真波山岳が己の容姿を気にした事は今まで皆無だった。見た目がどうであれ真波はロードバイクに乗っているからだ。その世界では速さだけが重要で、山岳に至っては山を登れればそれでよかった。
しかし。
「さ、山岳……」
箱根学園自転車部には体格のいい生徒が揃っているから、真波はその中で少し埋もれる事がある。時折クラスメイトにさえ「もう少し小さいと思っていた」と言われる事もしばしばだ。
尤も目の前の少女はそんな事微塵も思わないだろう。そもそもこの状態で真波の身長について考えられたら今こんな事になっていまい。
「あ、あの、もう部活に行かないと……」
「わかってますけど」
そう言うくせに真波はなまえを放さない。真波のそれより明るい青い瞳が大きく見開かれ、白い肌が赤く染まる。
その様が大層食欲を誘って、気が付いたら舌を伸ばしていた。
「あっ……」
弱々しいなまえの声。普段の気の強い姿からこんな艶姿を想像出来るだろうか。否、他の誰かに想像されるのも嫌だ。
滑らかな肌にゆっくりと舌を這わせていると、なまえの身体が小さく震えた。
「なまえさん、可愛い」
「ん……」
肌を伝う笑い声にすら感じるのか、なまえが身を捩らせる。真波は目を細め、なまえの身体を抱き締めた。
さらさらと長い髪が腕に触れる。真波は溜息を吐いた。
「山岳……もう、本当に……」
「ん、もうちょっとだけ、ね?」
腕の中で顔を赤く染めるなまえに微笑みかけると、なまえは更に顔を赤くして俯いてしまう。小さく「ほんと……なんでそんなかっこいいの……」と呟く声が聞こえた。
このやり取りは別に今始まった事ではない。今まで何人もの人間に顔立ちが整っていると言われてきた。
そんな評価、気にも留めた事はなかったのだけれど。
「ねえ、なまえさん」
「なに……?」
「オレって、かっこいい?」
にっこりと笑ってみせる。またなまえが目を見開いた。けれど距離も変えずに見つめ続ける。
そうすれば。
「……かっこいい……」
真っ赤な顔を隠すように胸に顔を埋めるなまえに、真波は満足げに笑った。
本当に、数えきれない程言われた言葉なのだけれど。
「どうしてキミに言われると、こんなに嬉しいんだろうね」