そのひととなり


Leise flehen meine Lieder
Durch die Nacht zu dir;
In den stillen Hain hernieder,
Liebchen, komm zu mir!


デッドエンドが見た天使は、レイヤーシティスラムのゴミ漁りであるデッドエンドが考えていた天使とは違った。

黒くて胸にカセット窓があった。身体はデッドエンドより2回りくらい大きい。翼はやたらと尖っているし、赤いバイザーをつけてマスクもつけていた。
でも、天使だから空から降ってきた。
天使だから、歌と共にやってきた。

天使だから、瓦礫の中で燃え焦げるのを待っていたデッドエンドを救い上げてくれた。
「プライマス、ご加護をありがとうございます…」
救い上げられたデッドエンドはまずプライマスにお礼を言った。それが、天使は気に食わなかったらしい。
デッドエンドの脳天に激しい振動が走った。蹴られたのだ。
「バカヤロウがっ!!俺が助けたんだ!!このサウンドブラスター様に礼をしろよ!!」
デッドエンドは蹴られた頭を抑えながらキョトンとしていた。
「え……?でも、プライマスに祈りを…」
「このクズ!!そんなにプライマスが好きか!!それなら、俺は天使だっ!!」
デッドエンドは驚いて口を抑えた。
「アンタ、天使様なの!?」
天使はマスクの上からでもわかるほど顔を歪めた。
「頭のネジが飛んだのか…?」
事実、デッドエンドのブレインはその時、故障していた。

デッドエンドがぽかんとして天使を見上げていると、天使は驚いたように呟いた。
「エンブレム無しか。よく生き抜けたもんだ」
「天使様はデストロンなんだね。天使様がいるから、きっとデストロンが勝ったんだね」
デッドエンドがなんとなく言った言葉に、天使はあからさまに不機嫌になった。デッドエンドは口を抑えて、天使の顔色を伺った。
天使の表情が、クズ拾いのガスケットがデッドエンドを殴る前の表情に似ていたからだ。もっともガスケットはデッドエンドの目の前で頭を撃ち抜かれてしまって、もういないのだが。
「この戦争はサイバトロンの勝ちだ。もちろんこの戦闘もな」
デッドエンドは目を瞬かせた。
「え?困るよ。アタイ、赤瞳なのに」
天使の顔が再び歪む。デッドエンドの腹に衝撃が走った。
デッドエンドが腹を抑えて咳き込んでいると、頭にコツンと何かが当たった。
頭に当たったものはコロコロと転がり、何処かへ行こうとした。それは缶詰だつた。
デッドエンドはゴミ漁りだ。缶詰のようなものを見ると拾わずにはいられない。
缶は開いてすらいない。
缶詰なんて、食べたことがない。開いていない缶詰をみつけたら、身体の大きな機体にやらないとリンチだ。リンチで済めば御の字で、運が悪ければ殺されてしまう。
デッドエンドは拾った缶詰を天使に差し出した。
天使はただ呆れたように見下ろしていた。
「それは、俺がお前にやったんだ。食え」
デッドエンドは口を半開きにしながら、天使と缶詰を何度も見比べた。
「…天使なんだから、施しくらいやる」
他人から物をもらうなんて、初めてだ。デッドエンドは本当に驚いてしまって、缶詰を持つ手が震えてしまった。
「俺の気が変わる前に、食えって言っているんだよ!!」
天使の怒鳴り声がして、デッドエンドは缶詰を覚束ない手で開いた。
ぷしゅと、いい音がして腐っていないエネルゴンの香りが漂う。

デストロンのエンブレムがついた缶から取り出したエネルゴンはスラム暮らしのデッドエンドにとっては非常によい香りのするものだった。天使の顔色を伺いながらそれに手を伸ばすが、天使は苛々しながら腕を組んだままだ。こちらのことなどお構い無しだ。
天使はたまに『サウンドウェーブのクソが…』とかとか『死にやがって』とかブツブツ呟いた。それから、やはり咳き込んだ。デッドエンドはそれを見ながら天使から渡されたエネルゴンを頬張った。

天使は文句を言うのに疲れたのか、レイヤーシティの上層を見上げた。レイヤーシティは黒い煙を所々からあげながら、今も崩れ続けている。あれだけ美しかったセンターポートも今は、死体と瓦礫の山だ。

Leise flehen meine Lieder
Durch die Nacht zu dir;
In den stillen Hain hernieder,
Liebchen, komm zu mir!

天使が思い出したように歌う。
デッドエンドはそれを聞きながら、何度もエネルゴンを噛みしめる。

これまで食べたどのエネルゴンよりも旨く、何より腹に溜まった。きっと天使のエネルゴンだからに違いないとデッドエンドは思った。

デッドエンドがエネルゴンを食べ終わると、天使は『二度とついてくるなよ』と言って立ち上がった。しかし、デッドエンドは後を追った。
天使なんだから、行き先は天国に違いないのだ。ついていくべきだろう。

黙ってついていくのも嫌なので、デッドエンドはとりあえず天使に話しかけた。先ほどからたまに呟いている人物のことを聞くべきに違いない。デッドエンドはそう思い、とにかく話しかける。
「サウンドウェーブって、誰?」
天使は顔を顰めた。
「俺のムカつく弟をなぜ知っている?」
デッドエンドは下を向いてもじもじした。天使はそれにイラついたらしくデッドエンドの腹をまたもや思い切り蹴った。デッドエンドの身体が真横に3メートルは飛んだ。デッドエンドは腹を抑えて咳き込んだ。しかし、天使はそれに気もとめず、デッドエンドの腹を踏んだ。
「答えろ。弟をなぜ知っている」
「て、天使様が、…メシの時に、言ってたから……」
デッドエンドが震えながら答えると、天使は詰まらなさそうに、足でデッドエンドの顔を蹴った。
「そうか」
天使はそう言うと、また咳き込んだ。

天使はとぼとぼと何処かへ向かい歩き始めた。たまに咳き込み、たまに休み。
たまに耳を塞いで、辺りを見渡す。
デッドエンドは相変わらずそれについてまわった。天使は、もう怒らなかった。

天使は次第にしゃがみこむ頻度が上がってきた。
天使がしゃがみこむたびにデッドエンドは慌てて天使の顔を覗き込んだ。
天使は、耳を塞いでカタカタと震えていた。

「戦闘を生き抜いたのに、死ぬのかよ。……へへへ、やってらんねぇぜ。これもあれも、あの弟のせい……」
「天使様、死んじゃうの?」
デッドエンドが不安そうに言うと、天使は唾をぺっと吐いた。オイルが混じっている。デッドエンドはその様子を見て、昔、病気で死んでしまったチンピラを思い出した。そのチンピラも死ぬ数サイクル前までペラペラ喋っていたが、天使のようにオイル混じりの唾を吐いたら死んでしまった。
「死なないよね?天使様だもん」
天使は辛そうだが、不機嫌そうだ。天使に縋りながらもデッドエンドは殴られると思い、目をキュッと閉じた。
デッドエンドが衝撃に耐えようと身を縮こめていると、強い衝撃でなく柔らかい感触がした。おずおずとデッドエンドが目を開ける。天使はバイザーもマスクも外していた。こんなに優しそうな生き物を見るのは、初めてだ。
「天使は、死なない。少し、眠るだけだ。天使は、妖精が歌う……アリアで、復活する」
デッドエンドは天使の赤い瞳を見ながらうなずいた。
「俺が倒れたら、アリアを歌え。そうしたら、必ず復活する」
天使の瞳の中にはデッドエンドがいる。天使の中のデッドエンドはデッドエンドを見ているし、デッドエンドも天使の中のデッドエンドを見ている。
「本当なの?」
天使はたじろいだが、デッドエンドの肩に手を置き言った。
「天使は嘘はつかないだろ?」
デッドエンドは少し首を傾げてから、意を決してうなずいた。
「分かった。アタイ、妖精を連れてくる」
天使はまた困ってしまった。
「いや、あと数サイクルしかないから、お前が歌え。さっき歌っていた歌だ」
デッドエンドは驚いて目をまん丸にしたが、自信なさげに渋々うなずいた。
それを見ると天使は安心したようだ。
天使は急に咳き込み始めた。
「大丈夫?」
デッドエンドが天使の手を慌てて掴むが天使は握り返してこずに、激しく咳き込み続けている。口の周りはオイルでべったりだ。再び耳を塞ぎ、カタカタと震え始める。
『音が、音が、スクリーマーに、なりたくない。でも、…音が、音が…』
デッドエンドはおろおろしながらも、天使の背をとりあえずさすった。

デッドエンドは背をさすりながらも、辺りをキョロキョロ見渡した。
人はたくさんいるのに、誰もが2人がいることに気付いていないかのように動いている。デッドエンドは辺りの人に声をかけようとするが、赤いエンブレムをつけた人々はデッドエンドの赤い瞳を見ると、まるでデッドエンドがいないかのように振る舞う。銃口を向けてきた者すらいて、デッドエンドは諦める他なかった。

天使の咳きが次第に小さく少なくなる。
天使の赤い瞳の光が段々と弱くなる。
「あの、アリアは……」
天使はそう言ったかと思うと、突然絶叫を始めた。
何人かは驚いたが、それどころではないのかすぐに無視をする。天使様と違って、赤いエンブレムをつけている。皆、サイバトロンだ。
もがき続ける天使を目の当たりにしながらも、デッドエンドは辿々しく先ほどの歌を思い出そうとした。

「ライゼ フレーエ……ン マイネ  リーデル……」

デッドエンドは泣きじゃくりながら、必死に歌った。
天使の叫びが消えても、デッドエンドは歌った。
天使が来た時に、天使がさっき思い出したように歌った歌だ。
しかし、歌なんて歌ったことがなく、これが歌と言えるかは分からなかった。
天使は、サウンドブラスターは、言っていた。
『天使は妖精のアリアで復活する』
デッドエンドは泣いた。
アタイ、妖精じゃないから、天使は復活しないよ。
デッドエンドが泣いていても、誰も立ち止まらない。

やがて、デッドエンドは泣き疲れた。
天使がつけていたエンブレムを剥ぎ取り、それをデッドエンドは握りしめた。
デストロンのエンブレム、これは、プライマスのお導きなのだ。














あの時のアタイはどうかしていた。
今となると、デッドエンドはそう思うしかなかった。
プライマスのお導きだと思い込んでデストロンに入ったが、時とともにブレインは正常に動くようになり、さすがに無理がある話だと理解した。
何故デストロンに?と聞かれれば、こんなトンダ話なんてできるはずもなく、冗談めかして『王子様がいるからさ!』とバカめいて言うしかない。それでも、微妙な顔をされるが『天使のお導き』と言うよりかは随分とマシだ。

でも、デッドエンドは、あの天使のことを調べる気にはどうもなれなかった。なんとなく畏れ多くて、いや、それよりも調べると天使が穢れるような気がするのか…。なんとなく調べられない。
ただ天使の言葉だけは覚えているのだ。
『私が死んだら、アリアを歌え。そうしたら、必ず復活する』
あの、数時間も一緒にいなかった天使は。
今は眠っているだけで、復活するのだ。

デッキにあるブリッジの一つでデッドエンドはそのことを思い出しながら、友人の話を聞いていた。
「…で、クイックミクスのヤツときたら……聞いてるかい?」
友人のマグニフィカスはデッドエンドが存外にぼんやりしていることに気づき、話を切った。デッドエンドはハッとしてマグニフィカスを見上げた。この良いとこ育ちらしい友人はデッドエンドと異なりプライマスを信じていない。強い者の立場でしかいたことがないから、弱いことは別に罪でも悪でもないことを知らない。
マグニフィカスが黙ったままなので、デッドエンドはぼんやりしながら呟いた。
「悪い、少し考え事をしていた」
マグニフィカスが瞳を瞬かせる。
「何か悩んでいるのか?私に出来るなら、力になろう」
「いや、アンタ、頼りにならねぇからいい」
「なっ……」
マグニフィカスは目に見えてしゅんとした。彼はしょげかえり、黙り込んでしまった。デッドエンドが失敗したと思い、何か声をかけようとした時、デッキの上から聞き覚えのある旋律が流れてきた。

デッキ上のほんの微量の大気を伝わり、音の波はこのブリッジまでやってくる。デッドエンドは驚いて歌の方角を見た。

デッキの上で薄い4枚の翅を震わせて、見たこともないインセクトロンが歌っている。
デッドエンドはその姿に、その旋律に、目を見開いた。

Leise flehen meine Lieder
Durch die Nacht zu dir;
In den stillen Hain hernieder,
Liebchen, komm zu mir!

Flüsternd schlanke Wipfel rauschenIn des Mondes Licht;
Des Verräters feindlich Lauschen
Fürchte, Holde, nicht.

デッドエンドの目はインセクトロンに釘付けになった。

違う、あれはインセクトロンなんかではない。
妖精だ。妖精がいる。
妖精が天使のアリアを歌っている。

「この夜中になんだ。騒音だろうに。インセクトロンは本当に腹立たしいね、そう思わないかい?」
マグニフィカスが不快感をあらわにしている。
デッドエンドは何も言わずに妖精を見つめていた。
マグニフィカスは不安そうにデッドエンドの顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい?」
「本物の妖精が…、天使様が…」
「…デッドエンド?」
デッドエンドのブレインを黒い機体が過ぎ去る。
プライマス、天使、妖精、戦争、歌、アリア。
『私が死んだらアリアを唄え。そうしたら、必ず復活する』
天使の言葉。
デッドエンドの視界がぐらりと揺れた。ブレインがオーバーヒートを起こしたようだ。
「デッドエンド!デッドエンド!しっかりしろ!!」
マグニフィカスの声が遠くで聞こえる。
アリアが止んだ。


遠のく意識の中でふとデッドエンドは思った。
天使は復活するに違いない。
私がここに在るのは、プライマスのお導きだから。
この戦争だって、プライマスの望まれたことなのだ。


















我らが人を赦す如く
我らの罪を赦し給へ


ーーー神の存在する次元は限りなく遠くーーー


わたしたちに、できるのは、ようせいが唄うアリアで、てんしさまのふっかつをまつだけ。

mae ato
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