今日は年に一度のハロウィン。
"トリック オア トリート!"
放課後の部活が始まってから、マネージャーである私はこの言葉を使って、休憩中の自転車競技部のみなさんにお菓子をねだり回っている。ちなみに昨日の帰りのミーティングで、お菓子をくれなければイタズラをすると事前に公言してある。
もちろん、私の方も言われてイタズラされてはたまらないから、対策として常に飴を持ち歩いている。お菓子をもらいに行くのにちょうど良く、天気は雨で室内での三本ローラーの練習がメインだ。休憩中の人を見つけては、片っ端から合い言葉を言うつもりでいる。
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「東堂さん!トリック オア トリート!」
「なまえちゃんか。これをやろう!」
頭を撫でられてお菓子を渡された。東堂さんにイタズラしてみたかったのに……残念。
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「新開さん!トリック オア トリート!」
「ん?パワーバーでいいか?」
「パワーバーはお菓子ではないので……イタズラしますね!くすぐらせてもらいます!」
脇腹辺りに両手でロックオンして、くすぐり始める。新開さんの笑い声が部室に響く。次のターゲットは荒北さん。
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「荒北さん!トリック オア……」
「アァン?」
言葉を言い終える前に睨まれて、私は言葉が続かなかった。普段から見慣れているとはいえ、荒北さんにヤンキー座りで下から鋭い目付きで見上げられるように言われたら、流石に怖い。
「ごめんなさい。何でもないです……飴あげます……」
「?よくわかんネェけど、アンガトネ」
普通に話してもらえば怖くないんだけどな……
*
「福富さん!トリック オア トリート!」
「む?みょうじに菓子をやればいいのか?」
「はい!お菓子ください!」
「すまない、あいにく手持ちがない。新開のように、オレのこともくすぐるなら、かかってこい!……くすぐりにも、オレは強い!!」
堂々とイタズラしろと言われて引けなくなり、申し訳程度にくすぐった。少しのくすぐりでも必死でくすぐったさに堪える福富さんを見て、なんだかとても和んだ。
その後もいろんな人からお菓子をもらった。何人かは私のくすぐりの被害にあったけど、予想通り、みんな私のイタズラを回避したかったようだ。本音を言うと、私の方はもっとイタズラしたかった……そして何故かみんな私へは言い返してこないので、飴が減ったのは荒北さんにあげた時くらい。
マネージャー業務をこなしながらなので、全員に絡むのに時間がかかった。この頃にはもうみんな練習を終えて帰宅・帰寮してしまい、気付けば部室には彼氏の真波くんと私の二人きり。真波くんが自主練をしながら私の仕事が終わるのを待っていてくれたのだ。それの時間に合わせて真波くんもサイジャから着替えていた。
せっかくのハロウィンだし、真波くんにも例の言葉を言ってみよう。
「真波くん!お待たせ!早速だけど、ト…」
「トリック アンド トリート」
「へ?」
私が言う前に真波くんに先に言われてしまった。しかもちょっとワードが違う。もともと部活後に戦利品のお菓子を真波くんと一緒に食べようと思っていた。だけど───
「 or じゃなくて and ?」
「うん。お菓子も欲しいから。まずはイタズラね」
「な、なんでイタズラも!?」
私の言葉を無視して、真波くんに正面からギュッと抱きしめられた。
えっ?!これがイタズラ?私にしたら嬉しいことで、全然イタズラじゃないよ!?
「オレ、自分が思ってた以上になまえちゃんのこと好きみたい。今日ずっと、オレの見える所で、なまえちゃんが先輩たちに触っているのを見てモヤモヤした」
……真波くんがヤキモチ妬いてくれたの?
私は驚いて、真波くんの腕の中から真波くんを見上げる。
「先輩たちに触ったといっても、くすぐっていただけだよ?」
「それでもなんか嫌。しかも普段あんまり話さない先輩ともよく喋っていたよね?」
「だって、せっかくのハロウィンだし……」
「ふーん……ま、いいや。今から"イタズラ"するね」
艶を含んだ声で"イタズラ"と言われた。真波くんが私の両肩を掴んで少し離され、じっと目が合う。そしてゆっくりと真波くんの可愛い顔が近付いてきた。これは、この流れは……キス?!
「目、閉じないの?」
その言葉に、はっとして私は慌てて目を閉じる。
……しかし、待っても一向に唇に柔らかさを感じない。不安になって薄っすら目を開けると、目を瞑る前と変わらないほど近くに真波くんの綺麗な顔があった。
「っ?!」
驚いて一気に目を見開いてしまう。
「クスッ。なまえちゃんはキスされると思った?」
どうやら今の位置から、私の唇までの距離が埋まりそうな気配はなさそうだ。
「だ、だって!今の流れはっ!それしかないでしょ!?」
キスする気満々で待っていた私は恥ずかしさが込み上げてくる。
「なまえちゃんのキス待ち顔もかわいかったよ。イタズラ成功だね!」
そう言ってにっこり微笑む真波くん。
「うぅ……バカっ!!もう知らない!」
「ハハッ。ごめんね〜?」
悪びれる様子もない真波くん。拗ねた私は、ぶいっと顔を逸らした。だけど、すぐに真波くんに頬に手を添えられて、真波くんの方へと振り向かされる。
ちゅっ
振り向かされてすぐに降ってきた唇へのキス。可愛らしく触れ、リップ音を立ててすぐに離れていく。
「……本当はここまでがオレのイタズラだよ」
「ふぇ?」
私が情けない声を出てしまったのは、きっと仕方ない。満足顔の真波くんの腕の中から解放されたが、私は今のキスのせいで、まだ半分放心状態だ。
「それじゃぁ、お菓子を食べよっか!」
「う、うん……」
「……ぼーっとしてると、またキスちゃうよ?」
「っ!?」
二人で過ごす部活後のハロウィン。この後、リンゴ味の甘いキスをしたのは二人だけの秘密。
***
〜部活の休憩中〜
「ねぇねぇ、ユキちゃん。気付いてた?」
「は?何にだよ?」
「今日はよく真波がなまえちゃんの後ろにいるんだけど……真波は何してるの?」
「あ?他の部員がみょうじに、トリック オア トリートって言われないように威嚇してんだろ?」
「そうなんだ!?真波、なまえちゃんのことが心配なんだね!」
「そうだな……(真波のやつ、意外と嫉妬深いんだな)」
☆*:.。. Happy Halloween .。.:*☆