自分に追いついたブラスターの足を軽く叩きながら、頬を綻ばせる。
ブラスターは歯を食いしばり前を見た。座標は、あと1アストロメートルを指し示す。
ランブルはブラスターの横をゆっくりと歩き始めた。

『俺たちカセットロンのボスはサウンドウェーブってんだ』

ブラスターは聞き流す。
いつもなら、このサウンドウェーブの名前が出た段階でブラスターは食ってかかっていた。
今日は無理だ。気力がない。

『お前が嫌いなのも分かるよ。サイバトロンが作ったサウンドウェーブって言われれば、嫌だよな。…でも、サウンドウェーブは俺たちのボスなんだよ』

ブラスターは黙々と歩く。
サウンドウェーブは、ずいぶん前のレイヤーシティ作戦で戦死した情報参謀だ。
サウンドウェーブが死ぬまでは、ランブル達カセットロンは随分と好待遇だったそうだ。今は、ブラスターのようないつ裏切るかも分からないような輩と同じ部隊にいるが。

『サウンドウェーブは陰険で根暗で日和見主義で…。でも、頼りがいはあったなぁ。お前と違ってさ』

駐屯地まで、あと、0.8アストロメートル。ブラスターの聴覚センサーは隣の機体の言葉を拾い続ける。

『お前は若くて負けん気が強くて、のん気なもんだ。でも、今日はハッとさせられたよ。お前も、サウンドウェーブと同じで歌を歌うんだな。同じサウンドシステムなんだ。あ、昨日、フレンジーが死んだよ』

ブラスターは一度足を止めた。ランブルもそれに伴い足を止める。
人とすれ違い始めた。ざわつきが身体に響く。
ランブルが再び歩き始め、ブラスターもそれに続く。

『いつか、お前が、もしも』

ブラスターが転んだ。ランブルが振り返った。
ずいぶん前から杖代わりに返した機銃に寄りかかってブラスターが立ち上がるのを、ランブルは待っていた。

『気が変わったら、また、歌って欲しいんだよな。あいつの墓の前で、さっきの歌』

ブラスターは歩いた。
なぁ、あんたの声は、歌みたいだ。






「分かったか、坊や」
「坊やじゃない。ブリッツウィング様だ!」

スペースブリッジの前で、ブラスターは電子パイプをプカプカくもらせていた。
ブリッツウィングが顔をしかめると、ブラスターはニヤリと笑ってブリッツウィングの顔に煙を吹きかけた。
ブリッツウィングが盛大に咳き込む。

先の戦争でほとんど敗戦の体を示したデストロンは、セイバートロンを追われた。文化に秀でたサイファーを失い、豊かな資源を誇るガーラス9も奪われた。戦争には直接は関係ないはずのザラック3ですら、すでにサイバトロン領だ。
残ったのは治安の悪いフェリクス7と不毛の大地であるフロロン5、それからジャールくらいなものだ。

デストロンは人口が20分の1になった。
生き残ったのは、強運で強かなものばかりだ。その中にはサイバトロン崩れのブラスターもいる。

ジャールにしては驚くほど綺麗で広大な庭園で、ブラスターとブリッツウィングはくつろいでいた。デストロンの参謀達が使う議事堂である。

「なぁ、ブラスター。俺が元々はフレンジーっていうカセットロンのブレインサーキットを真似て作られてんのは分かるよ?…でも、なんでその相方のランブルの話ばかりすんの?」
「そりゃァ、フレンジーって奴をあまり知らないからだ」

ブリッツウィングはあからさまに嫌な顔をした。
ブラスターがゲラゲラ笑う。
一通り笑ってしまうと、ブラスターはまたパイプを燻らせながら言った。

「ランブルはどっか行っちまったからな」
「死んだのか?」
「どうだか。最後に会ったのは終戦直後だ。その頃は俺も偉くなっちまって、ランブルとはあまり話せなかった」

ブリッツウィングはオプティックを瞬いてから、ブラスターを見た。ブラスターは遠くを見ている。
ブラスターが何回かパイプを軽く机に叩きつけるようか動作を見せる。何か考えているようだ。
ブリッツウィングはブラスターの事をよく知っていたから、その場でしばらく待っていた。

「怖いんだ。会うのが」

ブラスターが呟いた。
ブリッツウィングはブラスターのパイプから出る煙を目で追う。それくらいしかできない。

「俺は変わった。あいつも変わっただろう」

がさりと音がして、ブリッツウィングが音の方向を確認すると、蝙蝠型ロボットが飛んでくる所だった。旧カセットロンの唯一の生き残りラットバットだ。
ブラスターが深く煙を吸った。
ぷはっと煙を吐き出すと、ブラスターは胸のカセット部分を開いた。

「Ratbat, rückkehr」

ラットバットが変形し、ブラスターに入っていく。カチリという音がしてラットバットは収まった。

「ランブルがいるなら、第3戦艦タイタニアだ。俺はそれ以上、調べられない」

パイプの煙はふらふらと上へと登る。ブラスターは煙を吸ったり吐いたりを繰り返す。参謀専用の議事堂には、滅多なことで一般機体は入ってこない。静かなものだ。

「俺、ランブルとブラスターを会わせてやるよ!!」

ブリッツウィングが唐突に怒鳴る。
ブラスターは訝しげな顔で振り返った。

「そいつ、元々は俺の相棒だろ?」

ブラスターはしばらく面食らっていたが、すぐに苦笑いして目線をパイプに戻した。

「相棒じゃなくて双子だ……まぁ、好きにしな、坊や」
「みてろよ!会わせてやるよ!!うぉおおおおおおおお!!」

闇雲に何処かへ向かって走るブリッツウィングを見送りながら、ブラスターは呟く。


Kuckuck, Kuckuck, trefflicher Held.
Was du gesungen, ist dir gelungen.
Winter, Winter räumet das Feld.































































「ランブル……本当に、あいつの中に、お前は、いるのか…?」

ブラスターは呟いた。
あんた、まだ歌みたいな声を、しているか。

mae ato
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