そのひととなり



君と会うのははじめてだ。
どんな人だろう。期待が膨らみ波形が大きくなる。
『……おはよう』
嬉しくてたまらない。


ーーーー

アーク28、メディベイ。
スプラングが寝ている。
トレイルブレイカーはそれを確認すると、あたりを伺いつつもリチャージスラブに歩み寄った。
白く整然とした部屋にはわずかな調度品と雑誌以外は無駄なものが一切ない。デスクの上にあるフォトフレームに写る女性と男性2人は医者と患者のようだ。
「見舞いか?」
トレイルブレイカーの大きく黒い身体が縮こまる。恐る恐る振り返ると、白を基調とした細身の機体の女性がこちらに歩み寄ってくるところだ。
トレイルブレイカーに声をかけてきた女性はフォトフレームの中よりも年を重ねた人物だった。確か。名前は…。
「ファイアスター」
トレイルブレイカーが呟くと、ファイアスターは作業デスクの椅子に腰を下ろした。
「君も座るといい。椅子ならリチャージスラブの隣にある」
ファイアスターが指さした椅子にトレイルブレイカーはゆっくりと座った。
シンプルな椅子は大柄なトレイルブレイカーが腰かけると少し軋んだ。トレイルブレイカーが立とうとすると、ファイアスターは座れとハンドサインを送ってくる。
トレイルブレイカーはそれに大人しく従った。
トレイルブレイカーはしばらく懇々と眠り続けるスプラングを見ていたが、スプラングは一向に起きる素振りを見せない。トレイルブレイカーがファイアスターに小声で聞いた。
「スプラングの様子は…?」
「29メガサイクル眠り続けている」
「29メガサイクルか。長いナァ」
「その様子だと、管制室の見張りのあとのようだな。操舵支援システムは起動できないのか?」
「……アダムスは起動しとらんよ。管制室はサンストリーカーがなんとかやっとる」
と、その時トレイルブレイカーの持つ端末から呼び出しの音が響く。
「はいはい……少佐ですか?……制御が分からない?……あ、はぁ……じゃあ、すぐ行きますわ。ハイ」
トレイルブレイカーは端末をしまおうとしたが、ちらりとファイアスターを振り返った。
ファイアスターは端末を指差した。
「電子端末は持ち込み禁止だ。気をつけてくれ」
「すまん……あ、ワシ、また後で来るから」
「あぁ、分かった」
そう言うと、トレイルブレイカーは慌ただしく部屋を後にした。
ドアが閉まり、ファイアスターはため息をつきフォトフレームに目をやろうとした。
が、途中でやめた。
リチャージスラブの上に寝ていたはずの青年が起きていたからだ。
「操舵支援システムは起動していないんだな」
スプラングの第一声は、艦のことだった。
少々感心しつつファイアスターがうなづくと、スプラングは自分の手元を見つめた。
「そうか、それならいいんだ。『アダムス』無しでもこのフネは上手くいく」
「ふむ」
ファイアスターはあごに手をあて、フォトフレームを見た。スプラングもそれにつられてフォトフレームを見る。女性の他にいる医療スタッフの男性はファイアスターよりも少し歳上のように見えた。
ファイアスターの手がそっとフォトフレームを横に倒した。
「君が無理をした理由は何だい?」
「それは……」
「話してみるといい。可能な範囲で断片的でも構わないんだ」
ファイアスターが珍しく微笑んだ。スプラングは困ってしまった。フォトフレームは倒れたままだ。
スプラングは踏ん切りがつかないままに口を開く。
「まとまりもつかないと思うが、最初のアイツに会ったのはーーー」


ーーーー


「操舵支援システムはアダムス3.08を搭載している」
陰険な男が前任者だった。自分とは絶対に気が合わないなと思っていたんだ。説明は話半分に聞いていたんだが、ちょっと聞いたことのない単語が出てきて興味が湧いた。
「アダムス?」
聞いたことのないシステムだ。
アーク28の管制室に入って、これから自分が座ることになるであろう操舵席を見ていた。見たくらいで分かることなんてないけど。

今回の仕事では、自分は珍しく真新しいシップでの仕事を任された。
これまでのシップはどれもボロブネで、スプラングと言ったらボロブネ専門パイロットと仲間内でからかわれていたくらいだ。
まだ艦長のトラックスと艦医のファイアスター、アンタくらいとしか会っていないが、悪い仲間ではなさそうだと思ったよ。任務は地球という太陽系惑星の資源チェックと巡回らしいから、おそらく航路は安全だ。悪くないし不安もなかった。
だから、余計にその聞いたことのない単語が気になったんだ。
「初めて聞く。どんなもんだ?」
自分が何気なしにきくと、前任者は明らかに嫌な顔をした。反射的に舌打ちをすると、前任者はいささか驚いたようだ。自分はハッとして顔に手を当てる。片目が歪に細められていた。
前任者は自分から目を逸らして、独り言みたいに呟いた。
「…アダムスは、中〜大型艦用の操舵支援システムだ。それなりの自動操舵能をもっているが、自動操舵中は丁寧な発着陸、広範囲での敵艦発見、正確なルート選択は苦手だ」
それを聞き思った。ありえないと思ったよ。おかしいだろ、長距離移動する巡宙艦だぞ?だから、自分はこう言ってやった。
「ははは、待ってくれよ。ポンコツシステムだ。自分スプラングの操縦史の中でも、一二を争うポンコツだぞ?」
前任者が勢いよく振り返った。明らかにキレてたね。つかみかかってくる、そう思った時に声がした。
『……おはよう、スプラング。ポンコツとは酷いですね』
機械音声にしては流暢で、トランスフォーマーにしては抑揚のない声だった。
声がどこからしているか不思議だった。前任者がスピーカーを睨みつけていて、自分はようやく気付いた。
『自己紹介させて下さい。私はアーク28の操舵支援システム、アダムス。確かに苦手は多いですか、ゲリラ攻撃は得意とします。悪路もドッグファイトも得意です』
声はスピーカーから聞こえている。
そこでピンときて、レーダーの近くにある見たことのないモニターに目をやった。そこには声とともにわずかにゆれる波形が映っていた。
自分は確信した。
この声は、AIなんだって。
自分はアーク28の操縦桿を見て少し嫌みたらしく微笑んだ。
「すごいんじゃないのか?」
『おわかりくださり光栄です』
「戦闘機に必要で巡宙艦に不必要な能力は全部持ってるな」
『それは挑発と受け取ってよろしいでしょうか』
その声がする前に、前任者が自分を殴っていた。


ーーーー


ファイアスターが噴き出した。
「元から少し問題児の傾向はあると思っていたが、面白いファーストコンタクトじゃないか」
「ははは、そうだろ?」
スプラングが笑うと、ファイアスターは瞳を優しく細めた。
「続きは話せるかい?」
スプラングはしばらく視線を宙に彷徨わせてからうなづいた。


ーーーー


場所は変わって、セイバートロンの軍港ヘーファ。
搭乗デッキから出て、管制塔近くの操縦士待合室に来た。操縦士待合室は、大抵は軍港を一望できる場所にある。ヘーファでもそうだ。
自分は改めてアーク28に惚れ惚れした。新しいだけじゃなくて、それなりの大きさを誇り、武装だってピカイチってほどでなくてもイケている。
自分を殴った前任者はむすりとしながら、また呟いた。
「操舵支援システムAIは、メトロ、アダムス、オメガが作られている。どういうフネに搭載されるかというと」
「でかいわりにクルーが少ないフネだろ?知ってるよ」
前任者はまたイラついたのか、自分を一瞬睨みつけた。自分は、少しばかり反省したから肩をすくめる以外は何もしなかった。
「ま、はじめてみたけどな」
「とにかく、アーク21〜45巡宙艦とオラクル型戦艦ぐらいしか搭載例はない……まぁ、民間機ならライオネル型船舶にアイがあるらしいが」
「民間型は女性型なんだろ?なんで野郎にしちゃったんだ」
「軍だからだろ。とにかく新しい部類だが、最新機にはついていない」
「お?何か欠陥があるんだな?」
自分がアーク28を見ながら言うと、急に前任者が黙り込んだ。
「欠陥かどうか……それは、自分で確かめろ」
前任者は絞り出すように言った。
「お願いがあるんだ。アダムスに『兄弟』もしくは『ダーリン』と呼びかけないでくれ」
自分はアホ面を見せたはずだ。さっぱり意味がわからなかったし、たかがAIに渾名なんかつけるわけがないと思った。
またまた嫌な顔を見せてしまったが、前任者はあまり気にしなかったみたいだ。ただ、前任者はアーク28の最終チェックの時も来て、操舵支援システムAIにこう言った。
「頼むぜ、『兄弟』」
「任せて下さい、『兄弟』」
自動操舵システムは、アダムスは、こう答えたと思う。前任者はいかつい奴だったが、微妙に泣きそうだった。

そこから先はアンタも知ってる通りだ。
地球へっていうのはちょっと遠い航路だ。小惑星群も多いしブラックホールもある。さらに言えば、デストロン系列の星であるフェリクス7にもフロロン5にも近づくことになる。
ま、簡単か難しいかでいったら、難しい部類に入る航路だよ。挙句にクルーは病気になったり寄り道をしたりしたしね。
おかげで、自分はよく管制室に缶詰になっていた。

管制室ってのは、人がいない時は寂しいもんなんだ。自分は、これまでボロブネばかりだったから操舵室とクルーの生活空間が繋がったシップばかりだった。だから、ぽつんと残されると柄にもなく心細くなったりする。

そんな時に、アダムスは話しかけてきた。

アダムスっておかしなAIでさ、やたらとヒトの意識を逆撫でしてくるようなことばかり言うんだ。はじめは無視していたんだが、あんまりにも話しかけてくるものだから、たまに会話をするようになった。

アダムスは前の仕事のことをやたらと話したがった。仕事っていっても、奴はAIだから外のことにはそこまで詳しく知らない。だから、話すことってのは前任操縦士、アフターバーナーの話が多かった。それも、大抵はアフターバーナーの自慢話だ。大体はこんな話だった。

「アフターバーナーは悪い方ではないのですが、少し短気です」
「そうかー、確かに初めて会った時にこっちを睨みつけてきたもんなー」
『そうですか。目つきも悪いとのことですからね。しかし、良い所も多くある自慢の『兄弟』です』
「でも、だらしない奴だぜ。ヤリ逃げは当たり前だし、呑んだくれて暴れるし、操縦士内では中々有名な乱暴者…いてっ!」
操縦席に軽い電流が流れて自分は跳ね起きた。操舵支援システムの画面には先ほどよりギザギザした波形が映っていた。
『……』
「……悪かったよ」
『今日はあなたとの会話を拒絶します』
「やれやれ」

と、まぁ、こんな感じだ。

ーーーー

「AIのくせに我々を攻撃するのか?とんでもない欠陥じゃないか!」
それまで静かに聞いていたファイアスターは驚いて声をあげた。ファイアスターが口に手を当てた。
スプラングは思わず口をつぐむ。
ふと、医務室の外で音がしたのに気づいた。
「誰かが、話を聞いている」
ファイアスターが扉の方を睨みつけると、扉がゆっくりと開いた。
「すまん。わしだ」
トレイルブレイカーだ。
「操舵支援システムのメンテナンスをしてきたんだ。そしたら、その、スプラングの声がしたから。…謝りたくて……」
スプラングは眉をひそめた。トレイルブレイカーに謝られるようなことをされた覚えがない。
スプラングが悩んで唸っていると、トレイルブレイカーはすごすごと帰ろうとした。
「待ってくれ。トレイルブレイカー」
「な、なんだ?」
ファイアスターをちらりと見ると、スプラングを不思議そうに見つめていた。スプラングは瞳を少し明滅させてから、トレイルブレイカーに呼びかけた。
「アンタにも、聞いて欲しいんだ。アダムスのこと」
スプラングははにかんだ。


ーーーー


トレイルブレイカーが来てくれたから、ダイブモードの話をしようと思う。

あまり聞いたことなかっただろ?自分もアーク28に乗るまでは知らなかった。ダイブモードは、何というか、ヤバくなった時に使うものらしい。
その日は本当に暇で暇で退屈でオールスパークに還っちまうくらいだったから、アダムスがダイブモードを試してみようと言ったんだ。
『高稼働モードで、操縦士のブレインをシップ操舵中枢に繋ぎます。負担はありますが、アフターバーナーもよく使っていましたから、大丈夫ですね。多分ですけど』
「へぇ、やってみようか?」
『了解しました。ダイブモード起動……』
アダムスの説明はいつもおそろしく適当だ。そして、無責任だ。
それにも慣れつつあったから、自分は聞き流してジョイントコードを探した。
「ふーん。どのコードだ?」
『これです』
そう言って、アダムスはボロリと天井からコードをのぞけた。天井から伸びてきた太いコードを見て、自分は目を見張ってしまった。
固まっている自分をよそにアダムスは異様に太いコードをじわじわ近づけてくる。
「待て待て待て待て待て!!」
『ダイブモードにならないのですか?』
操縦席に伸びてきているコードは自分の手首ほどの太さがある。自分の体にはそんな太いコードのジョイントはない。っていうか、ありえねぇ。本当にありえねぇ太さだった。
「いや、それ、マジ、ムリ!ちょっ、ちょっと!!」
操縦席の背もたれがバタンと倒れた。自分は頭を打つと思って瞳をオフラインにした。が、衝撃は訪れない。何本ものコードが自分を支えていたんだ。ジョイントコードは自分の機体を観察するようにうねりながら動く。むず痒くて身をよじろうとすると、動きはピタリと止まった。
『首の後ろにつなぎます』
「そんなトコにジョイントはねぇだろ!!」
『作ります』
「このキチガイAI!」
『では、こちらにしますか?女性機ならばここにつなぎます。私の趣向的な問題で』
コードが腿の付け根に意味ありげに動こうとする。ゾッとしてコードを引っ張った。
「首の後ろでいこう!」
やけくそになって怒鳴ると、アダムスに軽く笑われた気がした。
『了解しました。ストレートタイプでダイビングです』
「待て!やっぱりやめる!!」
『……ストレート、ダイビング』

首の後ろに痛みが走る。その瞬間、ブレインが感じたことのない感覚に襲われた。一気に艦内も艦外も見えるし、聞こえる。1クリックが100クリック以上に体感できる。レーダーの内容も武装状態も、何もかもが分かるんだ。
『600A.正常。同期率25%、操縦士への荷重微量。……どうです?面白いでしょう』
アダムスの声がして、自分はアダムスを探した。管制室の操舵支援システムAIモニターは消えている。ちなみに操縦席でコードでぐるぐる巻きになりながらぐったりしている自分もわかる。気味が悪い。そう思うと、すぐにアダムスが応える。
『そう斜に構えないでください』
うわっ、なんでこいつ考えただけのことが、と思うとまたアダムスが応えた。
『ブレインを直接繋いでいるのだから当然です。騙されたと思ってシップの装備を動かしてみては?』
仕方ないので渋々従った。そして、すぐに驚いた。動かそうと思っただけで瞬時にロック解除される。
『あなたの考えを読みとり私が実行します。ロック解除が素早くなる上、様々なパワーが最大まで出力できます。これがダイブモードです』
へぇ、便利なもんだ。でも、なんで時間がゆっくりになるんだ?そう感じると、アダムスが応える。
『あなたのブレインが高速稼働しているからです。今回は低負担タイプですが、それでもそろそろ終わった方がよろしいでしょう。戻りましょう』

開かれていたものが閉じ込められる感覚が駆け巡る。
自分が自分の体に戻ってくる感覚とともに、身体に繋がっていた数本のコードが一斉に落ちた。
接続していたところに鈍痛が走る。
顔をしかめているとアダムスが声をかけてきた。
『おはようございます。調子はいかが?』
その声には多少のノイズが交じっていた。呆れてモニターの波形画面を見ると波は小刻みに揺れている。
「お前こそ大丈夫かよ」
『貴方と一緒にしないでください。とりあえず、今回のダイビングで貴方の性格は把握しましたよ』
キョトンとしていると、アダムスは勝ち誇ったように鼻を鳴らす音声を出した。器用な奴だ。
『意識共有をしたのですから、貴方の過去は全てお見通しです。……ふふふ、今回の目論見は大成功』
「あ、お前、もしかして、自分の思考パターンを探るために今のをしたのか!!」
『馬鹿ですね。そうでなければこんな荷重モード使うわけないでしょうが。さぁ、これから私の掌でコロコロ転がってもらいますよ』
「くそー!!ばかやろー!!お前とは気が合わん!!」
『私は合うと思います』
アダムスは大笑いしていた。


ーーーー


「なんやかんや言って楽しんでいたんだな」
トレイルブレイカーはニコニコしながら話を聞いていた。ファイアスターは逆に怪訝な表情を見せている。
「聞けば聞くほど問題のあるAIだ。そんなAIに内面を曝露していて君は不安じゃないのか?」
スプラングは瞳を明滅させファイアスターを見た。
「いや、全く」
ファイアスターはトレイルブレイカーを見た。トレイルブレイカーも今度は首を傾げた。
「スプラングは相変わらず、大雑把というか、開けっぴろげというか、……あまり計画性がないナァ」
「な、なんだと!!」
急に怒るスプラングに、トレイルブレイカーが身を縮こめファイアスターの後ろに隠れる。ファイアスターは笑った。
「怒るなよ。デストロンみたいだぞ」
スプラングはハッとして口を押さえた。バツが悪い。目を逸らしてメディベイの機械を睨んだ。
メディベイの機械にも、波形を映しているものがある。波形は穏やかに波打ちながら右から左へと流れる。
「あぁ、それ。もう必要ないな」
ファイアスターの言葉とともに、波がプツンと消えた。
スプラングは、波の消えた画面をしばらく見つめ、また話を始めた。


ーーーー


とりあえず、はじめてダイブモードになってから、しばらく経った日のことだ。自分は操舵室の掃除をしていたら、ディスクを見つけたんだ。ディスクは自動操舵システムアップデートのディスクだった。しかも、最新のものだ。自分は驚いてアダムスに言った。
「バージョンアップできるじゃないか。しかも、2段階も!!…発着陸改善にレーダー機能の上昇、ボイスレコーダーの雑音低下。ポンコツシステムじゃなくなるぞ!!今すぐしよう!」
自分が喜んで画面を見ると、AI制御画面には緩やかなカーブをもった波がいくつもいくつも細かく流れていた。
「おい、アダムス?」
『問題ありません。すぐにバージョンアップしますか?』
「あぁ、もちろんだ」
初めて見る波形には驚いたが、アダムスのアラートは一つも点灯していない。首をひねっていると、アダムスの声がした。
『アフターバーナーに伝えて下さい。ありがとう、『兄弟』と』
自分は不思議に思いつつも、アダムスのスイッチに手をかけた。
『おやすみ、スプラング』
一瞬、手を止めた。が、そのままスイッチを押したんだ。シャットダウンの画面が現れ、しばらくして静かに消えた。

またAI制御画面が開くまでは大した時間じゃなかった気がする。

『……ウェイクアップ完了。私はアーク28の操舵支援システム、アダムス3.10』
「お、アップグレートされたか!このスプラングに今の気分を言ってみろよ!」
『……おはよう、スプラング。操作説明は必要ですか?』
「は?」

アダムスの訳のわからないジョークがまた始まったと思った。ジョークに乗らないとアダムスはすぐにヘソを曲げる。それに、その頃の俺はジョークに乗るのも悪くないと思い始めていた。
「アフターバーナーが泣くぞ」
自分は笑って言った筈だった。
『アフターバーナー?』
「誰って…お前の前任パイロットだよ」
『私の補助対象者は、スプラングです。アフターバーナーはクルーとして登録なし。よって、判別不能』
アダムスの声は本当に機械のようだった。

後で知ったんだが、操舵支援システムのAIは、シャットダウンごとに記憶を一々リセットされるそうだ。
だから、アダムスは何も覚えていない。


ーーーー


スプラングがそこまで話し終えたが、ファイアスターもトレイルブレイカーも何も話さなかった。
メディベイの白すぎる壁面を眺めても、言葉など出てこない。
スプラングは何度か話を続けようとしたが、上手くいかなかった。
「つらいなぁ」
トレイルブレイカーがぼそりと呟いた。
スプラングは話を続けることにした。


《"アダムス:地球へくるまで"に続く》

mae ato
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