地球へくるまで


とある辺境の極寒の星。
こんな星になぜか寄港しなくてはならないらしい。そもそも行き先である地球も辺境に間違い無いのだが、ここも負けず劣らず辺境だ。
『なんでも、年がら年中『雨』が降っているらしいじゃないか。この星も空から『雨』が降ってくるらしい。慣れるには良い機会だろう』
艦長のアストロトレインはそう言い、乗員に艦外へ出ることを推奨した。馬鹿な奴らはそれを真に受けているが、実際のところはどうせまた輸送参謀部が悪巧みをしているのだろう。
辟易としたが、マグニフィカスは関わらないことにした。奴らの無知の方が頭にくる。
何が『雨』だ。降っているこれは水が昇華と凝結を繰り返した後落下した固体、つまり『雪』だ。

艦を降りて1人でぼんやりと街を目指す。アストロトレインは艦外外出を推奨したが、あまり人通りはない。馬鹿なインセクトロンが何体か雪合戦をしているくらいだ。
マグニフィカスは出る時にデッドエンドを誘った。しかし、彼女は『寒いのはキライだ!』の一点張りだった。それを部下のクイックミクスが期待の眼差しで見ていたが、マグニフィカスは見えないフリをした。クイックミクスと行くくらいなら一人がいい。というか、デッドエンド以外なら一人の方が気楽だ。
何も言わずにマグニフィカスが歩いていると、鼻先に冷たいものがぴたりとくっついた。
雪だ。
マグニフィカスは降ってきた雪に手を伸ばし、それを観察する。
雪には大きく成長した扇状六花の結晶がいくつも見られる。
マグニフィカスはデッドエンドにこれを見せたいと思った。でも、雪はたちどころに溶けて消えてしまう。活動中のトランスフォーマーには機熱があり、こんな小さな雪はすぐに溶けてしまうのだ。
マグニフィカスが感傷に浸っていると、雪玉が顔面に当たった。
「Ein großer Erfolg!」
バカはインセクトロンだけでなく、空陸参謀もだったらしい。空陸参謀と雪合戦に興じていた空陸兵の1人と目が合うが、一瞬睨まれてからすぐに逸らされてしまう。
あの紺色の機体はダージだ。
とある一件から彼には嫌われてしまった。まぁ、気が向いたら呼び出してやろう。
マグニフィカスは鼻で笑って、その星の居住区の方へと歩いて行った。

「ダンナ、お目が高いねぇ」
居住区に着くとマグニフィカスは市場へ向かった。目ぼしいものは特に何も無さそうだったそこで、白い不思議なモノを見つけてマグニフィカスは足を止めた。それは、雪の結晶のような形をしていてマグニフィカスにとってははじめて見るものだった。
マグニフィカスは単純に美しいと感じ、反射的に白いそれを手に取ろうとしたが商人に制止される。
「おや、もしかして、これが何かご存知ないかな?」
美しいそれとは対照的に商人の笑みは下卑ている。マグニフィカスは不快感を感じいささか身を引いたが、それ以上に品物に興味を感じた。商人は揉み手をしてマグニフィカスを見上げている。
「ダンナ、これはソルフェニウムの花ですヨ。こいつが出す電流は変わっててねぇ、ちょいとばかりイイ気分になれるんでサァ。もっともその後に、いやーな幻覚も見えるがねぇ」
「…電子ドラッグというわけか」
「けけけけ、そうですヨ。それも、とびきり強いヤツですワ、ダンナ」
マグニフィカスはソルフェニウムに心を奪われた。ソルフェニウムは雪のように美しい。
商人にはそんなマグニフィカスが、単に電子ドラッグの購入者に見えたようだ。
「サテ、では交渉に入りましょうや。これは安くは無いですヨ?」
マグニフィカスは瞳を細めて商人を見た。商人は相変わらずニヤニヤしている。
「全部もらおう」
「ハイよ」
商人はソルフェニウムの束を包もうとする。マグニフィカスは片眉をあげた。
「違う。お前が持っているモノを全てだ」
商人は手を止めてマグニフィカスを見た。しかし、すぐにもみ手をしてニヤニヤ卑しく笑いだした。
「ダンナ、ご冗談を…」
マグニフィカスは黙って商人の目の前に手持ちのエネルゴンキューブをぶちまけた。商人は真顔になり目をみはる。マグニフィカスは無表情のまま首を傾げた。
「なんだ、足りないのか?」

袋に詰められた大量のソルフェニウムを持ちながら、欠伸をした。帰り道に変な奴に絡まれかけたが、マグニフィカスも科学参謀とはいえ一応は軍人だ。二三発のしてやれば、野党まがいの奴らは逃げ帰って行った。
そんなことより、今は研究だ。ソルフェニウムから電子ドラッグの成分を抜くためにはどうしたら良いのか。それもなるべく形を崩さないようにしなければならない。
久々にマグニフィカスは楽しい気分になっていた。
第3戦艦タイタニアはすぐそこだ。マグニフィカスが意気揚々と歩いていると、空陸参謀ブリッツウィングの声がした。
「Das!」
再びマグニフィカスの顔に雪玉が直撃する。マグニフィカスが顔面の雪を払い落としていると、今度はオンスロートの怒鳴り声がした。
「やりやがったな!」
後頭部に雪玉が当たる。
「負けねぇ、絶対に!!」
ダージの声がして、袋が吹っ飛ぶ。袋は中身を撒き散らしながら雪の中を舞い、そして突風が吹いた。マグニフィカスが慌ててつかんだ1本のソルフェニウムを除き、ソルフェニウムはみんな空へと吸い込まれていった。
立ち尽くすマグニフィカスを無視して、空陸参謀部の雪合戦は延々と続いていた。
「脳筋どもめ……」
マグニフィカスの呟きは空陸参謀部の喧騒にかき消された。


自室へ着いたマグニフィカスは頭を抱えた。先ほどの空陸参謀部のアホどもをアストロトレインに訴えようにも、ソルフェニウムは第1級の電子ドラッグらしい。こんなもの持っている段階でマグニフィカスの方が懲罰ものだ。いや、懲罰はないとしても色々と怪しまれる。何より、デッドエンドの怪訝な顔が目に浮かぶ。
「泣き寝入りか」
マグニフィカスはデスクに突っ伏してソルフェニウムを眺めた。相変わらず、美しい花だ。本当にこの花が第1級の電子ドラッグなのだろうか。

マグニフィカスはソルフェニウムの花に手を伸ばした。
そして、先ほどの商人に教えられたように花の柄にあたる部分を引き裂いた。


はじめにびりっと指先に電撃が走った。

マグニフィカスはほんのわずかに驚いたが、白いソルフェニウムは何も変わらず可憐な花弁を揺らすばかりだ。
「なんだ。ガセだ」
自分に言い聞かせるように呟いた。花はゆらりゆらりと揺れる。マグニフィカスの視界もゆらりゆらりと揺れている。

びっくりするくらい良い気分だ。
何がおかしいか分からないが、とてもおかしい。マグニフィカスは1人でクスクス笑い始めた。視界には緑やら青やら桃色やらの気流が見える。昔、気流を見たいと思ったことがあった。渦巻いたり上昇したり。気流はありとあらゆるものを、時に緩やかに時に力強く運ぶんだ。
そう思っただけで、天井から手元にふわりと気流が現れた。
虹色の下降流だ!
なんて綺麗なんだろう。旋風の音がする。可愛らしいものから力強いものまで。
トルネード、ダウンバースト、シリアルデレチョ。僕には見たい物がたくさんある。
そして、それを誰かに見せたい。
『風が本当に君は好きだね』
懐かしい声がする。ボクはそれに大声で答えた。
「そうだよ!ボク、気象学者になりたいんだ!!」

急に部屋が静まり返った。虹色は一瞬で消え去り、無機質な部屋が現れた。足元には萎れたソルフェニウムが落ちている。

マグニフィカスは思い出した。ボクは気象学者なんかじゃない。私は科学参謀だ。

頭がぼんやりする。
目の前に壁がある。変だ。壁の中から声がする。
壁の中から?違う。この壁の中に屍体が埋まっているんだ。それが分かると、壁から突然無数の手が生えてきた。どの手もマグニフィカスに向かって伸びてきていて、空をつかんでは引き込みを繰り返している。
マグニフィカスは驚いて、その壁から遠のいた。
不意にたくさんのことがフラッシュバックする。
『あれ?なんだろっ………っギギ、っアゥ、ギギ……がげげげけ……』『こっちだ!そっちはサイバトロンがいる!!』『大丈夫、あとは君1人で逃げるんだ』『若いの。それをこっちによこしな』『デストロンのゴミクズ野郎、その綺麗なお目目をぶち抜いてやらぁ』『マグやん、見捨てないで、助けて。置いてかないで』

幾つもの声がヒソヒソと部屋中に充満する。
マグニフィカスは悲しくなって苦しくなって、喉元に手をやった。喉をがりがり引っ掻く。突然ぞわりとして、手元をみた。
手の上にあったのはオイルでなく、真っ黒な気味悪く蠢く足も目もない虫だった。

マグニフィカスは手の中のそれを持ちながら、震えた。そして、えづいて、オイルを吐いた。

床に嘔吐してしまうのと同時に、電撃が身体を走る。
突然、声が止む。
虫が体内循環オイルに変わった。

マグニフィカスの足下には枯れたソルフェニウムの花があった。
マグニフィカスは何度か深呼吸をした。それから、簡単に首元のリペアをして、自分の吐瀉物を片付けた。



「科学参謀、科学参謀!」
クイックミクスの煩わしい声がして、マグニフィカスは舌打ちをした。なぜだか、この若者はやたらとマグニフィカスに絡んでくる。
「科学参謀、この論文!!この論文の著者!!」
今日も今日とてクイックミクスはマグニフィカスのもとへと駆け寄り騒ぎ立てる。その手元のコンソールには、大昔にマグニフィカスが書いた論文があった。内容は確か、通常トランスフォーマーと量産トランスフォーマーの低温耐性の違いだ。
「君は一々うるさいな。あぁ、私だよ」
「私、この論文、学生時代に読んですっっっごく感動したんですよ!!今、もう一度感動してます!!参謀が書かれていただなんて!!」
クイックミクスは拳を握りしめバイザーの下の瞳をキラキラと輝かせている。マグニフィカスはクイックミクスから目を逸らしてパックエネルゴンを啜った。
「はいはい。だから何だ」
マグニフィカスが面倒そうにするとすかさず、くぐもった声が怒鳴った。クイックミクスの相棒、ブーマーだ。
「何だとは何だ!!ウチのクイックミクスが感動してんだぞ!!」
畜生、うるさい保護者だ。お前らなんか、あの世に行け。というか、デッドエンドと私以外は全員あの世にさっさと行け。ホント、今すぐ行け。
「ブーマー!何を言っているんだ!!あぁ、私、参謀と一緒に仕事できるなんて感激です!!爆発しそう!!」
「よし、爆破四散したまえ。許す」
「もー、参謀ったら。そんな照れちゃって〜。……あれ?参謀、あれは何ですか?」
ブーマーの指差す方には白い花弁がある。マグニフィカスはさも面倒そうに呟いた。
「あれはソルフェニウムだ。電子ドラッグの元だ」
「…電子ドラッグ?アブねーなぁ」
ブーマーが怒鳴る。マグニフィカスは苦笑した。
「あぁ、危ないな。でも、綺麗だろう?まるで、雪の結晶、扇状六花じゃないか」
マグニフィカスは立ち上がってソルフェニウムの花弁に触れた。
マグニフィカスが触れた途端にソルフェニウムの花弁はホロリと崩れる。
「あぁー!!」
クイックミクスが相変わらずオーバーなリアクションを取った。

マグニフィカスはため息をついた。

地球にはたくさん花があるそうだ。また多彩な気象もあるらしい。
今は、楽しみに待つとしよう。

mae ato
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