そのひととなり


戦前、彼はただの運送屋だった。そして、大戦中も彼は便宜上デストロンには属してはいたが、やはり運送屋だった。

彼はセイバートロン星で産まれたトランスフォーマーではない。セイバートロン星の一つ外側の軌道に存在する惑星サイファーで産まれで、そこで最古参に属するトランスフォーマーだ。そして、一番、初めに産まれたトリプルチェンジャーでもある。

彼は身体的には珍しいトランスフォーマーだったが、並のトランスフォーマー程度に賢く、並のデストロン程度に乱暴で、並の男程度に働いた。彼は当然、並の運送屋になった。

運送屋としての彼の縄張りの一つにデストロンの巨大研究施設があった。惑星サイファーでも最大級の施設であるそこは、アストロトレインとしてはかなりお気に入りの配送地区だった。
理由は、中で旨いエネルゴンが食べられる事もある。ベンチが多く休憩にはうってつけであることもある。しかし、最大の理由はその一角に仲の良い女性研究者がいたからである。

彼女はトランスフォーマーのプロトフォーム[素体]に関わる研究をしているらしいのだが、彼にはさっぱり分からなかった。彼に分かるのは彼女の頭が良い事とその研究はデストロンにとっては大切らしいという事くらいだった。
平凡な彼には研究者としての彼女よりも彼女自身が気になっていた。彼女の研究よりも、彼女が自分より年下である事、自分と異なり少し小柄である事、運動神経がかなり悪い事、表情が豊かな事、そして、彼女自身の仕事に誠実である事の方がよほど気になる事だった。今思えば、彼は彼女に異性としての興味があったのかもしれない。異性に興味を持つなどトランスフォーマーとして異質な反応なので、その時は気付かなかったがそういうことなのかもしれない。
しかし、彼は彼女に一度もアクションをしかけなかった。お互いに異なった仕事をこなし、それが僅かに重なり合う部分で会話を交わし、お互いを観察し合った。なぜなら、彼は平凡な男だから。

デストロンとサイバトロンの大きな戦争が始まった。セイバートロン星は荒れ果て、首都のアイアコーンも大きな被害を受けたという。一応はデストロンに属するという事で惑星サイファーにもデストロン司令部から様々な命令が届く。が、ただの運送屋である彼には『セイバートロン星にはあまり近づかない様に』という命令しか来なかった。
彼の生活は相変わらずサイファー中を飛び回り、たまに研究施設に行き、そして彼女と会話をかわす。それの繰り返しだった。
研究施設は軍事色が増して行く、運送屋では規制がかかり始める。しかし、サイファーは彼と彼女にとっては平和そのものだった。

ある日、彼女が興奮して彼に話しかけて来た。
彼は彼女に手を引かれある部屋に入った。部屋には彼女が研究するプロトフォーム。その中でも紫、黄、灰を基調とした10体の真新しいプロトフォームの前で二人は足を止めた。
彼女が彼らを指差し告げた。
その10体は彼と同じトリプルチェンジャーだという事を。

彼はまじまじと彼らを眺めた。彼と同じ灰を基調にしたもの、彼女のように紫を基調にしたものがいる。彼女は彼らの名前を教える。
エタン、セタン……ノナン、デカン。
いずれは彼と同じ様に運び屋となる様に願って燃料から名付けた。
戦時は補給兵として、平和になれば皆の足として。
彼は彼女に言った。良い名前だと。
彼女がこれ以上はないほどにふわりと笑った。
それに、彼はこそばゆさと危機感を覚える。

サイファーはデストロンの領域内でも平和な発展した地区だった。トランスフォーマー達が降り立つ前から独自の生態系を持ち、入植者たちもそれと共存できるだけの高度な文化と文明を保持している。それ故、サイファーにはデストロンの研究施設や文化設備が集中した。戦争が始まればいの一番に目を着けられる要所なのは明白だった。しかし、サイファーの住人たちは戦争について何も考えていなかった。彼らは戦争をどこか遠くで起きているものだと感じていたのだ。
デストロンの司令部はサイファーがサイバトロンに狙われる事を知っていたが住人たちには告げなかった。平和ボケした彼らのごく一部を犠牲にする事で他のデストロン達を喚起させようとしていたのだ。
もっとも、そのあては突拍子もないことをする事で有名なあるサイバトロン中将のおかげで外れた訳だが。

例のサイバトロン中将がサイファーの命運を握っている時も、彼はいつも通りに仕事をこなしていた。
彼が研究施設に荷を下ろし彼女と話を始めようとしている時、彼、彼女、彼らの運命は変わり始めていたのだ。

突然に建物全体が立っていられないほどにガクガク揺れ、彼と彼女はその場に座り込んだ。地震かと思ったが、銃声が響き渡りそれが違うことに気づいた。遠くの方から『サイバトロンだ!!地殻研究設備を狙っている!!』と叫ぶ声が聞こえた。彼がさっぱり分からずぽかんとしている間に彼女は真っ青になった。

後で彼が学を積んで知った事だが、地殻研究設備はサイファーのコアと繋がっておりサイファーを爆破するだけのポテンシャルを秘めていたらしい。

その時には何も知らなかった彼は彼女にあの10体をシェルターに運び込むよう懇願された。彼はとりあえず了解し大層頑丈そうなシェルターに彼らを運び始めた。彼女はそのまま何処かへ駆けて行った。それが彼女を見た最後だった。

最後のプロトフォームを運び出そうとしていると不意に彼女に後ろから声を掛けられた。振り返ると彼女ではなく身知らぬ男が立っている。柔らかな笑みを浮かべた眼光の鋭い男が、こちらに銃を向けていた。片方の手にはオイル塗れの何かを持っているその男の胸にはサイバトロンのエンブレムが光っている。
オイル塗れの何かを男が口に含み言葉を発する。
『やぁ、僕の名前はギャロウズだ』
彼女の声がした。
彼が思わず後退りをすると、男はオイル塗れの何かを吐き捨ててから笑いながら彼の足元を撃って来た。男はプロトフォームを置いていけと言う。
彼は一瞬、迷ったが最後に運び出そうとしていたプロトフォーム、八番目のナンバリングを与えられたプロトフォームをその場に置いた。
目の前の男が顎で去るように促したので、彼は命からがらシェルターに駆け込んだ。彼は9体のプロトフォームと共にシェルターに入ると内部ロックをかけた。既に彼女が生きているとは思えなかった。

しばらくすると轟音が響き渡り、彼は、つまり、アストロトレインは意識を失った。


意識を取り戻すと、そこは病院だった。サイファーの病院ではない。アストロトレインが不思議そうにあたりを見渡していると、デストロンの偉そうな軍人が入ってきた。そして、重苦しい顔持ちでまずはプロトフォームを運び出した礼を言った。アストロトレインが戸惑っていると、軍人はサイファーが吹き飛んだと言った。あの時入ったシェルターは爆心地にありながら、偶然にも助かったのだと。

アストロトレインはそこから自分がどの様に軍人となったかは覚えていない。あの時、出会ったサイバトロンがギャロウズというサイバトロン中将であったこと、連れ出したプロトフォームはボロボロだったが新しくトリプルチェンジャーを作るには役立ったことなどを知ることは出来たが、サイファーは戻っては来ない。

平凡であったはずの男は次第にその凡庸さを潜め始め、乱暴かつ狡猾になり、いつしか輸送参謀の地位にまで上り詰めた。
アストロトレインはその内に、サイファーでの思い出や細やかな喜びの見つけ方、初めてサイバトロン将校と対峙した時の恐怖など様々な事を忘れてしまった。

そう、輸送参謀の副官、つまりはあの時手放したプロトフォームと、彼と彼女の思い出と出会うまではーーー。

mae ato
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