そのひととなり


「おい!帰って来い!!」
「絶対やなこった!」

地下要塞の中で爆音が響き渡る。それを合図に皆が道を開ける。すると、藍色のユーロファイターがすさまじいスピードで飛んで行った。その後から随分と遅れてトラックが追って走って来る。

「帰って来い!!ダージ!!」

砲撃の音がして爆発音が木霊する。周りを歩いているトランスフォーマーたちはそちらを少し覗き込むがすぐにため息をついてからまた歩き始める。呆れて首を振るトランスフォーマーもいる。
また轟音が響いた。若いトランスフォーマーの悲鳴がする。それから少し遅れて二人分の怒鳴り声がする。

「普通、対空ミサイルなんか撃つか?!絶対に死ぬところだった!!」
「そんなんで死ぬなら死んじまえ!テメエは無駄にエネルギーと歳ばかり食いやがる!!」

怒鳴り声と共にがしりと何かが連結する音がした。それから、また若いトランスフォーマーの悲鳴がした。

「うわっ!歩けるから、歩けるから!!ほっといても帰るし!絶対に!!」

周辺にいたトランスフォーマーたちが足を止める。皆、一点を見てクスクスと笑っている。
視点の終着点には大型トラックに繋がれて引きずられる若いトランスフォーマーがいた。

彼が生まれ育ったのは薄暗い地下要塞だ。

若いトランスフォーマーはずるずると引きずられながら不貞腐れた。居住地域に入るとつんとカビの匂いが増す。若いトランスフォーマーを引きずる大柄なトランスフォーマーは顔を顰めたが、若いトランスフォーマーは特に気にもとめなかった。

惑星ジャールの要塞は暗く湿っている。しかし、若いトランスフォーマーで溢れかえっていた。狭く地下要塞で作られてほどないトランスフォーマー達は騒ぎ立てる。今は不貞腐れている彼もその口だ。

彼らはここでの生活しか知らない。古参のデストロン兵士が惑星ジャールの居住性の悪さを嘆き母なるセイバートロン星を懐かしむが、惑星ジャール産まれのトランスフォーマーの多くはそんな事は気にも止めなかった。
彼らはセイバートロン星の鋼鉄の原も水晶の洞窟もそびえ立つ建物も知らない。彼らが知るのは埃が舞いカビの臭いがきつい惑星ジャールだけだ。

突出して速度が速い事を除けば藍色のユーロファイターの彼もジャール産まれのただのデストロンだ。彼は狭い基地の中をいつも縦横無尽に飛び回り、物に激突して壊しては指導官であるモータマスターから折檻を受けていた。それでも彼は気にしなかった。
彼が飛ぶエンジン音がすると皆貴重品を片付けた。そうでもしないと、壊されかねない。
仲間達は肩をすくめてこう言った。
『あいつのエンジン音は葬送歌(ダージ)さ』
いつしか彼はダージと呼ばれるようになった。


惑星ジャールの地下要塞で生まれたトランスフォーマーは作られるとすぐに年長のトランスフォーマーに引き取られ訓練を受ける。前の大戦でサイバトロンとの戦いで敗北し、兵力どころか全人口を1/12までに減らしたデストロンが出した新兵育成のための苦肉の策らしく『アーミーウォーカー制』という。デストロンの間ではもっぱら『里子』と言われていた。
しかし、まあ、今のダージはそんな事には興味はない。

外での一悶着の後、家に帰ってからモータマスターは『なんのために生きているんだ!お前は!』と、一声怒鳴るとすぐに部屋に篭ってしまった。『長生きするためだし』と、ダージは独り言を言ってから、しばらくダージは大人しく携帯端末で書籍を読んでいた。が、すぐに飽きてちらりとモータマスターを覗きに行く。

部屋に忍び込むと、モータマスターは寝ていた。
ダージは、自室のベッドで大の字になりながらイビキをかいているモータマスターの姿を発見した。本当にぐっすりと寝ている。
たまにイビキが止まる。そして、またイビキをかきはじめる。まれに変な言葉を発する。

「…レイヤーシティまんじゅう……」

確か、モータマスターの大好物だったはずである。ふわふわの白エネルゴンをしっとりとした赤エネルゴンシートで包んだものらしいがダージは食べた事がない。ダージがレイヤーシティまんじゅうについて知っていることは、レイヤーシティまんじゅうの話をしている時のモータマスターの顔は始終にやけてだらしないことくらいだ。たいそう美味しいらしいが材料が全てセイバートロン製なので、サイバトロンに勝ちでもしないと食べる事はできないだろう。最もとんでもなく甘いらしいので甘党でないダージは聞いただけで胸焼けした。

ダージの目の前でモータマスターは口内オイルをでろりと垂らしながらにやけている。きっと夢の中で件のものを食べているのだろう。
ダージは無性に馬鹿馬鹿しく思えてきて、表を軽く飛び回って来る事にした。ダージが部屋から出ようと扉に手をかけていると背後からモータマスターの声がした。

「空は砲撃があるから危ないぞ」

起きたのかと思いダージがおそるおそる振り返ると、モータマスターは相変わらずイビキをかいている。また寝言だ。ダージは肩を竦めて部屋を出た。

「夢の中でレイヤーシティまんじゅうでも食べてろよ。ジジイ」

ダージは家から飛び出した。誰よりも速く飛べるところを要塞中に自慢してでもやるか。そして、その後処理をこのおっさんにやらせてやる。にやりと不敵に笑い一気に加速した。

ダージがビーグルモードで要塞の中を飛ぶ。
ジャールの地下要塞はカビ臭い。ジャールの地下を掘ってできた地下要塞は、巨大ななドーム型をしたコロニーと呼ばれる部分とそのコロニー同士をつなぐパッセージという無数の通路で構成されている。
最深部には参謀専用の議事堂と軍事開発部があり、地表には大昔にサイバトロンがつけて行ったという自動砲撃装置以外には特にない。ちなみに、その自動砲撃装置で時たま死者が出る。が、その装置が防衛システム代りになっている所もあり迂闊に撤去もできない。
『猛獣の中に、檻を置いて生きている。』古株のデストロンに言わせれば、ジャールはそういう所だ。

でも、ダージにはどうでも良いことだ。最近は養成所を修了しているのに、進路が中々決まらないことの方がよほど気になる。モータマスターは、若い時分はそんなもんだと言うがダージは苛々している。
だから、思いきり飛ぶ。そして、うっかり物を壊す。それから、叱られる。その繰り返しだ。

今日の飛行は調子が良い。ダージは誰にも追いつけないような速度で飛べ、爽快な気分になった。速度には自信がある。誰もがそれだけは認めてくれている。

斥候のスカウトだって来たことがある。デストロンの人事担当者であるモータマスターが、勝手に断ったが。
実のところ、いまだに度々、ダージには斥候のスカウトが来ているようだ。だが、その通達である電子メモリは今のところ全てモータマスターによって送り返されているように思える。

ダージは斥候になればヒーローになれると自負していた。本当にダージは速いのだ。
でも、何も言わない。
モータマスターが『親』をやった機体は8人中7人が斥候になってジャールを出て、5人がスクラップになってジャールに帰ってきた。その他の2人は、所属部隊の行方すらわからない。人事課のモータマスターすら行方がつかめないとなると、彼らがどうなっているかなんて火を見るよりも明らかだ。
1人くらいは、長生きする機体がいても良いかとダージは思う。でないと、デストロンがセイバートロン星へ行けた時にモータマスターとレイヤーシティまんじゅうを食べる相手がいない。
ダージには望郷の念は分からないが、モータマスターの願いであるセイバートロンへの帰還が果たされた時、あのジジイと一緒に喜びを分かち合いたいと思う。

だから、仕事なら、死なない仕事がいい。
その仕事が見つかるまでは、苛々しようが、叱られようが、待つ。
絶対にだ。

上機嫌のダージが、楽しげに飛んでいると、下でまた怒鳴り声がした。
件のモータマスターである。

「なんだよ!ずっと夢でまんじゅう食ってろっての!!」

ダージも怒鳴った。モータマスターはまだ何やら怒鳴っている。絶対に、降りないぞと、ダージが意地を張っている時だ。



急に、ダージの視界が暗転した。

同時に、身体中が燃えるように熱くなる。

轟音が聞こえる。
排気が止まった。
訳が分からなくなるくらい、苦しい。

モータマスターの声が、止んだ。
ダージの意識はプツリと途絶えた。



ダージが目を覚ますと、見慣れない光源が見えた。
「スクリーマーシンドロームです」
聞き覚えのない声がしている。意識が朦朧としているダージの聴覚センサーが、今度はよく聞く声を拾った。
「治るんだろう?」
こちらは毎日聞く声だ。
ダージは瞳にぼんやりとした灯を灯しながら、モータマスターが自分が起きた事に気づくのを待った。
「無理でしょうね」
「スクリーマーなんちゃらってのは、何なんだ?聞いたことが無い」
「若年トランスフォーマーに多い自己免疫疾患です。ブレインサーキットとスパークの不調和により引き起こされ、双方が反発することにより自身のパルスが内面へ向かい動き…」
「端的に言ってくれ」
「……先天的な致死疾患です。機体の起動から、平均7ステラサイクルで死に至ります」
部屋が水を打ったように静まりかえった。機体の排気の音すら聞こえるくらいに、静かだ。
「そうか」
ダージはまたオプティックをオフラインにした。今は無性に眠い。

泥のように寝ていたようだ。
薄暗い薬品くさい個室の中では、蛍光ライトの時計と医療機器の光がやたらと目立つ。
日付を見れば2ギガサイクル経っている。視聴したかった番組を聴きそびれた。
ダージがゆっくり起きようとすると、何かが腕に絡まっていた。
パルスチャージャー[点滴]だ。
ダージはそれを力任せに抜き取った。
医療機器のビープ音が響く。
ダージは驚いたが、すぐに病室の窓に目をやった。一般病室だから、簡単なロックしか無い。

飛びたい。

頭の中がそれでいっぱいになる。
病室の扉が開いたのとダージが窓から飛び去るのは同時だった。

2日ぶりなものだからトランスフォームがうまくいかない。いくらジャールが地下要塞だからといって、コロニー内のビルから落ちれば、タダではすまない。
下手をすれば、死ぬ。

「死ぬのは、絶対に、嫌だ」

地面が迫ってくる。ロボットモードでこんな風圧、感じたことがない。
ビルの真下にいた人が気づき、詰まった悲鳴を上げようとしている。
ぶつかった。

そう思うのと同時に身体がふわりと浮かんだ。
トランスフォームに成功した。

そうだ、死にたくないんだ。しばらく辺りを当てずっぽうに飛び回ってから、コロニー内の高台の公園に胴体着陸した。
擦り傷ができて、痛みのパルスが全身に走る。痛い。生きているんだ。

公園内にいた壮年の男が驚いて寄ってきた。
「あんた、大丈夫か?ロボットモードに戻れるか?」
ダージは黙ってトランスフォームした。壮年の男は倒れたままのダージに手を差し伸べたので、ダージはそれに甘んじた。
「何があったかは知らんが…無茶するなよ。死んじまう」
男が明らかな心配とともにダージに肩を貸そうとしたが、ダージは今度は手を離した。
「死んじまうったって、俺、元から7ステラサイクルしか生きれねえし。…あと、1.8ステラサイクルだ」
男は言葉をなくした。
ダージは駆け去った。
男が何か言っていたが、無視した。

あと、1.8ステラサイクル。
言葉にしてみれば、それが急に重苦しく感じる。


1.8ステラサイクルは短いのだろうか。長いのだろうか。
ダージが産まれてから5ステラサイクルだ。そのうちモータマスターと暮らしたのは4ステラサイクルと少しだ。

あと2ステラサイクルも残らない命をどう使っていいかダージは知らなかった。
誰も教えてくれない。かといって、まだ年若い彼には一人で答えを見つけるなど到底不可能だ。突然に何も持たずに無人島に放り込まれたみたいだ。
ダージは途方にくれる。

なすべき事など一つもないのに焦燥感に苛まれ、ダージは地下要塞を歩き回った。
色々な人とすれ違う。一人の人、大勢で歩く人、無表情の人、話しながらの人、ダージに声をかける人、舌打ちをする人、よそ見をしている人、たまに年老いた人。
なんでだろう。周りにはこんなにも人が溢れているのに、まるでーーー。
透過素材張りの天井をふとみれば、幾重にも重なる要塞の骨格の隙間から夜空が見える。ちかりちかりと、星が光っていた。

ダージは再びトランスフォームした。

鉄骨をすり抜け、錆びた岩を目下にし、人々を押し退ける。
急加速、急上昇。身体が痺れる。
驚いた人々の叫び声がする。
「ダージだ!あのバカめ!!」
怒号や飽きれた声はいつもの事だ。それが今は息苦しくてたまらない。
次第に重くなる空気の層をいくつも破れば、広い視界がダージのものになる。産まれて初めて見る地下にはない広さ。それは、星だった、空だった、黒だった、夜だった、光だった。
そして、果てしない違和感だ。

サイバトロンが仕掛けた自動砲撃があるから危ないと言われる星空を縦横無尽に飛んだ。
錆びた大地にはたまに思い出したようにデストロンの死骸がある。本当に危ない。でも、自分だってあとわずかであれと変わらなくなるではないか。
カビの臭いがまとわりつく大気を機首で蹴って、翼で吼える。ジャールの重い大気はトランスフォーマー、つまり、セイバートロニアンには向かない。要塞内ではセイバートロンに似せた大気組成も一歩出てしまえばこんなものだ。
身体に合わない世界を感じる。こんな、何一つ自分に合致しない場所で、その場所しか知らずに、自分は死んでいくのか。

死ぬ前にたった一度で良いから、トランスフォーマーの故郷であるサイバートロンの大地を踏みたい。

生まれ育ったのは薄暗い地下要塞だ。
ダージ達はセイバートロンの地を知らない。だからこそ、本物が欲しい。
ダージは望郷の念を初めて知った。

空からはるか下を見下ろせば、空を飛べないモータマスターがダージに帰って来いと怒鳴り散らしている。
いつもと同じだ。
いや、いつもと同じか?
同じだったらこんなにもあの聞き慣れた声が身体を震わせるのだろうか。
ダージは更に高度を上げた。旋回し、回転し、すぐに押し寄せ戻る大気の壁を何度も破る。気が狂ったように飛ぶ、飛び回る。
モータマスターが呆然としている。
ソニックブームの激音の中、何度も吼えた。繰り返す急加速と急減速、垂直上昇、二重旋回、壊れそうだ。死んでしまうかもしれない。

死にたくない、生きたい。
俺はまだセイバートロンの星影さえ見た事がない。ここは、ジャールは、異郷だ。
こんなの不公平だ。俺だけじゃない、皆、デストロンは皆、セイバートロンに帰りたいんだ。セイバートロンにいたら、こんな事は思いもつくまい。
地下要塞の全ての者が未だ見ないセイバートロンに恋い焦がれている。

百歩譲って死ぬ事は認めてやる。
でも、セイバートロンで死なせてくれ。俺たちの故郷はそこなんだ。

視界にモータマスターが映る。

俺が故郷に行けなくたって、許してやってもいい。
いつか、デストロンの誰もがセイバートロンに行ける日が来るのなら。
俺たちの故郷を取り戻すことができるなら。

いつの間にかにダージは地上に降りていた。
口をついて出ていた嗚咽交じりの思いを、モータマスターは黙って聞いていたようだ。
ダージはモータマスターに肩を抱かれたまま泣いていた。

モータマスターは手に持っていた電子メモリをダージの手に握らせる。



ダージの死は刻一刻と近づいてくる。
医者は死ぬ時は突然だと言う。機体内部のあちこちで過剰稼働が起き、まるで燃える様に熱くなる。そして、オーバーヒートのせいで本人は轟音の真っ只中にいる様な錯覚を起こすと言う。

医者は言った。

「誰もが絶叫しのたうちまわり、死んで行く。だから、『スクリーマーシンドローム』という」

ダージはつい先ほど支給された真新しいエンブレムを弄びながら医者の話を聞く。医者は眉間にシワを寄せて口を一文字にきつく結んだ。

「ーーー先生、あのさ」
「…なんだい」
「俺、戦艦に乗ることになったんだ」

医者は正面を向いたまま片頬をあげた。ダージはイングシニアをいじることをやめた。

「あの偏屈親父のモータマスターが俺を推薦してくれたんだ。職位は航空上等兵だぜ、すごいだろ!“フネ”だってあの第三戦艦タイタニアだ。普通の奴なら、こんな若造じゃのれないぜ?絶対!!」

医者が俯く。ダージは視線を合わさない医者の先にある扉を見て、まるで熱心な聞き手がいるかの様に話す。いや、実際に扉の先に聞き手がいるのを知っていた。誰よりもダージの話を聞き、ダージのことを考えてくれる人物だ。

「俺さ、死ぬ時は精一杯に叫んで歌うよ。ただし、その時は〈葬送歌(ダージ)〉ではなく、高らかな〈賛美歌(グレゴリオ)〉をね。デストロンに生まれて良かったってさ」

ダージは笑う。


その夜、ダージはひらりと第3戦艦タイタニアにとびのった。

残された旅路はきっと短い。
でも、歳をただ重ねるのでなく何ができるかが大切なんだ。それが、生きてるってこと。

"親"が言っていたんだから、間違いではないんだ。これは、絶対だ。

mae ato
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