- ナノ -
 
 その日、私達は光子郎の家に集まっていた。デジモンカイザーを討つ覚悟を決め、基地へ向かう為の作戦を立てた。
光子郎の部屋の中には新しい選ばし子どもである大輔達と、太一とヤマト、そして私やデジモン達で満員状態だ。
小中学生がこれだけ集まれば何かゲームでもしたくなるような光景だけど、部屋の空気はピリリと締まっている。なぜならついに、決戦が近いのだから。


 太一は、光子郎のパソコンチェアーの背もたれに手を掛けて座っていた。
私はなんとなく無意識で、その隣の床に腰をおろしている。皆で話し合っている最中にこっそり彼を見てしまうのは、集中していないからではなく、もうクセみたいなものだった。
会話の中で時折、「なぁ、なまえもそう思うだろ?」なんて声をかけられる度、心臓が口から飛び出しそうなくらいどきどきして、そっけなく頷くだけで精一杯だった。
こんな特等席に居座っておいて、”なんとなく無意識で”だなんて図々しいだろうか。
でも、太一への片思いはもはや、そんなレベルなのだ。告げたいとか報われたいだとか、自分でも驚くほど、これっぽっちも思っていなかった。
ただ太一のことを見つめて、かっこいいなぁとか、好きだなぁって、祈るように見つめるだけで、幸せだった。
そんな日々がたおやかに流れ、もう3年になる。


 カイザーを倒すまでは帰らない。そのくらいの覚悟が必要だわ。
ヒカリはそう真っ直ぐに言った。
先の戦いを経験している私たちには当然の感覚だけれど、日常の延長で冒険に出ていた大輔達にとってはどうだろうか。まだ現実感がうすいのではないだろうか。
心配がむくむくと膨れる私が何も言えないでいる内、彼らが戻ってくるまでのアリバイ作りにと太一がキャンプを提案した。
…そうなのだ、私達に出来る事は今、サポートしかない。
これまでは一緒に戦っていたけど、今回のことはきっと、後輩達が自分の足で立つチャンスでもある。

 わかっては、いるけど。
弟のように思っている、いとこのタケルや、仲間たちの事がやっぱり心配で。眉を寄せる私に気づいたのか、太一が「なぁに、こいつらなら大丈夫だって」と私の頭をふわりと撫でた。
…太一って、本当に周りをよく見てるなぁ。それは、私にだけじゃない。
太一の手が離れた後、私は誰も見ていない事を確認してから、彼に触れられた頭に自分でもそっと触れてみた。優しさが嬉しくて、胸がぎゅっと苦しくなる。
好きな人が優しいと、それだけで人生はあたたかい。おおげさだろうか。




「んじゃ、後は当日に向けて各自で家族の承諾もらっておいてくれよ。ヤマトとタケルはおじさんの車を頼む」

 作戦がおおかた決まった私達は、光子郎のマンションを背に、それぞれの帰路に就く。
太一がリーダーシップをとってそう言うと、皆の口から歯切れの良い返答が聞こえた。
じゃあ、おつかれさま。さようなら。そんな挨拶が交わされる中、太一はこちらへ歩み寄り「帰ろうぜ」とごく自然に私の隣に並んだ。
私もいつものように頷いて、自宅の方へ向かって歩き出そうとした。
以前、帰り道で知らない男にしつこくされてから、デジタルワールドへ行った後などは太一が家までおくってくれるようになっていた。



「ーーーえ、おい?太一の家、あっちだろ?」


並んで歩き出す私達の背中に、事情を知らないヤマトの、困惑した声が響いた。

「俺はコイツを、送っていくから」
太一が親指で私を指し、ごく当然のように言えば、ヤマトはぎょっと目を見開いた。
「えっ・・・お前ら、いつの間にそんな関係に・・・つ、付き合ってるのか!?」

ーーーその言葉に、それぞれの家の方角へ足を運ぼうとしていた面々の空気が、微妙に凍ったーーー気がする。ちょっとお兄ちゃん!と、タケルの咎めるような声が聞こえた。私はというと、思ってもみなかった言葉に虚を突かれて固まってしまっていた。
真っ先に言葉を発したのは、太一だった。



「なっ・・・!ば、バーカ!俺となまえが付き合ってるなんて、そ、そんなワケ無いだろ!?」



叫ぶように声を揺らした太一の言葉に、目の前が真っ暗になった。それはただの事実なのに、どうしてなのか胸が苦しくなって、泣きそうになってしまった。
お兄ちゃん!と、今度はヒカリの声がする。こわくて、はずかしくて、太一の顔なんか見れないまま、意地になって言った。

「今日は…っていうかもう、送ってくれなくていいから。それから私、キャンプも行かない。私がいると、迷惑な人がいるみたいだし」

どうにかそれだけ言い切って。くるりと踵を返してその場を去る。おい、なまえ、って太一の声がしたけど、聞こえないフリして足を早める。

ああ、もう。
タケルがため息まじりに嘆いてから、「今日は僕が送るね」と、私を追いかけた。


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