そのひととなり


「ねぇ、スペクトロ。私、甘いものを食べたい」
ビューファインダーが言った。
デスクにうつ伏せになって寝ていたスペクトロは、緩慢に身体を起こす。ビューファインダーはそれを見て、踊るように跳ねながらスペクトロに覆いかぶさった。身体を起こしたばかりのスペクトロはまたデスクへ沈むはめになる。背筋がぶるりと震えた。
スペクトロは半目を開けて、辺りをうかがった。
暖色の灯りに、少し埃を被ったコンソール。
青白い光りを放つ歪な形のフェゾル原石のオブジェと、最近は全く鳴らない小さな小さな通信機器が戸棚に放置されている。
乾いた匂いが部屋に充満している。
「甘いものを食べたいわ」
ビューファインダーがスペクトロにのしかかっていると、不意に身体が軽くなった。
「やめろよ。スペクトロが困るだろ」
ビューファインダーはスパイグラスに起こされたようだ。スペクトロは再び瞳を閉じて、二人の声に耳をすませる。
少しだけ離れたビューファインダーは
ポツリと呟いた。
「でも、食べたいのよ。」
「無茶いうなよ。俺だって食べたり飲んだりしたいけど、できないんだから」
「つまんない。匂いも温度もないんだから」
「だから、俺もそうだろ?」
「スペクトロは違うじゃない」
スペクトロは目を閉じたまま身震いをした。それをみて、興味が湧いたのか、スパイグラスが近づく。それを感じ、スペクトロは身を縮めた。
「仕方ないだろ、スペクトロは俺たちと違うんだから」
スパイグラスの声が先ほどより近くなった。
「頭にくる。怨恨の念をしめす!」
「ははは、俺らが言うと冗談じゃなくなるから。な、スペクトロ」
スペクトロは黙ったままだ。ビューファインダーが小さくくすりと笑ったのが聞こえた。
肩にどちらかの冷たい手を感じ、わずかに涼しくなった。
「ねぇ、ここには私たち以外いないよ」
スペクトロはすっと瞳を開く。
「スペクトロ、外へ行って私の代わりに甘いものを食べておいでよ」
スペクトロはほんの少しだけ首を横に振った。スペクトロが全てを拒絶するように身体をぎゅっと縮めた。誰かの手がスペクトロを優しく撫ぜる。目の前でふわりと青白い光が拡散した。
スペクトロは額を机に押し付ける。
「外に行きたくない。生きてる人は、怖いから」
スペクトロの呟きは、確かな質感を持って部屋に拡がる。ビューファインダーもスパイグラスも呆れて部屋に座り込んだ。
「そんなこと言っても、あなた、いずれは軍人になるのよ。生きた人も死んだ人も、殺す人もいるのよ」
ビューファインダーの声は大気を揺すらず、スペクトロのブレインへ直接語りかける。
「私は、トランスフォーマーなんかに生まれたくなかったわ」
スペクトロは手元の召集令状を握り潰して、机の下に落とした。
はらはらと召集令状が床へ落ちようとする。スパイグラスがそれに手を伸ばすが、その手はすり抜け空を掴んだ。
召集令状が床へ落ちる。スパイグラスは自身の手を見て、黙り続ける。
誰も声を発さない空間で、召集令状は自然に元の形に広がっていく。生気のない二つの人影は音もなく佇み、その様を見つめる。召集令状には次のように記されていた。
『貴官を次の地位に任命せし。ーデストロン第三戦艦タイタニア 遊撃部上級偵察兵ー』

ビューファインダーが思い出したように呟く。

「甘いものを食べたい」

mae ato
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