ああ、もう。
なんでこうなっちゃうの?
ふぅと息を吐き、隣を歩くなまえお姉ちゃんをちらと見る。太一さんたちと別れた直後はあの場所から逃げるような足取りだったけど、その速度は徐々に落ち、今はトボトボと効果音でも聞こえてきそうだ。
まったく、大人げないよなあ…お兄ちゃんも、それから太一さんだって。
お姉ちゃんが太一さんを好きなのなんて、今更っていうか。誰が見ても分かるじゃない。(あ、これは適切じゃない。現にお兄ちゃんや太一さんは例外だったわけだ。それから大輔くんとか、大輔くんとか)
いつも目線で太一さんを追っているし、話しかけられる度に赤くなっているんだからこれ程分かりやすいものは無い。
それに僕が思うに、太一さんだって彼女が好きなんだと思う。
過保護具合が年々増してる。いくら面倒見が良いといっても、毎回家まで送ったり、デジタルワールドで何かピンチの時、いつも真っ先に庇うのは、お姉ちゃんの事だけだ。
…もしかして、太一さん自身もまだ自覚が無いのかな。
二人の関係は年下ながらに見ていて微笑ましく、僕やヒカリちゃんあたりは暗黙のうちにそっと見守る形が成り立っていたというのに。
ーーーお兄ちゃんったら、あんな事言うんだもんなぁ。単純に驚いたんだろうっていうのは分かるけど。
それに太一さんだって、照れ隠しといってもあれは無いでしょ。子どもじゃないんだから…。
それから、問題はもう一人。
お姉ちゃんもさ、なんであんなふうに言っちゃうのかな。
「…なんであんな事、言っちゃったんだろう」
俯いたまま歩く彼女が、こちらに聞こえるか聞こえないか位の小さな声で言った。
僕が思わず「本当にね」と同意してしまうと、空気が更に重たくなってしまい、慌ててフォローの言葉を探す。
「だ、だって、本当はあんなこと思っていないんでしょ?」
僕がそう言うと、彼女は立ち止まった。
「おもって、ない」
こちらに背を向けて顔を見せないようにしており、声だけで聞くとそれは気丈な様子に聞こえた。
だけど本当は今どんな顔をしているのか、僕は分かっちゃったんだ。だってたまたま彼女の向こう側の建物のガラスに、映っているんだもの。
本当は今にも泣き出しそうなのに、泣くまいと眉を寄せている姿が。
僕は、もしかしてトドメを刺したのは自分かもしれないくせに、案外冷静に”かわいいなぁ”なんて考えていた。誰かさんの前でも素直にそんな姿を見せたら、進展も早そうなものだけど、とも。
「太一と一緒に帰れるの…嬉しいし。それに、キャンプだって…タケル達の為に役立てる事なら、今は何だってやりたいのに」
強がって話していた口調は徐々に弱まり、そして突然、くるりと振り返って僕を見つめた。ドキリとして僕も向き直ると、今日みた表情の中で一番悲しそうに眉を寄せて、言った。
「それどころか、おかしな空気にしてごめん。カイザーと戦わなきゃいけない、こんな大事な時なのに」
なんだ、一番気にしてるのはソコなんだ。
落ち込んでいた理由が彼女らしくて、つい口元が緩む。
「なに笑ってるのよ、タケル」
不服そうな彼女に、「てっきり太一さんの言った事がショックだったのかと思って」と正直に言うと、血の気の引いた顔にふわっと赤みが差した。
「だって…別に、本当に、つ、付き合ってなんかいないし」
「でも、嫌だったよね?あの時お姉ちゃんが悲しそうな顔してたの、僕見てたよ」
そう言うと、彼女は困ったように視線を泳がせた。
「うん…でも、何でだろう?だって太一が言ったのは事実で…私も本当に、太一とどうなりたいとか思っていないのに」
それは本心なのか。もしくは彼女もまた、自分の本当の気持ちに気づいていないだけなのか。
「ふうーん。じゃあ大人になっても太一さんと恋人同士じゃなかったら、僕がお姉ちゃんと結婚しようかなあ」
「あはは、タケル何言ってんの」
「冗談だと思ってる」
「冗談でしょ、私を元気付けるための」
「いとこ同士は結婚できるんだよ。お姉ちゃん、知らないの?」
ええー、とお姉ちゃんが笑った。やっと笑顔がみれて安心した僕も、つられるようにして笑った。
ふと、彼女の向こう側の大きなガラス窓が、また視界に映った。冗談なんて言われちゃったけれど、こうして並んで笑い合う僕らは、なかなかお似合いだと思うけど。
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