地球へくるまで


剥き出しの敵意が部屋のあちこちから突き刺さってきた。

ロータストームの拳が小刻みに震えている。これだから、ロータストームは『子リスちゃん』なのだ。ファイアスターは舌打ちをした。
まだ死線を抜けた経験がないこの青年がフェリクス7、アカプルコで交渉事など無理に決まっていたのだ。
部屋にある拳銃という拳銃がロータストームとファイアスターを捉えている。
ファイアスターはちらりと横をみた。扉までは到底逃げられそうもない。ガタイの良いエンブレムなしのトランスフォーマーたちはそんなファイアスターをニヤつきながら眺めている。

ファイアスターは部屋の奥で、唯一イスに腰をかけている小柄なトランスフォーマーを睨みつけた。
足を組んで人の良さそうな顔で微笑みを浮かべているトランスフォーマーはファイアスターと目が合うとニコリと笑みを深くした。
ファイアスターはため息をついた。

「自己紹介が遅れたな。私はサイバトロン宙軍所属の軍医ファイアスターだ。隣にいるのは同じく宙軍所属のロータストーム中佐だ」

このタイミングで自己紹介をしたのは、動揺した自分を落ち着けるためだ。相手だってそんなことはわかっているはずだ。それでも、今はそうするしかない。
イスに座った男が口笛を吹いた。拳銃がざっと降ろされる。男は緑色のオーブを弄びながらファイアスターに言った。

「はじめまして、ファイアスターさん。アタシはここらで商売をしておりますクロスカットです。今回は残念ながら、ファイアスターさんの意向に添えるビジネスはできそうにありませんねぇ」

そう言ってクロスカットには青い瞳を暗くしてから右手を隣の大柄なトランスフォーマーに出した。大柄なトランスフォーマーが屈みこんでクロスカットに灯のついた電子葉巻を差し出す。クロスカットはそれを深々と吸って煙をはいた。

「…我々に何か価値があるように見えるか?」
「女と顔のよい若い男は高く売れますね。ま、どんな使い方をするかはベッドでお伝えすることになりますが」

ゲラゲラ笑い声が部屋のあちこちであがる。
それとともに部屋のどこからか唾を飲み込む音がして、ロータストームは飛び上がりそうになった。ファイアスターはそんなロータストームの背を軽く叩いた。

「そうだな。我々にはそんな価値しかないのかもしれないな。……でも、だ」

ファイアスターはニヤリと笑った。
クロスカットが片眉をひそめ、片手で指をパチンと鳴らす。
一瞬で部屋が静まり返る。

「我々がギャロウズ中将の部下だとしたら、話は別じゃないかい?…サイバトロン陸軍クロスカット大尉殿」

クロスカットの手から葉巻が落ちた。
それと同時にクロスカットの隣の大柄なトランスフォーマーがファイアスターに拳銃を向ける。
クロスカットは緑色の薄汚れたオーブを握りしめた。


ーーーー


ところ変わって、アーク28メディベイ。

雑に一か所に積み上げられた私物や雑誌と、整然と並べられた薬剤に医療機器。主の性格を端的に表したメディベイには、患者とその仲間がいるだけだ。
スラブに横たわった患者であるワーパスが股間を抑えてぎゃあぎゃあ喚いているのを、スプラングは呆れてながめていた。

「おっさん、何でこんなタイミングで性病になってんだよ」
「うるせぇ!俺だって好きでなってんじゃねぇよ!!」

ワーパスがスプラングに怒鳴っている横で、ハウンドは興味深そうにワーパスの股間をしげしげと観察している。ワーパスはそれに気づいて自分の手で股間を慌てて隠した。

「俺は見せねぇぞ!!」

ワーパスが吼えるとハウンドは残念そうに顔を顰めた。スプラングは肩をすくめる。

「あーあ、仕方がねぇなぁ。でも、本当にフェリクス7を通過する航路でよかったな。性病の薬なんて、フェリクス7みたいな所でないと気軽に手に入らねぇぞ?」
「ううぅ…」

ワーパスが横になったまま呻いていると、ハウンドがスプラングの肩を軽く突く。スプラングが振り返るとハウンドはワーパスの股間を指差してから首を傾げた。スプラングは瞳を瞬かせてから、少し遅れて噴き出した。

「あぁ、どうしてこうなったかって?こりゃあ、フツーの奴じゃならなくて…」

ハウンドは勢いよく首を縦にふる。ワーパスがそれを聞き、身体をがっと起こした。が、突き刺すような痛みに股間を抑えて悶絶した。

「バカヤロウ、分んねぇ奴は分んねぇママでイイんだよ」
「でも、ハウンドもオトコだからどーしてか知りてぇよなぁ?」
「……!!」
「スプラング、若い奴らに言ったらタダじゃすまねぇぞ!!」
「確かに、僕もドコでどうしてどうやってなったか知りたいもんだねぇ…」

ハッとして3人が振り返ると、いつの間にかにメディベイの扉が開き瞳を細めたトラックスが仁王立ちしている。ハウンドは敬礼を決めたが、スプラングとワーパスは顔を見合わせてから苦笑いをしてしまった。

「僕は年相応な行動をしてくれるようにしか、ワーパスには望まないよ。……とりあえず、スプラング、仕事だ。僕と一緒にアカプルコの町をお散歩しよう」
「え?少佐と一緒にですか?」

スプラングが面食らっていると、ハウンドがスプラングを押しのけてずいと前に出てきた。スプラングがよろけてハウンドを睨みつけるが、ハウンドはトラックスのことしか見えていない。
トラックスは瞳を瞬かせてからハウンドを見上げた。

「君を連れて行けって?」

ハウンドがうなづくが、トラックスはハウンドの手を軽く二三度叩いただけだった。

「悪いね、今回はワーパスかスプラングでないとダメなんだ」

ハウンドはしゅんと小さくなった。トラックスはふぅとため息を吐き、ふと壁を見た。そして、視界に入ってきた額に入れられた絵画を見て足を止めた。
スプラング、ハウンド、ワーパスもつられてそれを見る。
額に入れられた絵画は3人の人物が描かれたよく言えば前衛的、悪く言えばヘタクソな絵である。1人はおそらくファイアスターであるのは判別できるが紫色の人物と白い人物はさっぱり分からない。

「相変わらずヘタクソな絵だよなぁ」
「確かにそうだ。もっと良い絵を飾ればよいのに。絶対にトレイリーの方が上手い絵を描く」

ワーパスの言葉にハウンドも大きく頷いた。ただ、トラックスだけは苦笑しながら零す。

「これで、良いんだよ。彼女のルーツなんだから」

絵を見ながらハウンドが首をかしげる。


ーーー


先ほどの人の良さそうな笑みが消えたクロスカットにロータストームのスパークは縮みあがった。軍の養成学校でこれほど悪意を表立たせた顔を見せる人物にロータストームはあったことがなかった。

「おネェさん、どうしてアタシのことを知ってんですかネェ?」

部下が拾って手渡した葉巻を持ちながら、クロスカットはファイアスターを睨みつけた。ファイアスターはいつものメディベイにいる時と変わらない調子でクロスカットに軽く笑いかける。

「何故って、中将から貴方のお話を聞いたからに決まっているだろ?」
「え?私は聞いていないぞ!!」

ロータストームが思わず怒鳴ると苦々しい顔をしたクロスカットと呆れかえったファイアスター、それから厳つい何人ものトランスフォーマーがロータストームの方を振り返った。ロータストームは慌てて口を手で抑えた。
クロスカットが肩を竦めた。

「そこの若いお客様を別室にお連れしろ」
「サー、ボス」

クロスカットに声をかけられた大きなトランスフォーマーがロータストームの腕を掴む。ロータストームがぎょっとして見上げると、そのトランスフォーマーは舌舐めずりをした。ロータストームは真っ青になってすくみあがった。

「おい、遊ぶなよ。相手は客だ」
「…ボス、わかりました」

大男が本当に残念そうな顔をしたのを見て、ロータストームはゴクリと口腔内のオイルを飲み込んだ。
大男がロータストームを掴んだまま、歩き出すとロータストームは引きずられるようについて行くしかない。
ロータストームが部屋を出て行くと、クロスカットはぽつりと呟いた。

「あ、でも、客じゃなくなったアイツにやるか」
「死にますが良いんですか?」

クロスカットの隣にいる別の大柄なトランスフォーマーが眉をひそめる。クロスカットは興味がなさそうに葉巻を吸った。

「最近よくやってるからご褒美ぐらいやるさ」

ファイアスターは一連の流れを聞き、ため息をついた。

「止めておいた方がいいな。アイツは出来は悪いが、マイスターの虎の子だ」

クロスカットは首を傾げてからファイアスターを見た。それから、また葉巻を深く吸う。
大柄なトランスフォーマーはクロスカットの顔を伺ってから近くにいた他のトランスフォーマーに小声で命令した。
命令されたトランスフォーマーはすぐにファイアスターに椅子を持ってきた。
ファイアスターは椅子に手をかけてから、クロスカットの方を向いた。クロスカットは葉巻を指に挟んだまま椅子を手で指し示した。

「失礼」

ファイアスターが座ると、クロスカットはどかりと背もたれに寄りかかった。

「いつものメンバーだけにしてくれ」

4、5人のトランスフォーマーを除いてトランスフォーマーがぞろぞろと部屋を出て行く。
部屋ががらんとすると、意外と部屋に洒落た家具がたくさんあることに気づいた。よく見ると、床だって丁寧に磨き上げられている。照明も派手すぎず、かといって簡素なものでもない。ファイアスターは感心して思わず呟いた。

「綺麗な部屋だな…」
「お褒めいただきありがとう。さて、ギャロウズ中将はどこにいるんだい?」
「アーク28にいる」
「では、そのアーク28は?」
「さぁ、分からないな」

クロスカットが片手でいじっていたオーブを胸部の収納スペースに片付けた。大柄なトランスフォーマーはギロリとファイアスターを睨みつける。手が拳銃に伸びようとしているのを見つけて、クロスカットはため息をついた。

「おい、落ち着け」
「このアマ、ボスを舐めてますぜ」
「うるせぇなぁ、俺はお前に落ち着けって言っているんだよ」

大柄なトランスフォーマーは悔しそうにしながらファイアスターを見据えた。ファイアスターはそんなことよりも、クロスカットの胸の掻きむしったようなエンブレムの方が気になった。

「アーク28の場所は教えられない。そして、あの若者にも手を出すなか……。私はあなたのブレインに直接聞くしかないのか?」

ファイアスターは人差し指でくちびるをなぞった。ブレインに直接聞くというのは、ブレインサーキットに端子を直接繋げてハッキングするということだ。もちろん繋げられたらただでは済まない。ファイアスターの背筋に悪寒が走った。が、ファイアスターは瞳を暗くし首を振るだけにとどめた。

「……言わなかったか?教えられないのではなくて、分からないんだ。トラックスは『タイミングが来たら迎えに行くから』としか言っていないのだから」

クロスカットがファイアスターのことをじっと見る。ファイアスターもクロスカットを見つめ返す。
クロスカットが呟いた。

「操縦士がそう言ったのか?」
「いや、トラックスは艦長だ」

クロスカットは葉巻を手の中で転がしながら、何かを考えているようだった。部屋の中が静まり返る。
遠くで銃声が聞こえた。
アカプルコの町は物騒だ。
クロスカットは葉巻を灰皿に置いた。大柄なトランスフォーマーがまた葉巻を取り出そうしたが、クロスカットはそれを制した。クロスカットは再び緑色のオーブを取り出した。その緑色のオーブは宝飾にあまり詳しくはないファイアスターから見てもそれほど高くはなさそうなものだった。
ファイアスターが緑色のオーブを眺めているとクロスカットはため息をついた。

「これはね、私の部下が去り際にくれたものなんだよ。人売りに売られているところをこのオーブと交換で買ってやったら、最後にはこのオーブと交換で出て行ってしまった。…もっとも私が追い出したんだが」

部屋にいた何人かのトランスフォーマーはわずかに驚いたような素振りを見せた。ただ一番近くにいた大柄なトランスフォーマーだけは驚かずにクロスカットをちらりとうかがっただけだった。
クロスカットはその様子に、頬を軽くかいた。

「あぁ、お前らには勝手に出て行きやがったと言っていたか。ま、オクトーンはよくできる奴だったからな」

ファイアスターはぎょっとした。オクトーンという名前は知っている。
オクトーンといえば、バイザーをかけた公文院の司書だ。長らく会ってはいないがファイアスターが軍医になるまでの間、何かと調べ物の度に顔を合わせ青年で友人でもある。仕事は速いのだが、たまに笑顔で見当違いの書類を出してくる。よく女の子と知り合いたいとかボヤいていて。軍医になると言うと、心配そうにしながらも後押しをしてくれて。ある時を境に手紙がこなくなったが、ストリークとファーストエイドを失くしてからの友人のはずだ。

「おや、お客さん。もしかしてオクトーンを知っているのか?」

クロスカットに聞かれ、ファイアスターは深呼吸をした。そうだ、アイツのはずがない。

「いや、まさか。私が知っているのは、司書のオクトーンだけさ。こんなところで生きていけるような男じゃあないね」

今度はクロスカットがぽかんとした。少し遅れてクロスカットの大笑いが部屋に響く。

「私が言っているのは、そのオクトーンだよ。いやぁ、驚いた!!10ステラサイクル前まで、オクトーンはここにいたよ」

ファイアスターは驚きを隠せないまま、おそるおそるクロスカットに尋ねた。

「まさか、150ステラサイクルほど前からここに?」
「あぁ、その通りだな」

ファイアスターは黙り込むしかなかった。手紙がこなくなってからの期間と一致している。どうしてあの筆まめな彼から手紙が来なくなっても訝しまなかったのか、ファイアスターは悔やんでも悔やみきれなかった。『僕、戦争とか調べるのは好きなんですけれど、実際には無理だなぁ。だって、ヒトが傷ついて苦しむところ見てたら辛いですから。』オクトーンがそう言っていたのをファイアスターは思い出した。こんな酷いところで、こんなマフィアの片棒を担ぐようなことをしていただなんて。
私は結局、いつも無力なんだ。
ストリークの時も、オクトーンの時も。
ファイアスターは歯を食いしばって、ゴミひとつ落ちていない床を睨んだ。
クロスカットは大柄なトランスフォーマーから再び葉巻を受け取り、今度は自分で火をつけた。

「アイツは、サイバトロンを追い出されたって言っていたな。確かに赤瞳だから」
「……そうか」
「まぁ、トドのつまり、サイバトロンなんざ瞳の色なんていうチンケなもので差別するような奴らの集まりだってことだな。お客さんもそう思うだろ?」
「貴方はそれが嫌でサイバトロンをやめたのか?」
「それもあるなぁ。……さて、お客さん。ギャロウズは最近どうしているのかな?」

ファイアスターは答えない。


ーーー


一方、アカプルコ郊外ーー。

スプラングとトラックスは辺りに気を配りながらもゆっくりと歩いていた。
急に隣にビークルが止まったかと思えば銃を突きつけられそうになったり、遠くで悲鳴が聞こえたりと散々な街である。

「少佐、自分、思ったんですけど」
「なんだい、スプラング」
「ここにファイアスターとロータストームを送り込んだのは間違いでは?」
「…君もそう思うかい」

トラックスが苦い顔をしていると、ハウンドが慌ててトラックスの背を突いた。
アーク28に置いていこうと思っていたが、ハウンドはついてきてしまったのだ。新兵に近いような青年を抱えてだなんてとトラックスは思ったが、スプラングに説得され渋々連れてきたのだ。しかし、予想外に彼は役に立っている。
ホログラムを作って敵の的を交わしたりなど、大戦後生まれにしては戦闘での機転がきくようだ。アーク28が手薄になるのは気になるが、まぁまぁ良い発見ができた。

トラックスがゆっくりと振り返ると、ハウンドは親指を立てていた。

「ははは、ありがとう。慰めてくれて」

ハウンドは慌てて首を振る。トラックスは首の後ろをかきながら、ハウンドの背を軽く叩いた。

「謙遜しなくてもいいんだよ。僕は君のそういうところが好きだよ」
「……少佐、ハウンドは多分、違うことを伝えようとしているんだと……」
「え?」
「上にわんさかいます」

スプラングが青ざめて言ったのと同時に住居の窓のあちこちから小銃がのびてくる。

「は、はやく言ってよね!!」
「自分も今気づきましたから!!」

大騒ぎしながらもトラックスは白煙灯を取り出しあたりにばら撒いた。途端に煙が辺りに充満する。
銃声があちこちから起き、時たま少し離れた所から叫び声がする。
ハウンドがオロオロしていると小さな手が煙の中から伸びてきてハウンドの腕を掴んだ。ヘリコプターの足に手が当たりハウンドはぎゅっとそれを掴んだ。

「ハウンド、掴んでいなよ?スプラング、オーケーだ。君は左舷を。僕は右舷を行く。また後で」
「ラジャー、少佐」
「君の方に陸上型トランスフォーマーを固めてある。新兵を守れ」
「分かってますよ」

スプラングの声とともにサイレンサーのかかった回転音がする。
ハウンドの身体がふわりと浮かんだ。戸惑うハウンドをスプラングの声が小声で叱責する。

「ボヤボヤしてねぇでブッ放せよ。死んじまうぞ」

ハウンドはハッとして片手で銃を構えた。人影を見つけて、引き金を引く。

グレネード弾が離れた所を通過している。建物を避けてスプラングが飛ぶのはおそらく散弾銃を警戒してだ。
ハウンドは気持ちが高揚するのを感じた。

段々と煙幕が晴れてくる。スプラングが急上昇を始めた。しがみつきながらも辺りを見渡すと、煙から自分たちが出てきたのが分かった。
トラックスはどこにいるのだろう。
そう思った瞬間に、少し離れた煙からミニが現れる。

ミニが、車が、空を飛んでいるのだ。ハウンドは呆気にとられてしまった。

「少佐のそれ、すでに一発芸のレベルですよね」
「うーん、否めないなぁ。とりあえず、中心部へ向かおうよ。ハウンド、レーダーはどの向きに反応があるの?」

ハウンドはスプラングに引っかかったまま腕についているレーダーを立ち上げる。青白い画面がスッと現れたが、片手では操作ができない。仕方なく鼻で操作をしていると、下の方からまた銃声が聞こえ始めた。
レーダーの反応は北北西だ。
ハウンドが北北西を指さすと、トラックスもスプラングも北北西へ向かい飛び始めた。

その後ろをジェット機型トランスフォーマーがついてきていることを、トラックスは知っている。


ーーー


シャッと光の幕が現れ、扉が閉じた。
アカプルコのとある一室で、ロータストームは1人になった。

何でアイツらが舌舐めずりをしたのか、ロータストームにはさっぱり分からなかった。作られてから日の浅いロータストームは、日常的な知識が所々欠落している。色恋沙汰となれば、ほとんど分からないと言っても過言ではない。
自分をここまで連れてきたトランスフォーマーのニタニタした顔を思い出して、ロータストームはぞっとした。もしかしたら、アイツは腹が減っていたのかもしれない。ご馳走を前にしたら顔がにやけることが確かにある。

「食ベられちゃうのかなぁ、オレ」

頭からバリバリかじられている所を想像してロータストームはきゅっと瞳を閉じた。
『ロータストームは軍人よりも初期育成指導員とかの方が向いているかもな』
自分の教育者であるマイスターの言葉を思い出し、ロータストームはため息をついた。それから、拳を握りしめて決意した。食べられることになっても軍人らしく散ろう。サイバトロン軍の汚点にはならないように。
決意してみると、少し気持ちが和らいだ。することもないので部屋を見渡していると、リチャージスラブに目が止まった。
良く考えてみればアーク28に乗って以来眠気がとれない。ロータストームはごろりとリチャージスラブに横になった。
リチャージスラブは心地よくロータストームはすぐに眠くなってきた。
ちゃんと言われた通り薬も手に入れたし、きっとみんなオレを褒めてくれるはずだ。グラップルなんかは緑エネルゴンバーをくれるかもしれない。
何の薬か良くわからないけど。とにかく帰ったら、甘いエネルゴンや緑エネバーを食べてから仕事の続きをしよう。
そんなことを考えている内にロータストームの意識はふわりとなくなっていく。


ーーー


アカプルコ市街地、路地裏ーー。

「あーあ。いるとは思っていたんだよねぇ、こういう後をつけてくる下っ端」

トラックスは頬を片手にのせながら、ため息をついた。恐れをなして震えているエンブレムなしのトランスフォーマーを足で小突きながら、ハウンドはトラックスを振り返った。
先ほどまで威勢良く啖呵をきっていたのに今は別人のようだ。
堂々巡りになった尋問に痺れをきらして、スプラングが銃をぶっ放しそうになってからたったの2サイクル。
その直後に、トラックスが末端マフィアに何やら耳打ちをしてからこのザマだ。
ハウンドは感動して瞳を輝かせているだけだし、スプラングは疑問が残るばかりだ。

「どんな酷いことを言って口を割らせたのですか?」

スプラングが単刀直入に尋ねる。歯に衣を着せぬこの言い方が、スプラングはデストロンのようだと言われる原因の一つだ。
トラックスが瞳をぱちくりさせた。
それから、世間話をしているかのように軽く笑って言った。

「僕の知ってる尋問法をちょっと丁寧に教えただけだよ」

スプラングの背筋に悪寒が走る。
が、それと対象的にハウンドは瞳をさらにキラキラと輝かせた。

「さぁ、マフィアの巣窟に案内してもらおうか」

トラックスの笑顔が、スプラングには悪魔のように見える。


ーーー

ファイアスターは、まだ、クロスカットに客人として対応されていた。
いつ敵と判断されるかは分からないが、今はまだ、客人であった。
それゆえにクロスカットの口調は穏やかだ。

「ギャロウズと私は一時期、同じ部隊にいたことがあってだねぇ」

ファイアスターはクロスカットの青い瞳がゆっくりと開くのを待っていた。葉巻の煙が蛇行しながら天井へ昇っていく。

「そうだ、アレはガーラス9でのことだったな。ギャロウズは中尉。俺も中尉だった。ちょっとばかりアタマのイカれた上官に当たっちまってね…。突撃命令しか出さない上官だったのさ。デストロンが丘に機銃を装備して待ち構えてるのに、突撃しか言わない。機銃に突撃しろだなんて、死ねって言ってるだけじゃないか。……でも、サイバトロンってのは上官には逆らえないんだ。え?そうだろ?」

ファイアスターは瞳を閉じて考えていたが、渋い顔をしてそれにうなづいた。

「その通りだ。私もザラック3でそのような経験がある」

クロスカットは葉巻を燻らす手を一瞬止めた。煙が隔測なくのぼっていく。
クロスカットが再び口を開いた。

「まぁ、私たちの話をさせてくれ。とにかく、私たちは上官の下でガリガリ人員を削られていたんだ。削られすぎて本当はお鉢が回ってこないはずの私とギャロウズにも命令が来た。上官が私たちに直接命令を出そうとした時だったな」

クロスカットが近くの大柄なトランスフォーマーに目配せをした。大柄なトランスフォーマーが突然、拳銃を取り出しマフィアの1人のスパークを打ち抜いた。
どさりと撃たれたトランスフォーマーが倒れる。
部屋にいたトランスフォーマーはそれを冷たい瞳で見下ろした。

「…この前の、情報漏洩の件はこれでおしまいだ。一応ケジメはつけたから、お前らはこれで納得しな。……すまないねぇ、お客さん。ちょっとばかり内部で揉めててね。ま、そのときギャロウズが上官にしたことと同じことをしたまでなんで、許してくれよ」

ファイアスターは額に手を当ててため息をついた。そう、ため息をついただけだった。
クロスカットは、その様子に驚きもせずにそれが当然というように話を続けた。

「ーーーギャロウズは、アイツは、上司を撃ってからこう言った。『敵を倒しただけだから、内緒にしようね』。私が何か言おうとすると、ガキのように笑うんだ。『サイバトロン、デストロン。どうだっていい。僕は、僕が味方だと思った人を助ける。僕が敵だと思ったら倒す』ってね。……確かに当然だ。俺たちのようなならず者ですらそんなルールはわかっている。でも、サイバトロンではそんな簡単なルールですらひん曲がる。赤い瞳は敵。変な能力を持ってたら敵…。アレが敵、コレが敵。……自分が敵だと思ったら倒せばよいのに、君もそう思わないか?」

クロスカットが両手を広げてファイアスターに尋ねる。
ファイアスターは、部屋で倒れてこと切れているトランスフォーマーを見た。このマフィアのトランスフォーマーも彼らの『敵』になったトランスフォーマーだ。それはごく自然なことなのかもしれない。
一般の兵士としては。
ファイアスターは瞳を瞬かせた。
体内循環オイルの量から言って、このトランスフォーマーは壮年だ。また持病を持っているようにも見て取れる。医師として、それが一瞬でわかる。
ファイアスターは、クロスカットをまっすぐと見た。

「私はそうは思わない」
「どうしてだ」

クロスカットは葉巻を吸いながらこちらを伺っている。葉巻を持っていない方の手は腰のあたりの拳銃に伸び始めている。『敵』は倒すのが、彼らの、いや、普通のルールだからだ。
ファイアスターにだってそれは分かる。
しかし、ファイアスターは、医師だった。

「私は、敵だろうと、味方だろうと、助けたい。それが、医師という生き方だ。」

ファイアスターは迷わなかった。クロスカットは拳銃から手を離した。

「なら、なぜサイバトロンで軍医をしている」

これは、マフィアのクロスカットとしてではなく、ただの1人のトランスフォーマーであるクロスカットとしての疑問だろう。ファイアスターは直感的にそれが分かった。純粋な疑問であることは分かったが、そのせいで、ファイアスターは急に心苦しくなった。

「…傷ついた兵士を助けたいからだ。そこにはデストロンだのサイバトロンだのはない」
「……そうはいかねぇだろ」

眉間にしわを寄せて絞り出した答えに、場違いなほど優しい声が返ってくる。

「ーーーその通りだな」

部屋には煙と体内循環オイルのにおいが充満している。


ーーー


アカプルコ、裏路地のとある邸宅入り口。

認証システムが作動し扉が開いた。
扉の前には、トラックス、スプラング、ハウンド、それから先ほど捕まえたマフィアがいる。

「おぉ、開いたじゃないか!良かったよ。君の頭を吹っ飛ばさずにすんだ!」

トラックスがマフィアに話しかけると、マフィアは口内オイルを飲み込んでうつむく。

「ファイアスターはおっかない女性だよ。なにせ、ザラック3の小競り合いで、自分の上官に銃を向けた上に、デストロンを100人生き埋めにしたからね」

トラックスはそう言って、先ほど捕まえたマフィアの背を押した。
マフィアが面白いほど跳ね上がる。
スプラングはちらりとそれを見てから、トラックスに尋ねた。

「ザラック3の……停戦後ではかなり大きかったあれですか?」
「そ。『サンダーウィングの魔女』って聞いたことあるだろ?あれだよ、アレ」

ハウンドは驚いてコンソールを操作して検索をかけた。確かに、『サンダーウィングの魔女』も小さく載っている。一介の軍医で、作戦でデストロンを退けた天才。名前は、どこで調べても出てくることはない。

「まぁ、僕は『魔女』のやり方に賛成だなぁ。だってさ」
「あの方法が、一番はやく敵を撤退させられたからですか」

スプラングは肩をすくめた。トラックスはにっと笑う。

「いやぁ、頭の良すぎる歩兵は問題だなぁ」
「ラジャー、トラックス少佐……こいつ、放してやりますか?」

スプラングが銃でマフィアを突いた。マフィアが縋るような表情を浮かべてトラックスをみつめてくる。
スプラングは彼に少しの同情を持ったらしく、申し訳なさそうにしつつも呟いた。

「こいつ、連れてったら、自分から口を割ったことがバレバレですよ?」

『弾除けだ、連れて行くに決まっている。あとでどうなろうと知ったことか。』
ブレインの中で誰かがトラックスに話しかけてくる。
トラックスは瞳を見開いて少しの間だけ考え込んだが、ハウンドに背を突かれてはっとした。ハウンドの期待に満ちた表情にトラックスはニコリと微笑んだ。

「……いや、捕虜だ。連れて行こう」

マフィアが真っ青な顔をしながら邸宅の入り口を見つめる。スプラングはその様子をみてマフィアの肩に手を置いた。
それは、『ツキがなかったな』という意図を含んでいる。
トラックスは自分の頬を軽く叩きながら邸宅の入り口に佇んでいた。

「そういえば、ハウンド」

トラックスに声をかけられ、ハウンドが主人に呼ばれた犬のように振り返った。

「あのさ、この人のブレインをハッキングしたように見えるようにしてあげてよ。このままじゃ、この人、裏切り者で殺されちゃうからさ」

トラックスがいたずらを思いついたかのようにひそひそ声で言い、ハウンドは首を傾げる。トラックスはハウンドの疑問だらけの表情に気づいてはいたが、邸宅に足を踏み入れることに集中することにして、ハウンドから顔を反らす。


ーーー



トラックス達が邸宅に足を踏み入れてから、45サイクル後ーー。
ファイアスターとクロスカットがギャロウズの話を始めらてから10サイクル後ーー。

突然、扉が開きクロスカットは振り返った。マフィア達がいっせいに扉の方を向くと、ミニボットが肩をすくめてから小さく全員へ向かって手を振った。ミニボットの後ろには銃を構えたトリプルチェンジャーがいる。

マフィアの1人が拳銃を向けようとすると、突然目の前に扉が出現する。
驚いたマフィアが気を取られている隙に、突然現れた若いトランスフォーマーが拳銃を持ったトランスフォーマーにつかみかかって拳銃を奪った。
ファイアスターはその様子を見て、ため息をついた。

「ギャロウズが来たぞ?」

ファイアスターはそう言ってミニボットを指さした。クロスカットが目だけでそちらを見ると、ミニボットが頭を掻いて所在無さげにしている。

「……どういうことだ」
「ギャロウズ、改めトラックスということさ。大戦後、シリアルキラーになって受刑した。だから、あのザマだ」

クロスカットは葉巻を深く吸う。ファイアスターは手を口に当てて欠伸をして椅子に深く座り直した。
クロスカットが笑った。

「ギャロウズが怖くないのか?」
「別に。アイツはただの胸糞の悪い小ざかしい男だ」

ファイアスターのつっけんどんな返答にクロスカットが吹き出した。部屋中にクロスカットの大笑いが響く。
マフィアにつかみかかった若いトランスフォーマーだけはショックを受けた顔をしていたが、他の者は何も変わらず一言も発さない。

「ギャロウズには手を出せないな。私たちみたいなヤクザ者じゃあ、サイバトロンに何をされるかわからない。……帰れよ」

ファイアスターは椅子からすくりと立った。それから、何も言わずにトラックスの方へと足を進めた。
クロスカットは葉巻をふかしながら天井を見つめた。

「おい、待ちなよ。軍医さん」

クロスカットが唐突に言葉を発する。クロスカットは天井へと伸びる煙を見ながら語るように言った。

「アンタが気に入った。部下にしたい。…いや、町医者になるだけでも構わない。フェリクス7には闇医者でない医師が必要だからな」

クロスカットの言葉をファイアスターは立ち止まって聞いていた。
大柄なトランスフォーマーは驚いてクロスカットとファイアスターに目配せをする。
ファイアスターはふわりと笑った。

「悪くない条件だが、遠慮しよう。逢いたい奴がいるんだ」
「オクトーンか?」

ファイアスターは肩をすくめる。

「聞くなよ。ーーーじゃあな。もう一生会わない」
「……あぁ、そうだな」

椅子から立ち上がると、大柄なトランスフォーマーが先回りして扉を大きく開けてくれた。扉の先には銃を構えたスプラングがいる。大柄なトランスフォーマーは少しも恐れた様子を見せずに、ファイアスターに耳打ちした。

「ご友人と会えるといいですね」

ファイアスターは大柄なトランスフォーマーを見てからトラックスへと向いた。

「ありがとう」


ーーー


アーク28は地球へ向かい再び舵をとった。

帰ってからやたらと甘いものを食べ始めたロータストームにつられ、若いクルー達はお菓子パーティを開いている。大食漢であるハウンドが混じっていると聞いているので、トラックスは艦内の食糧備蓄が少し不安になったが放置することにした。今は、それよりも会いたい人物がいる。

「チクショー、ヤブめ!!2度と来ねぇよ!!」
「その方がありがたいものだ」

ワーパスが怒って自室へ去っていく。その様子を眺めながらトラックスはメディベイへと足を踏み入れた。
メディベイで最初に皆を迎えてくれるのは例のヘタクソな絵だ。
トラックスはその絵を見るといつもスッと胸が冷える。いや、胸の底で『昔』のアイツがニタニタとこちらを待ち構えているのが分かってしまうのかもしれない。
それでも、気を取り戻さないといけない。

「やぁ、ファイアスター。ワーパスも元気になったんだね」

トラックスはできるだけの笑顔でファイアスターに話しかけた。ファイアスターは珍しくトラックスの方を向いた。トラックスは柔らかな表情を浮かべる。

「クロスカットの件は大変だったね。君のおかげだよ、無事に帰ってこれたのは」
「あいつ、悪い奴じゃなかったよ」

ファイアスターの言葉にトラックスは片目を細めた。

「マフィアなのに?」
「思ったほど、という意味でだ」

ファイアスターは不機嫌な顔をせずにニコリと微笑む。ファイアスターが微笑む所を初めて見たトラックスは、呆気にとられてしまった。
いつもの険しい顔がわずかに微笑んだだけで、彼女が美しいと感じた。
トラックスが固まっている間に、ファイアスターはアーク28の船窓へと足を向けた。そして、船窓から宇宙を眺める。

「これが終わったら、私は軍医を辞めるよ。どうしても見つけたい奴がいるんだ」
「へぇ」
「オクトーンって言うんだ。私の随分と年下の友人だ。首に縄をつけてでも、サイバトロンに連れ戻してやるんだ」

ファイアスターはアーク28から見える宇宙をしっかりと両目で捉えている。
トラックスはファイアスターの顔を見てから、コンソールに目をやった。

コンソールの上にはおそらくこれから地球で遭遇することになるデストロン戦艦の名称と主要乗組員が載っている。

『ネメシス級、第3戦艦タイタニア。ーー第2席、輸送参謀副官オクトーン。ーー』

トラックスは、一瞬だけその項目を眺めてから、そっとコンソールを閉じた。
絵画が笑顔のトランスフォーマーを描いていることを、トラックスは知っていた。







トラックスは、彼が『敵』であることも知っている。
でも、それ以上にファイアスターが医師であることも知っている。

mae ato
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