2月14日 聖バレンタインデー。
一年の中で恋の大イベントに、私もまんまとお菓子会社の策略にひっかかりました。



今年こそ、今年こそは…! と、ぶつぶつ呪文のように唱えている私は決して不審者ではない。いつもより早めの電車に乗って学校に着く予定だった私は、こういう日に限って寝坊をしてしまい、急いでお目当ての下駄箱へと走っていた。

今日はバレンタインデーと呼ばれる2月14日である。多くの女子が想い人、または友達にチョコ(お菓子)を贈る大イベント当日だ。
その中に私も含まれたりする。想い人か、友達か。私の場合は前者だ。想い人…、そう。3年間想い焦がれてきた笠松君に!

下駄箱に向かう途中、いろいろな女子生徒とすれ違った。今日という日のせいなのか、誰もが少しばかり興奮気味で、チョコを片手に持ち誰々にあげにいく、などと騒いでいた。
ああ、今すれ違った女子たちは黄瀬くんにあげるらしい。黄瀬くん…、有名なモデルでバスケが超がつくほど上手いらしい。“らしい”というのは、実際見たことがなく、友人の話でしか聞いたことがないからなのだけれど。

…おっと、話がずれてしまったようだ。
私があげるのは、笠松幸男くん、彼一人だけだ。
少し短気だけれど、熱血でバスケに真剣で、男らしい彼以上に素敵な人なんていない…!ということを友人に話すと、「…いや、分からないわ」そう、ドン引きされた。なぜ分からない、彼の良さを! と思ったけど、これ以上彼の良さを知ってしまったら友人も笠松君に惚れかねないと判断し、熱弁をやめた。

違うクラスの笠松君の下駄箱に無事到着し、さあ、このチョコをいれようではないか! 勢いよく彼の扉を開けると同時に中から飛び出してきたものに驚愕した。

「ちょ、チョコが…」

これでもかというぐらいめっちゃ詰まってる。彼の上履きがあるのかないのか、それもわからないぐらいに。
やっぱり遅かったか…。おもわず肩をガクリと落とした。
確かに笠松君は爆発的にモテているというわけではない。けれど、女子間で密かな人気はあって。これを機会に気持ちを伝えようと思った人もいるだろう。

「…渡すのは無理なのかなあ」

無意識に口から出てきた言葉に涙腺が刺激された。じわり、目に涙が滲む。

去年、一昨年もこうして諦めたのだ。渡そう渡そうとおもって準備はしてきたのに、いざとなれば渡すことが怖くて、直接、ましてや下駄箱にいれることさえ出来なかった(その後、チョコは自分が美味しくいただきました)

「…やめよう」

今年も無理だ、そう諦めて、下に落ちてしまったチョコたちを無理やり笠松君の下駄箱に詰める。
腕時計の時間に目をやると、HRがはじまるまであと10分。…あ、いけない。早く行かないと。
足を動かそうとしたとき、「…おい」と、どこからか男子の声がした。遅くに登校してくる人もいるんだな、なんて思いながら声のほうに目をやると、唖然。
驚きすぎて声もでない。

「か、かかか笠松く…!」

笠松くーん!?

紛れもない、私に声を掛けたのは笠松幸男君であり、そこに立っているのも彼だ。
口をパクパクあけることしかできない私をよそに、少しばかり赤い顔の彼が「そ、そこでなにしてんだ、よ…」と問いかける。

貴方にチョコをあげようと奮闘していました。…言えない。言えるわけがない…!

「え、あ…えと、その、」
「…」

どうすればいい。どうすればいいの私。
@このまま直接渡す A無言で下駄箱に詰める B逃げる

選択肢はこれしかない。@…@は無理だ私が。恥ずかしすぎて死ねる。
Aは失礼じゃないだろうか…? 残るはBのみ。…うん、これが最善策だと思うんだけど、どうかな。どうかな、って他に誰かいるわけでもないけど。
よし、そうと決まれば逃げよう。
彼から体の向きをぐるりと回転させ、後ろを向いた。走り去ろうと足を勢いよく踏み込ませた私にかかった言葉。

「あの、! それ、俺への…か…?」
「へ…、」

振り返ると、先程より顔を赤くした笠松君が、私の持っているチョコを指差す。

「…うん」

これは、どうしたものか。
それ以降言葉を発してくれない彼。どうしようどうしよう。混乱している頭の中で唯一出た案。もうやけくそだ!

「こ、これ…! 受け取ってもらえますか…っ、?」

羞恥心で声が震えた。火が出るくらい、顔が熱い。涙が出るくらい、緊張した。
でも、今しかないと思ったから。気持ちを伝えることは出来なくても、チョコを渡すことが出来るのは、今だけだから。
頭を下げて、彼にチョコを差し出す。どうか、受け取ってもらえますように。

手にあったチョコの重さは数秒してからなくなっていた。もしかして、

「その、…ありがとよ」

受け取ってもらえたんだ。
笠松君が少しだけ笑っているように見えるのは気のせいかな。

渡せたこと、受け取ってもらえたこと、その事実があまりにもそれが嬉しくて、嬉しくて。うれし涙がこぼれるのを必死に押さえながら、首を横に振った。

「ううん…! 受け取ってくれてありがとう…!」

ほんとうにありがとう、もう一度言おうとしたら、HR開始のチャイムがなる。

「あ」
「あ」

二人同時に苦笑しながら、それぞれの教室まで走った。走っている途中もういちど「ありがとう」といった。すると彼は再び顔を赤くして、「…おう」そう返してくれた。

去年と一昨年は苦い思い出の詰まった日だったけれど、今年のバレンタインデーは、幸せな思い出を刻み込められる気がする。

ありがとう、ありがとう。
好きです、笠松君。

そっと、心の中で呟く。
いつか、この気持ちを伝えられる日が来ますように。
…――そんな願いも込めて。

title by 確かに恋だった様

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