「見ろよなまえ!外、雪が降ってる」
学校帰りに一緒に寄った書店の大きな窓は、向こう側にキラキラ輝くそれを映した。ファッション誌と参考書を抱えたなまえは、肩に乗ったロップモンと嬉しそうに目を見合わせ、しかしすぐに眉を寄せた。
「きれーい!あぁでも、電車止まったらどーしよ。これから田町の方行くのにー」
他の人の前よりも少し柔らかい口調で彼女はそう言い、窓の向こうの雪空を見上げた。
これくらいの降り方じゃあ、まだ大丈夫じゃないか?俺の言葉に心配そうに頷きながら、なまえはスクールバッグから財布を探している。これから一乗寺賢の家へ行くらしいから、積もる前にここを出ようとしているのだろう。
「そんなに心配なら、今日はいっそやめたら良いんじゃないのかよ、”家庭教師”」
俺がわざとらしく拗ねた口調で言うと、なまえは口を尖らせた。
「やっぱり嫌?私が賢の家に行くの」
「べっつにぃ。ただ、仲良いじゃーんって思ってさ」
「もー、なにその態度」
なまえが賢の自宅に勉強を教えに行くようになったのは、つい最近の事だった。
紋章の継承者という事もあるだろうが、本質的に面倒見の良い彼女は、6年生になり進学を控えた賢の元へ週に一度程行くようになった。(余談だが、家に向かう二人を見て勘違いをした大輔とブイモンが、決死の覚悟で俺に報告をしに来たって笑い話もある)
「冗談、冗談!賢の為にやってる事を、俺が嫌に思うわけ無いだろう。ホラっ、それ買うんだろ?レジ行ってこいよ、俺はロップモンとここで待ってるから」
俺の言葉に、ロップモンはぴょんとこちらの頭上に飛び移った。たとえばアグモンが留守番の時も、彼女は寂しがり屋なロップモンを状況によっては人目を忍びながら、ほとんど外出に同行させている。
なまえは、本当に優しい。
優しすぎて、昔は自分を犠牲にしていた。
もうあんな事にはもうならないと思うが、俺はそれだけ気掛かりだ。
俺がなまえの頭を撫でると、彼女は優しく目を細め、レジのある方へパタパタと向かった。
一緒に見送った頭上のロップモンが、いつものように…否、いつも以上に不安気な声色で俺に尋ねた。
「太一、本当は嫌?もしかして、やきもち?」
どうやら、さっきの賢との事を気にしているようだ。パートナーがパートナーなら、そのデジモンもデジモンだ。
「まぁ全く妬いて無いわけじゃないけど…まさか俺が、なまえや賢の事を疑うってのもおかしな話だろ。勘違いをしてた大輔じゃあるまいし」
「なまえ、言ってたよ。賢の所へ行ったりするのは太一のためでもあるって」
「俺の?」
「太一、受験生だから。自分がいそがしくして、べったりしてない方が太一も集中できるーって」
受験、という言葉に、思わず頬が引き攣る。
っていうかアイツ、俺にまで気を回しすぎじゃないのか?自分だって、将来のやりたい事に向かって忙しいくせに。
「ったく、なまえのやつ…こんどのクリスマスくらいは、二人で過ごせると良いけど。あっ!そうだ。ロップモン、俺はお前に相談があるんだよ」
「相談?ボクに?」
「ああ。実はそのクリスマスの事なんだけど…なまえに何をあげたら良いのかと思ってさ。去年のイブに告白してくれてから、一年の記念日でもあるんだよ」
「うん…太一が今つけてるネックウォーマー、あのときなまえがあげたやつでしょ」
「あ、ああ」
言われて、俺は自分の首元のそれに触れる。紺色をした、大きめの編み目のそれは、彼女の手作りだった。なんだ、ロップモン気付いていたのか。ってことは、なまえも気付いてるのかな。
「なまえはあげたのに、太一からは何もなかったよねー」
悪気なく言ったロップモンの言葉が、ぐさりと胸に刺さる。…そうなんだよな。あの時は突然だったし、それに直後にデジモン達が暴れて大変なことになって、そのままになっちまった。
「うーん、なまえへのプレゼントかあ」
「一応、俺の中でも考えはあるんだけど、パートナーのお前の意見もせっかくだから聞かせてよ。なまえが最近ハマってる物とか無いか?」
「んー。なまえは太一、太一、太一ばっかり」
「…え、」
「だからプレゼントは、太一がいいと思う」
ロップモンはそう言って、ころころと楽しそうに笑った。出会った頃はなまえが他人を気にかけるたび寂しそうにふくれていたのに、コイツも変わったよなあ。
それはそうと…なまえの奴、俺のいない所で俺の話ばっかりになってるって?
そんな姿を想像すると…。正直、平静を保ってはいられない程に可愛い。
「俺がプレゼントって、無茶言うなよなぁ。…そういや、なまえの親友に聞いた時もそんな事言われたっけ」
「何て言っていたの?」
「プレゼントの相談したら、『先輩の選んだものなら何でも喜ぶと思う』って」
「あはは」
俺が頭を掻いたところで、なまえが紙袋を手から下げて戻ってきた。彼女の第一声が「太一」だったものだから、俺はロップモンと顔を見合わせて笑った。
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